元社会人、異世界にTS召喚される。   作:名無しの投稿者

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白い濁り水

 

 

 

 

 

 

「と、言うわけなんです」

「……なるほ、ど」

 

 アストラが囚われている場所へ向かう道中。私はイス人こと、クルルガの話を聞いていた。

 具体的には、なぜクルルガはオルダゾスを召喚しようとしているか。と言うところを尋ねた。

 

 クルルガ曰く。別にオルダゾスを呼ぼうとはしていないし、神性を呼び込むつもりもない。

 

 ただ、二年前に解体されかけていた使えそうな団体を再構築していると、オルダゾスを呼ぶことになってしまったのだと。

 

 その際に、クルルガはオルダゾスを呼ぶのではなく。存在しない架空の神性。オルザドスを召喚しよう、と言うことにしたとか。私からすれば、オルダゾスも架空の神性なのだが、それは割愛する。

 

 儀式のやり方は覚えている者も多かったため、オルザドスを召喚する手順や、やり方はオルダゾスと同じだが、口寄せの呪文は少し変えたとのこと。

 

 それに、オルダゾスは既にこの世界に存在しているので、入り込むことなどない。万が一にも成功するはずがないだろうから安心して利用できる。とのこと。

 流石イス人。中々鬼畜な事をする。信心深いカルトの方々がお可哀想なことで。

 

「あなたは何故ここに。いえ、愚問でしたね。あなたは呼び込まれた存在。あなたの意思に関係なく、あなたはここに来てしまったのですから」

「……そう、ね」

 

 まあ、私がこの世界に来た理由なんて呼ばれたから。アストラの呼び声が何処からか聞こえてきて、夢で出会い、気がついたらこの世界に居た。

 言語の壁のせいで大変苦労したが、良き思い出だ。……いや、現在進行形で言語には苦労している。今でも聞き取れない単語とか。理解が遅れることもたまにあるし、古代語はまだ普通に話せても、ここの言語はうまく話せない。詰まることなんてよくあることだ。

 

「……でも、私、は。ここで、楽し、んでるよ」

「そうですか。……俺は、この世界には馴染めそうにない。神などという超常と共存できるなど無理な話で、俺には全く理解できませんし、慣れることもないでしょう」

「……そう」

 

 異界の笛の本筋世界。原作者世界であれば、作戦は成功する。

 しかし、作戦に加わっていたイス人三人の内二人は死亡。一人は数年後に無垢な少女の内に精神(意識)を束縛され、神になろうとしたイス人と体の主導権争いで記憶の消し合いを行う。

 そうして、無垢な少女を守る代わりに、神になりたかったイス人の記憶のほとんどを消し、自らの精神を少女に統合させた。人類の知らない功労者。

 イス人は、ごく一部の人間だけがその存在を記憶しているだけの絶滅した存在となる。

 

「……戻った、世界に。故郷、なくても。あなたは」

『それでも、俺は帰らなければならない』

「……そう」

 

 意思が固いな。私に帰せる手段も手伝いもできないとなれば、こっちの身に危険がありそうだ。アストラも人質に取られるかもしれない。

 アストラの安全が確保できたら後ろから殺るか? 

 ……いや、殺しは教育的にあまり良くない。なら、不意打ちでもう一度〝魅了〟を試すか? 

 

 ────。────────────。

 

 ? 話し声が聞こえる。

 

『おや、儀式の最中のようですね』

『……失敗する?』

『ええ。失敗するように仕組まれた、成功することのない儀式。そもそも、オルダゾスの召喚には非常に運が絡むもの。呼ぶ儀式は簡単ですが、来るか来ないかは運次第。教人アゼインは今回来なければ次回を狙う。しかし、あなたも領主もそれを許さないでしょう』

 

 それはそうだ。そんな危険行為を私は許容できない。危ないカルト教団は殲滅、お取り壊しに限る。

 

『ですので、あなたは巫女アストラと再開できて、危険人物を捉えられる。俺は、そんなあなたに交渉を持ちかける。この教団は都合が良かったのですよ』

 

 可哀想なカルト教団。まあ、アストラを巻き込んだ時点で未来はない。イス人(クルルガ)、お前もな。同情はしてやるが、味方には……まあ、手段があるなら手伝おう。だけど、基本的にお前は敵だ。

 

 地下水道を進んでいると、遠くから微かな灯りが見えてきた。

 クルルガの先導で灯りのある場所まで来た。

 

『……これ、は』

 

 目の前に広がるのは、ありえないほど広がる大きな空間だった。

 

 ざっと見ても三十人以上の人間が盛り上がった台座の前に跪き、何かを唱えている。

 

 台座には、十七本のモノリスが円形に突き立てられ、そのモノリスを結ぶように淡い光を帯びるロープ状のモノで正十七星が作られている。

 中央には、何やら折れた柱のような物が建てられており、その柱に何かが突き刺さっているようにも見えるが何が刺さっているのかはわからない。

 

『驚くのも無理はありません。本来、このような広い空間はこの地下水道には存在しないのですから。空間拡張機の材料があって良かった。それのおかげで俺は信頼を得られたのですから』

『空……なに?』

『空間拡張機です。空間を……そうですね』

 

 イス人が少し考えて口を開く。

 

『あなたは絵画を見たことはおありですか』

『……ん』

『では、そうですね。一つの部屋を、小さな無数の点で描かれた絵画であるとしましょう。その絵画を大きくしようとすると、絵画を拡大するか引き伸ばすことになります。しかし、そうなると絵はぼやけ、描かれた家具も生物も、輪郭を失って見るに耐えない物となってしまう』

「……ん」

『ですので、絵が壊れないよう。描かれた家具や生物を構成する点を増やしつつ、キャンバスを広げて新たな余白を作る。そう言う機械を作ったのです』

 

 そうだね。言わんとしていることはわかる。

 

『……絵の、ピクセル、増やす。同時に、キャンバス、広げる』

『ほう? あなたにそのような知識があったとは驚きです』

 

 お? 馬鹿にしてるのか? 

 いくらなんでも人間を舐めすぎじゃないですかね。

 

『馬鹿、に、してる?』

『いえいえ、あなたにそのような知識があるとは思わず失礼いたしました。あなたが言ったように、絵画の解像度を上げながらキャンバスを広げる装置。そのような認識であっています』

 

 やっぱり馬鹿にされてませんかね、私。いくらイス人よりも技術も知識もないかって、その反応はないでしょ。

 

『まあ、そう言う装置を使って空間を拡張している。と理解していただければ』

「……」

 

 まあ、いいや。自分よりも頭の悪い人に説明するのって疲れるだろうし、専門用語で済むものを説明するために言葉数を多くしなきゃいけないから。「知ってるなら先に言って欲しかった」となるのもわかる。

 

『巫女アストラは、この奥の牢に入れられています。儀式の進行状況的に見てまだ連れてこられることはないでしょう』

 

 この奥にアストラが居て。そこに、私の知らない私の秘密が。私を定義するモノがある。

 

『どう、やって。抜ける?』

『俺の隣を歩いていれば問題ないでしょう。それに、今の俺の姿は彼らに見えないようあらかじめ術を張っています。〝姿を曇らせる〟。あなたも使えるでしょう?』

 

 現在進行で使っている。筈なんだけど、何故かイス人には通用しなかった。今も私のことは見えるし、知覚出来ているみたいだ。

 移動中に解けていても困るから、念のため張りなおそう。

 

『……〝姿を曇らせる〟』

『おや。詠唱省略は使えないので?』

『……ん』

 

 ただしく詠唱しないと上手く扱えない。まあ、そこはスペックの差というか、種族差的なモノなんだろう。多分。

 

 私はただの人で、彼はイス人。知識にも知能にも素のの能力値にも差がある上に、相手は神話生物。宇宙の真理に触れる存在だ。

 矮小な人如きが出来ることなんて限られてるんだから、出来なくても仕方がない部分もあるだろう。そうでないなら私の努力不足だ。変に外部の魔法、魔術を持ち込むのはなんだか悪いことをしている気分になるからと、これでも制限していたけど。制御の練習はしたほうがいいのかもしれない。

 

 クルルガが広間に足を踏み入れる。私は三歩後ろをついて広間に足を踏み入れると────雰囲気が変わった。

 

 強いアルコールの臭いと、アロマ系の香。方陣からはモノリスが淡く光を放ち、ぼんやりとした光を灯している。

 

 空気が冷えているのか。それとも、この広間だけ異常に冷えているのか。吐いた息が白く染まり、姿を隠してもバレるようになってしまった。しかし、幸運なことに皆一様に跪き、首を垂れながら何かを唱えている。私の存在に気がつくものはいないだろう。

 

 しかし、違和感。おかしい。私の中の何かが警告する。生物としての本能が、『ここは危険だ。立ち去れ』と警鐘を鳴らす。

 

 ──「──むるるぐふ ふたぐん おるざどす」

 

 耳をすませば、確かに招来の呪文のような物は聞こえる。

 招く存在の名前も、ちゃんと「オルザドス」になっている。それでも拭えない違和感。

 

 オルダゾスの召喚儀式は簡単だ。

 空は晴れていて、霧が出ている。そして、新月か満月であり、夜であること。

 その間に、複数人。十人以上で集まってオルダゾス招来の呪文を唱え続けるだけ。

 そうしていると、霧の中にダ・ルナーが現れ、その後にオルダゾスが望まれた形を持って顕現する。簡単だか、成功例はほぼない。

 

 その理由は、オルダゾスはアザトースの見ている夢の番人であり、夢そのもの。詳細な設定はわからないけど、全生命の潜在意識。あるいは生存本能、『アザトースを起こしてはいけない』という理由から、その呼びかけに応じることは非常に稀だ。そのため、呼んでも来ないことの方が多いが、この儀式でしか成功例がない。

 

 そのため、現状だとオルダゾスを呼ぶにはこのやり方以外に成功例がない。そうなると、呼ぶのは安定しなくてもこの儀式、呼びかけ方法しか確立されていない。

 

 

 

 ────ぴちゃり。

 

 

 

 不意に水を踏みつけたような。水面が弾けたような音が聞こえた。触手に水が触れたような感覚はないし、イス人も立ち止まり辺りを見回している。

 

「「「「「「「「「いあ いあ おるざどす くるるなふ いあ おるざどす ふんぐる ふるぐ なふ あずぁとーす あるむ いあ いあ」」」」」」」」」

 

 とても拙くも叫ぶような祈りの声。幼子が何かを強請るようなそんな呼び掛けが広い室内でこだまする。

 

『…………そんな、馬鹿な』

 

 声の主を見やる。暗く、フードも被っているため表情を見ることはできない。しかし、その声音からは驚愕と否定の様子が伺える。

 

『ありえない。そんな、まさか。いや、だとするなら説明は……しかし、そうだとすれば』

「……イス人、なに、が」

『嘘だ。何かの悪い冗談だろう、嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!』

「っ! イス!」

 

 イス人が現実を否定するような叫び声をあげて頭を抱えて蹲る。

 

 実物は、実際に見るのは初めてだけどこれは

 

「……発、狂」

 

 CoCにおいて、SAN値が短時間で一気に減少するとなる精神状態異常。

 理知的な者が幼児後退して泣き喚いたり、明るく溌剌とした者が急激に病み自殺や自傷行為を行う。根暗で陰気な者が突然人殺しに走るなど、普段からは到底考えられないような異常行動を行う。

 個人的には殺人衝動や自殺衝動じゃないだけよかった。発症したのは現実の否定、拒絶といったところか。

 

 肩を掴んで強めに譲る。……反応なし。

 触手で掴んで逆さ吊りにながら譲る。これも反応なし。

 

 ……ダメだ。完全に放心してる。ちょっと強めの物理ショック。いや、精神分析パンチで治るだろうか。触手で吊り下げたまま腰をいれてイス人を殴る。暗くて上手く当たらなかったが

 

「はっ! 俺は何を」

 

 正気には戻ったらしい。

 

「……アスト、ラ。連れて、逃げ」

「……いいえ、無理です。間に合いません、もう来てしまったようです」

 

 イス人の視線の先を見やると、暗闇に紛れながらもその存在は輪郭を持ち、薄らとその姿を見せる。

 

 薄らと浮かび上がる輪郭は、ふわりふわりと宙を扇ぎ浮き、揺ら揺らと揺れるその触手は鰭のような布状の器官を纏う。

 地下空間にも関わらず発生した霧の中をゆらめき、近くにいる人々を捉えて壊死させていくそれは、風に揺れる羽衣の様にも見える。

 

 〝空舞う羽衣〟がこの場所にやってきた。と言うことはだ。

 

 触手が守るように取り巻き、その中に奴がいた。

 

 それは人型である異形。人の形をしただけの怪物。

 暗闇の中でもはっきりとした姿が見えるそれは、忌々しくも神秘的な光を纏い、その面には目、鼻、口耳といった器官を持たない。

 純白の衣を身に纏い、衣の隙間からうねる触手は、それが人ならざる者であることを嫌でもこちらに認識させる。

 

「ああ、ようこそ。ようこそおいでくださいました! オルザドス様! クヒャ! クフハハハハハ!」

 

 白の法衣を纏う中年の男が、そんな言葉を吐いて笑っていた。

 

 最悪は起こった。起こってしまった。

 

「…………試練、は、クソ」

 

 やっぱり、神はクソだ。

 

 だって、ただの人間が神相手に立ち向えっていうんだよ? 無理だって。

 

 ──汝、なんぞや。

 ──汝は、何者なり。

 

 ……ああ、わかってるよ。存在証明、私が自分で示すための試練だってふざけたこと言うんだろ? 

 

 やるよ、やってやるよ。やればいいんだろうクソ。

 

「……イス人。なに、出来る?」

「……残念ながら、俺用の武器以外は持っていません。召喚が成功するなんて微塵も考えていませんでしたから」

「……なら、自分、身は。じり、き。お願い」

 

 私にだって自分の身を守りながら、アストラを救出して逃げるのが精一杯だろう。

 

『呼ばれた。来た、進化。請け負った。望め、夢が、作り替える』

『力、足りない。もっと、要る』

 

 ぼんやりと聞こえるその言葉は、ダ・ルナーの蠢く触手を弾くのに精一杯で上手く聞き取れなかった。

 

 でも、──

 

「……イス人。アレ、本、調子、じゃない」

「なら、撃退出来るかもしれない。ですか?」

「……ん」

 

 そもそも生物じゃないから確証はないけど、ダメージを負えば何か付け入る隙が出来るかもしれない。とりあえず、

 

「……とりあ、えず。攻撃。アレ、の本調子、戻したら、終わる」

「ええ、共闘ですね。まずは、あの狂信者達をなんとかしましょう」

 

 自らの体を捧げにいく狂信者たちをオルダゾスから引き離さなければ、オルダゾスが本調子に戻る。

 

 触手の数を増やし、私は狂信者たちに向かって触手を振り下ろした。

 

 

 やっぱり、なにも感じなかった。

 

 

 

 






イス人は何かを察して発狂したらしい。一体、彼は何に気がつき、何に絶望したんでしょうか。

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