フオリエ・ナスコシテ   作:カズあっと

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お読みいただき、ありがとうございます。
また、長いです。


53話 茜差す街の匂い。

 

 アウグスタは海側と反対にある窓から、景色を見ている。

 そこからは「子供たち」の部屋が見渡せた。

 

 今ここにいるフィオナの部屋は帳が降りている。

 ルカとリナの部屋も同様だった。

 オルトの部屋の扉だけが、開け放たれていた。

 

「なんで一番大人のオルトが、幼い子供みたいなのかしら?」

 

 つい、溢れてしまうのはそんな言葉だ。八方塞がりな状況では、漏れるのもそんな愚痴しかない。

 しっかりとした子は、戸締りなどを疎かにしないものだった。

 

「リナも、少しは元気になったみたいね」

 

 アウグスタが眩しく部屋の窓を眺めれば、フィオナはニシシと笑った。

 

「それはもう、随分と『お仕事』にヤル気出してますよ。今日はルカを連れて、私の『お父様』の主治医に会うんですって」

 

 釣られてアウグスタも微笑む。

 フィオナが、上手くやってくれたのだろう。

 気分くらいは夏空の様に澄んでいなければ、この先を乗り切れるとは思えなかった。

 

 それに。

 

「流石、頼れるお姉様ね」

「あっは。くすぐったいなぁ」

 

 血の繋がりはなく、産まれも育ちも異なる。

 なのに、ルカもリナも、他の娘たちだって。

 とても慕っている。それが、アウグスタにとっては嬉しい。

 

 ——流石に、危険はないと思いたいけど。

 

 そうでなければ困る。

 

 ……どうか、子供たちが無事に過ごせますように。

 

 当主代行はエーリチェ男爵に頼み込み、今朝から騎士たちによる巡回を強化して貰っていた。

 

 

 

 茜が白と灰の街並みを照らしていた。

 さっと強い風が吹き、ルカの切り揃えられた髪が揺れる。

 

「大丈夫ですか?」

「へっちゃらですよー」

 

 手を繋いだままのリナお姉様は長い侍女服の裾を片手で押さえ、スカートが捲り上がるのを防いでいた。

 

「それにしても、わっるい風ですねー」

「風に、良いも悪いもない。……です」

 

 ルカはリナと共に街を歩いている。

 そろそろ日も落ちようというのに大通りは荷や人で溢れ、絶え間なく行き交ったままだ。

 

 ルカはなんとなく考えている。

 風は風という自然現象に過ぎない。良し悪しは、人それぞれの都合によるものだと。

 

「少し、遅くなっちゃいましたね。ごめんね」

「別に、平気」

 

 明るいリナの声に首を振る。手を優しく握られていた。だが、主張はあった。

 

「でも、暗くなる前に帰りたい」

「とーぜんだよ」

 

 人波に逆らわず、二人は小高い丘に建てられた屋敷、キエッリーニ邸へと帰っている。

 リナの通院の、帰り道だった。

 通院といっても、どこかが悪い訳ではない。リナは癒師として、ここ数日は病院へと通っていた。

 

「ねーねー、ルカ様ー」

 

 リナの呼び掛けに「何?」と返せば、彼女はニシシと笑う。

 

「聞くまでもないと思うけど、ルカは奥方様のこと、好き?」

「愚問」

 

 簡単な一言を返していた。

 

「だよね。じゃ、どれくらい? 言える?」

 

 リナの顔は、随分と挑戦的だった。けれどもルカに、言えることはない。本当のお母さんだったらなどと、誰かに言えるはずもなかった。

 

「まま、流石に難しいか。じゃーさ、頼りないとはいえ若様ももう成人したし、奥方様には、そろそろ幸せになって貰いたいよね?」

 

 またもや愚問だった。これには即答する。

 

「当然です。私は、婦女を守りし剣なれば」

「だよね! ルカも一緒に、幸せになるんだよ!」

 

 言っている意味はわからないが、それには同意が出来る。奥方様は私が、私たちが——ううん。

 誰もが幸せになれることを夢見、願っている。

 茜差し活気付く街並みが、それを証明していた。

 

「おっと! ごめんよー」

 

 ルカはリナの腕を引く。

 前から来た、大荷物を抱えた女性とすれ違うために。

 リナに誘われたからなのだが、ルカは護衛のつもりで着いて来ている。

 当然の所作だった。

 

「お疲れ様でーす!」

 

 振り返ったリナがその背中へ声を掛けると、「ありがとさん」と女性は叫んで遠ざかっていった。

 

 ——ああ、まただ。

 

 いつもの街並、いつもの人々。

 なのに、どこか落ち着かない。

 

 それぞれが、一瞬だけ懐や腰のモノに視線を這わせ、そしていつもと変わらぬ声をあげている。

 ほんの一瞬だけ、懐や腰に指先をおきながら。

 他にも、親しい集まりなのだろう。複数で行き交う人々も一塊りとなって、動いていた。

 

「みんな、不安そうだね……」

 

 リナの呟き。ルカは逆光に照らされたリナを見上げ、瞳を瞬かせた。

 

「大丈夫、今だけ。きっと……」

 

 その理由は、四日前の事件のせいかもしれない。

 話に聞いた惨事はまだ街の中に、どことなく暗い影を落としているようだった。

 

 路地裏で、商家の軒先で、所々には人が集まり囁きあう。不安を押し殺した様に、密やかに。

 ふと目が合うと声を止め、表面には笑顔を貼り付けていた。

 そして、何事もなかった様に笑い合うのだ。

 どこか確かめる様な視線を、「誰か」へ送り、探り合いながら。

 

「さぁ、さぁ、さぁ、さぁ! 寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 王都直送の最新式だ! こいつがあれば、怖いモノなんて何一つないぞ!」

 

 濁声が、聴こえた。太いのに掠れていて、元気はあるが、どこか荒んだ声だった。

 元気に太ったお爺さまが、客引きをしている。

 

「詳細はこの型録を見てくれ。今日だけは、ほぼ卸値に近い価格で出している」

 

 その隣には、落ち着いていて、けれど朗々とした声を響かせる男性。

 

「謂わば、お守りに過ぎんが、心強いものだぞ。家族や友人でも誘って、見にくるが良い。尤も、明日は値上がりしているかもしれんがな」

 

 元気なお爺さまは興奮し、制作会社や武器の名称を叫ぶだけである。

 だが、この男性は随分と巧みに売り込んでいた。

 

「おっと、今日の在庫はこれで終わりか。現物だけの叩き売りだ! 今を逃すと、次はいつかな?」

 

 ルカは銃火器にそれ程詳しい訳でなく、良し悪しはわからない。けれども他の店舗に比べて次々に売れていく様を見れば、信頼性の高い武器であるのだろうと想像がついた。

 

 ふと、一人だけ退屈そうにしていた女性と、視線が合わさった。

 彼女は声を張るでなく、一人静かに椅子に座っている。男性たちと店先に並んではいるが、あまり商売熱心という風ではなかった。

 

「あら、あらあらあら……」

 

 目が合ったまま女性は表情を綻ばせる。

 そして、立ち上がった。

 タプンタプンと大きなお胸を揺らしながら、彼女はズンズンと近付いて来ていた。

 甘い焼き菓子の匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「まぁ、まぁまぁまぁー」

 

 ルカの前に立つと、女性はしゃがみ込む。彼女の背は高い。それでもそうすると、ルカとは視線を合わせる位置にお顔があった。

 

「とても可愛いお嬢ちゃんね。でも、もう暗くなるわ。つまらない武器なんかに興味を持たないで、早くお帰りなさいな。ね?」

 

 嗜める言葉だが、とても機嫌が良さそうだ。微笑みながらの言葉であった。

 

「はい」

「す、すみません。ありがとうございます」

 

 慌ててリナが頭を下げていた。女性の身形はとても良い。少々露出は激しいが、質の良いサマードレスを纏っていた。

 

「あらあら、こちらのお嬢さんも可愛らしいわね。でも、だめよ。最近は物騒なんだから、早くお家に帰って、お父様とお母様を安心させてあげなさい」

 

 良い人、なのだと思う。だけどルカは、その優しい声も表情も、どこか場違いなものに感じている。

 この人は、今の街の空気とは、まるで別の場所にいる様な気がしていた。

 

「あら、そうだ。お菓子をあげるわね。お昼に焼いたのよ」

 

 そう言って、彼女は懐、胸元に手を入れると包みを取り出す。まったく、澱みのない動きであった。

 懐に手を入れるという前兆行為を、ルカが見逃す程に。そして、甘い香りが強まった。

 

ビスコッティ・ディ・マンドルラ(アーモンドクッキー)よ」

「……」

 

 手渡されたそれの名は、ルカも、奥方様も大好きな焼き菓子のもの。けれど彼女は反応が出来ず、声も出ない。

 

「あ、ありがとうございます! いただきます」

 

 行儀良くお礼をしたのはリナだった。慌てて、ルカも頭を下げようとする。

 

「あん? 何やってんだ、テメーら」

 

 だが、後ろからの声に身体が凍る。

 

 確かに聴こえた。だけど、「いない」。

 

 何も、感じなかった。

 気配も生気も何も。光の屈折さえも影もなく、ただ透明に「視える」空間だけが下にはあった。

 ただ声だけが、突然に現れている。

 

 ——そんなはずはない。

 

 ルカは叫びかける。だが、穏やかな声音が。

 

「社会奉仕よ」

「はぁ?」

 

 酷く気の抜けた声。何でもない会話だけが聴こえていた。

 背中からは相変わらず、何も感じられない。音だけだ。術力の揺らぎも、生体反応も、何も。

 

 だが、怯えてばかりではいられない。ルカは恐る恐るだが、後ろを振り返る。

 

「あー、なんだ。小せぇお嬢ちゃんが、こんな時間に出歩いてんのは、ちょいと感心しねぇな」

 

 そこに居たのは、ただの「おじさん」だった。

 背は高くない。やや痩せている。中肉中背の、何の特徴もない、普通のおじさん。

 口に楊枝を咥えていた。

 でも、気配がない。

 

「いゃ、そんなビビった顔されると、傷付くんだがな。おじさん、そんなに顔が怖いかよ? あん? もしかして……」

 

 困った様な表情だった。どう見ても、「普通のおじさん」。

 

 なのに——。

 

 背筋が、膝が震える。喉が渇いていた。何も、怖い筈もないのに、鼓動が速まる。

 何も、考えられない。思考が止まる。

 風にそよぐ柳の様に揺れる男が、ルカは堪らなく恐ろしい。

 

「って! 柳のジーノじゃん!」

 

 突然の、リナの叫び声だった。

 

「これか。……おっ、お嬢ちゃんは確かカツオのオマケの」

「カツオは関係ないでしょ! お得意様よ!」

 

 元気なリナの声で、意味不明なルカの恐怖は唐突に薄れた。と、彼女は一瞬思った。

 

「おう、毎度ありがとうな。明日も市場にゃいるからよ。小魚ばかりだが、気が向いたら買ってってくれや」

 

 怖くないのは、突然におじさん——柳のジーノの気配が、現れたからだった。

 僅かな術力の揺らぎがあり、呼吸、鼓動、血液の流れ。

 微細ながらも確かな生体反応を感じられている。

 

「悪いな、嬢ちゃん。ちっと、存在感を消してたんだよ。ほら、アイツらと一緒にいて、噂とかされると恥ずかしいからよ」

 

 柳のジーノは二人の男性を見る。声を張り、威勢よく武器を捌いていた。とても、得意気であった。

 

 この人が、オルトが手も足も出なかったという無頼、柳のジーノか。

 ルカの記憶は、あの日の記憶、信じた「最強」の「敗北」へと結ばれた。

 

「私が、未熟なだけ」

 

 振り払いたくて、頭を振る。

 

「良いねぇ。きっとお嬢ちゃんは、良い戦士になれるぜ。……が、気を付けろよ」

 

 彼の目が、何を伝えているかはわからない。

 

「はい」

 

 わからないままに、頷いていた。

 

「ほら、子供は暗くなる前に帰りなさいな」

「あばよ」

 

 女性に背中を押されたルカは、どこか釈然としないままリナと共に、家路へ再び歩み出している。

 

 

 

 どこか引っ掛かりを覚えたまま、屋敷へ帰ってきたルカたちだった。

 リナはあれからプンプンしている。

 カツオのオマケ扱いされたのが、余程腹に据えかねているらしい。

 

 カツオを抱えていたのはオルトだし、私はお得意様ですよ。だそうである。ルカにはまったく意味がわからなかった。

 それはともかくとして、ルカは自室で一人、鏡の前に立っている。

 帰るなりリナたちに着替えさせられたサマードレスを纏って。

 

「オルトが浅慮なのが、悪い」

 

 漏れた独り言は意外と大きい。そう思う事で、納得を得ようとしていた。

 

「私はどこからどう見ても、女の子。それが、今日もまた証明されてしまった」

 

 鏡に映る女の子も、同じことを言っている。ルカと同じ様に唇が動いていたからだ。

 

「だから私は悪くない。……悪くないのに」

 

 初対面の人たちだった。彼等はちゃんと、女の子として扱ってくれていた。

 というよりも、ルカはオルト以外に、男の子扱いされた記憶がない。だからこそ、この仕打ちが納得できないでいる。

 

「……キツイし、動き難い」

 

 あの衝撃の「オルト浅慮再発覚事件」の後から、屋敷ではドレスを着せられていた。女の子らしい所作を身に付けさせるため、だそうである。

 奥方様命令であった。ルカには逆らえない。

 

「私はとても、とても女らしい」

 

 手には袋詰めされたビスコッティ・ディ・マンドルラが握られている。

 これこそルカの作ったものではないが、ルカも得意としている、つもりの女の子の業であった。

 

 思わず、溜息が漏れてしまう。

 ここ暫くの扱いに、思う所があった。

 動き難い、着るのも脱ぐのも面倒な服装をさせられるからである。

 外出時は普段の服装が許されるが、ここ最近ではどちらが普段かもわからない。

 ほぼ半日、ドレスを着せられているのだから。

 

 この格好、不合理極まりないとルカは思う。

 機能的なポケットも付いていないので、鞄などを持たなければならなかった。お菓子の包みでさて、手に持たなくててはならないのだ。

 それに正直に言うと、とても違和感がある。

 風が入ってスースーするし、ヒラヒラしていて邪魔なのだ。

 少しだけザラっとした感触の麻布。

 別に動きを阻害しはしないが、とても頼りない。

 

 彼女にとって、とても変な感触だった。

 

 ——けれど、最近の街の感じとは別かも。

 

 違和感と言えば、街の様子だ。今感じでいるものとは、比べ物にならない。

 あの感覚と、とてもザラついていた。このドレスとは比べ物にならないくらいに。

 

 街の人々の視線の送り方、声の顰め方、けれども当たり前を取り戻そうとする振る舞い。

 何かに怯えていて、疑い合う様だった。

 その理由には察しがついている。

 「銃乱射事件」というあまりにも身近で、いつ自分に降り掛かってもおかしくない脅威への恐れが、あの空気を作り出している。

 

 ルカはそう、推測していた。

 

 彼女は騎士——を志す者として、その恐怖を払わねばならないと思う。けれど、何をすれば良いかもわからないままでいる。

 単純に、銃を恐れている。

 けれど、あまりにも身近な道具となった銃を失くすのは、現実的でない。

 それに、別の問題もあった。

 

 武器としての銃が、抑止力となっている。

 そう、教わっていた。

 

 もしかしたら痛い目にあわされるもしれない。

 そんな力を誰もが持つことで、人同士の関係は均衡を保つ。

 誰もが身を護る牙を持つからこそ、無法が通らない。

 だから、安心だ。

 

 ——でも、もしもアイツらみたいな連中が。

 

 思い出されるのは、赤布を肩に巻いた破落戸たちだった。

 そういえば、アイツらにも男の子扱いされたと思い出す。ついでに殴られて、リナが連れて行かれそうになったことも。

 

 苦い記憶だ。あの時はオルトに助けられたが、ああいった連中はどこにでもいた。

 力で押さえつければ、なんとでもなるとする輩は。思わず、腰にはない双剣を握っている。

 

 ルカは、手指を祈りの形へ組み替えた。

 

 小さくとも弱くとも、己の尊厳を守る牙を持つことは、許されているのだから。

 だからこそ、ルカは武を磨く。そして、考える。

 

 誰もが武を持つ権利を守らないと——。

 

「たっだいまー! 少し遅くなったが、帰ったぜ。早く飯くれ」

 

 そこでルカの思考は中断される。野放図な大声は、オルトのものだ。

 オルトは近頃、護衛団の訓練に参加している。

 そして(おとない)が聴こえた。

 

「ルカ様。若様も帰られましたので、お夕食へ」

 

 呼びに来たのは、年嵩の侍女だった。

 彼女も元は屋敷付きの侍女だったそうだが、今は婚姻を結んで通いの侍女となっている。

 少し、礼儀作法に厳しい人だ。

 

「今行く。……今、行きます」

 

 言い掛けて言い直し、ルカは扉へと向かう。

 今日は夜会もない。

 父上はエーリチェへ帰還しているが、夜会がなければ奥方様と一緒にお夕飯を食べられる。

 

 ルカは扉を開けると、教わった通りの淑女の礼を見せておいた。

 

 

 

「んでよ、今日の訓練は防衛戦、いやきつかった」

「キツくないと、訓練の意味がない」

 

 和やかに食事の時間は過ぎてゆく。

 慎ましく鳴る食器の音に、時折混じる会話。

 訓練内容からやはり、行政府は銃による争いを重く見ているのだなと、ルカは察していた。

 

「細かく指示とか出さねーとあぶねーし、もうちっと強化が出来るなら、銃弾なんて耐えられるんだけどよ」

「野獣と違い、普通の人はそこまで強化出来ない。なんなら、オルトが盾になれば?」

 

 強化強度は肉体練度に比例する。普段から鍛えているだけ、効果は増した。

 常日頃から戦場に身を置く戦士と異なり、それぞれが仕事を持つ市民の強度は知れたものとなる。

 訓練を欠かさないルカだって、集中をしてなお、弾けるのは小型拳銃弾までだった。

 

「それも考えたんだけどよ。ヤベー奴とかが相手だと、全滅しちまうだろ」

 

 オルトの様に、狙撃銃の貫通力をも、ものともしない者がいる。

 

「そういった人たちなら、力の使い道も知ってると思うけど」

 

 だが、そういった人たちが無差別な暴力を振るうことはないだろう。力はより強い力に勝てない。

 それを知っているから強者程、理不尽に力を振るうことはない。それは、常識だった。

 

「そうでもねーんだよな。やっぱ、仕事とか義理とかもあるしな」

「そういったことを解決するために、『決闘』がある」

 

 急に大人みたいな話をし出すオルトだが、ルカは反論していた。

 お互いの筋を通すための「決闘」は、法よりも優先される。古来より多くの戦争も、統治者による「決闘」により解決していた。

 

「そりゃそうなんだけど、突発的なもんはな」

「なら、訓練頑張る」

 

 オルトが受けている訓練は、指揮官、統治者として理屈に合わない暴威に見舞われたときに、民を生かすためのもの。

 

「『決闘』が可能な相手ならば言葉が通じます。オルト、貴方の受けている訓練は同時に、異界の脅威との戦術でもあるのです。精進なさい」

 

 奥方様だった。

 奥方様は食事中、殆ど喋ることがない。

 かといって、お喋りが嫌いなのではない、らしい。話を聴くのが好き、らしかった。

 それを知るルカは、今はここにいないフィオナやリナと共に、食事中でも沢山お喋りをする様にしていた。

 オルトとは示し合わす必要がない。

 

「まぁ、俺もよ。思う所はあんだよな。どうしたら怪我人とかが出ないで済むかとか」

 

 勝手に色々と喋り出すからだ。

 出鱈目や適当の混ざるオルトの話も、奥方様は穏やかに聴いてくれている。

 だから、ルカも負けじと話題を振ろうとする。

 そこに——。

 

「奥方様、領主代行殿。ご報告が」

 

 重装鎧を鳴らし、入って来たのは騎士だった。

 父上の副官を務める、落ち着いたおじ様だ。

 彼は恭しく膝をつく。食器の鳴る音は、完全に止まっていた。

 

「この子たちも聴いて、問題ないものですか?」

 

 奥方様は領主「代行」の顔となっている。

 

「はっ。問題は、ございませんかと」

「ならば、報告をいただきます」

 

 短い返しに促していた。ルカは勿論、オルトもまた静かにしている。

 

「そう大きな事件ではありませんが、お耳に入れておきたく。東の岬近くの広場で、軽い騒動があったそうです。幸いに、怪我人は軽傷とのこと」

 

 簡潔な報告だった。だが、奥方様は眉を顰める。

 

「怪我人ですか?」

「はっ。巡回より、小規模、無手ながらも暴力沙汰、所謂喧嘩があったと報告を受けております」

 

 少しだけ、奥方様は考え込む。隣のオルトが「岬の公園?」と溢していた。

 

「冒険者でしょうか?」

「いえ。登録のない、一般の市民である様です」

 

 息を吐く奥方様。珍しい事件だとルカも思う。

 理と利を重んじるこの街では、あまり直接的な暴力を振るう者がない。

 その場では我慢して、司法に判断を仰ぐのが一般的な習慣だとされていた。

 

「目撃者から、お話を聞けますか?」

「はっ。呼んで参ります」

 

 そしてやって来たのは、まだ若い騎士だった。

 

「んーだよ、お前かよ」

「俺で悪いかよ」

 

 オルトの同窓の友人である。ここのところ二人でよく、訓練をしていた。

 そんな彼も、奥方様の前では恭しく膝をつく。

 

「いつも愚息がお世話になっておりますね。街での喧嘩騒動について、伺っても?」

「はっ、麗しの奥方様」

 

 だが、ルカは彼の視線が定まる位置を見ていた。

 揺れる、奥方様のお胸である。ドタプンと、それはもう物凄いお揺れであった。

 

「あいつ……」

 

 微かなオルトの唸り声が聴こえる。

 

「人の母ちゃんを、何て目で見てんだよ……」

 

 それは非常に、頷ける呟きだった。

 そんなルカの感慨とは無関係に報告は続く。

 

「現場は本日夕刻頃の岬の広場であります。そもそも、彼らがその場に集ったのは……」

 

 どうやら、彼等は岬で訓練をしていた護衛団の訓練を、見に来たらしかった。

 

「なんか、奇遇だな。そういや俺も広場に行って盛り上げておいたけどよ。喧嘩なんかが起こる様な雰囲気じゃなかったぞ?」

 

 報告に、口を挟む訳にもいかない。なのにオルトが囁いてくる。らしくもなく、小さな声だった。

 

「大人しく聴く。もしかしたら、事件の予兆に思い当たるかもしれない。野生の勘で」

 

 だが、オルトは事件の前にその場に居合わせた事で、何か思う所があるらしかった。ルカはヒソヒソと答えておく。

 

「その場での聴き取りによれば、銃器規制派の集会の様なものとなっていたということです」

 

 騎士だけに、声が良い。簡潔に纏って、はっきりとしている様にルカには思えた。

 

「銃器規制派?」

 

 奥方様の疑問。これには、副官が答える。

 

「はっ。どうやら民間では、そういった運動がある様です。危険な銃を野放しにしておいて良いのかと問う、市民団体ですな」

 

 銃規制を望む声があることに、ルカは驚いた。

 銃は持たざる者の牙であり、護身への最も手っ取り早い手段であるからだ。

 それを、規制した方が良いというのは。

 

「俺もよ、公共の場所なんかは武器を規制しといた方が良いんじゃないかと思ってんだよな」

 

 思わぬ考えに、またもやルカは驚く。

 

「近場にいた冒険者たちに声を掛けてよ。まず、俺たちから武器を持たずにいれば、皆安心するんじゃねーかって話してたんだわ」

 

 あまりの理屈に、ルカは思わず立ち上がる。

 

「何の武器を持たずに、『大異界・海』に囲まれたトラーパニを護れるの?」

 

 怒鳴りたい気持ちを抑え、普段通りに告げた。

 オルトは言葉を返さず、唸り声をあげる。

 かと思ったら、立ち上がった奥方様にルカは座らせられていた。謝罪をしようとすれば。

 

「戦士でもない私が言うのも、烏滸がましいのですけれど」

 

 立ったまま、奥方様が話し始める。

 

「武器の携行を縛るのは認められません。その力により、異界の脅威、いえ『敵』を打ち倒せなくとも牽制や時間稼ぎが可能となります。最悪を回避する目を摘むのは、領主『代行』として、頷くことは出来ません」

 

 それは、銃も同じだとルカは気付いた。

 人も異界の怪物も変わらない。

 銃所持が認められるのは、そうでもしないと力の差を埋めようがないからだ。

 武器を規制するならば、銃もまた対象となる。

 

 もしも、そうなれば。

 

「一部の無頼は力に頼り、歯止めを失うでしょう」

 

 それも、現実的な懸念だった。

 

「いや、そんなことはねぇよ……」

 

 消えそうな語尾。

 

「いいえ、そうなるでしょう。人は己を律せる程、正しくも強くもありません」

 

 それは、血を吐く様な言葉。

 そして一面では、真理でもあった。

 それに、腕に覚えがあるのなら「収納」を修めてもいる。

 

「オルトは浅慮。「収納」があるから、意味ない」

 

 ルカは呆れを装い言ってやる。

 

「いや、俺は苦手だし……」

 

 ——そうなれば、均衡は崩れた。今日のあの人の様に、自分さえも……。

 

「もっとマシな案を考えること」

 

 ツンと言ってやると、オルトは頭を掻きむしっていた。

 

「……それで、喧嘩の原因は銃規制派の中での些細な対立だと言われています。本人たちからも証言を貰っているので、まず穏便に落着するかと」

「そうですか。ありがとうございます。下がって良いですよ」

 

 騎士二人が下がる。そう大した事件だと思えないが、奥方様はオルトを見ている。

 

「な、何だよ」

 

 そして、狼狽える次期当主に思い切り溜息を吐いた。その気持ちは、ルカにも良くわかった。オルトを見ていると、溜息が漏れるもの。

 

「少し中断してしまったけど、食事を続けましょ」

 

 背筋を伸ばす奥方様。また、責任を感じている様だった。だが、それは違うとルカは言いたい。

 こういう時、悪いのは大体オルトだからである。

 だからルカは切り替えるために言う。

 

「そういえば、奥方様。私、街で焼き菓子を頂いたのです。ビスコッティ・ディ・マンドルラを。商店街の、以前仕立て屋さんがあったお店の——」

 

 頂きものを食べても良いのか、聞かなくてはならない。食べ物は、毒物の可能性もある。

 

「……ああ、あそこの」

 

 少しだけ目を瞑った奥方様様は、「いいわ」と答えた。

 

「でも一応、食べるのはリナに見診(エグザミネイション)して貰ってからになさい」

 

 妥当な落とし所だった。ルカは頷く。

 

「悔しいけれど、あの方のお菓子は美味しいわよ」

 

 あの女性と、どうやらお知り合いであるらしい。

 

 ——世間は意外と狭いのかも。

 

 手を当てた自分の胸と比べながら、大きく揺れるモノを眺めていた。

 




結構頑張ってるつもりですけど、早く完結したいな。
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