夕凪の神殺し   作:蒼井千

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あらすじについて、いまだ思案中。
原作のあらすじの雰囲気に近づけていればいいのですが。


そしてようやく喋る主人公









騒乱の兆し

 夢というものは意識が覚醒すると途端に輪郭を失っていく。思考が回り出した時には欠片を拾えるくらいで、大抵は忘れてしまう儚い記憶。

 

 けれど例外はあるものだ。

 

 大切な人との暖かな出会い、騒がしくも満たされ日々、家族との別れの一幕。刻まれた想いが深いほどに、鮮明に存り続ける。

 

「久し振りに見たな」

 

 五月も終わりの早朝に寝起きの頭を軽く掻きながら、黒髪の少年は独りごちる。

 夢は余り見ない方なのだが、たまにアルバムを捲るがごとく明瞭に思い出す。

 

「やっぱり一波乱あるか」

 

 これから起こる難事を知らせるように。

 

「まったく、過保護なんだから」

 

 一年程前のあの日から、大事が起きる前に見る夢。発破をかけてくれていると分かってからは、思わず笑ってしまった。

 本当に愛されていると実感して。

 

 感傷を切り替え、とりあえず身支度から始めようと背伸びしていると、ひかえめなノックが響く。

 好きに入って構わないと言っているのだが、律儀な同居人は毎回欠かしたことはない。そういった気配りも彼女らしいと、つい笑みが浮かぶ。

 

 そうして静かに少女は入室してきた。

 

 月の寵愛を一身に受けたと思える銀糸の髪に、夜明け前よりなお深い瑠璃色(るりいろ)の瞳。涼やかな美貌は品があり、楚々とした雰囲気も相まって、深窓の令嬢という言葉がよく似合う。

 白いワンピースを揺らして少女──天宮聖蘭(あまみやせいら)は微かに微笑んだ。

 

「おはよう、(ゆう)

「ん、おはよう。聖蘭(せいら)が起こしに来てくれたってことは、もしかして寝過ごした?」

 

 そう口にしながら少女の姿を確認する。まだ早朝だと認識していたが、彼女はすでに身支度が整っている。

 もしや寝坊してしまったかと、不安に駆られた悠だったが、少女は可笑しげにそれを否定した。

 

「いいえ、いつも通りよ。ただ急ぎの連絡が入ったから伝えに来たの」

「急ぎの? 誰から?」

「ファイアスターターよ」

 

 告げられたのは悠もよく知る名前だった。

 数年前からマフィアや闇金融を相手に暴れ回っていた天才ハッカー。今は何故か自分の専属情報屋の通り名である。

 それはいい。問題は──

 

「今回は程々にって伝えてたよね?」

 

 あくまで安全な範囲で頼んでいたのに、急を要するような情報を入手していることだ。

 

 これが聖蘭の生家や、現在進行形で走り回ってもらっている怪しさ満載の忍もどきエージェントなら分かる。

 どちらも諜報のプロで魔術などにも明るいため、今回の件も任せてあるからだ。

 

 しかしファイアスターターはコンピューターやネットワークが関わることは一流だが、魔術等の超常に関しては素人同然。まして調査対象は自分の同類(・・)だ。深入りしないよう注意しておいたはず。

 

「あの子ったら貴方に頼まれて張り切り過ぎたみたい。やり過ぎたって萎んでたわ」

 

 どうやら単に熱を入れ過ぎたらしい。聖蘭の困ったような注釈に合点がいった。

 優秀なのだが、一度スイッチが入ると突っ走ってしまうことがある。その欠点が出てしまったようだ。

 

「私からも注意はしておいたけど」

 

「そっか、反省してるならいいよ。情報は助かるしね。けど危ないから気をつけるように、僕からも言っておく」

 

「そうして頂戴。だいぶ落ち込んでいたから、出来れば一緒に労ってあげて」

 

「大丈夫。そのつもり」

 

 咎めるところはあれど、期待に応えようとした頑張りは褒めるべきだ。

 

「それで報告ってなんだったの?」

 

 後で電話しようと決め、目先の問題に取りかかる。

 聖蘭が報告に来た時点で、彼女から見ても急ぐべきと判断した情報だと分かる。ならば優先して片付けるべきだ。

 他にも気がかりなことがあるなら尚更。

 

「イタリアへ渡っていた魔王が帰国するそうよ。高位の神具を持ってね」

 

 簡潔な報告。しかし聞き逃せない内容。

 

 新たに生まれた同郷の魔王。

 彼がイタリアの魔術結社と関係を持っているのは調べがついていた。イタリアへの訪問もそれが関与していると。

おそらく彼の帰国と同時に、イタリアの魔術結社が干渉してくることも。

 なにせこの東洋の島国に王は誕生していなかったのだから。

 

 表向きには。

 

 知っていたなら細心の注意を払い、もっと慎重に行動していただろう。

 魔王の恐ろしさを欧州の魔術師が知らぬはずがない。

 なにせあの地には、その代名詞ともいえる王が君臨している。血と闘争に飢えた獣、歯向かう者を屠り死後も魂を縛りつけ、奴隷とし尊厳を貶める悪逆の徒が。

 

 怒りを買えばどうなるか、夥しい犠牲が物語っている。   

 人は魔王に抗えない。対抗出来るのは神か同じ王のみ。

 

 だがイタリアの盟主たる剣王は不在なまま。庇護を仰ぐべき主がいない彼等が新鋭の王に頼るのも無理はない。

 ここまでは予想通り。問題はその先だ。

 

「魔王に加えて、神様まで付いてくるってことか」

 

 神具。神の力や叡智を宿した神秘の結晶であり、神を引き寄せかねない特級の呪物。高位の物ならほぼ間違いなく神が関ってくる。

 

 どういった経緯か詳しくはわからないが、イタリアの結社が扱いに苦慮し預けたのだろう。神の相手など人には荷が重すぎる。対処できる相手に任せるのは間違いではない。

 

 問題を増やされた方は堪ったものではないが。

 

「事前に手を打てるだけ、まだいい方だけど」

 

 頭上を見上げ思考をまとめると、悠は聖蘭へ顔を向けた。

 

「ねえ、聖蘭は何を見たの?」

 

 前置きもなくかけられた問いに少女は立ち竦んだ。隠し事がバレた子供ように。

 

「重要な話だったけど、それだけじゃないんでしょう?」

 

 確かに緊急性の高い情報だったが、一刻を争うようなものではなかった。

 常の聖蘭なら、少年が起床するのを待って伝える。

 そうしなかったのは別の理由があったから。

 

「気付いてたのね」

 

「うん」

 

「いつから?」

 

「部屋に入って来た時、少し表情が固かった」

 

 いつもの様に振る舞おうとしていたが、表情に差した陰を少年は見逃さなかった。

 

「良く見てるのね」

「当然、好きな相手ですので」

 

 俯きがちに口にした言葉に返ってきた、おどけたようで真っ直ぐな好意に、少女は顔を上げた。

 

「僕の好きな人は努力家だけど、誰かを頼るのが下手だからね。こっちは手を貸せる機会を狙ってるのです」

 

 だから、と悠は言葉を続ける。

 

「不安なら頼ってくれると嬉しいな」

 

 暖かな笑顔を浮かべて。 

 

「……ほんと、ズルい人」

 

 こちらに気を遣わなないためだけではない、自分がそうしたいという想いを、正面からぶつけられたら誤魔化せないではないか。

 

「夢を見たの」

 

 気付けば言葉が零れていた。

 

黄金色(こがねいろ)の女神、凍りつく木々、そして……冷たい大地に横たわる大切な人」

 

 不安が溢れ出すように告げられた断片的な単語は、まるで不吉な予言めいていた。

 いや、まるでではない。これは正しく予言なのだ。

 媛巫女(ひめみこ)や魔女が有する霊視の力に似て非なるもの。

 彼女が受ける加護に根差した凶兆の予知。死の宣託に他ならない。

 

「その倒れてる人って──」

「貴方よ」

 

 予言の示す内容に見当をつけ、尋ねる悠の言葉に被せて聖蘭が答えた。

 少年にそれを言わせるのを留めさせるように。

 

「それで言うのを躊躇ってたんだ」

 

 なにせ貴方は死ぬと宣告するに等しい。それを当事者に伝えるとなれば二の足を踏むのも頷ける。

 死というものの恐怖を肌で感じてきた彼女なら尚更。

 

「聖蘭、ちょっとこっちきて」

 

 口を閉ざし不安げな少女を呼び寄せる。

 聖蘭は僅かに躊躇ったが、言われた通りに少年のもとへ歩いていく。

 

「ていっ」

 

 そうして近づいた少女を、悠は立ち上がると優しく抱き締めた。

 驚き硬直した聖蘭に構わず語りかけていく。

 

「大丈夫」

 

 不安を晴らせるよう力強く。

 

「聖蘭が知らせてくれたから備えられる。なら後は乗り越えるだけだよ」

 

 彼女に、予言を自分の責任なんて思わせないために。

 

「それにやることも、やりたいことも山積みなんだ。邪魔する死神は冥府に蹴り返してやるさ」

 

 傲岸不遜に言い放たれた台詞は、余人なら世迷い言に聞こえるだろう。

 だが彼には当てはまらない。いままで歩んできた足跡が、それを証明している。

 人に成し得ぬはずの偉業を踏破したが故に、彼等は王と呼ばれるのだから。

 

「少しは安心できたかな」

「えぇ、ごめんなさい。私の方が心配をかけてしまって」

「お互い様。だから気にしない」

「そうね。おかげで気が軽くなったわ。だから、その……」

 

 口ごもる様子に首を傾げる。

 次の言葉を待っていると消え入りそうな声で聖蘭は訴えた。

 

「そろそろ離してくれると、助かるのだけど」

 

 見れば微かに耳が赤く染まっている。それに気付いた少年は小さく笑いだした。

 

「まだ慣れない?」

 

「貴方が慣れ過ぎなのよ」

 

「こっちも緊張はしてるんだけど」

 

「毎日抱きしめてるじゃない」

 

「それとこれとは話が別」

 

「なによそれ」

 

 互いに言葉を交わし自然と笑い合う。

 先程まで漂っていた憂いはすっかり晴れていた。

 

「よし、じゃあやるとしますか」

 

「そうしましょう。各所に連絡も入れないといけないし」

 

「女神の情報も集めないとだね。となると神具から霊視するのが一番か。巻き込みたくはなかったけど仕方ない、祐理(ゆり)に頼むことにするよ」

 

「私たちと関わりがある霊能者は多くないもの。彼女なら事情を話せば手伝ってくれるわ」

 

「後は話し合いだけで済ますのは難しくなりそうだから、それ用の場所も手配がいる。うん、甘粕(あまかす)さんに任せよう」

 

 矢継ぎ早に必要な段取りを詰めていく。

 共通の友人にして身内である媛巫女に手助けを、優秀な公務員エージェントに無茶ぶりを決め、二人は動きだす。

 

「まずは会談から片付けるとしますか」

 

 

 

 直近に迫った魔王同士の邂逅に向けて。

 

 

 

 

 




準備万端な夕凪陣営

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