フオリエ・ナスコシテ   作:カズあっと

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24話 詰問と誇り。

 

「それで、みすみす見逃したと。部下の仇を?」

 

 平坦で抑揚のない声音のアウグスタの問いに、アントニオは頷いた。婆やとフィオナは息を吐き、額を抑える。

 騎士はアウグスタの執務室の床で膝を突き、罪人が如く首を垂れていた。

 

「貴方を慕う騎士に血を流させた咎人を。また、いつ無辜の民を襲うかもわからない危険人物を、野放しにした。と。そういう事ですね?」

 

 言うべきを終えた淑女は、無言のままでいる。

 アントニオに弁明はない。

 顔に似合わず寡黙と、有名な男でもあった。

 アウグスタは無言で、アントニオのうなじへ視線を送っている。

 

 当主代行であるこの女は感情が昂ると、冷静になる。感情を目前の事象とは切り離し、観察に努める癖があった。当然、言葉少なになる。

 その癖は、こういった場合において事態を好転させやしない。

 

「……」

 

 喉元まで言葉は出ている。だが、それを飲み込むのがアウグスタという女であった。

 柱時計が規則的に鳴っている。

 アントニオも、言葉を待つだけだった。

 

 また天井を仰ぎ見た婆やとフィオナの吐息が、やけに大きく響く。

 かと言って、二人に何かを挟めやしなかった。

 主従の間へ視線を巡らし、ときにあらぬ方向を眺める。

 そんな事でしか、間を持たせられやしない。

 執務室を明々と照らす灯りが、虚しく揺らぎ続けていた。

 

「いい加減に、してください!」

 

 この状況に、我慢ならないのがフィオナだ。

 こうしている間にも、時は刻一刻と過ぎてゆく。やるべき事は山程あった。

 

「時間の無駄遣いをしないで下さい! このまま二人して黙り込んでたら、何も解決しないじゃないですか!」

 

 アウグスタは一度フィオナを見た後、気まずそうに視線を逸らす。

 この後には夜会での挨拶回りがあった。

 だけではない。

 

 フィオナには、実に多くを押し付けてしまっている。

 押収した霊核の出所調査。買い手の割り出しからの、回収による出荷調整。

 投機対象でもある霊核の扱いは、兎角面倒が多い。安定し始めたとはいえ、霊核の王都への輸出事業だって、未だ目が離せる程でもなかった。

 

「奥方様。そんな聞き方では、答えられる筈ないじゃないですか! ペントラ卿も! 弁明があるなら、さっさとしちゃって下さいよ!」

 

 その負荷が爆発している。一息で、段々と語尾も荒くなっていた。そこへ、婆やが追い討つ。

 

「そんうえに、奥方様も何も言っておらんばってん、はらかく事は、ちごてな?」

 

 そうなのだ。アウグスタは騎士達――アントニオに対し、何らかの指示を出した訳ではない。

 彼等を慰労と称して呼び寄せただけである。

 捕物を行ったのは、独断。

 

 だが、トラーパニ領主、キエッリーニの騎士団としての本分でもある。犠牲を出しながらも職責を果たした彼等を、責める道理はない。

 

「失礼。つい、言葉を失っていました。……此度の働き、お見事でした。ペントラ卿」

 

 取り逃がしがあったとしても、叱責はお門違いである。

 代行であっても、主人としては忠実な部下の働きを慮らねばならない。また、領主として既成事実を統治に利用した手前、理屈としても義理が生じている。

 

「それに奥方様。オルトがコテンパンにされたからって、所詮は破落戸一人です。今日の所は切り替えて、さっさと夜会(商談)の準備をしましょうよ」

 

 余計な事を言い出すフィオナであった。

 そう。私怨が含まれている。だが、正当な理屈だってあるのだ。

 誠に遺憾ながらも戦力として見れば、息子は屋敷内、トラーパニにおけるキエッリーニの最高戦力である。そのオルトが子供扱いされた。

 だからこそ、アントニオを呼び出して、速攻で抑えるつもりであったのだが――。

 

「……えぇ。そうですね。アントニオ、柳のジーノを逃した目的、答えなさい。貴方の事です。何の考えもなくでは、ないのでしょう?」

 

 また暫し、時を奏でる単調な音が響いた。

 

 顔を上げたアントニオは、真剣な顔付きでアウグスタを見詰めている。大層な美形顔であった。

 赤面したフィオナが顔を背ける。

 婆やが咳払いを一つ。

 アウグスタは冷たい眼差しを崩さない。

 

 相変わらず時計の音が鳴り響く中、やがて。

 

「アイツは、オルトの獲物だ」

 

 剥き出しの、一言だけ。

 婆やは眉を顰め、フィオナは首を傾げる。アウグスタは大きく息を吐いた。

 

「フィオナ、婆や。夜会の支度に戻りますよ。アントニオ、貴方もさっさと準備なさいな」

 

 そして、高らかに宣言す。

 疑問は晴れた。納得してはいないが。

 ならば、言ってやるのみだ。

 

「今宵も一騎当千の女傑達が、獲物を狙って輝くでしょう。貴方も武人として騎士として、決して遅れをとってはなりませんよ」

 

 黙礼をし、苦い顔をしながら去って行く男。その広い背中へ一度だけ視線を送り、アウグスタも席を立つ。

 

「奥方様。どういう事です?」

 

 やはり気になるのか、フィオナからの問い。

 説明を、してやる事は出来ない。彼女にも、わからない理屈なのだから。

 ただ、言える事はある。

 

「男とか戦士とか、武人とか騎士とかって、本当に面倒臭いわよね」

 

 それは、代行でも政治家でもない、一人の女の言葉でしかない。

 

「ただね、フィオナ。私達にはわからない事でも、認めてあげなさい。きっと、それが円満の秘訣よ」

 

 もうずっと、妻であり母であり、そして誰でもない女達はそうしてきている。

 

 止められないものなのだ。

 

 それは、やがて領主となり、貴人となるオルトには必要な試練でもあった。

 それが、理解出来てしまう。だからもう、問い糺す必要もない。

 だが、繋ぎ止め、御する楔はあるのだ。

 

「彼等に意地や誇りがあるというならば、私達にもあるわよね? 頑張りなさいな、フィオナ。あれで、あの子は貴女のお眼鏡にも叶うと思うわ」

 

 アウグスタは、激しく闘志を燃やしていた。

 男達がその理屈で動くというならば、女には女達なりの理屈がある。

 フィオナは、またもや首を傾げている。賢いこの子には珍しい。だが、心配はない。

 経験こそ足りないが、あの不器用な騎士だって、上手く乗りこなせる事でしょう。

 そう目し、信頼もしていた。

 

「フィオナ。此方へ来なさいな。今宵は貴女も、おめかししましょうね。既成事実を作ってしまっても、構わなくてよ?」

 

 手を引いて、衣装部屋へと引いて行く。まだ十八の淑女に、さしたる抵抗はなかった。相変わらず、首を傾げたり捻ったりしているが。

 

 待つのは、娘時分に仕立てやものや、袖を通した事もないドレス達である。どれも質は良い。

 そして、素材も良い。

 少しだけ惜しくはあるのだが、ここで手放すのも充分な見返りの期待出来る投資だとも、見越していた。

 幸いにそう体型に違いはないので、寸法合わせをしてやれば充分に着こなせる筈である。

 

「女の戦支度、始めましょうね」

 

 婆やが大きな溜息を吐いたが、浮かれ気分のアウグスタの耳へは、届く事はなかった。

 

 

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