指輪転生   作:ナーロッパ大使館員

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ピアルノー氏の懐刀Ⅳ

 魔道具は一筋縄(ひとすじなわ)には扱えない。

 

 一般に強力な効果を持つか広範(こうはん)に影響を及ぼす魔道具ほど、その実行に多量(たりょう)の〝力〟を必要とする。

 なかには発動に力を必要(ひつよう)としない〝囀りの鈴〟のような例外も稀に存在するが、総じて有用な魔道具ほど、それに匹敵する力を持った魔法の使い手無くしてその恩恵を十全に得る事は、原則不可能なのだ。

 しかし、その点に()いてエリオンには何の懸念(けねん)も無かった。

 (さいわ)いにして今この場所には二つ名持ちに匹敵する力の持ち主、アリシア・アンダマンがいる。

 彼女の力を借りればどの様な魔道具であっても問題無く効果を発揮出来るだろう。

 

 (私が見極めなければならないのは魔道具そのものの持つ能力の方だ)

 

 求めるのはルシャスを(いや)し、そして何よりアーロン・アンダマンを回復することの出来る魔道具。 確実に、後遺症(こういしょう)無く兄を復活させる魔道具を見つけ、それをイズーダンへと持ち帰る算段を付けることだ。

 (よく)を言えば戦闘に使える魔道具も見つかると良いが。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 三人はテーブルを囲んで、その上に乗せられた無数の小間物(こまもの)を注意深く手に取って観察している。

 一見すると古びた骨董(アンティーク)奇品珍品(キュリオ)雑貨(ミスク)我楽多(トライフル)に過ぎないそれらの品々(しなじな)は間違いなくピアルノー・アンダマンの蒐集品(コレクション)の一部だ。

 

 「二人とも、このスプーンはどう? かなり強い力を感じるんだけど、どんな魔道具かしら?」

 そう尋ねるアリシアの指先には持ち手の裏側から釘のような棘が生えた、凶々しい黒い(さじ)が握られていた。

 

 「それは……」

 マリオが口籠(くちご)もる横でエリオンは自分の記憶にあるがまま、その魔道具の説明を口に出した。

 

 「それは確か……〝銀々の匙〟です」

 

 「へ? 銀の匙?」

 

 「いえ、銀々です」

 

 「ぎんぎん……銀なの?」

 

 「今は黒化(こくか)していますが磨けば元に戻りますよ。 能力は家畜の生産性向上……だったはずです」

 

 「どうやって?」

 

 「えー……厩舎(きゅうしゃ)の壁にこの魔道具を打ち込むと、そこに居る家畜が繁殖期以外でも交尾を行うようになります。

 どんな種類の家畜でも例外無く影響を受けます」

 

 「家畜だけ?」

 

 「いえ……確か、家畜に限らず鹿や野鴨(のがも)でも効果があったと聞いています。

 しかも、銀々の匙の効果で妊娠した場合には早産や難産どころか死産も産褥(さんじょく)も起こらないそうです。 母体も健康そのもので、すぐに次の子供を妊娠するとか」

 

 「産褥(さんじょく)が起こらない……それってつまり、魔道具の影響を受けた家畜は生命力が向上するの?」

 

 「少なからずそうだと思います」

 

 「結構すごい効果じゃない……試してみる価値があるかも」

 

 一理(いちり)ある。 家畜も人間も、体の作りに本質的な違いは無い。

 その場合は官邸の外壁かルシャスの寝室の壁に魔道具を打ち込むこととなるだろう。

 

 「お待ち下さい。 その様な効果が無いとは言えませんが、出来れば使わない方が宜しいかと」

 それまで口を噤んでいたマリオが二人の会話を遮った。

 

 「どうして?」

 

 「エリオン様が仰った様な効果は確かに有るのですが、……人間種の場合、副作用で精神(せいしん)汚染(おせん)が起こります」

 

 「知っている。 性欲が強くなるんだったか?」

 

 「まあ、人間の場合も……そうです。 それだけではありませんが」

 

 副作用は厄介ではあるが、産褥を打ち消すほどの生命力の強化か浄化作用が期待できるならその程度は大した事じゃない。 

 

 「延命(えんめい)出来るだけでも試す価値はある。

 ルシャスには悪いが奴を一人でどこかの小屋に閉じ込めて、そこで銀々の匙を使用すれば良いだけだ。

 寝台から動ける訳でも無いし、一人で悶々(もんもん)としてもらおうじゃないか」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 エリオンの返答を受けたマリオは小さくため息をつくと、その手を取って倉庫の一角に彼を連れて行った。

 一人残されたアリシアからはマリオが両手を使ってエリオンに何事か耳打ちしているのが見えた。

 (しばら)くやりとりを重ねて、二人はアリシアの待つテーブルへと戻って来た。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 「これは強力な魔道具ですが、どうやら私達の求める効果には……必ずしも合致(がっち)しないようです」

 

 「えぇ?……でも」

 

 「有用(ゆうよう)には違いありません。 ですが先に残りの魔道具を確認しませんか?

 最終的に手立(てだ)てが無ければその時に考えましょう」

 

 「でも、私の感覚ではこれが今ある中で一番強力な魔道具なのよ? せっかく見つけたのに使わないなんて」

 

 「使わないとは言っていません……他に手が無ければ」

 

 「ふーん。 それなら私が試してみても良いわよ? 自慢じゃ無いけど魔道具への抵抗力もピアルノーから太鼓判(たいこばん)を貰ってr「「最後の手段です!!」」

 

 アリシアが身振りで匙の棘をテーブルに突き刺す仕草をした途端、二人が大声を上げた。

 その剣幕(けんまく)を見てか、アリシアは取り敢えず食い下がるのを諦めた。

 

 マリオの話が真実だとして……この地の安全が確保されるまで銀々の匙は使えそうにない。

 そう、魔道具は一筋縄には扱えないのだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 途中アリエルから届けられた軽食と菓子それに薬の影響が残るアリシアとスヴェンセンの為に用意された薬湯(やくとう)御供(おとも)に休憩と食事を挟んで、その後も三人は魔道具の鑑定と選別を続けた。 

 間も無く太陽が地平に呑まれようとする頃、彼らは(ようや)く仕事を終えた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 「あー……今ので最後……これで、全部です」

 エリオンはそう言いながらグルリと首を回し、右手で目頭を押さえた。

 

 「終わったのね……」

 

 「本当に助かりました、叔母上。 マリオも……お疲れ様」

 

 「エリオン様こそ。 それで、これからどうしましょうか?

 このまま旧代官邸の収蔵庫(しゅうぞうこ)か地下牢横の玄室(げんしつ)を見に行きませんか?」

 

 倉庫棟の検分が終わった時、三人は一様に埃にまみれていた。

 しかし疲労(ひろう)困憊(こんぱい)の人間二人に比べ、小人族の老執事だけは汗ひとつかいていなかった。

 小人族というやつは老若男女を問わず外見そのまま子供並みの体力で(あふ)れているらしい。

 

 「できればその前に……湯浴(ゆあ)みをしたいわ」

 アリシアが(つぶや)いた。

 

 「是非に。 叔母上はそのまま代官邸でお待ち下さい。 私とマリオは一旦休憩して、それから次の場所に向かいます」

 

 「まだ探すの?」

 

 「はい、心当たりのある場所は一通り探してみるつもりです。 それで何も見つからなければ、その時には()()を試してみましょう」

 

 エリオンは汚れきった手袋を外すとテーブルの上に置いてあった硝子瓶をつまんで、それをそのまま明かり取り用の窓にかざして中身を透かし見た。

 瓢箪のように真ん中が括れた硝子の細工物。 中には黒ずんだ赤い液体が入っており、表面に文字と数字が浮き彫りで刻印されている。

 

 二枚の交差した葉、樹と……植木鉢。 濃度は1…いや7か? 締めの絵文字は王冠、と……舟。

 そして途切れ途切れの説明文が載っている。

 

 傷……穢れ……悲嘆……魂……

 ……一滴で綺麗……清め……

 ……貴方の最後……

 

 「魔法の水薬(ポーション)よね、それ」

 瓶を手にその細工を眇めるエリオンの手元を覗き込みながらアリシアが尋ねた。

 

 魔法の水薬(ポーション)。 

 帝国領内で公的な認可とともに厳格な規格の下で製造される魔法薬の事で、一般的な薬品の水薬と同列に扱われる事が多いものの、実際には使い捨ての魔道具の一種だ。

 流通している魔法の水薬には民製品(みんせいひん)も多いが、帝国魔法省直轄(ちょっかつ)組合(ギルド)が生産する官製品(かんせいひん)には年代と製造元、効果に関する情報を絵と文字で刻印する事が義務(ぎむ)付けられている。

 

 「はい。 しかも、恐らく特級品です」

 

 「本当に? 凄いじゃない、癒しの効果はあるの?」

 

 「それも……問題なく含有(がんゆう)されていそうです」

 

 「じゃあ、これであの子を(たす)けられる?」

 

 「恐らくは。 ただ別の問題があります」

 

 「問題とは?」

 マリオが尋ねた。

 

 「上等な治癒の水薬だが、かなり古い」

 

 「つまり、劣化しているんですか?」

 

 「違う。 中身は無事で、瓶の刻印が部分的にしか読めない。 これが問題だ」

 

 「効果の判読(はんどく)が難しいですか」

 

 「……んー…駄目だな。 磨耗(まもう)している。 正しく読み取れているか確信が持てない」

 (ある)いは、意図的(いとてき)に削り取られているのかもしれない。

 容器に書かれた文字、つまり刻印が読めない場合の最大の問題点は、それによって魔法の水薬の効果自体も不明瞭(ふめいりょう)になることだ。

 

 薬学者の作る水薬と魔法の水薬の最大の違いは、魔法の使い手が製作に(たずさ)わっているか(いな)かだ。

 師匠級以上の使い手が製造に携わった水薬は魔法の水薬となり、その効果は通常の水薬の領分を(はる)かに超えた特殊なものになる。

 それらの効果は強力な癒し以外に例えば強力な鎮静や興奮作用、痛覚鈍化といった生理作用を誘発する場合もあれば、岩やガラスの塊になったり変身したりする危険な品も存在するらしい。

 そういった効果の知れない魔法の水薬を鑑定する上で第一に重要となるのは薬瓶に刻印されている魔法の使い手の署名(しょめい)であり、その次に重要なのが製造年だ。

 と言うのも帝国政府の厳正な規格統制により官製品の魔法薬は危険な副作用を持つ品物が圧倒的に少ないのだが、現在では違法だったり危険な効果を持つ禁製品(きんせいひん)扱いの水薬(ポーション)もそれが造られた時代によっては合法だったという事があるからだ。

 その様な魔法の水薬を取り扱う際、しばしば商人は意図的にその刻印を潰す。

 もちろんこんな事はあからさまな規制逃れの小細工なので露見すれば違法行為で罰せられるが、裏を返せばそうする事で〝用途不明のガラクタ〟として売り捌く事が出来る。

 

 だからと言って刻印の削れた瓶に入っている魔法の水薬が全て禁制品という訳でもないが、そうした理由から詳細不明の魔法薬の服用は推奨されない。

 ()りとて我々に選択肢は無いのだが。

 

 「副作用の少ない魔法の軟膏(パステ)でも見つかれば良かったんだがな……次に期待しよう」

 そう言ってエリオンは水薬の小瓶を丁寧に布で包んで仕舞い込むと、軽く肩を回した。

 「他にも役立ちそうな魔道具はある」

 

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