フオリエ・ナスコシテ   作:カズあっと

19 / 56

 改稿です。半端なものを投稿していました。短いですが。


19話 嵐の前。

 

 

「おかえりなさい。二人とも」

 

 先にアウグスタへと歩み寄ったのはルカだった。

 

 足音を立てない歩き方。距離を測るような歩幅。背筋は伸び、顔つきも落ち着いている。まるで、ここで何が起きているかを把握しているかのように。

 

 けれど、空気を探る視線だけが、わずかに忙しい。

 分かったつもりでいようとする、その浅さ。──アウグスタは見逃さなかった。

 

 胸の奥で、そっと息をつく。

 ——この子は、本当に強くあろうとしすぎる。

 

「いらっしゃい」

 

 抱き上げると、ルカの身体が一瞬だけ強ばり、それから力が抜けた。

 その変化が、腕越しにもはっきりと伝わる。

 

 少し離れたところで、オルトが立ち尽くしている。

 呼ばれるのを待っているのか、言葉を探しているのか。肩は固く、指先だけが宙を彷徨っていた。

 

 恐怖と誇りの間で、どちらにも寄りきれずにいる。

 そんな感情が見て取れた。

 アウグスタは、まず聴くべきだと静かに心を整える。

 

 ──そして聴いたのは、ただの若者同士の諍いではなかった。

 

 密輸。

 それも、単発ではない。

 

 想定の範囲内ではある。

 規制を敷けば、抜け道を探る者が出る。それは人の性だ。

 

「……やはり、そう来ますか」

 

 低く零した言葉に、感情は込めない。

 

 正義感の強いこの子が、見過ごせるはずがない。

 嬉しさと同時に、心配がよぎるのもまた、親としては当然だった。

 

 だが今は、それよりも先に聴くべきことがある。

 

「で、その男は。名を名乗ったか」

「柳……柳のジーノと」

 

 名が落ちると同時に、オルトの視線が床へ沈んだ。

 唇がわずかに歪む。無理もない。

 

 ——柳のジーノ。

 

 フィオナの報告にあった名だ。

 近頃、王都で名を上げているらしき無頼、魔銀。

 

 冒険者登録の位階制度は、こういう時に便利だ。

 実績と危険度が、端的に分かる。

 

 中級の上位。

 褪せた灰銀の登録証を授けられた者。銀霊に御されし卿。

 

 その「力」と「罪」だけならば、貴族にも並ぶ。

 

「……強かった、ですか?」

「母ちゃん、アイツを知ってんのか?」

「いいえ」

 

 即答だった。

 

 主張も信条も持たぬ破落戸に、個人的な関心はない。

 社会の脅威となるなら別だが──今は、まだ判断が早い。

 

「アイツは……ヤベぇ」

 

 オルトの拳が、小さく震えていた。

 力の差を、嫌というほど思い知らされたのだろう。

 

 誇りがある。

 だからこそ、言葉が続かない。

 

 アウグスタは、それ以上を急かさなかった。

 

「その名なら、聴いているわ」

 

 声は落ち着いている。

 けれど、アウグスタは意識的に言葉を選んでいた。

 

「腕が立つのは確かね。……ただ、それだけよ」

「それだけ?」

 

 オルトの眉が、わずかに跳ねる。

 

「力があるからといって、何かを決められるわけじゃない」

「でも、俺は──」

 

 詰まった言葉は、どのような感情からか。

 大方、思い出したくもない光景が、脳裏をよぎったのだろう。それとも、男の子の意地か。

 

 アウグスタは、そこを追わない。

 

「強者は厄介です。でも、それは敵に回した時の話」

「じゃあ、放っとくのかよ」

 

 息子の苛立ちが、声に滲んだ。

 

「いいえ」

 

 だからこそ、短く否定した。

 

「放っておけない相手だから、聴いているのです」

「……」

 

 オルトは口を閉ざしたまま、視線を逸らす。

 納得してはいない。それだけははっきりと分かる。

 この子にはまだ、会話の中から情報を引き出せる力はなかった。

 

 アウグスタは、抱いているルカの体重を感じ直す。

 軽い。

 それが、余計に現実感を伴って胸に落ちる。

 

「柳のジーノは、一人で動いているとは思えません」

「……根拠は?」

 

 ルカが、小さく口を挟む。

 声は冷静だが、どこか張りつめている。

 だが、それは状況を聴けば即座に察せれる。「雇われ」であると、自ら口にしているのだから。

 

 ルカならば、気付くと思ったが焦りがあるか。

 仕方がない。まだ小さなこの子だ。オルトへの心配が勝るのだろう。

 だからこそ、教えてやる訳にはいかない。

 

「経験よ」

 

 それ以上を伝える事はない。

 

 理由を並べれば、いくらでも並べられる。

 だが今は、それが必要な段階ではない。

 

「密輸は、力だけで続けられるものではないわ」

「……後ろがいる、ってことか」

 

 オルトの声が低くなり、ルカの息を飲む音が聴こえる。そう。単純な話だ。

 

「ええ。だからこそ、本件は軽く扱えない」

 

 それだけを、事実として置いた。

 

 判断は、まだ先だ。

 オルトが見たという赤い獅子、王国財務省の紋章。

 王国を富まさんと志す国士の旗。

 だが——「嫌な手触り」だけは、はっきりとしている。

 

「……でもさ」

 

 オルトが、低く呟いた。

 

「それでも、放っとけねぇだろ」

「ええ」

 

 これにも即答だった。

 

 それが、かえってオルトの表情を歪ませる。

 

「じゃあ、なんでそんなに落ち着いてんだよ」

「落ち着いているように、見えるだけです」

 

 アウグスタは視線を逸らさなかった。

 

「判断を急がないのと、何もしないのは違います」

「……」

 

 オルトは言い返さない。

 理屈としては、分かってしまうからだろう。

 

 だからこそ、拳に力が入っている。

 これも、男の子の意地か。

 

「俺が負けたのにか?」

「負けたからこそ、です」

 

 少しだけ、声を低くした。

 勝ち負けを語る必要性なぞない。

 

 残念ながら、この子の視座は低い。そうしてしまったのは、忙しさにかまけた私自身の過失。

 アウグスタはそう考えている。だからこそ、突き付けるものは現実となる。

 

「感情で動けば、同じ失敗を繰り返す」

「……っ」

 

 噛みしめた歯の音が、わずかに鳴る。

 

 そこに、控えめな声が重なった。

 

「……奥方様」

 

 ルカだ。

 

「一つ、よろしいですか」

 

 アウグスタは頷く。

 

「もし、その人が——柳のジーノが」

「ええ」

 

「次に動くとしたら……こちらは、間に合うのですか?」

 

 問いは短い。

 だが、逃げ場のない角度だった。

 

 アウグスタは、すぐには答えなかった。

 

 その沈黙が、答えでもある。

 

「……間に合わない可能性も、あります」

 

 オルトの肩が、ぴくりと跳ねる。

 

「だからこそ、準備をするのです」

「準備って……」

 

 続きを、言わせなかった。

 

「今は、それ以上は言えません」

 

 決めている。考えれば、自ずと解は導かれる事。

 

「なんでだよ……」

 

 オルトは、それが気に食わないのだろう。考えるよりも感情が先走っている。

 

「母ちゃんは、もう決めてんだろ」

「……ええ」

 

 初めて、否定しなかった。

 

「でも、それはまだ『あなたに押しつける答え』ではない。考えなさいな」

 

 顔を背けたオルト。

 

 理解している。それでも、納得はしていない。そんな空気が全身から漏れている。

 

 ——それでいい。

 

 アウグスタは、そう判断した。それが正解でなくてもよい。考える事、自ら解を求める事こそが、これから先の息子の仕事だ。

 

「ルカもよ」

 

 降ろしたルカがオルトに並ぶ。

 二人は辞去の礼をして、執務室から去った。

 

 大きく、吐息が漏れる。

 とうに夕陽は沈み、窓の外からは月明かりが覗いていた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。