令和の世にカンピオーネを知った新参者ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
プロローグ
夕焼けにはまだ早いはずだ。
地に倒れ伏した少年が抱いたのは、そんな漠然とした違和感だった。
次いで周囲の状況を知覚する。
炎だ。辺り一面を包み込む鮮やかな炎。
視界に移る全てが天に届く程に煌々と燃え上がっていた。
だから空が赤く染まって見えたのかと、場違いな納得を
「まったくもう、こんな無茶して」
声がかけられたのはそんな時だった。
仕方ないという呆れと、どうしようもない愛しさが込められた優しい
「
金糸の髪を靡かせる美しい女性。
困ったように口にされた名と向けられるその緋色の瞳を見て、朦朧としていた記憶が想起されていく。
悠。
そうだ、それが自分の名。
そして目の前にいる彼女は勝手気儘な姉であり優しい母であった人。
もう会うことは叶わないはずの家族の片割れ。
「なに言ってやがる。こいつはそんな聞き分けのいい奴じゃねぇだろ」
都合のいい幻でも見ているのかと目を疑い、けれど、聞こえてきたぶっきらぼうな声と視界に入った影がそれを否定する。
黒髪を乱雑に掻き上げ、肉食獣の如き金の瞳を
武術を教えてくれた恩師。もう一人の家族。
狂い堕ち悲劇と苦痛をばらまく災厄へ成り果ててしまった師匠。
されど瞳に宿っていた狂気は消えさり、力強い覇気が戻っていた。
「お前も俺も、神とはいえ無法者みたいなものだろ。そんな俺らの身内が、納得できねぇ道理に大人しく従うもんかよ」
「それはそうかもしれないけど、私達を止めるためにここまでやるとは流石に思わなかったのよ」
見渡せば辺りに広がるのは天災すら生温い大災害。
地平は燃え溶け、川は割れ干上がり、空は赤く焼け果てる。終末の顕現したこの地はあらゆる生命の存在を
「自分自身を引き金にするなんて」
人であればなおのこと。
この
「命を
女神から零れるのは小さな悲痛。
家族が行った無謀に。それによってもたらされる結果に。
少年の死は免れない。
既に片腕は灰と化し、それは徐々に全身へ拡がっている。このままいけば数分後には肉体は塵と消えるだろう。
現に身体を動かすどころか声を出すこともできない。意識と身体が残っていることが奇跡なのだ。
これ以上を望むのは人の身では不可能。
ただ死を待つしかない
「あら、■■様ったらそんな浮かない顔をされて、せっかくの祝宴ですというのに」
無邪気な笑みとともに現れた魔女さえいなければ。
「やっぱり出たわね、パンドラ。忌まわしき魔女」
「そんなに嫌わないでくださいな。何も冷やかしに来た訳ではないのですから」
「似たようなものよ」
唐突な来訪者を予期していた女神の苛立ちを受け流し、魔女は笑う。
幼い容貌に反した色香を漂わせ、これから始まる生誕の宴に胸を高鳴らせて。
「てめぇさんが来たっつうことは、俺の弟子はお眼鏡に叶ったらしいな」
「えぇ、■■■■■■様。当然ですわ。何せお
厳つい男の言葉に上機嫌に返しながら、パンドラと呼ばれた女は横たわる少年へ近づいていく。
明滅する意識をなんとか保ち、悠は目を向ける。
家族の口振りから互いに知っているようだが、見覚えがない女は口を開いた。
「この子があたしの新しい息子ね。いろんな子達がいたけど、複数の神様を倒して生まれる子供は初めてよ。感じるでしょう? お二方の力が流れ込む熱と苦痛を。その痛みはあなたを至高の存在に導く代償よ。甘んじて受けなさい」
甘く可憐な声が少年の鼓膜を揺らす。
思考が纏まらない。再会した家族、内に感じる熱、身体を蝕む痛み、見知らぬ女。
自分の知らない何かが進んでいる中で、不可逆の変化が起きていることだけは何故か理解できた。
同時に家族との別れが近づいていることも。
「勝手に息子呼ばわりするんじゃないわよ。その子はわたしの家族。あんたには預けるだけ。譲るつもりはないわ」
「まぁ、驚きました。■■様がそんなにご執心なんて。ですけど、このまま手をこまねくのをよしとはなさらないでしょう?」
「わかってるわよ。だから預けるって言ったの。あんたは
「そういうこった。こんな馬鹿仕出かす弟子だが、俺の息子だ。そこは譲らねぇ、預かる以上は責任を持て、いいな?」
二柱の神の啖呵とも脅しとも取れる言葉に、しばし魔女は呆然とした後、声を上げ笑い出した。愉快で仕方ないとでもいうように。
「えぇ! えぇ! わかりましたわ。お二方の大切なご子息は女神としての名に懸けて預からせていただきます。あぁ、それにしても何て数奇なことでしょう。これだけ神に愛された子が魔王に至るなんて! いえ、愛ゆえにかしら」
世が世なら聖人どころか救世主にすらなれる素養を持ちながら、家族を救うためにそれらを躊躇なく足蹴にして、がむしゃらに突き進む。
賢者は嘆き嘲るだろう。なんと愚かと、確実な栄光が待っているのにと。
だが、だからこそ少年は偉業を成したのだ。
愚行であろうと己が意志で道を選び、切り拓き歩む。まさしく我が子として迎えるのに相応しい。
魔女は
「さぁ皆様、この子に祝福と憎悪を与えて頂戴! 七人目の神殺し──異郷の地で魔王となり新たに君臨する運命を得たこの子に、聖なる
「祝福と憎悪ね……」
しかし返ってきたのは女神の不服げな声。
「生憎とあんたの要望には応えられないわ」
少年を優しく見つめながら、彼女は言葉を紡ぐ。
「この子にあげるのは目一杯の祝福よ。
憎悪なんて余計なもの、あるわけないてしょう」
「だな、またこいつに俺らの始末を押し付けるのは御免だ」
「お二方? 一体何の話を……」
「なっ!?」
魔王を生み出す転生の秘技。
それは神を贄とし、その力を対象者に注ぎ込むことで発動する。
だが、全ての力が使用される訳ではない。
神の力は膨大だ。魔王に生まれ変わらせようと人が使いこなせるものではない。だからこそ、本人の気質や技能に適した形にしたうえで与えられ、過剰分の力は自然と零れ落ちていく。そのはずなのに──
「なにがっ、力の流入が止まらない?! どうしてっ」
とうに必要な量は満たしているのに、いまだに力が注がれ続けているあり得ない事態に、魔女は狼狽する。
こんな機能は自身の使用した神具《簒奪の円環》にはない。ならばこの異変の原因は──
「■■様っ、■■■■■■様っ! 一体なにをしたのですかっ!?」
この場にいる神しか考えられない。
魔女に問い質された二柱は、いたずらが成功した悪童のような笑みを浮かべ魔女に答える。
「言ったでしょう? 目一杯の祝福をって。可愛い子供のためになんの用意もしてないとでも思ったの? そんなわけないじゃない」
「つっても完成させるには時間が足りなくてな。単体じゃ使えなかったが、それでも類似した方向性の神具に同調させてなら話は別だ」
その返答に魔女はようやく状況を理解した。自分はまんまと利用されたのだと。
「少しは驚いて貰えたかしら? 大事な子供に色目を使ったんだから、これくらい当然でしょ」
「わりぃな。割と親馬鹿なんだわ、俺ら」
言葉とは裏腹に悪びれた様子もない姿に毒気を抜かれ、魔女はここにきて初めて嘆息を溢した。
「まさか、お二方がこんな身内贔屓な方だったなんて」
それはもう深く息を吐くと、吹っ切れたのか仕方ないと言いたげに肩を竦める。
「色々と言いたいことはありますけど、あたしも似たようなものですし、もう好きにして下さいな」
そう言って背を向けると、少年から少し離れた位置へ移動した。どうやら気を使ってくれたらしい。
家族との最後の別れを邪魔しないように。
「ありがとね」
「感謝するぜ」
「はいはい、いまさらお礼なんていいですから」
その気遣いを素直に受け取り二柱が礼を告げると、魔女は微かに耳を赤くしたがら、ふてくされたように返事をして黙り込んだ。
しばしの沈黙の後、二柱は少年へ顔を向けた。
これが家族との最後の時間になると、神も少年も理解しながら。
「本当は話したいことがたくさんあるんだけど、もう時間がないみたいだから、言いたいことだけ言わせて貰うわね」
最初に口を開いたのは彼女だった。
いつになく真摯な口調に、少年は微かに身構える。
狂ってしまい、もう二度と会えないと思っていた相手。
けれど、災厄に堕ちる姿に目を背けることはできなくて、自分の手で幕を引いた。
それぐらいのことしかできなかった。
無力な自分が悔しくて情けなくて、それでも家族の言葉を受け止めようと目を合わせ。
「よく頑張ったね」
だから、優しく頭を撫でられて思考が追い付かなかった。
「無茶したのは褒められたことじゃないけど、そんな無茶するぐらい想ってくれたんだよね」
嬉しさを滲ませた声音を聞いて、労らわれていると遅れて気づき。
「ありがとう」
どうしようもない安堵が胸に去来した。
ああ、また会えたと、今になってようやく実感が伴って訪れた。
「そういうこった。やるじゃねぇか馬鹿弟子」
次に声をかけたのは師だった。
乱暴な口調で、けれど嬉しさを隠せない声での賞賛。
まったく師匠らしいと少年は苦笑した。そう思えることが嬉しかった。
「そろそろ限界みたいね」
「だな、じゃこれが本当に最後だ」
本当はもっと話しを聞いていたい、話したいと思うのに声はでなくて。
せめてこの記憶だけは忘れないように刻みつける。
五感は遠のき辛うじて残っている意識も途切れかけ。
それでも、その声を、言葉を、覚えている。
最後に贈られた家族のエール。
「誰よりも幸せに。邪魔するなら《運命》だってぶっ飛ばしてやりなさい」
大切な家族の微笑みを。
「何が来ようと、お前は自分の道を自分の進みたいように歩け」
大切な師匠の激励を。
「愛してるわ。悠」
「胸を張って生きな。悠」
どれだけ経とうとも忘れることのない、かけがえのない家族との別れの記憶。
少年が神殺しへ至った始まりの記憶。
小説を書くのは初めてなので至らない点があると思いますが、どうかご容赦ください。