指輪転生   作:ナーロッパ大使館員

31 / 40
ピアルノー氏の弟子Ⅲ

 「それは……」

 

  エリオンが取り出したのは彼等が先程倉庫で見つけた魔法の水薬だった。

 「これを飲んでもらいます」

 

 「私が? でもそれじゃあ、あの子の火傷はどうするの?」

 

 「喫緊の問題が片づき次第、どうにかしましょう。

 差(・)し(・)当(・)た(・)っ(・)て(・)ルシャスは死なない。 そう仰ってましたよね?

 あ(・)れ(・)も(・)嘘ですか?」

 

 「……あ(・)れ(・)は(・)本当よ」

 

 「それを聞いて安心しました」

 

 アリシアはフッと鼻を鳴らした。

 

 「もう一つ確認したいのは……貴(・)女(・)に(・)は(・)ウィル・オーデンに対抗する手立てがあるんですよね?」

 

 「ウィルは強い。でも手立てはある」

 

 「傷を治してここを出さえすれば確実に奴を倒せますか?」

 

 「? 確実な事なんて何も無いわよ」

 

 「……」

 

 「何て言えば良いのよ! あなたの方こそ私を手伝ってくれるんじゃないの?

 それとも、一から十まで説明しない限りは水薬を下賜して下さらないのかしら?」

 

 皮肉たっぷりの言葉に答える代わりに、エリオンは手に持った小瓶を小さく揺する。

 角張った瓢箪型の小瓶は赤黒い液体で満たされ、その磨き上げられた硝子面が燐光に照らされて反射した。

 

 「誤解を与えてしまったようですが、この水薬で貴女を治療することは私にとって決定事項です。

 ただ、もしかしたら……この魔法の水薬には副作用があるかも知れません。

 その可能性も踏まえて、次に何をするか決めておかなければ」

 

 「副作用?」

 

 「命の危険はありません。 間違いなく帝国魔法省謹製の癒しの魔法薬です。

 なのですが、相当古い品物なので我々の常識で憶測を立てるのも危険です」

 

 「危険じゃない副作用……黒子が増えるとか……全身から剛毛が生えるとか?」

 

 「それもなかなか恐ろしい副作用ですね。 でも危惧しているのは精神的な影響……例えば陶酔や酩酊などの効果です」

 

 「つまり、麻薬ってこと?」

 

 「それもあるかも知れません。 今は違法でも当時は規制されていなかった成分が含まれている可能性は十分に考えられます」

 

 「癒しか毒か……悩ましいわね」

 

 「もし仮に副作用が無かったとしても傷の程度次第では、どちらにしても昏睡状態になる可能性はあります」

 

 「んー?……! 癒しの眠りね」

 

 「そういう事です」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 癒しの眠り。

 癒しの魔法が効果を発揮する間、患者が覚醒……つまり目を覚ます事を未然に防ぐ為に添加される睡眠作用を指す。

 

 断たれた骨を継ぎ、掻き回された臓腑を相応しい位置に整え、身芯に食い込んだ無数の異物汚物を悉く掃き出し、心血の流れを清めて絶えた鼓動を再び奏でる。 最上級の癒しの魔術が込められた魔法の水薬とはそういうものだ。

 正に魔法の神髄とでもいうべき効能だが、起死回生の効力はその対価に同等の苦しみを被使用者へもたらす。

 破壊の反転……逆再生が為される際に生まれる、その奇跡の副作用たる苦痛は被使用者を文字通り七転八倒させることで癒しの魔法を阻害し、著しく効果を減衰させた。

 具体的には再生の最中、患者は苦痛という表現に納まらない痛みの発作に襲われることになったのだ。

 そうして、瀕死の患者を捻れた肉塊へと変貌させるだけの〝癒しの魔法〟は有名無実の殺人術と成り果てた。

 

 この悲劇を予防する為に高位の魔法の水薬に添加されるのが〝癒しの眠り〟と総称される癒しの魔術の反作用である。

 魔術・非魔術を問わず種々の方法で添加される〝癒しの眠り〟に共通しているのは、服用から即時発動する超強力な入眠効果。 

 これによって患者は(快適かどうかはさておき)苦痛に悶える事なく癒しの奇跡を十全に賜ることができる。

 

 同時に、癒しの眠りの最中は何があっても目覚める事は無く、極めて無防備な状態となる。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 「疑ってごめんなさい」

 

 「お気になさらず。 では、これを飲む前に必要だと思う事は全て話しておいてもらえますか?」

 

 「……」

 

 「勿論、叔母上が話さないと決めた事を聞き出そうなんてつもりはありません」 

 

 「分かってる、でも今言えることは殆ど無いの。 本当よ?

 そうね、だから……ここから出たら先ずフラムを探して」

 

 「それは確か御者の……叔母上の家人でしたね?」

 

 「そうよ。 数少ない私の味方なの」

 

 「彼に会って、それからどうすれば良いですか?」

 

 「私の事を説明して。 ここで起こった事を。 それで足りるわ」

 

 「仰せの通りに」

 

 「誠実だし、ああ見えて腕も立つから。 頼りにして頂戴」

 

 フラム。 スヴェンセンが警戒を示していたが……。

 「では、覚悟は良いですね? 創を見せて下さい」

 

 エリオンがアリシアの腹部に触れると、彼女は小さく声を上げた。

 「ぅぁ……」

 「失礼」

 そう言いつつもエリオンは血染みの周囲を素早く触り、アリシアの反応を探った。

 

 傷の場所は分かった……が、不味いな。 思っていた以上に身体が冷たい。

 幸い腹部に巻かれた白い布はみっしりと隙なく患部とその周辺を縛り上げて圧迫している。

 「これはアララックの糸ですね? 御自身で処置したんですか」

 

 アリシアが頷く。

 

 「どのような攻撃を受けたか覚えていますか? 創を綴じた時、中に異物は残っていましたか?」

 

 「痛ッ……詳しくは分からないわ。 突然お腹が熱くなって、それを引き抜いて、すぐにアララックに糸を、お腹に撃たせて……それからイヴォルトを召喚して……」

 

 あの一瞬で見事な対応と云える。 しかし患部を実際に確認するのは難しい。

 アララックの銀糸は外見の繊細さに反して強靭で引っ張ることすら出来ない……というより、これほどキツく締め上げて尚この出血量……彼女の対応があと一歩遅ければ、どうなっていただろう?

  疵口の洗浄も出来そうにない。 この魔精の糸任せになるが……

 「私の見る限り、癒しの眠りは長引くかも知れません」

 

 頷いてからアリシアは魔精の頬を指先で優しく叩いた。

 「イヴォルト、路を空けて」

 主人の命令に応えるかのように四つ脚の魔精が顎をしゃくる様に頭を数回動かす。 すると、エリオンの背後の白い壁の一部が溶け落ち、人が屈んで通れる程度の穴が開いた。

 

 「私が水薬を飲んだらこの通路を行って」

 

 「どこに出るんですか?」

 

 「先で分岐させてある。 左側を進めば倉庫棟の裏手に出るし、右側は厩舎に繋がってるわ」

 

 「分かりました」

 厩舎に向かおう。 倉庫等に戻るのは……後だ。

 

 「……ねえ、エリオン」

 

 「何ですか?」

 

 「死なないでね」

 

 「アリシア叔母上こそ」

 

 「大丈夫よ。 だって、魔法の水薬を飲んで寝るだけだもの」

 

 「私も問題はありません」

 

 「いつもこういう事に首を突っ込んでるの?」

 

 「こういう事とは……親族だからという理由で誰もやりたがらない遺産分割協議の補佐役を買って出たり、商人やらゴロツキやら魔法使いを相手取る日々を過ごしてるのか、という意味ですか?」

 

 「そうじゃ無くて、いつも危ない仕事をしてるの?」

 

 (……こんな話をしている場合では無いんだが)

 「イズーダン子爵家一門として、そして領主の補佐として、出来ることは何でもします。 それが私の仕事です」

 

 「貴族の鑑ね。 でも貴方自身がやりたい事は無いの?」

 

 「過分な立場を賜っています。 それに給金も」

 

 「魔法は?」

 

 「は?」

 

 「好きなんでしょ? 魔法や魔道具が。 仕事よりずっと」

 

 「それは……しかし、私は香具師級ですから」

 

 「さっきも言っていたけど、魔法を振るう力が少なくても理論を研究をしたり魔道具製作に関わる事は出来るでしょ?

 貴族家の貴方が希望すれば帝国領外の荒野で実地研究に携わるのだって……」

 

 「確かに学生の頃にも考えた事はありますが……無理ですね。 家の事もありますから」

 

 「どうして? あなたが居ないと領政が滞るなんて事は無いでしょ? 働き盛りのお…兄様にお母様……領主様と先代がいるじゃない」

 

 「兄は……その、ご存知かもしれませんが特別な体質なので」

 

 「それでも有能だって聞いてるけど」

 

 「その通りです。 しかし敵は何処にでもいますし、そうでなくとも領地運営は気が抜けません。

 もし私がいなければその分ほかの人間の負担も増えますし、弟妹達だってまだ学生ですから……」

 

 「そんなに弱い人達だとは思えないけど。

 それに、貴方の自由を犠牲にしてまで彼らがそれを望んでいるのかしら?」

 

 ……私の自由?

 

 言葉に詰まったエリオンの顔付きを観察するかのようにアリシアは彼の顔をじっと見つめ、それからニコリと笑って言った。

 「私からエリオンに提供できるものがありそうで安心したわ」

 

 「それは……」

 

 「この問題が全部片付いたら話しましょ、お茶でも飲みながら。 じゃ、さっさとやって頂戴」

 

 「……畏まりました、叔母上」

 エリオンは両手の指で小瓶の両端をそれぞれつまむと、力を込めて二つに折り割った。

 そのまま片割れの中身の赤黒い液体をアリシアの腹部、その創を覆う織布に染み込ませると、もう一方を彼女の口元に差し出した。

 「飲んで下さい」

 

 一瞬、アリシアの目に戸惑いが浮かんだ。

 それでも彼女はすぐに気を持ち直すとエリオンから受け取った小瓶を煽り、その中身を飲み干す。

 そして舌で唇を軽く拭うと、再び魔精の腹部に体を預け、瞼を落とした。

 

 「もしもフラムを納得させるのが難しそうだったらここに連れてきて。

 彼は外部からイヴォルトの巣穴に入る方法を知っているから……お願ぃ……」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 間も無くアリシア・アンダマンは眠りに落ちた。

 エリオンは彼女の呼吸を確認し、急速に体温が戻っているのを確認するとその場を離れた。

 埋樹人(フォーレント)の籠形代(ひながた)を片手にイヴォルトの洞道(トンネル)を進みながら、彼はアリシアを傷つけた原因と魔法の水薬の作用という、二つの懸念について考えていた。

 

 大丈夫。

 刻印によればあの水薬の等級は七等級位上。 癒しの効果については疑いが無い。

 例え疵口に異物があったとしても、創が内蔵に達していたとしても……。

 寧ろ、問題はその副作用だ。 こればかりは結果を待つしか無い。

 

 帝国は周辺国に比して魔法の水薬を巡る法規制が進んでおり、こと安全性についていえば帝国認可品の品質水準は世界最高位にある。

 過去百年ほどの間に人の肉体、精神、記憶に作用する様な副作用を持つ製品は尽く排斥され、帝国の認可を受ける事は無くなった。

 懸念があるとすればあの魔法の水薬の製造年代だけ……いや寧ろ水薬の製作者が気掛かりだ。

 一緒に所蔵されていた数々の魔道具……飲血の魔導師の作品……百年以上前の人物……だとしてもあれが同じ様に百年以上前に作られた水薬とは限らない。

 いや、大丈夫……だといいが。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。