遠方で起きた出来事を観測する魔術がある。
童話で語られる魔女の水晶のように、離れていながらにして現場を写し出す。
大型の液晶画面に投影されているのは、まさにそれと同じだった。
「追い込まれる前に戦場を変えましたか」
観覧のために用意された大型中継車の中で画面越しに戦況を眺めていた少女たちの一人が口を開く。瑠璃の瞳に知性の輝きを宿す介添人は、静かに己が王の相手を見極めんとしていた。
「不意打ちの対応、今の判断といい、見事となものです。あれだけの戦いが出来る方が、ほんの数ヶ月前まで魔術も何も知らない素人だったとはにわかには信じがたい」
聖蘭が調べた限り、草薙護堂という人物は魔術はおろか戦いとは無縁の生活を送っていた。
特筆すべき点を挙げるなら野球の日本代表選手候補だったことか。それ以外はごく普通の学生と変わらない。そんな少年が見せた戦いは前情報からは予想もつかないものだった。
「当然です。草薙護堂はカンピオーネ。人でありながら神を殺し、王へと昇格した戦士。経歴の上での評価など然したる意味もありませんでしょう?」
銀の少女の批評を拾ったのは金の少女。誇らしさを乗せた声音でエリカは答えた。新参であろうと愛しき人が他の王に引けをとることなどないと確信していた。この程度の窮地は切り抜けられると。
だからといって油断することはない。現に言葉とは裏腹に今後を見据え、少しでも情報を集めようと気を張っている。
特に重視するはやはり彼の王について。
夕凪悠。今日この日まで素性の一切が謎に包まれていた正体不明のカンピオーネ。
『幽玄の王』の呼びなさえ暫定的に付けられた通り名に過ぎず、判明していることはごく僅か。
いま掴んでいる情報もほとんどは向こうが開示したから得られただけ。それはつまり公開しても問題ないと判断したということだ。
重要なポイントは隠されたまま。それを知るためにもエリカは先の戦いを注視していた。
何より明らかにしたかったのは夕凪王の所持する権能。
魔王が魔王たる所以。王たちの個性を色濃く示す無二の力。知っていたとしても人には対策の取りようもないが、同じ同胞なら話は別だ。
それに単純な能力以外にも分かることがある。
神から簒奪して力は当人が自然と操れるよう、所有者に適した形で顕れる。権能の発現の仕方は言うなれば王の在り方の具現。神々が持つ性質に加え、本人の気性や技能に根差した能力となる。
故にエリカは変身の権能を持つとされる夕凪王を、始めはアメリカの魔王に近い存在ではと推測していた。
ジョン・プルートー・スミス。夕凪王と唯一交流を持つカンピオーネ。彼の代名詞である『超変身』と呼ばれる権能は特定の物を『贄』として5つの姿へと変身する。細部は違えど方向性としては近い。
しかしその性格は派手好きのヒーロー気質というもの。エリカが夕凪王から受けた印象は異なる。穏やかで仁心に篤く、必要でない限り表舞台に立たないという似て非なるものだ。
この推量が正しいなら権能にも影響するはずと戦いを観ていたが、得られた情報にエリカはため息をつきそうになった。
彼の王が権能を使用した所を捉えることが出来なかったのだ。あくまでここから観て取れる範囲ではあるので、見落としはあり得るが。はっきりと権能と判断出来るものが見つからない。
最初に使用した銃は呪具ではあるが神具のような神性は感じられなかった。
では彼が披露した武芸が権能に
騎士として武芸を修めているから分かる。流麗なる動きに一切の淀みも迷いもなく、洗練された技の冴えは猛々しくも美しさすら覚えた。
あまりにも堂にいっているのだ。
それはかつてイタリアの魔王の剣技に抱いた諦観と同種のもの。
才ある者すら凡百に成り下がる遥か先の境地に、己が力で踏み入った者のみが纏う強者の威。
断じて借り物の恩恵で身に付くものではない。
「確かにその通りかもしれません。カンピオーネは闘争の申し子。戦い方を本能的に理解しているというのは事実なのでしょう。我が君の攻めも凌がれてしまいました」
考察していたエリカは同意するような言葉を紡いだ少女を横目で見た。当て付けかとも考えたが瑠璃の瞳に嘲るような色はなく、己が王と渡り合える戦士だという事実を受け止める真摯なもの。
けれど同時に浮かぶのものにエリカは見覚えがあった。
どれ程の難敵であろうと最後に勝利するのは自分の愛しき人だと信じている。そこにあった想いがエリカには理解出来た。自身が草薙護堂に抱く想いと同じだと。
ただし関係性の進捗にはかなりの開きがあったが。
「そのわりには余裕ですわね」
「信頼しておりますので」
自分の方は唐変木のせいでなかなか進展がないことの不満がエリカの言葉に刺を混ぜさせるも、返ってきた微笑みに閉口する。
貴女もでしょうと暗に言われた気がして。
信頼し合っているのは間違いないため、ここで声高に主張するのは優雅さに欠けると自重する。
代わりに先程から気になっていたことを尋ねることにした。
「ところで、そっちの彼女は大丈夫なのかしら?」
エリカが視線を転じたのはこの場にいるもう一人の少女だった。そこにいる巫女は胸の前で手を握り、心配げな表情で戦いを見守っている。
荒事を見慣れていないのだろう。ここに来てから一言も喋らない様は流石に放っておけなかった。
聖蘭も気付いていたが、エリカへの応対もあって声をかけるタイミングを計っていたようだ。
軽くこちらへ黙礼してから万理谷と名乗っていた巫女へ近づくと、優しく握っていた手に触れる。そこでようやく意識が画面から離れた少女へ聖蘭は穏やかな声音で語りかけた。
「緊張し過ぎですよ祐理。そんなに張り詰めていては貴女が倒れてしまうわ」
「聖蘭さん……ですがこれは羅刹王たる方との戦いです。いくら悠
聞き間違えかとエリカは一瞬耳を疑った。巫女から王と臣下とは思えない呼び名が零れたのだ。祐理も言ってから気付き慌てて口を閉じる。
「し、失礼しました。お忘れください」
本人も無意識だったのか羞恥に頬を赤く染めている。どうやら聞き間違いではなかったようだ。
彼女が夕凪王に重用されているのは紹介の時点で伝えられていたが、より近しい関係だとエリカは察した。
聖蘭も隠すつもりはないのか苦笑している。
「謝る必要はないわ。心配なのは分かるもの。けれど、それで貴女が伏せってしまったら悠が悲しむ。だから信じてあげて」
帰ってきた時に笑顔で迎えてあげられるように、そう紡ぐ少女の表情は妹を励ます姉のように優しい。巫女にもそれは伝わったらしく自らを鼓舞するために一度目を瞑る。次に見せた瞳には気丈さが宿っていた。
「はい。そうですね。戻って来られたらしっかりお迎えします。それからちゃんと休息を取ってもらわないと」
やるべきことを定め意気込みを告げる祐理に安堵する聖蘭。二人の様子は見目は違えど姉妹を思わせるものだった。
先程とはうってかわって和やかな雰囲気に、エリカも茶々を入れるのも野暮だと触れないことにする。彼らの関係についてだけでも収穫としては悪くない。唐突に手に入れた情報をどう活かすか考え込み、途中でふっと先の一幕が過った。唐突といえば──
「何故あそこで体勢を崩したのかしら」
疑問は呟いたことでより大きくなる。銃撃と共に夕凪王に舞い込んだあまりにも都合の良い幸運に違和感を抱きながら、エリカは再び戦場を見つめるのだった。
カンピオーネがヒロインが複数の作品だったので近づけようとしておりましたが、複数のヒロインを書くのが面倒──ではなく扱いきるのが難しいと判断しました。
そのため本作主人公のヒロインは基本的に二名でやっていこうと考えております。どうかご容赦ください。
余裕があれば二人以上に出来るかもしれませんが当分は現状のままの予定です。