フオリエ・ナスコシテ   作:カズあっと

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74話 泥試合。

 

 夜に笑うは朧月。

 躍り出た柳を前にして、小熊——オルトが猛る。

 

「ぶっ飛ばす」

 

 逞しい若者は膝を曲げ、腰を落としての前傾姿勢。

 

「やってみろ」

 

 柳の二つ名を持つ無頼は構えず、鼻で笑った。

 

「はい。ちょっとだけ、待ちなさーい」

 

 そこへと割って入った侍女の声。

 

「あー。お嬢ちゃんは危ねーから、さっさと帰んな」

 

 顎を撫でた無頼がその声に応えれば、侍女は優雅な淑女の礼。

 

「そういう訳にも参りません。私は名探偵リナ。悪のお魚屋さん、いいえ、奥方様誘拐事件の容疑者、柳のジーノさん。犯人は、貴方です。単刀直入に聞きましょう。奥方様は何処ですか? 婆やの何かに賭けて」

 

 謎を解き明かしたらしき名探偵リナが真実に迫る。

 

「さぁね。犯人が、そんな自白をするとでも?」

 

 だが大人は意地悪だ。

 その癖に、凄く嫌そうな顔を一瞬したな、とオルトは思う。

 ルカはまだ来ていなかった。

 

「中にゃ、いねーんだろ?」

「さぁな? そんなに、マンマのおっぱいが恋しいかい? 小熊の坊や」

 

 あからさまな挑発。だがそれに乗る様な単純なオルトはもういない。

 ルカは中で母ちゃんを探しているのだろうが、多分此処じゃないなとまで、彼は考えられていた。

 

「当然です、おっぱいがとっても恋しいです。ですので、そこを何とか教えてください」

 

 食い下がるリナの声。背中から聞こえる声は、勝手にオルトの代弁をしていた。良い迷惑であった。

 

「わかってんだろ? こっちは仕事だぜ?」

 

 守秘義務みたいなものだろう。だが、オルトには一つ考えがあった。

 

「わかってるから、やろうぜ。いつものヤツを」

 

 ジーノとの稽古では、一つ口約束があった。

 

 ——俺から一本取れたら、褒美をやるよ。

 

 身体で覚えろという、何でもあり実践形式での稽古の中で、まだ一度も取れた事はない。

 

「はっ! 口だけは一丁前だな。クソガキが」

 

 毎回コテンパンにのされ、痛みを刻み付けられている。骨を折られ、関節を外され、打ち据えられて。

 一撃だって、当てた事さえもなかった。

 

 ターン。タタタターン。

 

 軽い音が、立て続けに響いた。

 連続する発砲音、銃声。

 

「おいおい、随分と物騒なお嬢ちゃんだな」

 

 背中を見せたジーノが手を振ると、パラパラとそれらは落ちる。

 運動性能を失った、大量の銃弾だったもの。

 

「不意打ち失敗。でも、まだまだある」

 

 短機関銃を投げ捨てたルカが、また新たな銃を構える。大型の、狙撃銃だった。

 彼女の足元には大量の銃火器が置かれている。

 

「ルカっ!」

 

 リナの叫びを掻き消す銃声。

 

「大丈夫。迎賓館にあったもの、実質無料」

「おっそろしい、娘っ子もいたもんだぜ……」

 

 次々と引き金を引きながら、銃を投げ捨ててゆく少女。躊躇いはない。

 だがその全ての銃弾でさえも、柳を傷付ける事はなかった。

 

 躱し、いなし、弾き、掴む。

 柳の技量は回転すらをも殺した。

 

「銃じゃダメか。なら……」

 

 ルカが地面へ手を付いた。

 

「のわっ!」

 

 ジーノの身体が大きく動く。それまで居た場所には一本の長剣が。

 

「やはり、格上。オルト、ぼけっとしない。なんでもありだよ」

 

 少女の言葉に促され、若者の足元が爆ぜた。立ち昇る土煙。オルトがジーノへと殴りかかった。

 庭は陥没している。音さえ置き去りにする打撃。

 だが——。

 

 重なった、鈍い音。音は遅れてやってくる。

 

「ぐっ」

 

 短い呻きに。

 

「甘ぇよ」

「いてててて! ルカ! やめろ!」

 

 余裕の言葉。腕を折られたオルトへ向かうのは、ルカの放った銃弾だった。

 

「オルトは鈍間。連携も下手」

 

 ジーノを狙ってばら撒かれた機関銃であるが、その場所へ突っ込んで来ていたオルトが、身を持って受け止める事となった。

 

「ルカ、どうせ効かねーし、銃はやめておけ」

 

 腕を折られたままに、跳び退がるオルト。

 ルカは聞かず、ジーノへ砲弾を放っていた。対霊獣用の、迫撃砲である。

 強化を用いたオルトを銃弾が貫く事はない。つまりはより格上のジーノにも決定打とはならないのだが。

 

「いや、俺でも砲弾はしんどいからな? あんまり、庭も壊すんじゃねーよ。大切なんだろ?」

 

 砲弾の運動さえをも無にしたジーノは、残骸を放り投げて嘯いた。

 迎賓館はキエッリーニ邸を模している。庭には花々や、樹木と植えられている。その中には、ルカの大好物であるオレンジの木もあった。

 

「確かに。次からは、確実に当たる時を狙う」

 

 双剣を構えるルカ。

 その判断は、割と妥当なものである。銃火器は手軽であれど、問題もそれなりにあった。

 

「はい、痛いの痛いの飛んでいけー!」

 

 そして何より、この戦場にはリナもいる。

 オルトの腕を癒した彼女には、銃弾に耐える術はなかった。

 

「なんか、雑じゃね?」

 

 軽口を叩きながら、オルトはリナの顔色を伺った。

 あまり、良くはない。疲労が蓄積されている。限界は既に見えていた。

 

「頑張れ、男の子」

 

 それでも彼女は朗らかに送り出す。癒士として、侍女として、妹分として。治療鞄へ手を入れながら。

 

「私がいるからには、弾け飛んでもパラパラになっても、生きているなら何度だって癒してあげちゃうよ」

 

 取り出されるは、紫色に輝く毒々しい小瓶。

 ゲロマズイ事で有名な、けれど効果だけは死人でさえもマズさに文句を言いに生き返る、が宣伝文句の霊薬だった。

 死者蘇生は秘蹟である。過大広告により、この霊薬は現在、販売差し止めとなっていた。

 

「「勘弁してくれよ……」」

 

 偶々ながら、男二人の心が一つとなった。

 方やその味を思い出し、方や小熊のしつこさを思い出し。そしてまた、一発の銃声が。

 

「オルト、さっさと片付ける。奥方様を探しに行く」

 

 銃弾を弾き返したジーノ。ルカはそれを躱す。

 そして彼女の意見は当然だった。

 

「今日こそ一本取ってやる」

「お前には、出来ないかもしれねーぜ」

 

 低い姿勢から、身体全体でのぶちかまし。

 速度も体重も充分に乗っている。

 手足を取られぬ様にする、オルトの作戦であった。

 

 だが——。

 ジーノは更に低い姿勢。

 その腕は突撃に伸び切った膝の下、足首から踵を抱え、自ら身体を回転させながら捻り上げ——。

 捩じ切った。

 

 竜巻式足投げ。

 足首、膝、股関節。

 脚を構成する関節に、強い負荷をかける技。

 魔銀の身体能力で、更に加速させる殺し技。

 

「オルト!」

 

 取られていたのは左足。オルトは右足一本で跳び下がる。叫んだリナの前へ。

 ジーノは極めていたオルトの左脚だったモノを放り投げる。横へ、誰もいない場所に。

 

「我はここに集いたる——」

 

 詠唱を紡ぎ始めるリナ。離れた場所で、ドサリと重い音がした。

 巨漢であるオルト。その四肢は鍛錬により、逞しく肥大している。

 

 特に筋肉の大きな脚などは、例え一本であっても小柄なルカやリナの全体重よりも重かった。

 治癒は傷を癒し、切断された人体さえ接ぎ治す。

 繋ぐ為、駆け出そうとするリナ。

 

「チッ」

 

 だがその前を、大きな背中が塞いだ。片脚で。

 跳び下がった無頼の舌打ちは、足元から生えた剣のせい、だけでなく。

 

「甘ぇのは、おっさんだぜ。俺がいる限り、リナに手出しはさせねーよ」

 

 左足を、そして右手首から先を捥がれたオルトは、なお笑う。

 リナの意識を落とそうと、手刀を振るったのが柳のジーノ。だがその前に立ち塞がって、受け止めたのはトラーパニの小熊オルト。

 

「いてててて! いてーんだよっ! クソガキが!」

 

 そして淡々と銃弾をジーノへ打ち込んでいくのが、まだ二つ名を持たないルカだった。

 ジーノの背中に傷はなく、銃弾は地に落ちる。

 とはいえ、傷がなくとも痛みは感じる様だった。

 

「やはり、効かない。けど、嫌がらせにはなる」

 

 オルトの筋肉が手刀を受け止めた一瞬の静止の中で、ルカは地面越しでの刀剣顕現を行っている。

 足元からの刃を躱したジーノは、行き掛けの駄賃とばかりにオルトの右手を捥ぎ取っていた。

 

 この間に行われたのは、ただそれだけの事。

 血に濡れた柳は、奪い取った骨肉を放り捨てる。

 

 傷だらけなのはオルトだけ。

 ジーノもルカも、そしてリナだって、傷の一つも負ってはいなかった。

 

「リナ、危なくなったら逃げろよ。時間は稼いでやるからさ。痛くなんてないし、平気だぜ。俺は、身体を張るのだけは得意なんだ」

 

 血に塗れ、お日様みたいに笑った男。

 

「バカオルト! そんなか……」

 

 身体で無茶をして。そうリナは言い切れない。

 血は止められる。傷口も塞げる。けれど左足がない、右拳も。

 

 ——痛くない訳、なんてない。傷だって深いどころじゃないし、身体が壊されて平気なんて事。

 

 傷を癒し、苦痛を和らげるのも医学の業。だかこそリナは、強がりだと知っている。

 彼女は間に合わせでしかない止血を行いながら、奪われてしまった青年の手足を探す。

 

「あぶねーから、あんま動くんじゃねーぞ。リナは鈍いんだからよ。筋肉、引き締めたんだけどな。抜かれちまったか」

 

 変化したジーノの貫手が止められる。リナから見えたのは、「また」オルトが立ち塞がって、護って貰った結果だけだった。

 

「血は、よく滑るんでな。ま、俺の方が速いってこったよ。脳筋お坊ちゃん。……てっ、クソガキ!」

 

 青年の脇腹から引き抜かれた腕は、銃弾を止めていた。

 オルトの身体に、新たな欠損はない。貫かれた脇腹以外は。

 

「私も、いる」

 

 オルトの騎士ルカも、標的から距離を取りながら弾幕を張っていた。引き撃ちであった。

 

「でも、片脚じゃ、ちっとバランス悪いんだよな」

 

 少しだけ困った顔をするオルトであった。

 欠損による戦力低下は確実で、幾ら脳筋の彼であってもその不利や限界を察さぬはずもない。

 

「う、うぅ……」

 

 リナは動けない、癒せない。

 オルトは笑っている。いつもみたいに、痛くなんてない、とでも言うように。

 

 嘘だ。そんな訳がない。

 左脚がなかった。

 右手もなかった。

 血もいっぱい出ている。

 

 治せる。きっと治せる。でも、今の自分では足りない。そう思ってしまった瞬間、彼女は拳を握った。

 その中に、硬いもの。

 

「まったく、鬱陶しいガキどもだが、オルト。お前さんが身動き取れなくなったら終わりだぜ」

「死んでも、喰らい付いてやるよ」

 

 ジーノも軽々しく動かない。

 

「なら、死ぬまで耐えな。それで終わりよ」

 

 彼はルカによる銃弾を弾き返しながら、オルトの左脚からもそう遠く離れないでいる。

 脚を取りに来た相手から、仕留めるつもりなのは明白だった。

 

 柳は冷たく笑う。

 盾の動きを封じてしまえば、この場はどうとでもなると。それは時間の問題であるとも。

 

 オルトは何度壊されても、立ち上がるとリナは思う。脳筋だから。

 どんなに怖くても、痛くても、「俺は、父ちゃんと母ちゃんの息子だぜ」なんて言いながら、笑うのだろう。だったら——。

 

 リナの指が、動いた。小瓶の蓋へ。

 

「も、もーう! わかりましたよ! すっごく、すっごい嫌ですけど、やってやりますよ!」

 

 勝ち筋を見た男の視線と、諦めを知らない男の視線が結ばれた。どちらにも、覚悟が固まっていた。

 だからこそ、少女も覚悟を固めた。

 もっと、怖いモノへ立ち向かうために。

 彼女は毒々しく輝く紫色の小瓶を見詰め——。

 

「おぇ……。ゲロまずぅ……」

 

 一息に飲んだ。禁断を。彼女のとっておきを。

 

「治癒ってのはねー! めっちゃ! とっても疲れるんですからねー!」

 

 そして叫ぶ。全身を、紫色に発光させながら。所謂謎の光であった。霊薬による副作用ともされている。

 とても疲れが吹き飛ぶが、人の尊厳までをも吹き飛ばす。愉快な副作用であった。

 

「けどさ、けどさ! 私なら、手足の百本や二百本くらいー!」

 

 この先、私は紫発光お姉ちゃんなどと呼ばれ続けるのかな? リナはそう、クライミライを浮かべる。

 だが、その身体は無駄に派手な輝きを放っている。まさに、謎の光。

 謎の光はオルトの身体までをも包み込み——。

 

「「マジかよ……」」

 

 またもや、男二人の声が重なった。

 枯れた中年は顎を開いて呆然とし、にやけた青年は「左脚」へと「右手」を当てる。

 

「マジだよっ! くっそー! 激マズだよ! 激恥ずだし!」

 

 鼻を摘み、オルトの背中を押したリナ。彼女はケバケバしく、毒々しい発光をしている。

 

 ——明日から、紫発光侍女(アンチェッラ・ダイ・リフレッシ・ヴィオラ)なんて呼ばれたら、どうしよう……。

 

 そう明日の我が身を想い、涙を流すリナだった。

 だが、そんな感傷を吹き飛ばす、明るい声がする。

 

「この厚み、この硬さ、そしてこの感覚。……おかえり、俺の大腿筋」

 

 自らの太腿を撫で摩る、筋肉であった。

 オルトの左脚は、生えて来ていた。元の強度や機能をそのままに、欠損は回復している。

 

「元左脚はいらないね。爆破、目潰し」

 

 元々生えていた、捩じ切られた左脚も、放り投げられた右拳もそのままにして。

 閃光と爆音、そして血煙。

 

 お掃除上手なルカは、元オルトの手足を爆破する。

 迎賓館には手榴弾も豊富にあった。

 

「反則だろうが……」

 

 とても嫌な顔をしながら、肉片を躱す無頼。治癒には多少ながらも心得のある彼だからこそ、その非常識さに戦慄していた。

 

「治癒術士なら、あったりまえーです!」

 

 なんて事はない。

 治癒は願えば叶う都合の良い便利な技術などではなく、行使の際に多くの術式が用いられている。

 

 生命力譲渡という基本的な術式から、精密な念動による物理的な修復作業に、破損した細胞を再生させるもの。解毒や滅菌を行うものもある。

 

 突き詰めていけば、医学。それだけだった。

 だからこそ欠損を補うには部品としての肉体が必要であり、再生不可能なほど破損されれば意味がない。

 

  油断、慢心、僅かな畏怖か。思考が高速で流れていた。

 拳が、その鼻先を掠めた。ジーノの鼻先だった。

 身体は自然と反応し、傷はない。それでも。

 

「よぉ、おっさん。仕切り直しといこうか」

 

 無傷となったオルトが、獰猛に笑った。

 

「行け、再生怪人オルトンくん。泥試合だ!」

 

 ジーノには、恐れている事が一つある。

 簡単な事だった。

 速くとも、芸のない回し蹴りが飛んでくる。

 

「遅ぇ」

 

 掴む、捻る、回す。可動域の逆方向へ。単純な関節破壊からの切断。

 簡単に、対処が可能だ。

 だから柳は小熊も小娘達も恐れない。恐れる理由が何もない。

 

「行けっ! 何度でも!」

 

 奪ったものを投げ捨てる。また足が生えていた。切断の、意味は薄かった。

 

「オルトは、しつこい男」

 

 ちびっ子は、容赦がなかった。

 

「おらあっ!」

 

 今度は見え見えの、左拳が来ていた。

 速い、確かに速い。だが、それだけだった。

 いなし、顎への掌打。脳を揺らしてやる。

 

「俺の首の強さと柔らかさ、舐めんじゃねーぜ。脳の筋肉だって、よく褒められるんだぜ」

 

 ニヤリと笑い、組みついてきやがった。

 流石に筋肉なだけはあり、軽い打撃が通らない。

 それはコイツの強味だな。柳のジーノはそう思う。

 

「おっと、いつ一撃入れられるかねぇ?」

 

 その腕を取り、投げてやる。

 人体構造に変わりなく、柳の技量に小熊は遠く及ばない。オルトの巨体が舞った。

 

 そうなれば、バケモノみたいな癒士への道が空く。

 

「お得意さんだ。痛くはしねーよ」

 

 その意識を刈り取れば終わる。バカガキが何度立ち上がろうとも、手足がなければ簡単に逃げ切れた。

 

「行かせない」

 

 足元から剣が生えてくる。ついでに嫌がらせの様な銃弾に爆発。それらは、ジーノにとって脅威とは成り得なかった。

 

「でかしたルカ」

 

 だが、脚は一瞬止まる。その隙に、小熊が道筋を消していた。

 

「当たり前」

 

 その声に振り返れば、メスガキが舌を出している。無表情のままで。

 

「メスガキがよぉ……」

 

 ここに来て、ジーノのコメカミに青筋が浮かんだ。

 

「お、じ、さ、ん。私から片付ければ良いんじゃないの? それとも怖いの? 可愛い女の子が」

 

 クソ生意気な煽りであった。棒読みじみた語調でありながら、無表情なのが逆に怖い。

 

「オメェから片付けるのが正解なんだがヨォ」

 

 溜息を吐き出す無頼。そう、その方が遥かに効率的だった。

 

「ルカ様に手出ししたら、柳のジーノはロリコンだって言いふらしますからね」

 

 侍女が高らかに宣言すれば。

 

「組合の皆にも伝えておくぜ。メスガキ大好きジーノおじさんよぉ。ロリコンのジーノさんヨォ」

 

 小熊も吠える。

 

「そう。私に攻撃してきたら、酷い事されたと言いふらす。ある事ない事いっぱい。ロリコンはビタロサに居場所はない」

 

 真顔で言うルカもいる。恐ろしい、ガキ共だった。

 

「チッ」

 

 オルトに殴りかかられる。

 当たれば脅威だが、そもそも柳には当たらない。柔らかく、受け止めてから極めるだけ。

 そこに投げ入れられた手榴弾。

 

 爆発し、燃え盛る。焼夷弾であった。

 ジーノは少し距離を取る。爆発は耐えられても、やはり火傷は気分的にも避けたいものだ。

 

「てーか、オルトの方が大怪我してんじゃねーか」

 

 オルトの肩は外したが、それだけだった。ジーノが外した肩よりも、全身の火傷の方が痛々しい。

 

「問題ない。必要な犠牲。それにリナが癒す」

 

 その通りであるのが、魔銀位階の無頼には腹立たしい。何より彼にとって忌々しくも腹立たしい事は。

 

「こっちにゃ、時間がねーんだがな」

 

 それだった。時間は、あの男がこの街に戻って来るまでしか残されていなかった。

 あの剣の狂気が、彼には恐ろしい。

 

 ジーノは勝ち筋のない闘いに挑む程若くなく、狂ってもいない。

 あの豚野郎とは対極にある冷たい執着が、魔銀位階の冒険者、天涯孤独の無頼には、恐ろしかった。

 

 思い出してしまった戦慄に、汗が垂れる。

 柳であろうとも、彼は尋常な男でしかない。

 

「こっちだって、母ちゃんの居場所がわかれば、無理には追わねーよ」

 

 場所をゲロってしまおうか。そんな気持ちにはなるが、大人として、冒険者としては避けたい。

 信用は、何にも代え難いものだった。

 無頼であっても、あるからこそ、ジーノはそういった事にこだわってきていた。

 

「悪のお魚屋さんになっても、悪い人じゃないんですよねー。多分」

「私に攻撃しないのも、多分それ。武人とかの面倒臭い意地がある。父上みたいな。だから私は利用する」

 

 リナに調子を合わせたルカの言葉は、一面では正解だった。

 

「いや、まぁ俺だってガキを痛めつけて喜ぶ悪趣味はねぇからよぉ……」

 

 その背中には哀愁が漂う。ガキ共は、倒す意味のない敵だった。逃げればいい。だがそれが、出来ないでいる。

 ジーノの目的は、無事逃げ切る事である。

 

 この街、トラーパニから王都へ。

 より正確に言えば、あの狂った男から。

 アントニオ・マリオ=ペントラ一代男爵。

 キエッリーニの当主代行、トラーパニの領主代行アウグスタ・ビアンカ=キエッリーニ唯一の剣から。

 

「まぁ、逃さねーしな。せっかくだから、一本取っておくしよ」

 

 逃げさせて、貰えないでいる。

 面倒臭い、女と男の子供達によって。

 

「ったく、面倒くせぇ。口先だけの小熊の坊ちゃんよ。先ずはオメェから折ってやっからよ」

 

 柳は再び嘲笑う。面倒だ、先に心を折ってやると。

 

「我慢比べじゃ、負けるつもりはねー」

 

 小熊も再び猛る。負けっぱなしじゃいられない。一発入れてやるからよと。

 

 風が吹く。熱い港の潮風が。

 空は晴れ間を見せている。

 輝ける顔を見せた月が、凄惨な戦場を照らした。

 

 夜の闇に包まれて、白く輝く貌で。

 冷たくて、優しくて、誰かによく似ていた。

 月は無慈悲な夜の女王で、変わりなく笑う。

 

 子供達と大人による泥試合が、再び幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 




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