『氷牙、急いで!ワトソン君がアリアを車で連れ出してる!』
「ああ了解!ワトソンの奴ついに動いたな・・・」
キンジが完全に孤立してから数日後、ワトソンはついに動いた。アリアをキンジがいない隙を見て言葉巧みに誘って車に乗せて台場方面へと連れ出していったのだ。
今は凛香がSR-25のスコープで追いかけているが相手は時速300kmは出るポルシェだ、見失うのも時間の問題だろう。
こうなっては一刻の猶予も無い!俺はすぐさま駐輪場にある自分のバイクへ向かった
「凛香はそのまま後方から見張ってくれ、俺はバイクで追跡して――ん?」
携帯が震える、誰かから着信が来たようだ
「誰だ!?」
『九狂さん、こちら通信科の中空知です』
電話に出ると相変わらずアナウンサーのように滑舌が良く聞き取りやすい中空知さんの声が聞こえてきた。
「中空知さんか!?悪いけど今取り込み中なんだ!用があるなら後にしてくれ!」
そう言って俺はバイクに乗ろうとしたが
『それ以上バイクに近づけばワトソンに気付かれます』
「・・・何?」
俺は動きを止めた
『九狂さんのバイクはワトソンによって仕掛けられたセンサーで完全にマークされています。近づいただけでも反応してすぐさまワトソンに連絡が行くでしょう。それだけではありませんワトソンは九狂さんに対して幾重にも厳重な警戒網を張っています。無暗に動けばそれだけで気付かれてしまいます』
「どうしてそこまで・・・・中空知さん?あんたどこまで知っている?」
『そちらの事情は概ね把握しています。私もジャンヌさんの依頼でワトソンを探っていましたから』
「ジャンヌの依頼で?」
『はい、ひとまず九狂さんと姫神さんは追跡を中止して下さい。もっとも目視ではあと数秒でロストするでしょうが・・・』
『うん・・・たった今、対象をロストしたよ・・・』
「くそっ!見失ったか・・・」
『問題ありません。対象は私の方でマークしています。ポルシェ911カレラ・ガブリオレは日本に数台しかありません。ましてやワトソンのは実用性を徹底的に追及して改造された特注品、同じ音を出すエンジンは2つとありません。収音機を使ってこの車のエンジン音を見つけ出せば探し出すのは容易です』
・・・それが容易な人は武偵校でも中空知さんとレキくらいだと思うぞ・・・俺達が言うのもなんだが彼女も中々人間辞めた離れ技を平然とやってのけるな・・・
『ひとまず詳しい話を説明いたしますのでこちらにご足労下さい。キンジさんも女子寮の私とジャンヌさんの部屋にいらしてます』
『「は!?」』
それを聞いて俺と凛香は素っ頓狂な声を上げた。
俺は何かの聞き間違いかと思ったが中空知さんの声を聴き間違えるなんてよほどボケてるのか耳が腐ってるのかのどちらかだ
「キンジが二人の部屋に!?理子の一件以来女子寮なんかもう頼まれたって絶対に行きたくないとか言ってたくせに・・・まあいいや、悪いが俺もそっちに邪魔させてもらうぞ?凜香はもう戻れ!そろそろタイムリミットだ!」
『了解・・・隠蔽は任せて』
『はい、鍵は開いていますのでどうぞ上がってください』
「ありがと!3分で行く!!」
氷牙は電話を切ると屋根から屋根へ飛び移り最短距離を駆け出していった
一方、ワトソンを見失った凛香はというと
「まさか今日動くなんてね・・・偶然?それとも・・・ううん、きっと今日を狙っていたんだろうね・・・」
元々今日は狙撃科のランク考察試験日でレキは動けない、そして試験に集中させたいためこの状況はレキには絶対に気付かれないように凛香はレキの見張りとサポートをしなくてはならない。つまりレキと凛香はもう動く事が出来ないのだ。
それに加えて他のバスカービルの面子もキンジは日々の根回しで完全に孤立させて弱らせ、白雪は出張で不在、理子も最近姿が見えない。
そうすれば後は警戒するのは氷牙一人で事足りる。
ワトソンもそれを見越して今日の決行を決めたのだろう。
ワトソンは外堀を埋めながらもずっと待っていたんだ・・・確実に邪魔が入らずにアリアを奪い取れるチャンスを・・・鳴くまで待っていたんだ
「それに・・・もう一つ何か嫌な気配がするんだ。まるでもう一つの何かが同じようにチャンスを待っていた・・・様子を窺っていた。そんな気配が・・・」
だがいくら気にしてもここからそれを探り出す術は無いし、これ以上は自由に動ける時間は無い
「後はお願い・・・レキさんの試験が終われば私たちもすぐに行くから・・・」
そして凜香は立ち上がり狙撃科棟に戻っていった
――ピンポーン――
氷牙は女子寮の一室、ジャンヌと中空知さんの部屋の前に到着するとインターホンを鳴らし扉を開けて上がった
「ひ、ひぃ!?」
そして俺が部屋に入ると玄関にいた黒髪の女の子がビックリして腰を抜かした
「よう中空知さん!キンジは――」
「い、いいいますすす!じジャジャジャジャンヌささんと、いいいいらっしゃしゃしゃいい、おお奥に、くくくきょんさん、とととおとこやままま君は、!!」
中空知さんは両手をわたわたと上下左右に振り回しながら活舌の目茶苦茶悪い上に並び順も目茶苦茶な言葉を発した・・・
そう・・・信じられないだろうがこの女の子こそが中空知美咲、かつてレキのヘッドホンについて聞いた時もメーカーどころか音質のこだわり方までを的確に解析し助けてもらったこともあるし。通信科としての実力も本物で僅かな雑音から場所を推測したり、声の調子だけで人物の健康・精神状態までも読み取ることができる。強襲作戦時のオペレーターをよく担当しておりその的確な指示や通達に助けられたことは俺も数知れない。
だが欠点として聴覚はレキ以上に優れているのだが目はほぼ0距離で見ないと顔もわからないほどに悪い・・・そして人、特に男性と会話する際は通信機越しでないと滑舌がとてつもなく悪くなりマトモに会話することができなくなる・・・初めて直接会った時は通信機越しに話していた時とはまるで別人で本当に驚いたからな・・・
だけど人間には慣れというものがあるようにこの中空知語にもアリア語と同じように慣れてくればある程度は翻訳も会話のコツも分かってくるわけで・・・
「・・・・・・・」
俺は中空知さんの前にしゃがんで目線を合わせて目をまっすぐ見据えると
「ぴっ、ぴぃ!?」
中空知さんはX脚の足を生まれたての小鹿みたいにガクガクに震わせながら後退したが俺は構わず口を開いた
「・・・いいか?ここからは一言も喋らずに首を縦か横に振って答えろ?できるな?」
そう低めの声で問いかけると
「(こくこく!)」
中空知さんは口を手で押さえながら涙目でずりずりと後退しながらも首を縦に振って答えてくれた
「キンジとジャンヌはリビング?」
「(ふるふる!)」
「じゃあ中空知さんの部屋?」
「ふるふるふる!)」
「じゃあジャンヌの部屋?」
「(こくこくこく!!)」
「じゃあ上がらせてもらっていいか?」
「(こくこくこくこく!!!)」
1年の付き合いで分かった中空知さんと直接会話する時のコツは会話の主導権を握って『はい』か『いいえ』の2択でこたえられる質問を一つずつ出してゆくことだ。じゃないといつまでたっても話が進まない・・・
「俺が奥に言ったら自室に戻って携帯に電話してくれ。詳しい話はその時に聞くよ」
「(こくこくこくこくこく!!!!)」
俺は涙目になって口を手で押さえながら赤べこのように首を振り続ける中空知さんを脇目にジャンヌの部屋へと向かった
「おいキンジ!・・・って、あれ?」
ジャンヌの部屋の扉を開けるとそこには明かりはついていたが誰もいなかった
「二人ともどこだ?ここにいるって言ってたのに・・・」
――ガタンッ――
奥の扉から物音が聞こえた
「?奥か?おいキンジいるんだろ!何やってんだ!?ワトソンがつい・・・に?」
奥の扉をノックもせずに開けると
「「「・・・・・・・・・」」」
何があったのかさっぱり理解が出来なかったが(というかする気も無かったが)キンジはウェイトレス服を着て涙目でデュランダルを持ったジャンヌの手を掴んで抑え込んでいた。
はたから見ればキンジが襲われて抵抗しているジャンヌを無理やり押さえ込もうとしているようにも、その逆にも見えなくもない。アリアや白雪が見たら今頃弾丸の5,60発が飛び出していただろうがここにいる目撃者は氷牙一人、なので比較的は穏便に済むだろう。
比較的、な・・・
「・・・・・・・・・・」
氷牙は額に血管を浮かび上がらせると背中のレッドクィーンに手をかけて内部機構を作動させ始めると噴射口から熱を発し始めた。
それを見るとジャンヌが慌てて
「ま、待て!ここでそれを使われたら服が滅茶苦茶になってしまう!!」
「安心しろ・・・まだ使わない・・・お前らの返答次第でな・・・」
「お、おい遠山!!早く九狂に説明して止めろ!この部屋の服に傷一つでもつけたらお前をサーモンマリネにするぞ!!」
「だから人間はグラタンにもサーモンにもなれん!てかやるならこの場合は俺じゃなくて氷牙だろ!!」
「今日はなんて日だ!遠山だけでなく九狂にまでこの部屋とこの姿を見られてしまうなんて!!この部屋は誰にも知られてはならないんだ!!やはりお前達は生かして返すわけには・・・」
「だから落ち着け!俺も氷牙もむやみに言いふらすような人間じゃないだろ!!」
キンジとジャンヌは言い争っているが・・・
「・・・・・・・・・・・」
――ヒィィィィィィィィーーー―――
その間も氷牙はレッドクィーンの出力をどんどん上げてゆき赤い刀身は熱で更に真っ赤に染まってゆく・・・
「「―――ッ!?」」
「誰にも知られたくないって言うなら安心しろジャンヌ・・・あと2秒で最高出力になる。そしたら俺が部屋ごと全部隠滅してやる・・・」
それを聞いてキンジとジャンヌは
「「今すぐ一から説明するから落ち着いてくれ!!」」
顔を真っ青にしてその場で二人して土下座した
「で?話をまとめるとだ・・・ジャンヌは変装食堂の衣装の試着をしていたからそんな恰好をしていて、ちなもにその衣装はジャンヌが前々からひそかな趣味で集めていたコレクションの一つで、その趣味がキンジにバレたから口封じをしようとしたって事でいいんだな?」
「ああ・・・その通りだ・・・遠山だけでなく九狂にまで見られて・・・私はもうおしまいだ・・・笑いたければ笑え・・・」
「・・・別に言いふらす気はねえし笑わせたいならアリアの小学生くらいのインパクトもってこい。趣味は人それぞれだし、誰にだって人には言えない事の10や20いくらでもある。そもそも武偵校じゃ訳ありの事情を持ってない奴の方が珍しいぞ」
「ああ、笑ったりしない。可愛かっただろ」
「・・・か、可愛い?」
ジャンヌは目を丸く開くとやがて頬を赤くして横を向いた
「お前は変な奴だな・・・センスがないぞ・・・」
と言いつつもその顔は嬉しそうににやけていた
そんな二人を見て氷牙は再び額に血管を浮かばせると
「おいキンジ・・・お前がジャンヌも攻略するのは勝手だが俺がここに何しに来たのか分かってんのか?」
「え?あ、ああ勿論だ!ワトソンがついに動いたんだろ!?だから俺もここに来たんじゃねえか!」
キンジが慌ててそう言うと氷牙もため息をついて
「よかったよ・・・もしそれも忘れてやがったらお前をレッドクィーンでボルシチにして学祭の一押しメニューにしてやろうかと思ってたよ・・・」
「だから人間はグラタンにもサーモンにもボルシチにもなれん・・・ってかそんなもん作るな!出すな!!猟奇事件になっちまうだろ!!」
「ま、そんなことよりもだ。アリアとワトソンは中空知さんが追跡してる。また何か動きがあれば連絡が来るはずだからそれまで―――」
突然氷牙の携帯が鳴る
「っときたか・・・」
すぐさま電話に出ると相手に話しかけた
「電話越しならちゃんと喋れるだろ中空知さん?」
『はい、先ほどは見苦しいところをお見せしました』
「別にいい、変人と付き合うのは自分も含めてもう慣れた。それで状況は?」
『思わしくありません。アリアの状況ですが・・・』
中空知さんからアリアの状況を聞くと氷牙は頭を抱えた
「マジかよ・・・ったく、なんでソジャゲガチャやチケット抽選は全然当たんないくせにこういう悪い予感だけは的確に当たるんだよ!?」
「何の話だよ!?てか何があったんだ?」
「・・・自分の耳で聞いてみろ!今二人はレストランの個室で会話中だ!」
そういうと氷牙は電話をスピーカーモードにしてワトソンとアリアの会話をキンジ達にも聞こえるようにした
『それで、イギリスに帰る気は無いのかい?君が望むなら明日にだって挙式を・・・』
『だから言ったでしょ・・・私にはそう言うの考えるのまだ早いって・・・』
『ワトソン家は日本政界にも顔が利く。僕と婚約すればワトソン家の権力も利用できる。そうすればかなえさんも助けられるよ』
『ッ!?』
『アリア、呼吸、心拍に乱れ、かなり動揺しています』
「かなえさんの事を材料に出されたあたりから相当揺らいでるな。ワトソンの奴大詰めに出てる、アリアを篭絡する気だ」
「・・・・・・・・・」
『どうだいアリア?確かに婚約者とはいえ僕と君はまだ出会ったばかりだ、いきなり結婚なんて言われても受け入れられないのは分かるさ。せめて書面上だけでもいい。正式に婚約してくれないか?お互いの事を知るのはその後でも十分できるはずだ』
『・・・少し・・・考えさせて・・・』
『・・・どうしてそこまで躊躇する?もしかして他に好きな人でもいるのかい?』
『それ・・・は・・・・・・・・・あ・・・れ・・・?』
アリアの口調が次第に弱々しくなってゆきやがて完全に黙り込んだ
「アリアどうしたんだ?急に静かになったぞ?」
「まさか・・・中空知さん、アリアどうなってるかわかるか?」
『急な意識喪失、呼吸音、心音から間違いありません。おそらく薬物による睡眠状態です』
「―――ッ!!」
「やってくれたな・・・手段は選ばないって言っていたがこれじゃあ誘拐じゃねえか・・・この後はどこかの国みたいに監禁して洗脳でもする気―――」
氷牙は言葉を止めた。なぜならキンジが手の皮が破けんばかりに拳を握り締めて狂牙モードの俺にも引けを取らないくらいの殺気を放っていたからだ
「ワトソンの野郎・・・俺へだけの嫌がらせならまだ我慢もしたが・・・アリアにまで手を出すならもう容赦しねえぞ!!」
どす黒い怒りを放っている・・・これは、確か夏休みの時に教えてもらったな。ヒステリアモードの派生系で、通常のヒステリア・ノルマーレの1.7倍の力が出せる代わりに攻撃的になるヒステリア・ベルゼだ・・・
「なんだキンジ、ようやくなったのか?ホントに火が付くのが遅いなお前」
「沸点が果てしなく低いお前とならちょうどいいバランスだろ!んな事よりもアリアを取り返しに行くぞ!行けるな!?」
「むしろそれは俺の台詞なんだがな?逆転の時が来たぞ!お前こそ行けるのか?」
「当たり前だ!行くぞ!」
『ワトソン、アリアを連れて移動開始しました。追跡します』
「遠山、九狂、気を着けろワトソンはリバティーメイソンと言うイギリスの秘密結社の構成員で西洋忍者、全身武器、の二つ名を持っている」
「二つ名持ちか、ならある程度は骨がありそうだな」
「それともう一つ・・・日本の武偵は基本殺人を禁じられているがイギリスでは自衛の為ならば殺人が認められている。加えてワトソンはイギリス王室付きの武偵だ。あいつがお前たちを殺したところで誰もあいつを罪に問えない」
「ってことは俺達は殺さない程度に加減しなけりゃならないけどあいつは容赦なく殺すつもりで向かってくるってわけか・・・そいつはなんとも・・・」
「ああ、なんとも・・・」
「「取るに足らないハンデだな!!」」
二人して軽くあしらった
「なっ!?お前たち本気か!?相手は王室付きの武偵だぞ?その上こちらは殺さぬように手加減しなければならないんだぞ!」
「殺さなきゃいいんだろ?そういうのは得意だ」
「向こうは殺す気でこっちは殺さない?そんなのいつもの事じゃねえか!」
「キンジ、あいつが抵抗したら俺も容赦しない。手足の1,2本飛ばしても文句言うなよ?」
「その前にあのすかした面に一発入れさせろ!でないと俺の気が済まねえ!!」
「了解、じゃあ二人であの女顔をいかつく整形してやろう」
そう打ち合わせをしながら二人は部屋を出ていった
一人ぽつんと残されたジャンヌは・・・
「本当に私は・・・とんでもない奴らを巻き込んでしまったな・・・」
そう言って二人の背中を見届けた