元社会人、異世界にTS召喚される。 作:名無しの投稿者
「……ルナーラ」
「……?」
「……―、アストラ」
「……あすと、ら」
「……―」
私と少女。アストラに与えられた部屋で、私たちはお互いに名前を呼び合うという奇妙な遊びをしていた。
私はこの屋敷の長であるヴェラルドルフ(仮称)さんから名前を……付けてもらったんだと思う。でも、正直何を言っているのかはさっぱりだ。
名前をつけてもらって二週間ほど経ち、使用人たちと対話を試みたり。一日に一回やってくる医者らしき人の話を頑張って耳にしようとしてはいるのだが全く言葉を理解できない。
思考停止は不味いと思いながらも、絵本らしき物を使用人に渡して読み聞かせをしてもらったりしながら現在は言語の解読と習得に努めている。……赤ちゃんってすごいんだなー。言語を三年で習得するなんてさ。私には三年掛かっても難しそうだ。
そもそも、医者らしき人が描いた絵を見せられたが、そこから考えるに。私は喉に何やら異常があるらしく、それのせいでうまく発声ができなかったり、咳き込んだりしてしまうのだとか。
まあ、それがきっかけで絵を使って会話出来そうなことに気づいて、なんとか別の人とも出来ないかとやってみたが。結果は残念なことに無理だった。私に絵心がなさすぎた。悲しくなった。涙出ないけど。
私はなんで縛りプレイをさせられているんだ。言語は通じない。発音も難しい。絵も絵心がなさすぎて対話不可能。ボディーランゲージも失敗。そして、表情筋が固まっているのかと思うほど、私の表情は動かない。本当にさぁ、どうやって伝えろっていうのさ。
「ルナーラ」
「……あす、と、ら」
アストラは楽しいのかな。名前を呼び合うだけの遊びが。
「……? ルナーラ、────?」
「……」
うーむ。私の名前を呼んで、何か聞いてきているのはわかる。それはわかるんだけど、……ごめん。何を聞かれているのかはさっぱりだ。
コンコン。
部屋の戸が軽く叩かれて開く。中に入ってきたのは、男の使用人。誰かを招き入れるように扉を開けると、一人の老婆が入ってきた。
新しい家庭教師の候補だろうか? ここ二週間でほぼ毎日、一日に一人は人が訪ねて来ては、私とアストラに何か話しかけ、私には首を傾げられ、アストラには無視をされ。何か恐ろしいモノを見るような目で私達を見ていなくなる。
この人もそうなるのだろうか? 別に私は気にしないが、アストラはただ可愛らしい少女だ。そんな目で見てほしくない。不愉快だ。
しかし、老婆はローブを被り、シワのある鋭い目が私を見る。アストラに全く目が行っていない。私しか見ていない。
「──。────。────、……………………この言葉がわかるかい。お嬢ちゃん」
「!」
わかる。激し目に頷き、私も言葉を返そうとするが、やっぱり喉に音が引っ掛かるような感覚と共に咳き込んでしまう。
「──あ、ムグゥ!」
頑張って発音しようと口を開けると、老婆の指を口に突っ込まれて発音できず、そのままえずいてしまい。老婆から逃げて距離を取る。
「……なるほどね。呪詛に当てられて、声帯が傷ついてやがんのかい。治してみるけど、期待はするんじゃないよ」
「…………なお、…………せる?」
「確約は出来んがね。呪詛を祓うのなんて誰にも出来やしない。だから、ほら。こっちへおいで」
「……わか、った」
今、老婆に指を突っ込まれてからは、さっきよりも声が出る。引っかかるような感覚は薄い。
老婆がもう一度、私の口の中に指を突っ込み。何かを唱えると奥まで押し込み。
そのまま私は老婆の指と一緒に何かを吐き出した。出てきたのは黒くうねるナニカ。蛇のようであり、海洋生物。タコやイカなどの触手にも見える。そんな黒いナニカ。
吐き出されたそれを、老婆が踏みつけてにじり潰す。
黒いナニカは『ピギィー!』と音を立てて黒いモヤになって消えた。
「どうだい。話せそうかい」
「あり……が、ゲホッ」
「……やっぱり八割は残っちまったみたいだね。でも、マシにはなるだろう。長くは話せないだろうが、どうだい? 前よりも話しやすいだろう」
老婆の言葉に頷いて返す。
「────────────?」
「……ルナーラ?」
「……」
老婆が何を話しているのかはわかっても、他二人の言語は理解できない。
「お前さんが、なんでこの言語しかわからないかはさておき。……お前さんが人の言葉がわからないのは、単純にお前さんが一般言語を知らないのか。或いは……」
「いっぱ、ん。……ご?」
「ああ、そうさね。お前さんが今使っている言葉は、古き者たち。それも、星読みの奴らの使っていた言葉。専門家じゃないと、誰にも通じんだろうさ」
「……」
『古き者』、『星読み』。話的に、かなり古い言語らしい。
言語が違うのはなんとなくわかっていたけど、……やっぱり習得しなおしか。
「しかし、お前さんは運がいい。〝大導師〟のアタシがお前さんらの教育者を引き受けることになった。アタシが教師の間は、アタシが言語を教えてやろう」
「……おねが、します」
「おうさ」
兎に角、話のできる。会話ができそうな人が出来て良かった。
「……ルナーラ。──────────」
「────。──────────」
「──―、──────」
……何を話しているんだろう。まさか、私がやばい存在だって警告をしていたりする?
「……せ、せー」
「何も変なことは話しちゃいないから安心しな。……まあ、めんどそうな仕事を引き受けちまったとは思うが、アタシが適任だろうさ。辺境伯も運がいい」
「……へん、………………はく?」
「ん? ああ、お前さんは何を言っているのかわからないから知らないか。お前さんを引き取ったのは、この辺りの開拓と防衛を任された国防の武人、ヴェラルドルフ辺境伯さ」
「……」
ごめん。辺境伯ってなんだ。よくわからないけど、地位の高い人なんだろう。
「子供のお前さんが知るには早いし、気にしなくてもいい。お前さんらを養うやつが、なんか偉い人ってのを知ってるだけでいいのさ」
「……ん」
別に今は知らなくてもいいらしい。……? 少女が私の手を握って引いている。どうやら警戒しているらしい。
とりあえず、少女を抱きしめて頭を撫でる。ほーら落ち着いてー。大丈夫だよー。怖い人じゃないよー。たぶん。
使用人の人と大導師なる人は、何やら話をしているし、今はアストラに構っておこう。……あの人に言葉を教われれば、私はアストラと会話が出来るようになる。
会話ができれば、寂しい思いや不安なことを知れて助けになれる。
「せ、んせー」
「──。どうした。何か、聞きたいことでもあるのかい?」
「…………せんせ、は。……わ……に、言葉。ゲホ、ゲホ。……おし、て。くれる?」
「ああ。お前さんに教わる気があるなら、いくらでも教えてやろう。どうやら、言語の欠落がかなり酷いみたいだからね。それの付き合い方とも、ね」
「おし、え、て。せん、せー」
「おうさ」
笑いかけてくれる老婆。……やっぱり、私には悪い人に見えない。だから、あまり警戒してやらないでくれ。
「ルナーラ。──」
「──────────?」
「ルナーラ。────────────」
「──────。──────────」
何やら老婆とアストラが話をしている。アストラは私に抱きついたままだけど、老婆はそれを微笑ましげに見ている。……なんの会話をしているのかわからないけど、なんとなくわかるのは、アストラが私を独占しようとしてるのかな。子供の独占欲、……嫉妬か。
なるほど、そう考えると確かに微笑ましい。
「……だい、じょぶ。……し、ここ。いる」
「……?」
アストラには通じないけど、言葉に感情が乗るなら。うまく乗っててくれ。音で伝わることもあるだろうから。
──────────
大導師なる人物と出会ったその日の夜。
大導師の老婆も交えて食事を摂り。メイドのお姉様にアストラとお風呂に入れられ、就寝時間までは自由な時間になった。
「──♪」
「……」
ここ最近。この時間になると、決まってアストラと一緒に、部屋の窓から外を眺めている。灯が少ないからか、見上げれば夜空に散りばめられた星が見える。
……星を見ていると、ここが別の世界なのだと思い知らされる。
見上げる星空に北極星らしいものはないし、その他星座も見られない。似たような配置のものはあっても、私の知るものとは違う。
それが少し悲しくて、寂しくて。……なんとも言えない気分になる。
それを慰めたいのか、アストラが私の隣で何か歌を歌っている。心地の良い音だ。
何故だろうか。時折音も外れるし、調子だっておかしくなる。不恰好な歌なのに、私には心地よくて、安心する。
アストラが歌い終わり、またボーッと星を眺める。……アストラは、楽しいのかな。私がやっているから、ただボーッと真似してみているだけなんだろうか。
……まあ、どっちでもいいか。私にもそんな時期があったけど。今は星を眺めながめるのも好きになったし。好きになるきっかけには丁度いいんだろう。
「……──あかい、目玉、のさそり」
「……? ルナーラ?」
「──ひろ、げた。鷲の、つばさ」
星をめぐるうた。
私は宮沢賢治のファンでもないし、作品もよく知らない。でも、星を見ていると歌いたくなる。
なんで名前かもわからない。歌詞もうろ覚えかも知れない。……でも、爺さんがよく歌ってくれた歌だ。私の頭を撫でながら、爺さんは私に星座を教えながら私に歌って聞かせた歌。
爺さんはもう十年以上も前に亡くなったけど。あの暖かさは忘れていない。私の大切な記憶だ。
「…………────?」
きっと、なんの歌なのか私に尋ねているんだろう。
「……わた、し。の、故郷。の、……た」
「…………──―、──────」
私の服を引っ張って、私をじっと見るアストラ。続きが聞きたいのかな。聞きたいなら、いいか。ここには私とアストラしかいないし。
「…………あかい、目、玉のさ、そり。ひろ、げた。鷲の、つば、さ。あをいめ、だまの子、いぬ。ひか、りの、へ、び……、とぐろ」
連続して発音するのが苦手だから、私もたどたどしく、そして途切れ途切れで歌うことしかできないけど。……アストラが喜んでくれるならいいかな。
二人だけの時間は、とても心地よかった。
「……へえ。いい歌じゃぁないか」
遠くでそんな声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。
────────────────────────────────────
「それで。報告というのはなんだ」
執務室。今日は客人がおり、その客人というのは家庭教師となった人物。国内の五大魔法使いの一人であり、古代魔術の研究者。〝大導師〟ジュラ。
何やら急ぎの報告があるらしく、夜ではあるが、執務室で話すことになった。
「なに、あの双子のことさね。何処であんな劇物を拾ってきたか聞いてやろうと思ってね」
「……今はお前が質問する番ではない。さっさと報告しろ。アストラとルナーラがどうかしたのか」
揶揄っているのか、ジュラはクックッと笑いながらヴェラルドルフを見る。
しかし、笑い終えると真剣な眼差しでヴェラルドルフを見る。
「報告なんて後だ。もう一度聞く。あの劇物を何処で拾ってきた」
「……邪教の行っていた、生贄の儀式の生き残りだ。王や魔導学会の方にも報告書を出しているはずだ。目は通したんだろう」
「嘘ついてんじゃあなさそうね。まあ、いいさ。なら、報告させてもらおうじゃないか」
ジュラは〝
「まず報告一つ目。ルナーラとか言うお嬢ちゃんは、古き者と同じ言語を使っている」
「なに?」
古き者。
未だ謎多き種族で、その種族。生活実態。信仰の有無もよくわかっていない。ただ一つだけ言えるのは、彼らは魔法を生み出し、この世界へ広めたと言うことのみ。
この言語は、近年解読されたばかりで。この言語に詳しい者もかなり少ない。読むことができて、言語として発音し、話せるのもジュラぐらいなもので、どの国でも研究が進んでいない言語なのだ。
「そして二つ目。ルナーラはかなり強い存在から呪われている。その影響で、うまく話せないみたいだね」
少女ルナーラにかけられた呪い。どんな存在から呪われているのかはわからないが、幼子を呪うような奴だ。きっと碌でもない奴に違いない。
「それで、これが本命なんだが……。事実を知る勇気はあるかい? これは、かなり学会にも持ち帰れないほどの極秘事項。アタシも認めたくないほどの厄ネタだ」
「……良い。話してみろ」
「……かなりショッキングな内容だけどいいのかい?」
「本当に聞くのか?」そう問いかけるジュラに、ヴェラルドルフは頷いた。「話せ」と。
「……まず結論から言うと、お嬢ちゃんはヒト種じゃない。もっと別の──アタシらヒト種のような見た目をした別の何かだ」
「何を根拠に」
「勝手ながら、呪詛を取る時にお嬢ちゃんの身体構造は読み取らせてもらった。その時にわかったことなんだが、お嬢ちゃんの身体構造はとてもじゃないが既存の生物じゃあない。それに、どれだけの時間を経ても、お嬢ちゃんみたいな身体構造にはならないだろうさ」
「……どうしてだ?」
ジュラは、悍ましいモノを語るように静かに言う。
「……あのお嬢ちゃんの身体はある意味生物として完成しているが、明らかな欠陥を抱えているんだ。確かに、あれでも発達過程。今は幼体だ。しかしだ。お嬢ちゃんには生殖器。子宮はおろか、卵巣や精巣を持たない。そして、何より。あの構造的に、食事を必要としていないんだ」
「自分で活動のためのエネルギーを無限に生み出し、そのエネルギーを自分で消費する。その上、体外から摂取したものも無駄なく自分のエネルギーに変換する。他の生物、生命に自身の生命活動を委ねない。生命活動が自己で完結している。この無駄を省きに省いた身体構造を、生命として完璧だと言わずしてなんと言うのか」ジュラはそう語る。
しかし、ヴェラルドルフは疑問に思った。
確かに無限にエネルギーを生み出せれば、自己の治癒や空腹などでガス欠することなく、理論上無限に動き続けられるのだろう。確かに、理論上は一体の生命体としては完璧だ。何処に欠陥があるのかわからない。
「それは、……凄まじいな。それで? 欠陥とはなんだ。聞いている限り、かなり凄まじい生命体のようだが」
「わからないのかい? お嬢ちゃんの最大の欠陥は、自己の複製、繁殖能力の欠如。そして、……そこまでの能力を有しながら、感情に支配された存在だってことさ」
生物の持つ繁殖すると言う能力を持たず。感情に支配されている。
その完成された能力も、次代に継がれることなく種として絶えてしまい。それなのに、感情と言うモノが。感情を獲得してしまうほどの知性や理性が本能を抑制する。
確かに、重大な欠陥だ。感情に関しては、ヒト種にも言えることだが……感情に支配されすぎると、どんな生物も無駄な犠牲となりうることが多い。
言葉はわからずとも、ルナーラがアストラを大切にしていることは見ていればわかる。それが、ルナーラを。ただ一体しかいない単一種である彼女を種の破滅へ導くのだろう。そう考えると、勿体なくも思う。
「……そこで提案だ。ヴェラルドルフ。あんた、あの子をアタシにおくれよ」
「引き取ってどうするつもりだ」
「もちろん、適切に処分するのさ。あの子は下手すりゃこの国。いや、世界すら脅かしかねない。そんな奴は人目につかないところで研究し、消したほうがいい。そうだろう?」
「……ああ、そうだな」
脅威には然るべき対処、対策が必要だ。一人の武人として。国防を担う者としてそれがどれだけ正しいのかはわかっている。しかし、
「……私の目に、あの子は異質であっても。無意味に害を与える存在には映らんのだ」
「へえ? それは、精霊眼で見た結果かい?」
「……ああ。あの子の未来も多少は覗き見た。しかし、ルナーラは、アストラのために動き。共に笑っていた。手を取り合い、来る脅威へ共に戦っていた。そんな、未来の勇士を捨てるわけにはいかん」
ヴェラルドルフの精霊眼。
幼少の頃、森で出会った精霊から授けられた精霊の持つ眼。生物の本質的な姿を色彩で見ることができ、感情の動きが少しだけわかる。そして、少しだけ。断片的な未来を見ることもできる。
そんな眼を持つヴェラルドルフは、ルナーラとアストラを〝未来の勇士〟と評した。来るべき脅威へのカウンター。そうなる未来があるのなら、その来るべき脅威のために備える。それが、未来を考え。今を守る国防の貴族の役割ゆえに。
「……交渉は決裂か」
「当たり前だ。養子といえど、二人は我が娘だ。どんな者であろうと、躾ければ魔物だって飼えるのだ。問題なかろう」
「魔物なんて小さい規模じゃないんだがね。まあ、いいさ。老い先短いアタシに未来のことなんて関係ないからね。…………ああ、家庭教師の件は引き受けるから安心しな。雇われて、金ももらってるんだ。きっちりもらってる分は働くからさ」
「失礼するよ」ジュラはそう言って執務室から出て行った。
執務室には、静寂が訪れ。ヴェラルドルフは、深く椅子に腰掛ける。
そして、一枚の投射紙を取り出して見つめる。
「……大丈夫。君が繋ぐと誓った予言の子らだ。うまくやるさ。────全ては、滅びに立ち向かうために」
投射紙に映る笑顔の女性を見ながら、ヴェラルドルフは、自身の意思を確かめた。