書いてみた結果、今章は原作サイドから見た話がしばらく続きそうです。
読者の方々には戦闘までお待たせしてしまい心苦しいのですが、今話までお付き合いください。
会談は今日で決着させます。
それから読者及び感想、評価、誤字報告をしてくださった方々に感謝を。執筆に悩んだ時にとても力になりました。
もう少し頑張ってみようと思います。
太陽を直視したことはあるだろうか。
多くの人はないと答える。いや答えざるを得ない。強大な光は視界を
だが、もしも目にすることが出来たとしたら。
どれほど眩い輝きを放つのだろう。
その答えの一端を護堂たちは垣間見た気がした。
中性的な整った顔立ちはともすれば女性にも見えるだろう。だが、纏う覇気がそれを許さない。線の細いようでしっかりと鍛えられた体つきは学生の制服というありふれた装いに戦装束のような威を与えている。
王者の風格を備えた少年が悠然と佇んでいた。
「お初にお目にかかります。エリカ・ブランデッリと申します。《
「っ、初めまして草薙護堂です」
先に動いたのはエリカだった。曲がりなりにも身に付けていた儀礼と社交の経験が反射的に礼を取ることを成功させた。遅れて護堂も我に返り軽く一礼する。
「ご丁寧にありがとうございます。知ってるかもしれないけど、名乗らせてもらうね」
ただそこにいるだけで、周囲の意識を呑む存在感を放つ少年は
「夕凪悠です。日本の王をやってます。よろしくね」
気さくな口調と無邪気な笑みを彼──悠は護堂たちへ向けた。そこに悪意や敵意は感じられず、声音は暖かな陽光を思わせる。
なのに体が重い。光の洪水に押し流され縫い止められたかのようだ。
事実、隣でエリカが息を乱している。まずいと咄嗟に護堂が支えようとして──
「大丈夫?」
心配げな瞳と目が合った。同時に辺りを満たしていた気配が霧散する。
「ごめん、抑えてたつもりだったんだけど張り切り過ぎてたみたい。とりあえずそこに掛けて楽にして。僕も気持ちを落ち着けるから」
「ああ、助かる」
気遣いに礼を返し護堂はエリカと椅子に腰掛けた。先程までが嘘のように体が軽い。エリカも大丈夫そうだ。
余裕が持てた護堂は改めて少年へ目を向けた。
年の頃は自分とそう変わらない。
深く澄んだ純黒の髪に、夜空に炎を溶かし込んだような赤みを帯びた黒い瞳。
こんな色合いだったのかと、護堂はここにきて初めて少年の顔を見た気がした。
「聖蘭、水をお願い。祐理は濡らしたタオルを用意してくれる?」
「いえ、大丈夫です。お気遣い感謝致します。夕凪王」
後ろに控えていた二人に指示を出す少年にエリカは断りを入れる。初対面の相手にあまり情けないところは見せたくなかった。
「ダメ、顔色は戻ってるけど本調子じゃないでしょう? せめて水は飲んで」
しかし悠はそれを却下する。ただそれは当て付けなどではなく、純粋に気遣ってのものだと察したエリカは護堂が頷くのを見て厚意を受けとった。
「では水だけ頂けますか?」
「こちらに」
要望を伝えると横から丁寧な所作でグラスが差し出される。いつの間にか聖蘭が用意してくれていたらしい。
「ありがとう」
「いえ、お気になさらず」
エリカの謝意に聖蘭は一礼で応じる。そうして場が落ち着いたのを見計らって悠たちも席に着くと、ようやく話が始まった
「では改めて。ようこそお二方。本日は会談に応じてくださり感謝します」
口火を切ったのは夕凪王だった。
砕けた口調ながらも礼を欠かない態度で歓迎する意を示す。
「これはご丁寧に、ええと夕凪さんって呼べばいいのか?」
「無理に敬語じゃなくて大丈夫ですよ。同年代ですし」
戸惑いがちに尋ねる護堂に少年は朗らかに応じる。
「そうなのか? ならそうさせてもらうよ。そっちも俺のことは呼び捨てでいいから、草薙でも護堂でも好きに呼んでくれ」
「なら護堂と呼ばせてもらいますね。僕のことも悠で大丈夫です」
さらりと名前で呼ぶのを選ぶ悠に護堂は驚くも悪い気はしなかった。こちらと交流しようとしてくれているのが分かるからだろうか。
「あと本題に入る前に聴きたいことがあればどうぞ。気になることも多いでしょうから」
それを裏付けるように、少年は質問を促してくる。
正直ありがたかった、立て続けに起こる出来事に護堂は処理が追い付かなくなっていたのだ。
「助かるよ。正直だいぶ整理しきれなくなってたんだ。なあ君が王だってのは疑ってないんだが、何で変装して案内役なんてしてたんだ?
今のが素顔なんだよな?」
いくつもの疑問がある中、護堂は時系列順に聞いてみることにした。それが一番分かりやすいと考えたためだ。
「ここへ来る時に話したけど、やってた理由は説明した通りだよ。気性の分からない魔王の相手って神経を磨り減らすから、並みの人だと務まらないし無理はさせたくないなって僕がやることにしたんだ。けど王が案内役で出てきたら緊張しちゃうかなって、あの姿で出迎えることにしたの」
今のこれが僕の
「後は僕の素性を証明するのに手っ取り早かったてのもあるかな」
一番分かりやすいてしょうと言う悠に、護堂は得心がいった。
エリカが情報の裏取りをしてくれたが、容姿については不明なままだったのだ。把握してるのは名前と姿を変える権能を持つことのみ。実際に見せられれば証明としては間違いない。
けれど気になることがある。
「じゃあ、さっきのはなんだったんだ? こう圧みたいのを感じたんだけど、あれも権能なのか?」
護堂たちを襲った感覚、たとえるなら光の濁流だった。呑みこまれ溺れかけるような錯覚を覚えたあれは何だったのか。
疑問をぶつけると悠は表情を陰らせる。そしてばつが悪そう口を開いた。
「その、なんていうか気合いを入れすぎたっていうか……」
言い淀みながら語られたのは不明瞭な言葉。
はぐらかそうというのではなく、本人も説明に苦慮している感じだった。
「カンピオーネ同士の正式な顔合わせって実は初めてで、多分なんだけど無意識に気張っちゃったんだと思う」
それでもどうにか言葉を探して告げられた内容に護堂は一瞬思考が停止する。予想外の解答だったからだ。
だが、次第に理解が追い付いてくる。
「ええと、つまり君の張り切り過ぎて入った
呆気にとられながら確認する護堂に悠は肩を落として頷いた。
要するに強面の人が気合いを入れ迫力が増し怖がられるみたいなものだ。その結果があれというのはカンピオーネならではと言うべきか。
本人に悪気がなかっただけになんとも居たたまれない。
「そのさ、そんな気を落とさないでくれ。わざとやったわけでもないんだし」
「うん、ありがとう」
護堂の励ましに礼を告げ悠は小さく笑い一度目を瞑る。
次に目を開けると雰囲気が切り替わっていた。
「よし、もう大丈夫。それじゃあ今度こそ本題に入ろうか」
空気を入れ替えるように悠は告げ、本来の趣旨に移る。
「僕の方から聴きたいことは三つ。どうして神具を持ち込んだのか、どう対応するつもりなのか、それと日本での方針」
悠は穏やかながらもはっきりとした口調で問いかける。
自然と護堂の背筋は伸びていた。顔を合わせた時に見せた王として側面が表に出てきていたからだ。
だが圧は先程より抑えられていている。おかげで護堂も落ち着いて答えることが出来た。
「わかった。ちょっと長いけど説明するよ」
そうして護堂は事の経緯を語った。
イタリアの魔王と戦いになったこと。それにより彼の王が療養のため不在であり、他に神具を託せる者がいたかったために自分が預かることになったこと。
神具を欲しがっていた女神は欧州にいるため日本に辿り着く可能性は低いという予測。もし来たなら立ち去るよう説得すること。
自分はこれからも普通の学生として暮らすつもりなので裏の世界に積極的に干渉するつもりはないこと。
エリカと事前に話を詰めていたため想定よりスムーズに話すことが出来た。
そして一通り護堂が話し終わると悠は口を開いた。
「うん、だいだい分かった。その上で言わせてもらうね」
一度息を入れ悠は護堂を見やる。
「認識が甘い」
そして告げられのは痛烈な指摘。今までの応対とは一転した強い物言いに護堂は息を飲む。
「相手は神様だよ。海を越えた程度で誤魔化せると思うのは楽観的過ぎる。それに話し合おうとするのは否定しない。けれど、その間は周囲の人達も危険に晒されるのを忘れないで」
だが、続く言葉には諭すような響きが含まれていた。
「神様を相手に交渉するつもりなら決裂した時の事も考えるべき。話し合いたいってのは君の意志で、有り体に言えば我が儘なんだから。それが筋ってものでしょう?」
いくら言葉を尽くした所で神が聞く耳を持つとは限らない。
彼らの価値観や精神性は人とは大きく異なる。己が力を示すために守護すべき民衆を蹂躙するなど本末転倒な行動すら取るのだ。まともに意志疎通が出来ると考える方が異端だろう。
神の在り方を知っていてなお、対話を図ろうというなら、それによって生じる事象に責任を持つべきだ。
「我が儘ってのは責任を放棄する免罪符にはならない。寧ろ逆、自分の為した行動の責を背負う気概がある者だけが、それを通す資格を得られる。僕はそう思ってる」
己が持論を語る少年の瞳には真摯な色が宿っていた。
「僕が正史編纂委員会の庇護者をやってるのも純粋な善意って訳じゃない。やりたいことがあってそれには組織が必要だった。だから目的の為に周りを振り回しもする。けど、その結果として起こった問題を放置したりはしない」
それは夕凪悠が我を押し通す際の流儀。
「それに理由や過程はどうあれ付いて来てくれたなら、その選択をして良かったって思えるようにしたいなって」
これも僕の我が儘だけどと語る少年に護堂たちはその在り方を垣間見た。暴君ではあるのだろう。だが仁君としての性質も持っている。それが夕凪悠という王なのだと。
「勿論これは僕の考えだから、護堂に強要するつもりはないよ。だけど覚えておいてほしい。僕たちはどうしたって周りを巻き込んでしまうから」
言葉を結ぶ悠の話を護堂もまた真剣に受け止めていた。
己が見通しの甘さを痛感して。
神のデタラメさは散々味わってきたからこそ彼の言い分はもっともだと思ったからだ。
同時に目の前の少年は悪い奴ではないとも感じていた。
頭ごなしに非難することも出来たはずだ。
それをせず認識を促すように話を進めたはこちらを慮ってのこと。護堂が自覚なく災厄を引き起こし後悔させないために忠告してくれたのだ。
「悪い、俺の見通しが甘かった」
なら自分も誠実に応えるべきだろう。護堂は誠実に頭を下げた。
相手側の少女たちから動揺が漏れる。魔王が素直に非を認めるとは予想外だったらしい。
「だけどこれは俺が預かった物だ。なら最後まで面倒はみる。それが筋ってもんだろ?」
理由はどうあれ預かると決めたからには放り出しはしないと、先の言葉を借りながら護堂が答える。悠は目を瞬いた後、小さく笑い出した。
「確かにね。それは確かにそうだ」
繰り返しながら楽しげに悠は笑う。草薙護堂という王の在り方を理解したが故に。数々の所業はともかく義に篤い彼の人柄は嫌いではなかった。
「分かった。今回の件は護堂に任せる。それに被害を抑えられるよう協力もしよう」
悠からの提案に護堂は驚く。まさかそこまでしてくれるとは思わなかった。
「いいのか?」
「うん、ちゃんと問題を片付ける気はあるみたいだし、暴れて被害をだそうってつもりでもないんでしょう?」
「当たり前だろ」
「なら大丈夫。あ、けど……」
トントン拍子に話が進み護堂が気を抜いて答えた時、悠は思い出したかのように付け足した。
「今回の神具に関わる損害はそっち持ちだから、被害を出さないよう気を付けてね」
「え゛」
唐突に突きつけられた内容に護堂から声が漏れた。
「正確には護堂に神具を預けたイタリアの結社にだけど。個人で払える額じゃないし」
「お待ちください。夕凪王、発言をお許しいただきたく存じます」
そこへここまで沈黙を保っていたエリカが割って入った。故郷が関わるとあっては彼女も黙っているわけにもいかない。
「どうぞ、騎士さん」
「感謝致します。此度の一件は我が主の義侠心を
「百合の都」
釈明を遮り告げられた単語に、エリカの表情が凍りつく。
「雌狼、老貴婦人」
挙げられる名称はエリカの覚えがあるもの。
「赤銅黒十字。これだけの結社が関わってて関係ないは無理があるよ」
今回の神具の扱いについて議論し草薙護堂に預けることを合意したイタリアの魔術結社の名だった。ある程度の情報を掴まれているとはエリカも覚悟していた。だが秘密裏に行われた会合についてすら把握されているとは思わなかった。
「まあ、細かいことは後でうちの聖蘭と詰めてもらえるかな? それに被害がなければ問題ない訳だし、護堂も暴れる気はないって言ってたから大丈夫だよね」
愕然とする護堂たちへ悠はあっけらかんと要求を言い渡す。
エリカは裏事情を把握されている。護堂も暴れる気はないと明言したばかりだ。異議を唱えることは出来なかった。
「それじゃあ、まずは神具を見せてくれるかな。協力するにも情報がないと対策も取れないし」
そのまま話を進める悠の図太さに護堂は感心とも呆れともつかない嘆息を溢し気持ちを切り替える。決まってしまったならうじうじしていても仕方ない、建設的な話をするべきだと割りきることにした。
「わかった。これだ」
護堂から持ってきた神具を手渡されると悠は目を細めた。
蛇の髪を持つ女の肖像が刻まれた黒曜石のメダル。間違いなく高位の品である。
「祐理、見てくれる」
悠が声をかけると祐理はメダルを慎重に受け取り息を呑んだ。
「おそらくは古い神格にまつわる聖印です。蛇神……いえ、もっと根源的な母なる大地と関わる……。これは直感ですが、このメダルは北アフリカで出土した物だと思います」
口にされた情報に護堂は驚いた。何も伝えていないのに巫女は出土した地域を当ててみせたのだ。
「霊視っていうんだ。すっごく簡単に言うと世界ってデータベースから情報を受け取る力。もっとも狙った情報を得られとは限らないんだけど、祐理は特別」
種明かしをする悠の説明に護堂は得心がいった。だから彼女が同席したのか。
「けど掲示を受けるには呼び水が足りないか。護堂は何かない? 女神に会った時の印象とか」
話を振られ護堂は頭をひねる。
「そうだな……夜、なんとなくだけど俺は夜の神様だと感じた」
新たに追加されたキーワード。それが決め手となった。
「夜……夜の瞳に銀の髪を持つ幼き女神……いえ、幼いのではなくその位と齢を剥奪された女神……智恵を司る蛇……その御名は──えっ」
教えていない女神の特徴をそらんじていた祐理が不意に目を見開く。
「アテナ」
信じられないという響きを乗せた呟きが拝殿内に零れる。
それを聞き全員の表情が変わる。ギリシャ神話のビッグネームが出たのだから当然だ。
しかし、悠たちの反応は毛色が違った。途中までは護堂たちと同じだったが髪の色が言及された辺りから驚愕が強くなったのだ。
祐理は自分でも半信半疑なのか不安げに悠へ目を見る。それに気づいた少年は安心させるように一つ頷いた。
「祐理が気にすることないよ。おかげで貴重な情報を得られた。ありがとね」
次に悠は護堂へ視線を転じる
「ねえ、護堂に質問なんだけどいいかな」
「何だ?」
空気の変化に護堂は僅かに身構える。嫌な予感がする。
「神様複数を相手に戦えそう?」
嫌な予感は的中した。
「は?」
「いや、こっちでも女神の情報を掴んでたんだけど、今の特徴と一致しないんだよ。つまり──」
当たらなくていいのにこういった時に限って外れることはない。
「女神は二柱ってこと」
それを聞いて護堂は思わず頭を抱えた。
「マジかよ……同時に相手とか無茶だろ」
ただでさえ厄介なのに倍である。流石に厳しいと護堂は匙を投げたくなった。
「だよね。仕方ない、片方は僕の方でなんとかするよ」
だが神は護堂を見捨てなかった。正確には魔王だが。
「ほんとか!?」
「放っとく訳にもいかないから」
「助かる」
思わぬ助け船に護堂は感謝した。
「ただ、各所に協力を募らないといけない。そこで護堂にも手伝ってほしいことがあるんだけど」
「ああ、手伝えることがあるなら何でも言ってくれ」
だから続く内容に一もニもなく頷いた。
「良かった。それじゃあ、早速なんだけど」
この時に確認しなかったことを後悔するとも知らずに。
「ちょっと手合わせしようか」
後悔とは後になってしか出来ないのだから。
次回、両雄激突
本作で初めてまともな戦闘となります。
長らくお待たせしましたが楽しんでもらえるよう書き上げてみせます。