指輪転生   作:ナーロッパ大使館員

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ピアルノー氏の未亡人Ⅳ

 音は鳴らない。

 ウィル・オーデンの言う通り、アリシア・アンダマンは魔導(まどう)師(し)。

 少なくとも、この男はそう信じている。

 

 「ところで……先ほど仰(おっしゃ)っていた、アリシア様や家人達を ”ど(・)う(・)と(・)で(・)も(・)出(・)来(・)る(・)の(・)で(・)は(・)な(・)い(・)か(・)” というのはつまり……僕が不正(ふせい)行為を働(はたら)く可能性を憂慮(ゆうりょ)されているんですよね?」

 

 それまで伏せていた目線を上げてエリオンの顔を真っ直ぐに見て言った。

 

 「そうではありませんよ……可能性を挙げただけです」

 

 「なるほど。 確かに、僕がやろうと思えば、現状(げんじょう)に付(つ)け入(い)って悪(わる)さをする事はできます。

 任(まか)された御役目(おやくめ)を利用して、秘密裏(ひみつり)に賄賂(わいろ)を受け取ったり……」

 

 ウィル・オーデンは一拍(いっぱく)置いて、変わらずエリオンの目を見ながら話を続けた。

 

 「でもそんな事をしても隠しきれません。 僕はそれを知っています。 いつか必ずバレます。

 そうなった時に、魔導師であるアリシア様を出し抜くなんてことが出来るでしょうか?」

 

 「どうでしょう。 貴家の事情は存じ上げないもので」

 

 エリオンもまた相手の目を見て淡々と言葉を返した。

 

 「そうですね、でも、アリシア様を出し抜くのは難しいと思います。

 色んな意味で大雑把(おおざっぱ)な御方(おかた)ですが、決して愚(おろ)かじゃありません。

 ……そもそも僕がピアルノー様の御家族(ごかぞく)を害(がい)することなどあり得(え)ませんけれど」

 

 ウィル・オーデンはそこで会話を切った。

 傷付いた様にも見える表情と最後の一言が、自身へと向けられた疑念(ぎねん)に対する彼なりの不快感(ふかいかん)を表(あらわ)していた。

 

 エリオンは一考(いっこう)するかのように、右手の指を顎(あご)に当てながら左手をそっと懐中(かいちゅう)に入れた。

 応接室に入ってから会話中もずっと、彼はその左手を握り込んで掌(てのひら)の中(なか)にある物を見られないよう隠している。

 上着(うわぎ)の胸元(むなもと)に仕舞(しま)い込まれた左手。 その中指には、銀色に輝く指貫(ゆびぬき)が嵌(は)められていた。

 

 「叔母上のことは初耳(はつみみ)です。 つまり、彼女は帝室(ていしつ)から認定(にんてい)を受けた魔導師という事でしょうか?」

 

 「認定は受けていないと思います。 いえ、ご本人に確かめた事はありません。

 でも僕が知らない以上、許認可(きょにんか)は受けていない筈(はず)です」

 

 認可を受けていない?

 

 「では、何の根拠(こんきょ)があって叔母上が魔導師であると断言(だんげん)するのですか?」

 

 「それはもちろん、見(・)て(・)い(・)る(・)からです。 万事(ばんじ)に於(お)いて物臭(ものぐさ)な方なので、日々(ひび)の雑事(ざつじ)にもやたらと魔法を使っています」

 

 「いや、未認可(みにんか)でも魔法を使える人間はそこら中にいますよ。

 彼女の力(ちから)が導(・)師(・)級(・)というのは、貴殿の見解(けんかい)でしょう?」

 

 「そうです。 学園の諸実(しょじつ)科(か)に通(かよ)っていた時に魔法の基礎(きそ)は習(なら)っていますし、職業(しょくぎょう)柄(がら)南領主都(チタ・パルマ)の市井(しせい)で魔法を用(もち)いた道具やそれを使う専業(せんぎょう)術士(じゅつし)もそれなりに見てきました。

 そのうえで敢(あ)えて言いますが、アリシア様に届く実力者はそ(・)こ(・)ら(・)中(・)に(・)は(・)い(・)ま(・)せ(・)ん(・)。

 あの方が本当に導師(どうし)級(きゅう)の使い手なのか、僕に確認する術(すべ)はありません。

 それでも、僕はアリシア様が術士(じゅつし)級(きゅう)や師匠(ししょう)級(きゅう)で納(おさま)る魔法使いでは無いと思っています」

 

 その返答を聞いたエリオンは、色々な意味で頭が痛くなった。

 

 ”魔法(まほう)を行使(こうし)する者(もの)皆(みな)、諸国(しょこく)の宝(たから)”

 

 この、帝国が万民(ばんみん)に向けて標榜(ひょうぼう)している文言(もんごん)は、魔法を操る才能を持つ人々が帝国内でどの様に扱われているのか、その立ち位置を端的(たんてき)に表(あらわ)している。

 同時に、出自(しゅつじ)を問わず優れた魔法(まほう)適性(てきせい)を持つ国民に対して、帝国が与える特権と引き換えに”魔法使い”として公(・)的(・)に(・)登録をするよう促(うなが)すのが、この標語(ひょうご)の目的(もくてき)だ。 

 これによって形式(けいしき)上(じょう)、魔法(まほう)適性(てきせい)持ちの帝国民は直接(ちょくせつ)的(てき)ないし間接(かんせつ)的(てき)に帝国軍部(ぐんぶ)か魔法省(まほうしょう)に属(ぞく)す事になる。

 

 その一方(いっぽう)で市井(しせい)の人々を具(つぶさ)に見れば、良民(りょうみん)悪徒(あくと)を問わず世間(せけん)は未登録の魔法使いで溢(あふ)れ返っている。

 それでも帝国全域(ぜんいき)に概(おおむね)ね安定(あんてい)した統治(とうち)が行(ゆ)き渡(わた)っている一つの理由は、本当に力(ちから)のある者達が社会(しゃかい)奉仕(ほうし)と自己(じこ)研鑽(けんさん)の御題目(おだいもく)を携(たずさ)えながら、帝室(ていしつ)の名(な)の下(もと)、国家(こっか)運営(うんえい)に貢献(こうけん)しているからに他(ほか)ならない。

 

 「アリシア様は……叔母上は認定を受けていないとの事ですが、取り敢えず術士登録くらいはしてあるんですよね?」

 

 「いえ、一切何もしていないと思います。 帝国側の記録上は魔法が使えない……香具師(やし)級と同じです」

 

 ウィル・オーデンの淀(よど)み無い返しに対し、エリオンは文字通り頭を抱えた。

 

 過去に下位術士としての申請すら出していない、未認可の魔法使い。

 今回の場合、問題はアリシア・アンダマンが帝国貴族家の一員であることだ。

 例えば、魔道具(まどうぐ)を上手に扱えるそこらの店主が、その腕前(うでまえ)で評判(ひょうばん)を買(か)ったがために高い魔法(まほう)適性(てきせい)を持っている事が発覚(はっかく)する。

 自身の才を知ってか知らずか、登録を怠(おこた)っていた店主は役人(やくにん)にしょっ引(ぴ)かれ、なんやかやあって帝室(ていしつ)公認(こうにん)の登録(とうろく)魔法使いとなり、結果的には店の評判も上がる。

 こんな風に、庶民(しょみん)であれば箔付(はくづけ)にもなる笑い話だが、貴族の場合はそうもいかない。

 帝室(ていしつ)という権威(けんい)に裏打(うらう)ちされた帝国貴族という特権(とっけん)階級(かいきゅう)。

 その椅子に座る者には例外(れいがい)無く、相応(そうおう)の責任(せきにん)と義務(ぎむ)が伴(ともな)う。

 

 ことが露見(ろけん)すれば間違いなく、彼女の生家(せいか)であるピナスター伯爵家かアンダマン辺境(へんきょう)伯(はく)家のどちらか……それか、両家(りょうけ)共々(ともども)何らかの責(せき)を問(と)われる事となるだろう。

 加(くわ)えて、もしもウィル・オーデンの言うようにアリシア・アンダマンが導師(どうし)級(きゅう)の魔法使いであるなら……

 

 「出来るだけ早くピナスター家とアンダマン本家に帝室への取りなしを依頼したほうが良い。 魔法適性の隠匿(いんとく)は庶民ならまだしも、貴族が行えば背信(はいしん)罪(ざい)に問われかねません。 必要であれば、私が仲介(ちゅうかい)しますよ」

 

 「そうですよねぇ……でも僕から言ってもアリシア様に聞く耳を持って貰(もら)えないかと。 エリオン様からも直接お話しして頂けますか?」

 

 (こいつは何を言っているんだ?)

 

 ウィル・オーデンが家人(かじん)の務(つと)めを果(は)たせない惰弱(だじゃく)な使用人なのか、それともアリシア・アンダマンが思っていたよりずっと傍若(ぼうじゃく)無人(ぶじん)な主人(あるじ)なのか?

 この際、そんな事はどうでも良い。

 この男に対する扱い一つに、兄の命が懸(か)かっているかも知れないのだから。

 にも関わらず、立場上は魔法適正の話を無視するのも不自然となる。

 アーロンの呪(のろ)いの鍵(かぎ)を握(にぎ)る容疑者を掌中(しょうちゅう)に捉(とら)えたのに追(お)い詰(つ)めきれず、その後(ご)に現れた新(しん)情報(じょうほう)が邪魔(じゃま)をして、どう動くべきか判然(はんぜん)としない。

 これまでの所、この男は殆(ほとん)ど嘘(うそ)をつかなかった。

 だが、それでもあ(・)の(・)手(・)紙(・)を齎(もたら)した張本人(ちょうほんにん)である事に変(か)わり無(な)い……まだ何かあるはず。

 

 「……当家(とうけ)も無関係とは言えませんから、私からも叔母上に話をしましょう。 無論(むろん)、貴殿にも同席(どうせき)してもらいますが」

 

 「有難うございます。 エリオン様」

 

 「お礼(れい)を貰(もらう)う筋合(すじあい)はありません。 貴殿はピアルノー・アンダマンの家人(かじん)を自称(じしょう)しているが、私はそう思っていない」

 

 「え……」

 

 「当然でしょう。 そもそもアリシア叔母上が魔導師だとして、それでもたった三人でこんな郊外(こうがい)まで来るべきではない。

 主君への諌言(かんげん)が御者(ぎょしゃ)の仕事でないのなら、外(ほか)でもないあ(・)な(・)た(・)が彼女に危険を説(と)いて、その無謀(むぼう)を諫(いさ)めなければならなかった」

 

 「……」

 

 「それに先ほどから聞いていれば、不手際(ふてぎわ)の責任は叔母上に丸投げするつもりのようだ。

 要(よう)するに貴殿は、不興(ふきょう)を買(か)ってでも主君(しゅくん)を危難(きなん)から遠(とお)ざける努力を怠(おこた)っているに過ぎない」

 

 「そんなつもりは」

 

 「ど(・)う(・)い(・)う(・)つ(・)も(・)り(・)か(・)は関係がない。 心構(こころがま)えを持っていないのだから。

 貴殿は従者(じゅうしゃ)として、また家人(かじん)として主人を諫(いさ)める事が出来なかった失態(しったい)を棚上(たなあ)げに、自身の責(せき)を主人に擦(なす)り付けているんです。 恥(は)ずべき事(こと)だ」

 

 「……返す言葉もありません」

 

 「特に許(ゆる)し難(がた)いのは貴殿の叔母上に対(たい)する扱(あつか)いが、見方によってはそ(・)ん(・)な(・)伴侶(はんりょ)を選んだ、人を見る目の無い故人(叔父上)への愚弄(ぐろう)になっていると云(い)う点(てん)だ」

 

 エリオンはうんざりした気持ちそのままの表情で、吐き出す様に言った。

 

 

 「彼(かれ)を愚弄(ぐろう)するつもりは無い!!!」

 

 

 その剣幕(けんまく)に一瞬(いっしゅん)肝(きも)を抜(ぬ)かれたエリオンに対し、ウィル・オーデンは間髪(かんぱつ)入(いれ)れずに頭を下げて謝罪した。

 

 「申し訳ありません」

 

 「……叔父上への敬意(けいい)をお持ちなら、今後は身(み)の振(ふ)り方(かた)を改(あらた)められると良(い)い。

 結果的に助かったとはいえ、軽率(けいそつ)な行動の所為(せい)でアリシア叔母上も貴殿も危機に遭(あ)った……違(ちが)いますか?」

 

 「仰る通りです」

 

 ウィル・オーデンが答えると同時に、鋭い痛みと瞬(またた)く様な甲(かん)高(だか)い騒(ざわ)めきが聞こえた。

 嘘(・)を(・)つ(・)い(・)て(・)い(・)る(・)。 

 

 叔父上に対して敬意(けいい)があるのなら

 軽率(けいそつ)な行動の所為(せい)で

 アリシア叔母上も貴殿も危機に遭(あ)った

 

 どれだ。

 な(・)に(・)に(・)対(・)し(・)て(・)嘘をついた?

 

 ピアルノー・アンダマンに敬(・)意(・)は(・)持(・)っ(・)て(・)い(・)な(・)い(・)?

 軽率な行動では無く、計(・)画(・)的(・)な(・)行(・)動(・)だった?

 アリシア・アンダマンもウィル・オーデンも危(・)機(・)に(・)遭(・)っ(・)て(・)な(・)ど(・)い(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)?

 

 遂(つい)に針にかかった獲物を前に、エリオンは内心の高揚(こうよう)を抑(おさ)えつけるように ゆっくりと右手で顔を撫(な)ぜる。

 そうして考える風(ふう)を装(よそお)うと同時に、左掌(ひだりてのひら)に走(はし)る苦痛(くつう)が顔に表(あらわ)れるのを隠(かく)していた。

 中指に嵌(は)められた、その指貫(ゆびぬき)の存在(そんざい)を悟(さと)られぬように。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 一羽の鶴(つる)が巣に座りながら、胸元(むなもと)に雛鳥(ひなどり)を擁(かか)えている様子が精巧(せいこう)に彫(ほ)られた、その金属製の指貫(シンブル)は、所々(ところどころ)が色(いろ)硝子(ガラス)の七宝(しっぽう)で装飾(そうしょく)されている。

 異様(いよう)なのは、雛鳥たちが親鳥の胸元に嘴(くちばし)を突(つ)き立(た)て、滴(したた)る血潮(ちしお)を啜(すす)っている事だ。

 真赤(まっか)な色硝子(エナメル)の血液を垂(た)らしながら天(てん)を仰(あお)ぐ親鳥の嘴(くちばし)は、雛鳥より更(さら)に鋭(するど)い。

 その先端(せんたん)が、今やエリオンの左掌(ひだりてのひら)に食い込んで、文字(もじ)通(どお)り彼の血を啜っていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 「聞かせてください。 貴殿らは一体何が目的でここに来たのですか?」

 

 「それは、アリシア様がここに来たいと仰(おおせ)でしたので」

 

 「貴殿はどうなのです? ここに来る用があったのですか?」

 

 「? いえ、僕はアリシア様の従者ですから。 ほかの理由はありません」

 鈴の音。

 

 「しかし貴殿の大叔父殿はピアルノー叔父上の管財人(かんざいにん)で遺産(いさん)分(わ)けの証人(しょうにん)だ。 ここが今ど(・)う(・)い(・)う(・)場(・)所(・)で私が何(・)を(・)し(・)て(・)い(・)る(・)の(・)か(・)、御(ご)存知(ぞんぢ)なのでは?」

 

 「……」

 

 「その沈黙(ちんもく)は肯定(こうてい)と捉(とら)えて宜(よろ)しいのか?」

 

 「耳には挟(はさ)んで、知っています。 しかし 違うんです! それとは関係ありません」

 鈴の音。

 

 「それ とは? 関係が無いとはどういう意味ですか?」

 

 「……ピアルノー様の遺産分けと、此度(こたび)の訪問は関係ありません」

 鈴の音。

 

 指貫(ゆびぬき)の尖(とが)った先端(せんたん)、親鶴(おやどり)の嘴(くちばし)がエリオンの左掌に一層(いっそう)食い込んでいく。

 騒(ざわめ)く鈴(すず)の音(おと)が彼の頭の中に響(ひび)き渡(わた)るたび、鋭い痛みに合わせて真紅(しんく)の色硝子(いろがらす)が揺(ゆ)らめくように耀(かがや)いていた。

 それと同時に、ピアルノー・アンダマンの声が彼の脳裏(のうり)で反芻(はんすう)される。 それはかつてこの地で過ごした記憶の一端(いったん)だった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ”鋭いだろう? おっと 駄目だ、エリオン。 触ってはならない。

 この物騒(ぶっそう)な指貫(ゆびぬき)は、飲血(いんけつ)の魔法使いの手によって造(つく)り出されたと謂(いわ)れている。

 使(つか)い様(よう)によっては極(きわ)めて危険な代物(しろもの)だ”

 

 ”発動(はつどう)する方法(ほうほう)は幾(いく)つかある。

 だがこいつの特徴は、術士の力(ちから)を消費する代わりに血液を捧(ささ)げることでも効果を発揮(はっき)出来る点(てん)だ”

 

 ”もちろん私も試してみた。 気持ちの良いものではなかったが。

 しかし、能力そのものは悪くない。 お(・)前(・)に(・)は(・)必要になるかも知れない”

 

 ”今はならん、まだだ。 貴族の義務(ぎむ)と善悪(ぜんあく)を学(まな)んだ者(もの)にしか渡すことはできん”

 

 ”まずは学園を卒業しろ、エリオン。 卒業祝いに渡そう。 約束だ。

 こいつの名前は……”

 

 

 ◆◆◆

 

 

 囀(さえずり)の鈴(すず)。 それがこの魔道具(まどうぐ)の名前。

 

 今朝、書物(かきもの)机(づくえ)の引き出しの奥から転がり出て来た金属製の指貫(ゆびぬき)を見つけた時、エリオンは己(おのれ)の眼(まなこ)を疑(うたが)った。

 その奇怪(きかい)な魔道具は紛(まぎ)れもなく、かつてピアルノー・アンダマンが寝(ね)物語(ものがたり)に語(かた)った蒐集品(コレクション)の一つだったのだ。

 ついぞ自分に贈(おく)られる事のなかったこの秘宝(アーティファクト)を予想しない形で手に入れると同時に、彼は一切(いっさい)の躊躇(ちゅうちょ)なくこの僥倖(ぎょうこう)を活(い)かす事に決めた。

 

 「では本当に偶々(たまたま)、叔母上の我(わ)が儘(まま)でここまで連れて来られたと言うのですか?」

 

 「はい。 失敗してしまいましたが、アリシア様を止めようとしたんです」

 鳴らない。

 

 囀(さえずり)の鈴(すず)は発動に殆ど魔力を必要としない反面、血液を対価に能力を発揮するという、その外観(がいかん)同様(どうよう)に奇妙(きみょう)な性質を持つ魔道具だ。

 使用者がこれを指に嵌(は)めながら、自分の身体にその尖端(せんたん)を刺(さ)すことで発動(はつどう)するのが囀(さえずり)の鈴(すず)の一つ目の能力、嘘(うそ)の検知(けんち)。

 使用者の発(はっ)した質問に応(こた)えた相手が嘘をついた時、痛みと音でそ(・)う(・)だ(・)と知らせる。

 今まさにエリオンが実行(じっこう)しているこのやり方は使用者に苦痛とそれに等しいストレスを与えるものの、周囲に悟(さと)られること無く発動(はつどう)できるという利点があった。

 

 ウィル・オーデンの発言と鈴の反応を照らし合わせると……

 彼(ウィル)は従者として連(・)れ(・)て(・)こ(・)ら(・)れ(・)た(・)だ(・)け(・)。 これは嘘。

 つまり、叔(・)父(・)の(・)遺(・)産(・)分(・)け(・)と(・)は(・)関(・)係(・)な(・)し(・)に(・)ここ旧代官邸にやって来ただけだ、というのも嘘。

 

 この地に来たのはアリシア叔母上の我儘(わがまま)に抗(あらが)えなかったからだというウィル・オーデンの答えに囀(さえずり)の鈴(すず)は反応しなかったのが、唯一(ゆいいつ)気になるところだ。

 旧代官邸に来たのはアリシア・アンダマンの意向である。 これは間違い無いのかもしれない。

 だが、些細(ささい)な整合性(せいごうせい)を追い求めて、掘り下げた質問を重(かさ)ねる必要はない。

 確かめる事は一つ。

 結局のところ、ウ(・)ィ(・)ル(・)・(・)オ(・)ー(・)デ(・)ン(・)自(・)身(・)の(・)目(・)的(・)は何だろうか?

 

 「では本当に、貴殿は叔父上の遺産に用は無いのですね?」

 

 「もちろんです」

 

 ウィル・オーデンが答えた瞬間、囀(さえず)る雛鳥(ひなどり)達の泣声(なきごえ)がエリオンの頭の中でけたたましく響き渡る。

 それは囀りの鈴がこれまでエリオンに与えてきた不快感の最大値を遥(はる)かに上回っていた。

 

 騒(ざわ)めく鈴(すず)の音(ね)が今までに無いほど激しく一斉(いっせい)に、凄まじい痛みと共に彼の身体を駆け巡ると、その全身は反射的に硬直(こうちょく)し、不可(ふか)抗力(こうりょく)のまま内(うち)向きに拉(ひしゃ)げてしまった。

 実際にはほんの一瞬、気が狂う程の音量と神経を揺さ振る苦痛の余韻(よいん)が退(ひ)き、硬直が解(と)けるのを待ってから、エリオンは俯(うつむ)いていた 上体(じょうたい)をゆっくりと起こす。

 

 「ッ ……すみません。 咽(む)せてしまって」

 

 咳(せ)き込みながらカップに手を伸ばし、中身を飲んでから口を拭(ぬぐ)って言った。

 すると、その様子を見たウィル・オーデンが突如(とつじょ)立ち上がってエリオンに近づき、胸元から絹布(ハンカチ)を差し出す。

 

 「人を呼びましょうか?」

 

 尋常(じんじょう)では無いその表情を見てようやく、エリオンは失態(しったい)に気が付く。

 口元(くちもと)を覆(おお)う左手。 指の隙間から血の筋(すじ)が伸びて、喫茶卓の天板(てんばん)にポタポタと滴(したた)り落ちた。

 

 「いや…… 大丈夫です」

 

 自前(じまえ)の絹布を取り出して口元に付いた血を拭(ふ)き、そのまま掌(てのひら)の傷口《きずぐち》諸共(もろとも)左手に握り込む。

 エリオンが呼び鈴を鳴らす。 すると、ハーフリングの女給仕(メイド)が入室して来た。

 

 「水差しを持って来てくれ。 それと、片付けの準備をするようスヴェンセンに伝えて欲しい」

 

 明らかに何事かあったであろうウィル・オーデンとエリオンの様子に対し、彼女は訝(いぶか)しげな表情一つ窺(うかが)わせず、淡々(たんたん)と喫茶道具を台車に乗せると、応接室から引き揚げて行った。

 当然(とうぜん)そのまま誤魔化(ごまか)し切れるわけもなく、異様(いよう)な沈黙(ちんもく)がその場を支配(しはい)した。

 

 予想外(よそうがい)に次(つ)ぐ予想外(よそうがい)。

 まずい事になった、とエリオンは思った。 それと共に、彼は為(な)すべき事を考えていた。

 

 今さら騒(さわ)ぎ立てられるのは宜(よろ)しくない。

 不幸中(ふこうちゅう)の幸(さいわ)いにしてウィル・オーデンは囀(さえずり)の鈴(すず)の存在には気づいていない。

 代わりに、私が吐血(とけつ)したと勘違いしている。

 

 本人は気付いていないが、折角(せっかく)ここまで尋問することが出来た。

 この男との話合(はなしあ)いは今晩で終わらせて、結論を出すべきだろう。

 そして何より、ピアルノー・アンダマンの遺産に対してこの男が抱(いだ)く強い執着(しゅうちゃく)心(しん)…… 先ほどの鈴の反応から感じた、あ(・)の(・)苦(・)痛(・)に等(ひと)しいだけの妄執(もうしゅう)。

 その真意(しんい)を、確かめなければならない。

 

 エリオンは懐(ふところ)から薄緑色の封筒を取り出して、卓(テーブル)の上に置く。

 同時に彼は意(い)を決(けっ)して、絹布の下に隠された囀(さえずり)の鈴(すず)諸共(もろとも)、ふたたび左手を握り込んだ。

 

 「オーデン殿、こ(・)れ(・)を覚えておられますか?」

 

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