フオリエ・ナスコシテ   作:カズあっと

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55話 罪と罰。

 

「悪いわね、教養日なのに」

「いえ、奥方様。いつだってお客様を歓迎出来ねば、私たちキエッリーニの名折れですから」

 

 夜会の休養日出来あるにも関わらず、掃除に飾り付けに精出す侍女たち。

 屋敷付きの子たちだけでなく、通いの者達までもが出ていた。

 

「助かるわ。ありがとうね」

 

 彼女たちへ、労いの声をかけてゆくアウグスタ。

 

「お気になさらず。休日のお手当は割り増しですし」

「ちゃっかりしてるわねぇ」

 

 その逞しさが嬉しく、心強くもあった。

 

 騎士団の交代日である今日、アントニオはいない。

 フィオナも忙しく、朝早くからミリオッツィ商会へと駆けていった。

 

「じゃ、私たちは街にお出掛けしてきますね」

「いってきます」

 

 リナとルカ、二人は街の病院へと通う。どこも悪い訳ではないが、治療協力のためだった。

 

「いってらっしゃい」

 

 リナはもう、前を向き歩き始めている。ルカにも良い経験と刺激になるだろう。

 そう思えば、心配よりも安堵が勝った。

 

 二人には今日、あまり屋敷にいて貰いたくはなかったので、正直に言えばアウグスタにも都合が良い。

 子供たちにはあまり、監査官殿とは関わらせるつもりはなかった。教育に、良くないので。

 

 とはいえ、この屋敷にはまだ一人だけ、彼と関わって欲しくない子供がいる。

 成人を迎えているので、もう子供と呼ぶのは適切ではないのだが、アウグスタにとってはまだ大きな子供でしかない実の息子、オルトであった。

 

「あの、寝坊助め……」

 

 正確に言うならば、違う。息子は朝早く起きて鍛錬に出ていたし、朝食の後には屋敷内でだが、訓練もしていた。ただ、その後に寝ているだけである。

 

「もう、図体ばかりが大きくなって……」

 

 小さな頃は片手で抱えられていたあの子だが、今では逆に、片手で抱えられてしまう程まで育っていた。

 それに、近頃は父親(あの人)に益々似てきていて——。

 

「少しだけしっかりしてきたと思えば、アイツめ」

 

 相変わらず身体を鍛えるばかりで、学問は疎かだった。来年には兵役へ出るのだから、必要なことだ。

 だが、その後には領主として子爵への襲爵をする息子には商都であり貿易港であるこの街の、論理をもう少しだけ学んで貰いたかった。

 

 フィオナにリナにルカ。そして箒を、布巾などを用いてテキパキと、家の仕事を進めてゆく侍女()たち。

 彼女たちと比べると、息子の出来は母にとり、少し物足りないものだった。

 

 仕事を終えて、通いの侍女たちは次々と退けてゆく。家付きの者達もめいめいに好きにし始めて、屋敷からは少しずつ、人の気配が消えていった。

 本来、休日である。それは自然なことだった。

 

 そんな、少しだけ静寂の訪れた箱庭で。

 

「奥方様、少しお休みになりなっせ」

 

 背中から声を掛けられる。嗄れた、だが凛と響くシシリア弁だ。婆やのものだった。

 

「平気よ。それよりも、婆やも悪いわね。面倒事に付き合わせてしまって」

「しょんなか」

 

 本日午後より、王都より参られた王国財務省、会計監査官殿に面会を求められている。

 婆やに頼んだのは、その供だった。

 

 寡婦であるアウグスタは、男性とは二人きりにならない。いや、()()()()

 

 単純に言ってしまえば、怖いからだった。

 今でもまだ、十四年前に押さえつけられた硬い地面の感触を思い出す。

 だけではない。

 荒い吐息に、引き裂かれた布の音。そして消えゆく律動までもを。

 汗と脂と濃い血の臭いが入り混じった記憶が、彼女の身体を意思とは裏腹に震わせる。

 

 それは、愛する息子と二人きりでいる時でさえもであった。

 

 アウグスタ・ビアンカ=キエッリーニの魂は、まだ半ば十四年前の中にいる。

 

 白の屋敷の女主人は、赤い獅子の尾がやってくるのを待っていた。

 

 

 

 長針が天を真っ直ぐに差し、単身が右二つ隣の数字を指している。最も鋭いでわけでなく、二番目に位置する形は、鋏のようだった。

 

 鐘が何度となく、鳴り響いていた。

 止むまでもなく、乱暴に開け放たれた扉。

 

「ご機嫌麗しゅうございます。『アウグスタ・ビアンカ=キエッリーニ』領主『代行』殿」

 

 太く、酒焼けした、けれども朗々とした男の声が響いた。監査官殿である。

 

「いらっしゃいませ、監査官殿。歓迎いたしますわ」

 

 アウグスタは淑女の礼を披露する。喪服という華のない女であろうと、礼儀作法は大切であった。

 

「おう、これはかたじけない」

 

 婆やが椅子を引くと、監査官殿はどっかりと腰を降ろす。来客用の頑丈な椅子が、ギジリと鳴った。

 監査官殿の体格は良い。背丈はアントニオ程もなくとも、横には倍程も広かった。ひよっとしたら、三倍ほどもありそうだった。

 礼を述べた彼は、機嫌良く笑っている。

 

 静かに婆やが傍に立つと、アウグスタも腰を降ろした。椅子は小さく音を立て、彼女の尻を包み込む。

 二人は、静かに向かい合った。

 

「その、申し訳ございません。護衛のお方を、息子の我儘に付き合わせてしまいまして」

 

 先にアウグスタが恐縮して述べれば、監査官殿はカラカラと笑う。

 

「なんの、なんの。ご子息は、誠に良き若者でありますな。ウチのは荒事しか脳のない護衛でありますが、どうかご用立てくだされ」

 

 実はこの監査官殿、会談の予定時刻より随分と早く来ていた。

 アウグスタは侍女を通し、予定を早めましょうかと打診をしたのだが、断られている。

 なんでも、早く来るのは礼儀、義理を欠いてならぬからという話であった。

 ついででしかないが、起きてきたオルトが大層喜んでいて、護衛の男性——銀位階の冒険者、柳のジーノに訓練をつけて貰っている。

 

「そういえば、ジーノ殿はウチのアントニオのことを気にしておられましたが……」

 

 なんの気無しにアウグスタが言えば、監査官殿の顔色は朱に染まった。

 

「あやつ、エーリチェ男爵殿を恐れておるのですよ」

 

 はて? あの子は確か、見逃していたはずだがと、アウグスタは思う。

 

「アレとやりあうくらいなら、仕事を降りると申しましてな。この間も、門の外へおりまして」

 

 なんというかこの展開、アウグスタには予想外のものである。

 横柄で傲岸な監査官殿だ。どんな言い掛かりを付けてくるかわからない。そう、身構えてもいた。

 

「まぁ、儂が領主でもある奥方様に敵することなど、あり得ませんがな!」

 

 ガッハッハ。と、上機嫌に笑う彼に、少し目眩を覚えてしまう。視線が顔や胸へと執拗に送られていることは、変わらず感じる。

 だが彼は取り繕えており、一応は王都の官僚の体を成していた。

 有効的に振る舞うのは、良いことだ。それが出来れば交渉事はそれなりに進むものである。

 

 それでも、この変わり様は一体何が——。

 

「残念な事件が起こりましたがな。しかもウチの取り扱い商品でありますので、遺憾であります」

 

 そう考えていたところへ、自ら斬り込んで来るという。監査官殿の心情に何が起こっているのか、アウグスタにはわからなかった。

 

「道具は、使う者次第ですから……」

 

 無難に返したアウグスタだが、監査官殿の表情が変わったのに気付いた。

 何故か喜色を浮かべたのは一瞬で、目を伏せると細かに身体を震わせる。彼女は首を傾げたが、意外と話の通じる人だったのかもしれないと、自分を戒める。

 

「そうは言っても、事件の遠因は儂にもあります」

 

 なんとも殊勝な言葉。大きな身体を縮こまらせて、叱られるときの犬や、お痛をしたときの息子を思わせる姿には、可愛げを感じてしまっていた。

 

「随分と、責任感のお強い方でしたのね。私、少し誤解をしておりましたわ」

 

 意外ながらも、微笑ましい気持ちで見てしまう。

 照れでもあるのか、監査官殿の顔は益々朱に染まっていった。

 

「そ、そのですな……」

 

 言い淀む男へ、アウグスタはゆったりと頷いた。

 言い出しにくいことがあると、オルトもこうやって接ぎ穂を入れる。

 そんな相手から会話を引き出すコツは、辛抱強く聴いてやる姿勢であった。

 まだ彼の、来訪の目的も知れていない。

 

「拙者、この度ご機嫌へと参りましたのは……」

 

 こちらからご挨拶へ伺ったときも、この前の夜会の場でも、監査官殿とはあまり友好的な関係を築けていない。

 

「ご来訪、嬉しく思いますわ。王都の優秀な官僚殿となら、四方山話でさえも、有益なものですから」

 

 無難な落とし所を探る気かしらね? そんなことを思いながら、社交辞令を口にする。

 頑張りなさいと、どこか優しい気持ちで。

 男に、何故だか熱が籠もっていくのを感じた。

 

「……お叱りを受けに、参ったのです」

「はい?」

 

 だが、言葉は簡潔に、そして静かに響く。

 意味がわからなく、アウグスタがつい聞き返してしまったのも仕方がなかった。

 立場ある大人が、態々弱味ともなり得る叱責を受けに来るなど、予想出来ようか。

 

「どう言い繕いましても、過剰な力を持たせ、暴走の一因となった責任は販売者である儂にもあります。言葉で許されることではないが、糾弾をして貰えることで禊となればと考えまして……」

 

 アウグスタはびっくりしてしまい、目を丸くしている。なんと人を見る目のない女だと、己をも自責してしまう。同時に、少し嬉しくなってしまった。

 

「あら、あら、あら。まぁ、まぁ、まぁ……」

 

 彼女らしくもなく、無意味な感嘆符が漏れた。

 婆やが咳払いを一つする。

 少し、はしたなかったかと即座に切り替えた領主代行は、言葉を紡ぐ。

 

「その心意気、ご立派ですわ。流石はビタロサの殿方ですわね。しかし、お気に病むことはありません」

 

 立ち上がり、手を取って視線をあわせる。

 手のひらは相変わらずヌメッとしていたが、今はあまり気にはならなかった。

 

「ふふっ、ダメですよ。ね? ちゃんと此方を見なさいな」

「ふぉっ、ふ……うっ、うぅ……」

 

 監査官殿は、呻き声をあげている。そこまで、気にしていたかと少しだけ同情も沸いてしまう。

 

「行いを悔い、より良い道がなかったかと模索するのもまた、人に赦された運命(デスティーノ)です」

 

 後で婆やが咳払いを続けている。なんと無粋な婆やだと、アウグスタは思った。

 こんなにも身を震わし、虚脱した瞳をする人を放って置く訳にはかないだろうと、彼女は信じている。

 

「商売に対してとやかく言うのは、この街の流儀に合いません。結果的に使用されることとなりましたが、責任を問う筋合いも、ありませんしね」

 

 慰めにも、気休めにも似た理屈であった。

 誰が悪い、何が悪いと排斥するよりも、許し合い、手を取り合って歩むことで、この港町は立ち上がってきていた。

 それは住民たちの誇りであり、指針でもあった。

 

 頷きながら、手を離してゆくアウグスタ。呆然とした顔付きの監査官。淑女は一歩だけ後ろへ下がる。

 

 だが、その途端——。

 

 ガタリと音が鳴る。

 監査官殿が椅子から降りていた。

 床へと掌と膝を着き、蹲る。そして額までをも床に擦り付けて、叫んだ。

 

「後生にござる! お叱りください! 猿とも、豚とも、如何様に呼ばれても構いませぬ。この欲に溺れた卑しきオス豚を、もっと軽蔑し、罵ってくだされ!」

 

 そんなに思い詰めることもないのに。と、アウグスタでさえも呆れてしまう。とはいえ、そんな無法な真似を出来るはずもない。

 

 婆やは相変わらず、咳払いを続けている。随分と、わざとらしいものだった。

 さっさと赦しを与え、終わらせておけという意味だろう。アウグスタは、再び口を開こうとする。

 何故だが、ゾワリと背筋が震えた。

 

「そ、そのですな。お叱りの際にはおみ足で頭を踏み付けながらでありますと、より深く反省が出来そうな気がし申す」

 

 顔を上げた監査官殿の視線を、強く感じる。

 喪服のアウグスタであるが、夏の盛りである。涼を取るため広がりのあるスカートでなく、締まったものを履いている。

 踝丈ではあるが、機能性を重視してスカートには、深く、広いスリットが入っていた。

 

 その隙間、肌を晒した脚を見られている。

 舐める様にと、執拗にも感じられた。

 監査官殿の顔が上がって来ている。

 そしてその視線は「あの日」とも似たものの様で。

 

 ——恐怖が、蘇って来る。

 

「罪には罰を。当然の報いであります。社会正義のためには必要なことです。是非に、拙者へ「奥方様」による相応しい罰を、お願いしたくあります……」

 

 その前に、監査官殿の言葉が耳朶を打った。

 喪服の淑女はフッと息を吐く。

 慎ましく両手を組んでいた女は背筋を伸ばし、両腕を開いた。

 官服を纏う男が、顔を歪ませている。

 

 責任か、悔恨か。屈辱か、怒りか。その意味はアウグスタには捉えられない。

 だが、その思い違いは正さねばならなかった。

 

「随分と、強者の論理でごさいますのね」

 

 声質は変わらない。穏やかに、淑女らしく優しく。

 

「ひゅっ」

 

 顔を上げている監査官が息を漏らした。

 見下ろすアウグスタの視線は冷たくなっている。

 彼女からは恐怖も嫌悪も裏返っていた。

 「必要な理」を説くための、冷たい「統治者」の貌で、未熟な官吏を睥睨している。

 

「王国に理があり法がある様に、この都市トラーパニにも、理があり法がありますの。わかっていて?」

 

 ブンブンと首を縦に振るが、それは反射によるものだと彼女は看破していた。

 わかった振りをする者など、幾らでも見て来た。

 

「相応の罰? 社会正義? 当然の報いですって? 呆れるわね」

 

 それらは強き者による統治の理屈であり、方便に過ぎないと彼女は知っている。

 

「ええ。戦乱の時代ならば、必要なことでしょう。しかし、今はどうですか?」

 

 平和が訪れた世。

 ありもしない罰が当然となり、行き過ぎた正義が平然と罷り通るならば、社会は回らない。

 

「返答は不要よ」

 

 監査官殿の開いたままの口の中には、涎が見えた。

 不潔にも感じる。だが、それがなんだというのか。

 嫌い、怖い、害がある。そんな理由を正義とし、排斥を選んで進んだ先に、何が残るか。

 

 その答えは、アウグスタが知っている。

 

「私たちの十四年間を、舐めないことね。世間知らずの王都の坊や」

 

 罪には罰を、当然の報いを、正義と誇りのために。

 それを成した祖父の所業が、何を生んだか。

 多くの、そして深い悲しみだけだ。

 

 ——私たちは、繰り返さない。

 

 そう誓っている。

 オルトに、ルカに、リナに、フィオナに。そして多くの子供たち、未来への禍根を残さぬために。

 そのための赦しであった。

 正義よりも生活こそが、生存に必要な理であった。

 

「まぁ、男の人ですもの。「英雄」願望から、過激になってしまうこともありますわね」

 

 監査官殿は大きく身を震わせる。口元からは、涎が垂れていた。だが、アウグスタは目を逸らさない。

 人の醜さも浅ましさも、纏めて受け入れるべきものだった。それを併せ持つことこそが、人なのだから。

 

 けれど、釘は刺しておく。

 

「踏んで欲しいのなら、『して』差し上げますけどね。踏み躙られる者の気持ちが、おわかりになるかもしれませんわね」

 

 人を導く者、責任を背負う者には、その心を持っていて欲しい。

 感情を浮かべず言い放ったアウグスタにとってそれは、祈りにも似た願いであった。

 

 

 

「そこまでたい」

 

 だが、その余韻にも似た一幕は嗄れ声により破られる。憮然とした顔付きの、婆やであった。

 

「誰ぞ、おるか」

 

 扉へと向けて婆やが叫べば、「はっ」という騎士の声——これは副長の声か。

 アントニオがいなくとも、残る騎士たちと良く尽くしてくれている。助けられているし、心強くもあった。

 

「監査官殿がお帰りばい。送っておきなっせ」

「いや、儂まだ立てんのだが……」

 

 指示を出す婆やへ、男は情けない事を言っていた。

 

「情けなかね、踏んじゃろうか」

「婆さんに踏まれても、嬉しくないわい!」

 

 叫んだ監査官殿は、目を三角にした婆やに蹴り出される。客人にその態度はなかろうと当主代行も思うのだが、婆やの剣幕には逆らえなかった。

 

 娘時代の昔から、怒った婆やは怖いのだ。

 今は何を怒っているのかは知らないが、口を挟まないに限った。藪蛇を突いても仕方がない。

 

 ふと気にした窓の外からは、オルトの唸り声と、高笑いが聴こえてきていた。

 ずっと続いていたものだ。

 コテンバンにのされたのだろうが、元気が良いのは悪くない。

 アウグスタは窓へ向かうと大きく開け放ち、中庭へと叫んだ。

 

「オルト! 監査官殿はお帰りよ! お世話になったジーノ殿にと、ちゃとお礼をしなさいね!」

 

 二人の男が見える。息子と、彼が柳のジーノか。

 見た目には、なんの変哲もない普通の男性。

 けれども、中庭に寝転がっている息子と違い、実に泰然としていた。

 二つ名の如く、風の中に佇む柳の様に。

 

「お世話になりました。ありがとうございます」

 

 言葉は、届きはしないだろう。それでも淑女の礼を見せてやる。息子がお世話になったのだから。

 アントニオは彼に、何を見出したのだろうか。

 まだ熱を帯びた潮風に揺れる柳。彼が困った様に頭を下げたのが、やけに印象的に残る。

 

 ——アントニオが戻るのは、明日か。

 

 今はいない男の名を呼んでいた。

 アウグスタは窓を閉め、婆やへと向き合う。

 

「お疲れでは、なかと?」

「えぇ、まぁ……」

 

 監査官殿を送り出し時の態度を嗜めようとしたのだが、機先を制されている。

 

「茶ば、用意して来ますけん。甘かもんでよかと?」

「わ、悪いわね?」

 

 確かに、疲れが残っていた。思い返してみれば、今日この会談で、得るものは何もなかった。

 あるとすれば、あまり邪険にせずにいれば、監査機関も上手くやり過ごせるのでは? という、淡い期待だけだった。

 

 ——まぁ、いいわ。ああいった態度なら、アントニオだって、まさか斬ろうとはしないでしょうし。

 

 夜会での殺意を思い出す。あの子に限ってないとは思うが、相手は王都の官僚だ。万が一があってはならない。

 

 それに、フィオナも、リナも、ルカも。そしてオルトだって、それぞれの道を歩み始めている。

 

「甘いもの、楽しみね」

 

 その道を均す大人として、英気を養っておくのは義務であり責任でもあった。

 

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