元社会人、異世界にTS召喚される。 作:名無しの投稿者
あれこれ露店で食べ物を買い、フローラさんと休憩スペースで座って食べる。
「……おい、しー、ね」
「そうですね。私としては、もう少し薄くてもいいですね。ここまで濃いとお酒が欲しくなります」
わかる。この体で飲んだことないけど、お酒って飲めるのかな?
「……ルナーラお嬢さまも、お酒は嗜んでおられたんですか?」
「……人、並。には」
頻度は多くなかったけど、会社の飲み会には参加していたし。人並みだろう。酒癖が悪いとかは無いけど、基本的に酔うまで飲まない。
「そうですか。いつか飲めるといいですね」
「…………」
やっぱりこの国にもお酒の規制があったりするんだろうか。
「他国、獣皇国へ行けば飲めると思いますが、別大陸ですからね。行くのは大変そうです」
「……別、たいり、く」
この世界は三つの大陸で構成されている。
ランベルト領。私のいる大陸はノースイストと呼ばれる大陸。通称、人圏域。ヒト種の運営する二カ国と、亜人種、ヒト種、魔人種の三種族が共同運営する一カ国の三大国と小さな国がいくつか存在している。
別大陸と呼ばれるのは、ここから西の方へ行くと存在する断崖。分かたれの淵。
その淵を挟んで存在するサウシスト大陸。通称、神魔圏。神代の名残りと、深淵による汚染のなかで生き抜く魔種、半獣種、半魔種と言った獣に近いし姿をした種族が生きる大陸。
国という国は存在しないが、幾つも存在する集落の長達と、その長達の中から選ばれた
サウシストは果物がよく採れるし、総じてその採れる果物のサイズはでかい。
当たり外れはあるものの、神代の残滓のある場所だ。良品も多く、高値で取引されることも多い。
サウシストに存在する古代樹で作った酒樽で熟成させて作る果物酒はかなりの美酒なのだとか。
「此処、エルキシュ王国はお酒に年齢制限があるので、この国で飲むにはあと五年は待たなければ行けませんね」
「……」
詳しい法律は教わってはいないけど、お酒は十六歳からと決まっている。ちなみにタバコは二十歳から。そして、タバコはめちゃくちゃ高価だ。
…………妙な視線を感じる。視線の数なんてわからないけど、一人だけじゃないことはわかる。
「……フローラ、さん」
「どうか致しましたか?」
「……」
こういう時ってどう教えればいいんだろうか。
適切な隠語が思いつかない。正直に言えば相手に勘づかれて変に騒ぎになるのも困る。
「……なにか異変でも感じましたか?」
「………………なん、も。ない。目が、増えた?」
伝わってくれ。
「? と言うと?」
「……なんで、もない」
伝わらなかった。……変な犯罪組織に目をつけられたらするのか?
周囲を漂う不快な匂いに、視線。……これは、フローラと何処かに逃げた方がいいかな。
「やあ、お嬢さん。お隣失礼するよ。席が埋まっててさぁ」
「! だれ」
「誰だろうねー。串肉うまー」
隣の席から声をかけられた。私が何者かを問うてもどこ吹く風。
「フローラ、さ、ん」
「……? なんでしょうか」
「……こ、のひ、と」
「…………お隣に誰かいるのですか?」
「……見え、て」
まさか、見えていない?
「無理無理。お嬢さんのお友達? に妾は見えないよ」
隣に座る女が串肉を食べながらそう言う。
よく見ると、ヒト種の女の姿はしているがとてもヒトとは思えない。姿をしている。
翡翠色の瞳が埋まった垂れ目に、薄桃色の髪。淡い青色の薄衣を身に纏い、串を握る手は肘から先から色が抜け落ちていく様に透明になっていく。
「……だれ」
「さあ? 妾は誰でしょうか?」
「……質、問を「質問で返すな。って?」……そう」
「ふふふ、変なことを聞くなぁ。誰かだなんて」
「ルナーラお嬢さま。何かいるのですか?」
人の姿をした人ならざる異形が私を見て笑う。フローラさんが私を心配そうに声をかけてくる。
……こんなことをしてきそうなのはニャルラトホテプだけど、まさか此処にきているのか。外なる神が。
「おやおや? 見当違いだね。妾は外なる神なる存在じゃないし、ぬにゃあるなんとか言うやつでもないよ」
まさか、こっちの思考を読んできている?
「全部筒抜け。丸聞こえ。隠し事なんて出来ないよ。よかったね。話さなくても全部妾は聞いている」
「……」
「ルナーラお嬢さま?」
「……なん、でもない。気、のせ、い」
フローラさんが見えていないなら、不要に警戒させるのは申し訳ない。見えないものを警戒させては気疲れしてしまうだろうから。
「……そうですか」
……あー、警戒モードになっちゃった。
「へぇー、大切にされてるねー」
警護のお仕事ですのでね。私に万が一でもあればヴェラルドルフさんに怒られるでしょうから。
「ヒト種に混じって生きるのは大変なのね」
この状況になったのって殆どあなたが原因なんですけどね。
「そっかー。じゃあ、言いたいことだけ言って妾は帰りましょうかね」
言いたいこと? 何か用があってきたの? ふらっと気まぐれにやってきては場を荒らしていなくなるんじゃないの?
「汝は、妾のことをなんだと思ってんのさ。まあいいや。
──己を示せ、自他を分けよ。境界がお前を定める。境界が分ける。意味など、全ては後についてくる。
いつか、妾を尋ねるといい。外なる者、彼方の人。じゃあねー」
串肉を手に持ったまま、人ならざる者はいなくなった。初めから何者も存在していなかったように消えた。
なんだったんだアレは。白昼夢でも見ていた気分だ。……そう言えば、どっから串肉を持ってきたんだ?
私の持っている紙袋に入っている串に手を伸ばす。しかし、紙袋の中には何もなく、袋側面に付着したタレだけがあった。
アイツ、私の串肉持ってったな、ちくしょう。別にお腹空いてないから良いけどさぁ。一声くれよ。
「おや。もうお食べになったのですね」
「…………………………ん」
食べたと言うか、盗られたと言うか。突然現れては、美味しいって言って居なくなったし、ふらっと現れた神話生物ってことにしておこう。見当違いって言ってたけど、やってることがふらっと現れてよくわからないヒントをくれるニャルラトホテプと大差ないんだよね。
……とりあえず、何かあるまで考察タイムかな。
一息吐いてから、今いた存在のことについて整理する。
今遭遇した人型のナニカは、おそらく神話生物。しかし、クトゥルフ神話由来ではなく、この世界由来の神話を生きた生物なんだろう。
人に溶け込むのではなく、人に見つからない術を持って、人の世に潜んでいるタイプの存在。
生物であるなら、全ての身体構造に意味がある。しかし、単一種なら、生物的合理さを取り払った個としての特徴があるはず。
まあ、その辺はよく観察したわけじゃないから繁栄して行った生物なのか、単一の生物なのかはわからない。
それに、この考察で必要な知識である。この世界の神話、伝説に私は詳しいわけではない。ランベルト邸の書庫に行けば何かわかるかな。
「お考え事ですか」
「……(頷く)」
妙な視線も不快な匂いも変わらないし、意識を内側に向け続けるのもよくないだろう。とりあえず。
「……フローラ、さ、ん」
「そろそろお時間ですね。待ち合わせの場所へ向かいましょう」
アストラ達と合流しよう。追ってくるのであれば、祭りから離れた場所まで行ってヴェラルドルフさんとフローラさんに任せよう。
昼を過ぎ、日が傾き始めた頃。
待ち合わせの場所であるランベルト邸から少し離れたところにある馬車乗り場。忙しい立場の人達もいるとのことで、見送りのために立ち寄ることになっているらしく、私達は馬車乗り場の待合所で待ち合わせをすることになっている。
相変わらず視線は感じるし、匂いもする。待合所に入れば──
「ルナーラ!」
「みゅ!」
突撃をくらった。押し扉が開いて私目掛けてアストラが飛び込んできた。アストラの二の腕が喉に直撃してしまい、変な声が出た。不思議と息苦しいとかはないけど、喉が痛い。
「会いたかった。ルナーラ、わたし、寂しかった」
「……」
アストラさん。首が絞まってます。苦しいとかはないけど、首が結構、ガッツリ絞まってます。
「遅かったじゃないか。何かあったのかね?」
「はい。良い物も悪い物もありましたよ。此処ではなんですから、一度屋敷で話をしませんか? ルナーラお嬢さま。屋敷の中であれば、秘め事を話してもらえますか?」
「……ん」
屋敷の中なら使用人達もいるし、術関連の対処はジュラさんがいる。
それでも視線を感じるとならば、……やっぱり、奴らが私を見ていると言うことなんだろう。問題を引き起こしてきたり、信者を作って裏工作で世の中を引っ掻き回されたりするよりは全然良いんだけどさぁ。
あまり良い気はしないよね。
「わかった。アストラ、一度屋敷に戻ろう」
「ルナーラも?」
「ルナーラもだ」
「なら戻る。ルナーラ、一緒に帰ろ」
「……(頷く)」
一先ず屋敷に戻って視線のことと、あの神話生物について情報を共有しておこう。神話のことならジュラさんが詳しいだろうし、不審者が紛れ込んだりしているとするなら警備の強化も必要だろう。
アストラが私の首を解放して、その代わりに腕に抱きつく。もう離さないと言いたげなほど力強く抱きしめられ、腕の血流が止まる。……アストラって、本当は私のことが嫌いだったりするのかな。
「寂しかった。もう、離さない」
「…………よく、頑張、った。えらい、えらい」
依存が強いから嫌いってことはないんだろう。私だからこの強さなんだ。きっとそうに違いない。
嬉しそうに撫でられてるし、本当に可愛らしい子だ。私が良く解かして撫でる髪の触り心地が大変素晴らしい。糸よのうでありながら絡まらず、潤いもあり、艶もある。
撫でていて、触っていて気持ちがいいものになった。
元の世界にいた時から、他人の髪の毛を触ったり弄ったりするのは好きだったから、もうそういう癖なんだろう。
この世界に来てからは、アストラの髪の手入れはほとんど私がやっている。触れている機会は多いはずなのに飽きがこない。うーむ。素晴らしい。
「ルナーラ。いつまでもアストラの頭を撫でていないで屋敷に行くぞ」
「…………ん」
怒られた。アストラの髪の毛を楽しんでいただけなのに……。
まあ、立ち止まっていた私が悪いしいいか。
でも、ランベルト邸から馬車乗り場はあまり離れていないから、ちょっとぐらい、ねえ?
「仲がいいのは結構だが、屋敷でやれ」
「……アストラ、あと、で。ね」
「わかった」
アストラが腕を解放したので、腕に血液が流れ出し、じんわりと腕がピリピリと痺れる。
しかし、私と離れるのは嫌らしく、私の指を自分の指と絡ませ合いながら手を握る。俗に言う恋人繋ぎのような形になった。
「……まあ、いい。行くぞ」
何か言いた気なヴェラルドルフさんの後ろを、私達はついていき、屋敷に戻った。
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汝なんぞや。汝誰ぞや。
妾が見定めん。妾が隔てん。
妾は見ている。妾が汝を分ける。
「
妾と同種の力を持つもの。異邦の存在。
隔てなくして存在は非ず。境界なくして存在は非ず。
妾に示せ、汝が何たるのかを。
汝が妾に示した時。妾は汝を世界と分けよう。汝を確立しよう。
汝は何者となるのか。汝は世界を救う者か?
汝は世界に仇なすものか?
妾はどちらでも構わない。
「さあ、試練は始まる。宴は始まる。境界と次元たる妾に示せ、彼方の人よ」
あゝ、楽しみだ。
風邪を引いてしまい、家にいることの増えた作者でございます。
収穫祭の話は後数話続きます。思ったより話が進まない……