元社会人、異世界にTS召喚される。   作:名無しの投稿者

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微睡みの薔薇園

 

 

 

 

 

 花の匂いがする。嗅いだことがあるけど、よく思い出せない。

 そんな花の香りだ。

 

 眼を開けると、私は知らない場所に寝転がされていた。意識を覚醒させたくて体を起こして頭を振る。そして、少しずつ意識がはっきりして来た。

 辺りを見回すと──そこは、一面青に染められた花園だった。

 

 なんの花か気になって花に近寄り、よーく観察する。何処かで見たことがある。と言うよりも、割と見かける花だ。

 

「……青い、薔薇?」

「よぉ。目ぇ覚めたかい?」

「……!」

 

 後ろから声をかけられ、慌ててその場から飛び退いて振り替える。逃げ場的に薔薇園の中に自分から突っ込んでいってしまう形になり、全身薔薇の棘で傷だらけになる。

 しかし、今の私にとってそんなことは些細なこと。傷程度で逃げられるなら。痛みでこの夢が覚めるのなら好都合だ。

 

「そう驚くなよ。ボク()、寂しくなっちゃうじゃないか」

 

 そう言いながらも愉快そうに嗤う浅黒い肌に、短髪の青年。

 

 私はこいつを知っている。ゲーム内ではあるが、何度も相手をさせられ、こいつの気が済むまで弄ばれて、毎度逃げられている。

 

「良いねその顔。この姿のオレ()を知っているやつは少ねえ。しかも、初見で見破るなんて、頭大丈夫か? 瀕死か? キャハッ!」

 

 とても愉快だといいたげな、目の前にいるトリックスター。

 その姿がブクブクと膨れ上がり、それはまるで塔のような巨躯へ変貌し、その姿が顕になる。

 

 黒く腐臭を放つ体液を体表に纏い、大木のような体からは三本の脚と三本の腕が生え、無数の太い触手が獲物を狙い定めるかのようにうねる。

 頭部と思われる場所は太く長い一本の触手になっており、その顔があるであろう場所には空洞になっていて物理的な意味で顔がない。

 

 人はソレをトリックスター。新たな混沌を生み出すモノと形容した。

 人々の内に潜み、全てを嘲笑う〝這い寄りし混沌〟。

 

『オマエに、()はどう映る? 恐ろしい(奇怪)か? 悍ましい(美しい)か? ()はどちらでも構わない』

 

 千、万の貌を持つが、ただ一つの貌も持たない。無貌の邪神。ナイアーラトテップ。またの名を、〝ニャルラトホテップ〟が、私の目の前に現れた。

 

 私はその変貌と姿を直視した。

 本来であれば、問答無用で1D100のSAN値チェックでSAN値直葬待った無し。のはずなんだが……不思議とショックを受けるとか、何か悍ましいものを見た。理解しきれない冒涜的な存在を見た。と言う感覚はない。

 

 私の予想外の反応に、ニャル様も首を傾げている。

 

『あれー? オカシイな。驚いて踊り狂ってくれると思ったんだが。そんなこともない。精神的に異常がある。なんてこともなさそうダナぁ』

 

 なんと言うことでしょう。散々問題を起こして、CoCプレイヤーを怒らせ、困惑させてきたあのニャル様が困惑していらっしゃる。

 ……まあ、SAN値チェックが起こらない理由はなんとなく察せてはいるんだけどね。

 

『オマエ、まさか()が怖くないのか? 全く恐れていないのか』

 

 あのー、その姿で困惑するのやめてくれますかね。とてもシュールで笑ってしまいます。

 

『オマエが笑えて、アタシ(俺様)が笑えんのは、不快だ』

「……! 我が身、護れ──〝肉体の保護〟」

 

 癪に触ったらしく、ニャルラトホテップの触腕が私に伸びてきて、そのまま締め付けるように巻きつく。咄嗟に体を守ろうと思考すると浮かび上がった魔術。〝肉体の保護〟を使った。

 

 〝肉体の保護〟。

 身体を守る魔力的なもので身体を覆い、障壁を身に纏うと言うもの。

 使う時に消費したMPに応じて障壁の強度、耐久力が変わる。頑強なものを作ろうとすれば、それだけのMPが必要になる。

 

 ニャルラトホテップに捕まったことはないけど、ただの人間程度、余裕で即死するような攻撃なことに間違いはない。MPが消費されるような感覚と共に倦怠感に襲われる。

 しかし、わざわざ保護をする必要はなかったらしい。

 

 私を掴んだニャルラトホテップの触腕が弾け飛び、私はフワリと空中を何かで支えられ、ゆっくりと地面に降ろされた。

 

『……あア。お前は、アイツに好かれてんのか。それとも……クック、哀れだなぁ。珍しいこともあるもんだ』

「……あい、つ?」

『そもそもオ前。オレ()らと──。……! クックック、キャハッ! あア、干渉できなくても、おまえは! そうか、言わないほうが面白い! クハッ!』

 

 何か一人で盛り上がっている。

 私は何に好かれているんだ。……まあ、対価さえ払えばニャルラトホテップなら答えてくれるだろうけど、残念なことに対価たり得るモノは持ち合わせていない。

 悪巧みを思いついた様に嗤うニャルラトホテップを眺めていることしかできない。

 

『ナァ、おまえ。ここが何処かわかるよなぁ』

「……?」

 

 ニャルラトホテップがそう言うが、私にはわからない。しかし、良く観察して、あたりを探索すればわかるのかもしれない。

 

 今一度あたりを見まわし、良く観察する。

 

 何処を見ても青い薔薇が咲き乱れている。風が吹くと花弁が舞い、芳醇な薔薇の香りがあたりに立ち込める。

 耳をすませば何処からか漣の様な水音も聞こえる。

 

 空を見上げれば、果てしない夜空。青みを帯びた赤紫色と言うなんとも不可思議ながら、とても神秘的な光景が広がっている。

 

 まさかとは思うけど。……なんとなくここが何処かわかった。わかりたくないし、知りたくない。でも、CoCで何かと縁がある。というか、ウチの卓のKPが好きで、良く要素を突っ込まれていた神格。その神格の居る世界。

 

 気がつけば巨大な門が聳え立っていた。なぜ気がつかなかったのか。なぜ今の今まで気づけなかったのかはわからない。でも、ここは時間、空間の概念がひどく曖昧な場所。

 そんなことがあっても致し方がないんだろう。

 

「──きゅーきょく、のもん(窮極の門)

『ああ、そうだ。ここは、オマエを見ているやつの棲家。なんの縁かお前、呼び出されたミタイだな』

 

 神性なんて碌な奴がいない。

 神なんて存在は、人間でなんとか出来るものじゃない。関わり合わない方が安全な奴らばかりだ。こんなところ、今すぐ去りたい。

 

『……ッチ。時間か。まあ、いい。おい、彼方の人。冒涜的で悍ましい観察者。ありふれた観客的上位者。(アタシ)らはオマエを見ている。例え干渉できずとも、(拙者)たちはお前をいつでも見ている。どんな壁も越え、どんな障壁も越え、(わたくし)たちはお前を見続ける。足掻け。興じさせろ。哀れで愉快な道化(人間)

 

 ニャルラトホテップが空に向かって飛び上がり、いつのまにか背中から生やしている巨大な翼で飛んで行く。私は去っていく姿を眺めていた。

 

 ……しかし、考えることが増えてしまった。

 ニャルラトホテップは、私を〝彼方の人〟、〝冒涜的で悍ましい観察者〟、〝ありふれた観客的上位者〟。そう言っていた。この場合は、全てをニャルラトホテップから与えられた情報(真実)として思考すれば良いのか。はたまた、私を混乱させるために吐いた偽情報(虚言)か。

 どちらもあり得るから困ったものだ。

 

 ニャルラトホテップという存在は、知的生命体を困らせたり、一方的に弄ぶことを好む。わざと見える場所に情報を置き、その対価と言わんばかりにえげつない罠を張る。

 その罠は、思考の罠だったり、その情報を得た者の命の危機に瀕するような物理的な罠だったり、その両方だったり。

 兎に角、行動が読めない。

 

 こっちが知力で対抗しようにも、アイツは人間よりも遥かに高すぎる知性をもって、こちらの思考や行動を先読みし、妨害してくる。

 今は言語的な壁もあり、情報が仕入れられない。そのため、自分のことについて考察するほうが、一探索者としては正解なんだろうけど。

 

「…………むず、かしいこと。は、あとに、しよう」

 

 今考えてもどちらにせよ情報が足りない。変に考えて思考を堅めてしまうのは良くないだろう。

 

 そんなことより、今はここからどうやって帰るかだ。

 

 窮極の門。ここは、あらゆる時間、あらゆる空間、あらゆる次元に繋がる中間領域。

 ここに来るには、連れてこられるか、事故で来てしまうか。それか、銀の鍵というアイテムが必要になる。

 

 しかし、私は銀の鍵なんて持っているはずもない。そして、ここに来てしまう様な事故が起こる様なことをしていない。

 そうなると、私はニャルラトホテップかアイツに連れてこられたと言うことだろう。

 

 だが、当のニャルラトホテップは何処かへ飛んで行ってしまった。

 

 そうなると、帰る方法は一つだけ。

 

 門であり、その門の鍵。一にして全、全にして一なる者。この領域そのものであり、時間や空間、次元の概念を超越した限りなき存在。その名は〝ヨグ=ソトース〟。私がTRPGをプレイしていると何かと縁がある存在に謁見し、元の世界へ帰してもらう。それしかない。

 

 そして、その存在がいるのはこの門の向こう側。

 

 

 

 ……腹を括れ。私は、あの子を助けると決めたんだ。ここで立ち止まるわけにはいかない。

 

 門に近づき、手を当てる。少し力を入れるとその大きな門は開き、私は中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 芳醇できつい薔薇の匂いが立ち込め、思わず私は咳き込んでしまいそうになる。しかし、目の前の光景がそれを許さない。

 

 私は息を呑んだ。

 

 集積せる虹色の光沢を放つ泡が、ごぽごぽと絶えず吹き出し、膨れては割れ。割れると共に冒涜的な呪詛を垂れ流す。

 泡の中心では大木の様な触腕がひしめき合い、重なり合い、うねる。

 泡から触腕飛び出し、泡の底から私を見る。

 

 ごぽりごぽりと音を立てながらこちらを見る。

 

『キタ。来たか。彼方の人。万物の傍観者』

 

 彼方なる者。ヨグ=ソトース。彼の神格が私に語りかけた。

 

『渡したいもの。渡す物。あったのだ』

「……?」

『彼方の人。観測者。お前の写し身の物。我、汝の影に授けし物。ソレ、汝に、授けん』

 

 頭の中に響くその言葉に、私は首を振って拒絶した。絶対に面倒な厄ネタだ。

 拒絶する私を他所に、私の手に何かが握られている。

 

 冷たくて、堅い。金属質な物体。

 しかし、鼓動のような脈打つ感覚。生物的な生温かさを感じる。

 

 握らされた手を見ると、そこにあるのはアンティーク調の意匠の凝った銀色の鍵が握らされていた。

 

『それを、汝に。我ら、お前を。汝をみる。好きに使え。使え』

 

 そう言葉をかけて私を暗闇が包む。

 足元から何かが湧き上がり、私を飲み込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──チュンチュン。

 

 

「……ん、?」

 

 目に当たる温かい光で目が覚めた。

 私の隣には静かな寝息を立てるアストラが居て、いつものように私の腕をがっちりと掴んでいる。

 

 ただの夢ならいいんだけど、そうでもないらしく。

 

 私の空いた手には、脈打ち、不穏な気配を漂わせる銀の鍵が握られていた。

 

 ……私って肉体の保護も使えるんだ。……ってことは、別の魔法も使えたりするのかな。試してみたいけど。……バレたらまずいよね。

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