夕凪の神殺し   作:蒼井千

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引き続き原作主人公サイドからのお話となります。

それと誤字報告をいただき感謝致します。

確認したつもりでも、気づけない見落としはやっぱりあるものですね……



其は憚らぬ星

 

 会談といえばどんなものを想像するだろうか。

 

 学生である護堂がイメージできるのは、スーツに袖を通し応接室や客室等へ案内された後、膝を突き合わせて話し合うといった程度が関の山だ。

 

 

 それでも強く思う。これは違わないかと。

 

 

「しかし、話には聞いてたなにゃこりゃ別嬪(べっぴん)さんだねー。こんな騎士様を捕まえるたぁお兄さんもやるじゃないかい!」

 

 案内役の女性から(はや)し立てられ反応に困りながら、護堂は半ば現実逃避に何故こうなったのか思考を飛ばした。

 石段の先、鳥居の前で待っていたのは年嵩の女性だった。彼女は案内役を名乗り、最初こそ丁寧な口調と所作で出迎えてくれたのだが、それは本当に最初だけだった。

 

『さあさあこちらへ。疲れたでしょう? ここの階段は長くてねー、若いからってきついのは変わりゃしないんだから。修行僧にでもなるなら別だけどね』

 

 挨拶が終わるや否や、話好きの親戚のごとき気安さで話しかけてきたのだ。

 これには緊張していた二人も面食らった。

 護堂は昨日訪れた少女とのギャップに、エリカは魔王に対する恐れ知らずな言動に驚いて。

 

 畏まった態度で接されことはあっても、ここまで軽い応対はなかなかない。裏の世界に身を置くものなら魔王の脅威を知らぬ訳がないのだから。

 不興を買わぬために、どうしたって腫れ物に触るような扱いになる者は多い。そういった意味でも、ためらいのない彼女の態度は思いもよらぬものだった。

 

『草薙王は堅苦しいのは苦手のようだって、聖蘭お嬢様がうちの王に話されてね。それならもう少し砕けた歓待にしようってことになったのさ』

 

 護堂たちの様子から困惑を察したのだろう。案内役はかい摘まんだ経緯を説明してくれた。どうやらあの少女が気を回してくれていたらしい。

 招待に彼女が訪れた際、護堂は確かに敬語は苦手のような発言をした覚えがある。それを覚えていてくれたのだ。

 

 あの時に抱いた印象は間違ってなかったと護堂は感謝しつつも、何故こうなったという思いを拭えなかった。

 

 敷居が高いよりはいいがノリが完全に井戸端会議のそれである。向こうの王も気遣ってくれたのだろうが、同じカンピオーネとの会談に身構えていたのは何だったのかと、緊張感もすっかり抜け落ちてしまっていた。

 エリカもそれは同じようで、来る途中に見せた警戒を滲ませた気配がかなり薄らいでいる。

 

「お嬢さんも楽にしておくれよ。年も近いしね」

 

「いえ、目上の方にそのようなことは」

 

 邪気もなく堂々と接する案内役の図太さに毒気を抜かれのだろう。老婦人の冗談に異国の騎士は苦笑を抑え返すが、相手は気にした風もなくカラカラと笑う。

 

「これでも若くてね、まだ十代なんだよ。だからそんなに固くならないでおくれ」

 

 話好きなのか片目を瞑りながら口にする仕草は妙に様になっていて、この手のやり取りに馴れているのがわかる。近所の料理屋にでもいれば名物女将になっていそうだ。

 

「本当は他にも出迎えを出すつもりだったんだけど、なんせ魔王様の応対なもんで皆しり込みしちまってね。無理させるのもしのびないってんで、あたしにお鉢が回ってきたのさ。年の割りに肝が据わってるからってね」

 

 笑いながらた飄々(ひょうひょう)と語る案内役の女性は、そういった意味では確かに適任だった。

 

「まあ、その分はあたしがもてなすしね。期待しておくれ。芸に覚えもあるから余興に一つや二つは披露するよ」

 

 腕まくりし自信ありげにする案内役は、子供じみた笑みを護堂たちに向けた。

 

「と、さあ着いたよ。ここが会談の場所だ」

 

 鳥居を潜り境内を進んで通されたのは七雄神社の本殿手前。普段は神職以外の立ち入りが禁じられている拝殿内が今日の会談場だった。

 正面奥には祭壇があり、御幣(ごへい)玉串(たまぐし)などのありふれた祭具が置かれている。他の拝殿と違うのは屏風(びょうぶ)が祭壇との仕切りのように配置され、中央に漆喰のテーブルとイスが用意されていることだ。色合いや造りから、おそらく会談のために室内の調度品に合う物を運びこんだのだろう。

 

 

「ようこそおいで下さいました。草薙護堂さま、エリカ・ブランデッリ様。本日は会談に応じていただき心より感謝申し上げます」

 

 

 響いたのは神聖な場に相応しい透き通った声音。

 

 

 護堂を招待した銀の少女が出迎えの言葉と共に礼を取っていた。

 彼女もエリカと同じく正装姿。ただしフォーマルドレスではなく白地に青い薔薇をあしらった色留袖(いろとめそで)を着付けていた。月糸の髪に添えられた青い薔薇の飾りが優美さをより引き立てている。

 

 そしてその隣に頭を垂れる人物がもう一人。

 

 白衣(びゃくえ)緋袴(ひばかま)の巫女装束に身を包んだ少女が顔を上げる。

 淡い栗色の長髪を肩にかけ、同色の瞳には微かな怯えとそれ以上の使命感を覗かせる同年代の巫女。山陰にひっそりと咲く桜を思わせる美貌を緊張に強張らせながらも、淀みない所作が彼女の気丈さを物語っていた。

 

「改めまして、名乗らせていただきます。我が王、夕凪悠の介添人(かいぞえにん)を務めさせていただいております。天宮聖蘭(あまみやせいら)と申します」

 

 そこで言葉を一度区切ると聖蘭は隣の少女へ視線を向けた。

 

「もう一名ご紹介させていただきます。こちらは我が君付きの媛巫女(ひめみこ)を務めております。万里谷祐理(まりやゆり)です」

 

「お初にお目にかかります。媛巫女の万里谷祐理と申します」

 

 名前を告げると紹介された少女──祐理は深々と一礼する。

 

「我が身には過ぎた大役と存じますが、此度の神具の鑑定を仰せつかりました。恐れながらカンピオーネである御身と陪席(ばいせき)させていただければと存じます」

 

 そういえば招待状には王と介添人の他に一名が同席する旨が書いてあったと護堂は思い出した。この巫女さんがその同席者らしい。

 

「ああ、それは全然構わないよ。それと敬語とかもいらないから。聴いてると思うけど草薙護堂です。こっちは友達の──」

 

「ご紹介に預かりました。エリカ・ブランデッリと申します。草薙護堂の第一の騎士です」

 

 先程までざっくばらんとした空気だったのが、ここにきて急に畏まった対応になったために落ち着かない護堂が砕けた応対を提案しなが名前を告げ、相棒の少女も紹介しようとしたが、それを遮ってエリカが名乗りを上げた。

 

 友人と言うのが納得出来なかったらしい。

 それでもいつもなら護堂の愛人と宣言するところを抑えてくれたのは、この後の交渉を鑑みてくれてのことか騎士の情けか。

 

「本日はお招きいただき感謝いたします」

 

 割り込む際に見せた僅かな不満を謝辞と優雅な一礼でなかったようにしてしまう面の厚さは見事なものだ。見習いたいかは別だが。

 

「我が君共々、夕凪王にご挨拶をさせて頂きたいのですが」

 

 王は何処(いずこ)に、視線で問うエリカに対して、銀の少女は困ったように苦笑を浮かべ、巫女服の少女は一連のやりとりに戸惑っているのか困惑の表情を覗かせたが何かを口にしようとして──

 

 

「はいはい、そこまでだよ」

 

 

 快活な声が場の空気を一掃した。

 

「まったく。堅苦しいのはなしにって話だってのに、もてなす方がそんなガチガチになってどうすんだい」

 

 しょうがないね、と言いたげな顔の案内役は、そのまま招待側の少女達へ近づいていく。

 

「祐理はそんな思い詰めない。取って食われやしないよ。仮にあったとしても、うちの王が許すわけないんだ。知ってるだろ? 大丈夫さ」 

 

 断言する女性の自信に、仕える王の言葉を思い出したのか祐理の力みが解けていく。

 

「申し訳ござい──じゃなくって、ありがとうございます。もう平気ですので」

 

「そうそう、祐理は可愛いんだからそっちの方が似合ってる」

 

 話し終わると今度は銀の少女へ顔を向けた。

 

「聖蘭お嬢様は緊張してた祐理に合わせてたのはわかるけどね。挨拶もしたんだ、もう少し肩の力を抜きな。失敗したってあんたひとりに責任を押し付けような王じゃないだろ」

 

 諭すように語りながらも、気遣っているのが傍目にも伝わる案内役の優しげな声音に、聖蘭は小さく微笑んだ。

 

「はい、心得ております。心配してくださりありがとうございます」

 

「あいよ、どういたしまして」

 

 僅かに言葉を崩しての少女の感謝を受けて、案内役は屈託のない笑みを浮かべると今度は護堂たち向き直った。

 

「悪いね。お二方、待たせちまって」

 

「あ、いや全然」

 

「お気になさらず」

 

 案内役が口にすると、護堂とエリカはそれぞれ言葉を返した。先程の話はこちらも配慮してくれてのことだと理解出来たからだ。

 ここへ来る途中も思ったが、この年配の女性は場の空気を掴むのがうまい。今も全体のぎこちない雰囲気を察して率先して解いてくれた。

 そして結構な重鎮なのではと護堂は感じた。

 今日の接待役に選ばれているのは勿論、案内役が声をかけてから、あちらの二人の表情があきらかに良くなった。それだけ信頼されているということなのはだろう。

 

「そうだ。息抜きがてらちょいと出し物でも披露しようかね。芸を見せるって言ったことだし」

 

「そんな、悪いですよ」

 

 考えに(ふけ)っていた護堂は案内役の発言に慌てて声を出した。推測通りならそんな重役にそこまでしてもらうのは気が引けた。

 

「気になさんな、言ったのはあたしなんだ。男に二言はないとか言うじゃないか」

 

 あなたは女でしょう、という当然の指摘を護堂は飲み込んだ。目上の人に突っ込むむべきか迷ったのだ。その間に案内役はきびきびと動き出した。

 

「まあ、そこで見といておくれ。驚かすのは得意なんだ」

 

 そう言うと案内役は祭壇前の屏風の後ろへ回り込んだ。和紙か何かで出来ているのか彼女の影が見える。何をするのか護堂たちが疑問に思っていると、そのまま反対側へ向かってゆっくりと歩き出した。

 これのどこが芸なのかと首をひねっていると護堂は違和感を覚えた。

 

 

 彼女はあんなに背が高かっただろうか。

 

 

 案内役の彼女は小柄な方だった。しかし屏風に映り込む影は自分と変わらない。そもそも輪郭からして違っていた。エリカも気づいたのか目を見開いている。そしてそのまま案内役だった(・・・)人物が姿を表した。

 

 

驚きに硬直する二人をおいて、()は悪戯が成功した子供のように笑いかける。

 

 

「言ったでしょう? 驚かせるのは得意だって」 

 

 

 そこにいたのは先程までの茶目っ気ある老婦人ではなく、真夏の太陽すら霞ませるほどの存在感を放つ少年だった。

 

 




邂逅


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