六時間。
敗北回数、百三十回。
普通なら、とっくに心が折れていてもおかしくない数字だ。
けれど。
「なるほど。そういうことか」
「ええ。やっと分かったわ。作戦会議よ、真唯」
部屋から聞こえてくる二人の声は、むしろ今まで以上に楽しそうだった。
リビングで私はキッチンで包丁を動かしながら、開いた扉から漏れ出る声から状況を想像する。
だふん画面の前では真唯と紗月さんがコントローラーを握り、イャンクルルが森を駆け回る様子を熱心に分析しているのだろう。
「イャンクルルは、火力で殺してくるタイプじゃない。『雑に戦うと殴られる』タイプよ」
「具体的には?」
「まず突進。普通の突進なら横に避ければいいわ」
「そうだな。問題はそのあとだ。通常時なら避けたあとが反撃の時間になるから、突進を見たら『避ける』だけじゃなくて――」
真唯が一拍置く。
「『避けたあと殴る』までが一セットだ」
「攻撃を避けることだけ考えると、もったいないってことね」
「その通り。イャンクルルは、避けることより『攻撃の終わりを覚える』ほうが大事だと思う」
「でも、怒ると話が変わるわよね。突進のあと倒れ込まなくなるから、通常時の感覚で近づくと次の攻撃をもらう」
「同じモーションでも状態によって価値が変わるわけだ」
「ええ、怒り状態になったら一度距離を取り直して、相手の行動パターンをリセットしたほうが安全よ」
私は思わず笑ってしまう。
六時間前まで「初見で勝つか、情報収集を優先するか」で議論していた二人が、今では完全に同じゲームに夢中になっている。そしてあんなに真面目に作戦会議をしているのだ。
「一番危険なのは?」
「クチバシ突進。後ろに転がって逃げようとすると追いつかれやすいから、回避より位置をずらすべきだ。正面に居続けず、弱点である頭部を常に殴ろうとしないこと」
「最初は動きを覚えて、安全な位置取りを優先するべき?」
「ああ。頭を狙わせるような隙をちゃんと言い訳のように持ってるからさ」
包丁を置き、鍋の中をかき混ぜる。
なんだろう、この妙に微笑ましい空気は。
「近距離の尻尾回転は、お尻を振ったら一回離れる感じね」
「いや、予備動作を見てから行動を選ぶとチャンスが増える。リスクはあるが、ここはとっても良いリスクだ。『来る』と分かってから離れることをお勧めするよ」
「火炎ブレスは? 通常時は分かりやすいけど、怒り状態は連続してくるから……『一発避けた、今なら殴れる』じゃなくて――」
紗月さんが少しだけ考える。
「『まだ終わってないかもしれない』って考える方がいいかしらね」
その言葉を聞いて、私はテーブルで料理を盛り付けている紫陽花さんと目が合った。
どちらからともなく笑みがこぼれる。
「……なんか、いいね」
「うん。二人とも、すごく楽しそう」
「最初はあんなに意見が違ったのにね」
「今は、ちゃんと一緒に考えてる」
テレビの向こうで、イャンクルルがまた倒れた。
「よし!」
「今のは完璧だったわ」
二人の重なった声に、私は思わず吹き出す。
「大きい子供だね」
「ふふっ」
笑う紫陽花さんをみながら、私は言う。
「でも、こういうのって素敵だと思わない? 二人とも同じスタート地点から始めて、最初は何も分からなくて、負けて、また挑戦して。少しずつ分かることが増えていく」
「うん」
「紗月さんは紗月さんのやり方で、真唯は真唯のやり方で。でも最後には、一緒に『どうすれば勝てるんだろう』って考えてる。同じスタート地点から、習熟に差はないからね。一緒に遊んでる感は強いんだろうね」
「そうだね、一緒に学び楽しむことを二人はあんまり知らないと思うから」
紫陽花さんは嬉しそうに微笑んだ。
ゲームが上手いとか、頭がいいとか、どちらの作戦が正しいとか、そういうこととは少し違う。
最初は二人とも何も知らなかったからこそ、同じように失敗し、驚き、考えた結果として、いま二人で一つの答えを探している。それが、なんだかとても良かった。
「……あ」
紫陽花さんが、何かを思いついたように私を見る。
「じゃあ私たちはさ……」
「?」
「お母さん?」
「…………」
「ほら、二人がゲームしてる間にご飯作ったりお茶入れたりして、帰ってくる場所を作ってあげる感じで……」
「紫陽花さん?」
「……お母さん」
「まだ言う?」
「お母さん……」
「ゴリ押すねぇ! 紫陽花さん! 最強二人、されど問題児がちゃんと育ってくれて嬉しいよ。紫陽花お母さんのおかげだ。いつも助かってるよ」
「ううん、れな子お母さんが助けてくれるおかげだからだよ」
私たちは思わず笑ってしまう。
そんな会話など知る由もなく、テレビの前では二人が再び戦闘を始めていた。
「紗月、今の攻撃は――」
「分かってるわ。次は私が弾く」
「頼む」
「任せて」
画面の中でイャンクルルが翼を広げる。
「来る!」
二人の声が重なったその瞬間、私は紫陽花さんと再び顔を見合わせた。
「……本当に楽しそうだね」
「うん」
穏やかな日々は過ぎていく。
関わりが見たいヒロイン
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王塚真唯
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瀬名紫陽花
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琴紗月
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小柳香穂