電波令嬢とラムネ味   作:大出勤

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#3 無重力のエピクロス

 

 6限は古文だった。外見だけなら70歳を過ぎている老齢の教師が教鞭を振るって、見た目と違わない嗄れた声で教科書に印字された今昔物語の一節を読み上げている。一定のリズムを崩さないメトロノームみたいな読みっぷりは、いつもの僕なら睡魔を覚えてはバレないように角度を調整しつつもウトウトと舟を漕いでいたはずだ。だが今日はそうはならなかった。考え事をしていたのだ。

 

 秋園初、自称は秋園ニュイ。

 電波系で地底系で校内では冥王星人と名高い彼女に告白しようとした男子生徒、杉沢くんの動機を僕は推察しようとしていた。僕は杉沢くんのことをあまり知らない。小中では見覚えが無いし、それに体育会系の雰囲気を全身に纏わせている。秋園さんが絡まなければ同じクラスにならない限り名前も、容姿すら認知することはなかったはずだ。

 

 正直、そんな第一印象から鑑みると秋園さんを好きになるようなタイプの人間じゃないと僕は思った。秋園さんは良くも悪くもエキセントリックな性格をしている。ステレオタイプ的な発想から行けば人間は同類同士で仲良くしようとするもので、如何にも活発そうな杉沢くんが、ファンタジーで浮世離れした秋園さんに好意を抱いたという点が少し違和感を覚える。勿論それは一目惚れだとか見た目が好みだとか言われればそれで片が付く程度の些細な違和感だけど、脳裏にしこりのようにこべりついて離れない。

 

 それに無理矢理に肩を掴んだ場面も解せない。今思うとアレは告白を邪魔されてヒートアップと言うには何処か焦った様子だったような気もする。斜に構えた見解をすれば、何か自己利益を享受するような、恋愛以外の目的があって秋園さんに告白をしたと捉えることも可能だ。

 

 しかし秋園さんに告白して実現できる自己利益か……。

 歯に物を着せずに言って秋園さんに人望は無い。秋園さんに取り入って何か直接的利益に繋がるような余地があるかと言うと、失礼ながら僕の頭では及びつかない。

 となると、後思いつくのは非常に低俗な話になってしまう。男子高校生が抱える不治の病、要する性的な理由だ……、いやいや。流石にそれは数ある考慮事項の中でも最後に検討すべき可能性だね。でなければ杉沢くんへの名誉毀損になってしまう。

 

 秋園さんから直接な利益が得られないならば、間接的に利益を得ると言う観点でも思案してみよう。

 例えば嘘告とかもその一つかもしれない。嘘告と言うのはその名の通り、友達同士の罰ゲームでクラスの冴えない男子生徒に嘘の告白するとかいう、極めて陰湿で人の感情を侵犯する稚拙な行いのことだ。杉沢くんは友達との勝負に負けて、罰として告白を強要された。ここで告白して得られる利益は仲間内への義理立て。ちゃんと罰ゲームを果たしましたよという信頼を仲間へ示すことが出来る。

 

 だけど告白して振られるのは計算違いだったのだろう。

 秋園さんは自身のベースラインを地底深くに敷設するような変わり者だ。自分がする告白はともかく、他人がする告白なんて毛ほども興味がないし確実に振るだろう。しかし誰彼構わず告白をしていると、少なくともそう思っていた杉沢くんにとってその偽りの失恋は甚くプライドが傷つけられるものだった。そこで思わず感情的になり

詰め寄ってしまったところを僕が介入した。うむ……理屈としては筋立っている。

 

 ただちょっと都合が良すぎて詭弁に近しくなっているかもしれない。

 でもだ。少なくともこの二つの可能性を天秤に置くと、後者の方がより現実味がある気がした。

 

 再三再四と可能性を吟味してみる。やっぱり情報が足りない。

 分からないのはやっぱり動機だ。

 本当に好意を持っていたのか、或いは告白自体は手段で副次的目的があったのか。

 

 そこまで考えて、僕は静かに溜息を吐く。隣でペンを走らせる隣人の女子生徒から怪訝な視線が飛んで来るが、大したことじゃないと悟るやすぐにノートの白紙へ目を戻した。

 

 別に僕は事態の解決を頼まれた訳じゃない。頼まれたのはボディーガードで、僕はSP役に徹してればいいのだ。そしてもし何か秋園さんに脅威が近づいたら応戦は難しいから肉壁……になるのも嫌なので言葉で何とか煙に巻く努力をする。僕が秋園さんから求められている役割は簡潔にそれだけなのに、種を拾い集めて完全解決を目指そうとするのはきっと性分だろう。自己弁護しておくと僕に恩に着せる意図はない。ただ頼みごとを引受けるなら徹底的に、疑念の余地を一片たりとも残さないくらい綺麗に熟さないとお互いに気持ち良くない。喉に魚の小骨が引っかかるような異物感を一週間は引きずることになる。楽だからやらないとか、そういう浅慮な自分にはなりたくないんだ僕は。

 

 電子音のチャイムがなると授業が終わる。黒板の文字を残したまま「次は59ページから」という短い言葉を残して教師は去っていった。

 ……さて、忘れそうになっていたけどチョークで白く汚れた黒板を見て思い出した。僕は今週日直だ。明日の為に綺麗さっぱり消さないと。

 

 脳を使って気怠くなった身体を奮い立たせるように両腕を空に伸ばしていると、僕の席に来訪者。昨日は体調不良だった佐原くんだった。髪質が硬いのか短く切り揃った頭はイガグリみたいにトゲトゲしていて、顔立ちは中学生らしい奔放な幼さを残しつつも八の字にキリッと整った眉毛が印象的だ。

 佐原くんは申し訳なさそうに口角を上げ、後ろ頭に手を当てる。

 

「下芥、昨日はありがとうな。日直の仕事、一人でやってくれたんだろ?」

「まあね。手間じゃなかったよ。そっちこそ体調は大丈夫?」

 

 嘘だ。大分手間だった。

 大して仲良くもない相手に言えないから社交辞令的に余裕ぶっておくけど。

 佐原くんは僕の言葉をジョークと捉えたのか、肩の力を抜いて軽く笑ってみせた。

 

「ああ、もう問題無い。朝から全力で走り込める程度にはな。日直の件はホント悪かった。代わりというのもなんだが、今日は全部俺がやっておくから」

「いいの?」 

「任せとけ。俺、黒板消しのRTA走者だから。じゃあまた明日な」

 

 黒板消しのRTA……?

 聞き慣れぬ単語に頭を捻っていると、佐原くんは黒板消しを二つ手に取って、卓球部で培われた華麗な前後左右のステップで黒板の汚れを消していく。パフォーマンスとしては見応えがあるけどなんと言うか、浮いているというか。10秒もしない内に痛々しくて見れなくなってしまった。周囲のクラスメイトも微妙な顔でその仕事ぶりを見ると、次の瞬間には顔を逸らして無かったことにして元の行動に戻っている。まあなんだろう、何とも言えぬ日常の苦味も青春なのだ。そんな感じで頑張れ佐原くん。

 

 教室を出てすぐの廊下に秋園さんの後ろ姿があった。窓べりに右手を掛けて、曇天模様の雨空を眺望している。雨は弱いながらもまだ降っているようで、開いた窓から流れ込む湿気でまたインナーが肌にへばりついたような気すらある。

 

「それじゃ帰ろうか」

「うん。助かる」

 

 会話は手短だった。秋園さんは外の景色に興味を無くすと、やはり先程同様に僕を無視してトコトコと先を急いだ。不満は無い。僕と秋園さんは同じ高校の知人であって、それ以上でも以下でもないのだから。

 

 秋園さんの少し後ろを歩く。開いている距離は1m弱。これは気軽に話しかけるのは憚れるけど、明確な話題があるならば口を開くのも吝かじゃないという絶妙な距離間だ。類似語を用いれば付かず離れずとも表せるかもしれない。

 

 そのおかげか、僕たちは移動中会話をしなかった。

 下駄箱でも距離は維持されて、外に出れば開いた傘が幅を取ってもう30cm距離を離した。

 

 しかし最寄りのバス停まで来れば距離を詰めざるを得ない。バス通学の西高生(西賀南の学生の略称である)が概ね2列でバス停の前で並んでいて、その最後尾に僕と秋園さんは肩を並べて加わった。前は20……30人ほどいるね。僕の見解だとこの人数だと1回で乗れるかギリギリなところ。次々発を待つことも覚悟しなきゃならないかも。

 

「ねぇ、あれ」

 

 口を噤んでいると、秋園さんが僕にしか聞こえないくらいの小声で呟く。次いで小さく指を差した。

 

 軽く見遣ると、僕たちとは4組ほど離れて背後に昨日見た杉沢くんの偉丈夫が見えた。思わず聞く。

 

「杉沢くんもバス通学なの?」

「分からないの。私、興味が無かったから」

 

 と、言いながらも見つからないように僕を遮蔽物代わりに身を隠そうとする秋園さん。背丈が小さいとはいえ、流石にそれは無謀だろう。

 

「こっち見てる?」

 

 見上げて秋園さんは僕に尋ねる。その姿勢は首が痛くなりそうだなと思いながらも、僕は背後の杉沢くんを確かめた。

 

「大丈夫、多分見てない」

 

 僕の言葉にコクリと頷く。

 しかしそこまで安心出来る状況でもないだろう。列の並び的に同じバスに確率が非常に高い。

 

 そんな懸念は一本目のバスが停留所に止まったところで具現化した。

 2列前で満員を告げる運転手のアナウンスが流れ、ドアが締め切られてしまった。

 ふと前を見る。秋園さんの瞳が名残惜しそうにバスを追いかけていくところだった。

 

「行っちゃった」

「次のを待つしかないね。電車という選択肢もあるけど」

 

 西賀南高校は一応電車通学も可能である。僕は沿線上に家がないから使ってないけど。

 秋園さんもふるふると頭を振りながら「私も使わないの。駅から遠いから」と言って、スマホをポケットから取り出した。小さな指でゆっくりと文字を入力する様子をそれとなく眺めていると、こちらへと画面を向ける。

 

「弥縫策があるわ。一台、車をチャーターするの」

「え、タクシーってこと?」

「正解」

 

 秋園さんのスマホには地元のタクシー会社のホームページが表示されていた。

 

 ……そのお金、僕も払うのかな?

 僕は苦笑いしつつ「それも一つの手だね」と肯定した。まさか日常生活でタクシーを使うだなんて、お小遣いの限られた高校生の身の上でそんな贅沢ができるはずがない。

 しかし、冗談半分かと思いきや秋園さんは本気だった。

 

 制服行列から離脱して、十分に杉沢くんから距離を取ると秋園さんは手慣れた様子でタクシー会社に電話をした。

 

「もしもし、西賀南高校の裏門側まで配車をお願いしたいのですけれど……はい。構いません。名前は秋園でお願い致します」

 

 やけに改まって慇懃な口調を僕は横で黙って聞いていた。意外性がある。こんなにフォーマルな喋り方もできるんだ、とか言うと失礼かもしれないけど。

 

「タクシーの配車お願いしたから、10分ここで待つわ」

 

 通話終了すると、秋園さんは振り向いて言った。

 ところで、タクシーで帰宅となると少し思うことが一つ。

 

「僕は必要かな? タクシーなら杉沢くんと接触する心配も無いし、もう良いんじゃない?」

「車が来るまでは、お願い」

 

 お願いってそんな淡々と言われても……。

 まあ、乗り掛かった船だから途中下船はしないでおくけどさ。杉沢くんが追ってこないとも限らないし。

 

「分かったよ」

「ありがとう充清くん」

 

 あ、また少し口角が上がった。仄かに滲んだ笑みが何だか透明で眩い。というか今更だけど名前で僕のこと呼んでるんだ秋園さん。僕も秋園さんのこと名前で呼ぶべきか……うん、辞めておこう。平和な学生生活を送る上では他人との距離感を誤認してはならない。相手が距離を詰めてこようとも、僕からは一線を引いてそれ以上は踏み込まない。それで万事ことも無し。厄介な青春のいざこざとはノータッチで不感症が望ましい

 だから僕に出来ること言えば、これ以上貴方のパーソナルスペースに近寄りませんという、明確とした意思表示くらいだ。

 

「秋園さんって何で地底人って名乗るの?」

 

 僕は当てつけのように苗字で呼んだ。大抵の高校生なら気を悪くしそうなものの、秋園さんはやはり大抵の高校生という枠組みには収まらないらしく平気な顔をして僕に視線を送る。更に回答なんて絶対にしないと思っていたのに仄かに虹彩を輝かせた。

 

「別に地底人じゃなくてもよかったの。夢の住人でも深海の住人でも何でもね。でも地底人が一番相応しいと思ったから、地底人になったの」

「興味深いね。相応しいって言うのはどうしてそう思ったの?」

 

 そこで珍しく秋園さんは言いづらそうに口籠った。

 話すかどうか検討しているみたいに眉が寄る。眉間に皺が刻まれる。

 

 ここまで追及されるとは思ってなかったようだね。でもこれで僕と関わると痛い腹を探られると経験して、再度壁を作り直すはずだ。

 

 数十秒の沈黙の後、唇が戦慄いた。

 

「……概ねは父親の影響よ。悪い地底人が地上に住む一般人を殺す映画を幼い頃見たの。私は地底人が怖かったし、それと同じくらい畏怖したけど、父親は「馬鹿馬鹿しい、地底人なんて。愚図が考えそうな幼稚な題材だ」って。地底にスペクタクルを感じているのも、自由に振舞った結果がこれというのも、押し並べて嘘じゃないわ。でも父親の影響……父親への反抗心が根底にあるかも」

「そうなんだ」

 

 相槌を打ちながらも僕は驚いていた。

 秋園さんがこうも深々と事情を話すなんて……本当に予想外だった。悪手だった。聞いてしまった以上、知らないという言葉が使えない。僕はいつそんな個人的事情を聞き出せるほど秋園さんの信頼度を稼いでしまったのだろう。精々肉盾程度の信頼しかされていないと思ったのに。その予測ミスによって無知故の無関心で以て歌舞く手が封じられてしまった。

 

 これ以上聞けば後戻りが出来なくなるな。

 咄嗟の判断で僕はコホンと息を吐いて、話題を変える。

 

「タクシーってよく使うの? 随分と配車に慣れてたけど」

「一か月に五回も使わない。だって高いもの」

 

 秋園さんは話題を無理矢理転換されたことには気づいてないのか、或いは関心が無いように即答した。

 一か月に五回も使っている時点で相当だと思うんだけども……。

 大分秋園さんのご家庭は裕福であるらしい。

 

「凄いね」

「何も凄くないの。使っていれば慣れるもの」

「いや、タクシーを使うこと自体がだよ。僕なんかタクシーに乗ったことなんて人生で数えるほどしかないよ?」

 

 家族旅行をしたときとか、公共交通機関が不便で仕方なく利用することはある。でも日常生活で気軽に使うには少し高級すぎる気がする。総じて僕にとってタクシーは普通じゃない、高級で贅沢な交通手段と言う認識だ。それを日常的に利用しているらしい秋園さんは僕からすれば金持ちか浪費家にしか思えない。

 

 秋園さんは手を口で隠しながら目を大きく見開いた。

 

「そうなの?」

「少なくとも僕はだけどね」

「バスの時間を逃した時とか、遅刻寸前の時もタクシー使わないの?」

「うん」

「最高に地底人じゃない」

 

 はあ……。

 何が地底人なんだろう。全然嬉しくない。

 念のため反駁しておく。

 

「一般的な高校生はそうだと思うよ」

「そうなの。一般の知り合いが居ないから知らなかったわ」

「へぇ。ちなみにその言いぶりだともしかして、校外に知り合いがいたりするの?」

「家の付き合いで少し。私の一個下だけど毎日リムジン通学してるとか言ってた」

 

 どんなお嬢様なんだそれは。

 従妹とかでもなくて、家の付き合いって表現も少し仰々しい気がする。

 ……もしかして秋園さんって良いとこのご令嬢だったりするんだろうか?

 そんな喉から出そうになった言葉をぐっと堪える。

 

「リムジンとか見たこともないなぁ。もしかして秋園さんの家にも?」

「私の家には無いわ。家の方針で合理性を明らかに欠く買い物はしないことになってるから。リムジンなんて奢侈を見せつけるだけの乗り物、コレクターじゃなきゃ買わないと思う」

「世界の違いを感じる話だね」

 

 言い草からして、買おうと思えば買える程度の財力はどうも有しているらしい。住んでる世界が違う。

 

「……あれ、でも秋園さんってバス通学なんだよね。運転手さんに学校まで送ってもらったりするみたいなのは無いの?」

「無いわ。運転手さんはいるけど、父親の仕事と私の登校時間が被ってるから。それに、一人の時間は欲しいものよ」

 

 秋園さんは唇を湿らせて言う。他人へ事情を話すべく、緊張を解そうとしているのだろう。

 

 ……いけない、ダメだ。これ以上踏み込むな僕。口を引っ込めろ。

 僕は青春の機微に関わっちゃいけない。

 

 ───僕は目の前に困り事が提示されたとき、それを見過ごすことが苦手な性分だ。

 

 中学の頃、僕は便利屋だった。クラスメイトからは困った時の顧問役みたいに頼られて、僕もそんな自分に悪い気はしていなかった。どの問題も僕じゃなければ解決出来ないという自負もあった。クラスという組織全体に最も貢献しているのは下芥充清だと、そんな虚栄心が当時の僕には存在していたのだ。

 

 でも関わるということは責を負うということだ。一度肩の上に重りを乗せてしまえば最後、結果が思わしくないものであればあるほど、僕に幾分かの非が生じてしまう。事件の主要人物じゃなくとも、話題になれば名前が出てしまう。一度答えを誤れば、問題の影響度が大きくなるに比例して、その人数分の口からこう発せられるのだ。「下芥充清は横から偉そうに口出しをして、場を混乱させる道化師(やくたたず)」だと。

 

 中学時代を嫌というほど省察して、高校生活に向けて道標を作った。

 畢竟、悪かったのは僕だ。僕がお人好しを辞めて、風見鶏になれば解消される。

 中学卒業後の三月、僕は方針を立てた。

 

 一つ、薔薇色の青春から身を引く。

 二つ、不都合な問題から目を逸らす。

 三つ、不要な推察はしない。

 四つ、人間関係は浅く狭く。

 五つ、徹底的に滅私を貫き通す。

 

 それが僕が打ち立てた御誓文である。

 僕は以上の五項目を青春五か条と定義して、六月の現在に至るまでこのスタンスを維持している。

 

 だから僕は再度、自分の事情を僕へ伝えようとする秋園さんに思い悩んだ。

 これ以上この話を続けるのは宜しくない。

 僕はただのモブであって、三年間をグレースケールの中で生きるんだ。

 

 適当に話題を一般論へと誘導しようとした時、丁度良いものが接近していることに僕は気付いた。

 車だ。黒塗りで冠のエンブレムがハイクラス感を漂わせていて、朧げに見える運転手もスーツ姿。フロントガラスから見える表示機に『迎車』と書かれている。確定だろう。

 すかさずに指を差した。声を大きくする。

 

「あれ、秋園さんが予約したタクシーじゃない?」

「……うん。そうだね」

「じゃあここで僕は行くよ。じゃあまた明日」

 

 肯定したことで、僕は会話を打ち切って背を向ける。

 もう僕がこの場所に居続ける存在意義を失った訳だ。さくっと帰って僕は放課後の読書を満喫したい。この頃小説を色々と積んじゃっていて結構忙しいのだ。

 

 先程まで居たバス停へと一歩踏み出したところで背中から声が掛けられた。

 

「ありがと。また明日」

 

 気のせいじゃなければ、秋園さんの声音は妙に低かったような気がする。

 そんな違和感を覚えつつもすぐに脳から弾き出して、僕はブレザーに付着した小さな雨粒を払い落した。

 

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