元社会人、異世界にTS召喚される。 作:名無しの投稿者
「諸君。君たちは勤勉に働き。そして、その働きゆえに、豊穣のエリシア様に認められ、今年も豊作だ。この恵みに感謝し、共に祝おう。今日、明日は、共に笑い、共に酒を飲み、豊穣に感謝を捧げようではないか。
──────領主であるヴェラルドルフ・ランベルトが収穫祭の開会を宣言する!」
ヴェラルドルフさんが壇場で開会を宣言すると、収穫祭が始まり会場に集まっている人達
尋問から一ヶ月。
ランベルト領内外の貴族や商人、領民たちを巻き込んだ結構大規模なお祭り。
アストラと私のお披露目が名目ではなく、秋の収穫祭をメインとして大々的にやるらしい。
元々ランベルト家は開拓を担う貴族。森や山間部を拓き、田畑を広げ、人の住める環境にする。
そう言った貴族であることもあり、秋の中頃に領内で採れた農作物や酪農品を集め、それら食材を使った料理を振る舞う。
そして、みんなで酒を飲み、今年の豊作を祝い。来年の豊作を祈る。ここ一帯は豊作を司る、《豊穣のエリシア》と《開拓のラトゥリス》と呼ばれる存在の信仰が盛んで、この二柱は一応世界の意思であり神の分霊とされている。
この二柱は万物の化身、秩序無き混沌。《原初のエーテルム》から別れた豊穣の側面と開拓の側面を持つ存在らしい。この顔の表情が死んでてよかった。前世界の私なら露骨に顔を顰めていたことだろう。
まあ、兎に角。そんな豊穣を司る存在に豊作を感謝し、祈るのがこの宴会の開催理由だそうだ。
そして、開拓を司る存在に関しては、特に祭りを行ったりすると言うことはないらしく、自由気ままな
とりあえず、
ヴェラルドルフさんはランベルト家と交友のある一部の貴族と、王家に先んじてアストラのことを紹介する必要があるらしく、私はフローラさんと色々見て回ることになった。
ジュラさんは、宴会や人の集まる場所はあまり好きではないらしく、屋敷の留守を預かるそうだ。
「……ルナーラ。嫌」
「……」
それは、私が嫌と言うことか? それとも、言葉が足りていないだけで離れるのが嫌ってことか? 反抗期が来て、私に対して反抗して来てるとなると私泣くぞ。
多分、涙なんて出ないんだろうけど、みっともなく泣くぞ。
「……離れるの、寂しい」
「……と、ぉさま。わた、し」
「ダメだ。今回はお前を守るためにも側には置けん」
ヴェラルドルフさん曰く、今の貴族社会は権力争いと足の引っ張り合いが盛んであり。私の特異性を探ってくるような者がいるかもしれない。
万が一バレた場合。ランベルト家はお取り潰し。アストラも命の危機に瀕することになりかねないとのこと。
突かれて痛むことはやっていないが、私と言う存在はかなり厄介者で、保存液漬けにされて実験されるだろう。とのことだ。
何処ぞの魔術師どもと似たような奴らだと言いたくなったけど、学者なんてそんなものか。
未知があれば解明したい。学問したいと突き進むのが研究者と言うものなんだろう。
こちらに被害が来るのはごめんだけどね。
「安心しろ。オレほどではないがフローラも強い。不審な者が居ても、そう遅れは取らんだろうさ」
「ご安心を。貰ってる分は働きますし、足りない分は後でもらいますから」
「……よ、よろゲホッ。しく」
ヴェラルドルフさんの幼馴染であり、元凄腕の冒険者。たしか、引退する前の階級は準一級。国から囲い込まれたりし始める階級だったはずだ。
人によっては貴族として迎え入れられたり、専属の護衛や食客として招かれたりする。
しかし、フローラさんは、引退前にかなり大きな怪我をして引退したらしい。
怪我が原因で引退したのは良いが、職に困ってヴェラルドルフさんに相談した結果。ランベルト家で使用人をしているのだとか。
詳しいことはわからないけど、たまに左足を庇うように歩いたりするから、足を悪くしたんだろうか。
「ルナーラお嬢さま。あまりお側を離れぬようお願いします。私が迷子になるので」
「……ん」
「フローラ、お前が迷子になってどうする。アストラ。顔合わせが終わればルナーラと共に居ることもできるから、さっさと済ませよう」
「…………わかりました。ルナーラ、待ってて」
「……ん」
そんな何年も別れるわけじゃないんだから、そんなに悲壮感を漂わせないでくれ。私も悲しくなってしまう。
私の腕にしがみつくアストラの頭を撫でる。私はどこにも行かないから、用事を済ませて来なよ。
「今すぐ顔合わせがあるわけではない。我が王の到着も、もう少し時間がかかるだろうが、これから準備がある。これが終わればルナーラと収穫祭を廻っていいから、ついて来てくれないか」
「………………………………わかりました。ルナーラ、待ってて」
「……ん」
渋々。嫌々ながらもアストラは私から離れてヴェラルドルフさんに連れられて行った。
行ってらっしゃい、アストラ。一、二時間もすればまた会えるさ。
離れていくアストラとヴェラルドルフさんの背中を見送り、私は賑わう街中へ視線を戻す。
活気のある場所はいい。見てて楽しいし、私も元気になれる。フローラさんはどうなんだろうか。
「……フローラ、さん」
「なんでしょうか」
「…………フロー、ラさん。は、……こう、いう場所。好き?」
少し考えるように唸って私の手を握る。それになんの意味があるのか私には分からないのでできれば言葉にしてほしい。
「そうですね。あまり好きじゃありません。いろんな匂いが混ざりますし、人も多い。お嬢さまのように背の低い人と逸れやすくなりますから」
「……」
ああ、それで手を。
「それに、私は方向音痴。はぐれればしばらくの間は出会えないでしょう。ですので、この手の場所は苦手です」
「……な、ら。ちゃん、と。握ら、なきゃ。ね」
私もあまり土地勘がないから、迷子になったら二人仲良く行方不明だ。アストラとヴェラルドルフさんに怒られる。
……まあ、使いたくはないけど、私一人なら銀の鍵で帰れるんだろう。
だけど、フローラさんは置き去りになるし、手を握って離れないようにした方がお互いのためだろう。
フローラさんの手を強めに握り返して、立ち並ぶ露店に向かって歩く。私が手を引くからフローラさんもついてくる。
焼ける肉の匂いに、カレーらしいものの匂い。タレ系の味の濃さそうな匂い。しかし、食欲がないせいか惹かれる匂いというわけでもない。
「……フローラ、アレ」
「あれは、串肉ですかね? いえ、でもアレはねぎまですね。確か、異邦者が持ち込んだものだったと記憶しています」
私が指した先にある食べ物。居酒屋で時々食べていて、一緒に生ビールで美味しくいただいた料理、ねぎま。……美味しかったな。よく行ってた店のヤツ。
どうやら、私以外の
「個人的に、串肉に野菜を挟んで食べるなどナンセンスですが、食べてみると美味しいですよ。食べたいのですか?」
「……(頷く)」
「かしこまりました。店主さん、ねぎまを二つ貰っても?」
「あいよ。そっちの嬢ちゃんも食べるのかい? 二人揃って別嬪さんだな。ほら、まけてやるよ」
恰幅の良い店主が私とフローラさんの分の串を袋に入れ、他の適当なモノも一緒に入れる。
「そんなにいりませんよ」
「いいじゃねえの。今日明日はめでたい祭りなんだ。エリシア様に感謝して、美味いモンいっぱい食えば、来年も実り豊かな年になるんだから。ほら、全部で200ヴォカリスだ」
この世界の通貨単位、ヴォカリス。
ヴォカリスは原初のエーテルムから分たれた《言語と意味》を司る分霊である、《言葉のヴォカリス》のことを指す。
なんで、言語を司る神の名が使われているのかというと、通貨を一つの言語としてヴォカリスが与えたとされているからだ。
ヴォカリスは言葉、意思を伝える手段を持たぬ生命に特定の音を教え、その音に意味を与えて言語とした存在。
神脈学的に言えば、私が喋れない。言語を習得しきれないのはこいつのせいだ。
異界の存在であるが故に、ヴォカリスは私を認識しておらず、言語を与えていない。仮にも神なら、さっさと私を捕捉して言語を寄越せ。
ちなみに、金額としては、1ヴォカリスは大体1.5円程度。
硬貨は、コイン型で1ヴォカリス硬貨が鉛の刻印。10ヴォカリス硬貨が銅の刻印。100ヴォカリス硬貨が銀の刻印。1000ヴォカリス硬貨が金の刻印がされている。そして、10000ヴォカリスになると紙幣と硬貨の二種類になる。刻印は白金になる。
しかし、通貨としての名前は刻印通貨という名前がある。なんでも、あまり名前を呼びすぎるとヴォカリスがお金の神だと勘違いする者が増えたため、全ての物に刻印がされることから、刻印通貨との名前がつけられたのだとか。あくまでも、ヴォカリスは単位にされているだけだ。
「破格ですね。チップも入ってるので、お釣りは結構です」
「お。あんがとな」
200ヴォカリスにチップの500ヴォカリスを支払って、フローラさんと座れる場所を探して座る。
「どうぞ。ご所望の品です」
「……あ、りがと」
「仕事ですので」
仕事でも嫌がってやらない人もいるし、感謝は気持ちだから素直に受け取ってほしい。
手渡されたねぎまを一口食べる。
柔らかい鳥肉に、火が通って少し甘くなった葱。味の濃いタレが口の中で広がりビールか白米が欲しくなるが、米はこの地域で栽培していないらしいので、この際パンでもいい。串を抜いて挟んで食べたい。
食欲はないけど、食べようと思えば無限に食べられる。まあ、食べてる途中で視覚的に無理ってなるんだけどね。
「なかなか美味しいですね。久しぶりに食べました」
「……(頷く)」
「以前、食べたことがあるので?」
「……(頷く)」
「懐かしの味ですか。……まだ食べますか?」
「……(首振り)」
「そうですか」
懐かしい味ではあるけど、味が濃いから何本もいらないかな。パンか米があれば、あと数本は食べられるけど。
……? 不思議な匂いがする。
どこかで嗅いだことのある。記憶にのこっているにとてつもなく不快な匂い。
「……?」
「どうか致しましたか?」
「……なんでも、ない」
……気のせいかな。
「……おや。あまりよくない風が吹いているようですね」
「……?」
「こちらの話です。ルナーラお嬢さまはお気になさらず。冷えた風は、古傷に触りますから」
「……そー、なの?」
「そういう物です」
古傷が痛むなら……私が治せないだろうか。いや、この星にない物。存在しない術を振るうのは良くないことだとわかってはいる。けれど、……身近な人になら多少使ってもいいんじゃないだろうか。
「
「ルナーラお嬢さま?」
「……フローラ、さん。傷、治す。いい?」
周りの人から私とフローラさんを上手く認識できなくした。治していいなら、フローラさんの古傷を完璧に治すのは難しいかもしれないけど、痛むのは癒せると思う。
「ルナーラお嬢さま。お辞めください。……お身体によろしくないのでしょう? 身を削る術など、私に使わずとも良いのです」
「……」
別に身は削らない。今ではMPの代用として魔力を消費すれば良いし、SAN値も外なる神や神話生物をチラ見しようがガン見しようが減らないから、身を削る要素はないけど。
「……別に、身は、削って、ない」
「お優しいのですね。ルナーラお嬢さまは」
何が? フローラさんに、優しいと言われながら頭を撫でられた。何故?