◇◇◇
「それでは昨晩このウィル・オーデンが応接室から投げ出されたところから話を始めようか……ご存知の通りアリシアの魔精ども、あの陰鬱なアララックと愚かな畜生イヴォルトが不意打ちしてきた直後からね。
僕は華麗に着地してすぐ体勢を立て直した。 で周囲を警戒したけど、奇妙な事に誰も追い撃ちに出てこなかったんだ。
それでも堅実なウィル・オーデンはエリオン殿の忠実な番犬衛士隊やら、小人族の弓兵……まあ僕からすればどっちも獲るに足らない戦力だが、そいつらがピーピー言いながら集まって来るのを待ち構えていた。
うん……誰も来なかった。
それもその筈さ。
そんな事とは露知らず身構えてたら、代わりに黒装束の小人が一人で歩いてくるのが見えた。
月明かりの下でその顔を見た時、それがあのピアルノー・アンダマンの懐刀だと即座に理解したよ。
僕は夜目が利くんでね。
おやおやどうした事だろうってんで話し掛けたらこのキチ⚪︎イ小人は問答無用!突然襲ってきた。
かと思えばこっちの話しは全然聞かないし、困った爺さんだ!
とはいえ彼はピアルノー・アンダマンの忠実な家人……お互い誤解をしたまま、先達を弑虐するのは偲び無かったんでね、悩んだ末に一時撤退を決めたんだ。
……ゲロ吐き女のお陰だと思ってただろ? 違いましたー! 運が良かったねえ、エリオン殿。
ん? でも変だなあ! 魔導士ウィルは何故敵対者達を皆殺しにしなかった!? お茶の子さいさいなのに?
それはモチロン、ピアルノーへの忠孝そして燃える使命感に支えられているから!
曲がりなりにもピアルノーの死を憂い、遺産分割協議のために集いし同志達……そんな人々をどうして害したり出来るんだい?
そうさ! 僕は東方の子爵領からやってきた野蛮な貴族の次男坊とは違う……南領の名士ピアルノー・アンダマンに仕える
突然相手の首を魔道具で刺したり目の前で魔法の炎を燃やして脅したりなんてしない……育ちが良いからそんな発想無いんだよね⭐︎
そこが田舎貴族と違うんだよなあ……」
突然向かいの長椅子から立ち上がるとウィル・オーデンはフラフラと歩きながら窓の方に目線を移しつつ、二人には目もくれずそのまま一人芝居を続けた。
「……ごぜんにじ
あの晩は一睡もせずに、
そうやって色々彼らの話を聴くうちに、小人族の事が分かってきた。 そんでもってこの夫婦の片割れ、マリオの事で一つ引っ掛かることが見つかった。
居ても立ってもいられなくなった僕はその情報を
ま 最初はこちらの執事殿もなかなか話しを聞いてくれなくて、今の君と同じように簀巻きにせざるを得なかったんだけどね。
……とここでエリオン殿に問題」
ウィルはエリオンとマリオが座る長椅子の背後に立つと、それぞれの肩に手を置いた。 エリオンは身を捩ってその手を避けたが、マリオは身じろぐどころか微動だにしなかった。
「どうしてこの忠実なる
ウィルは一体彼に何を
そう言いながら魔導士はエリオンに顔を寄せ、その眼を側面からまじまじと見た。
すると唐突に彼の口元を覆っていた黒い物質が蠢き、その拘束が解かれた。
「……イカれてるのか?」
「はあ? それが答えで良いのかな? 正解出来たらご褒美にどの様な質問でも答えますよ?
必要であれば特別に……囀りの鈴も
「貴殿がマリオを
「最終解答?」
「なに?」
「それが答えか?」
「……貴殿は、マリオに囀りの鈴を渡した。 尤もらしい事を言って彼をそそのk……っt」
エリオンが言い終わる前に再びその口元を黒い物質が覆い隠した。
ウィル・オーデンは興味を失ったかのように長椅子から離れるとまたゆらゆらと歩きながら独り言のように話を続ける。
「ふむ……そして……えー……何だったかな……そうこうして誠実と親愛を
合意した条件はお互いの目的を邪魔せずに、折り合えそうな部分では積極的に協力する……共通の敵に立ち向かう、といった感じの内容だ。
そのついでに囀りの鈴はマリオに貸すことにしたんだ。
僕らのような紳士にとって、この魔道具はお互いが嘘を言っていない事を確認するのにも使えるからね。
まーあ この爺さんからすればこの囀りの鈴こそが、
それにしたってこんなに素晴らしい魔道具を貸してあげるなんて僕はなんて特別な存在なんだろうと思いました。
だいぶ譲歩してるしなあ。 寛大だなあ。 大人だなあ。 謙虚だなあ」
明らかに様子がおかしい。 ……こんな奴だったのか?
ここまでウィル・オーデンの軽口混じりの
そんなエリオンの視線に気が付いたのか、ウィル・オーデンは唐突に彼の方に振り返ると再び話を振った。
「……名前は伏せるけど顔見知りの陰湿貴族なんか、相手に隠れてこの魔道具を使って尋問するらしいですよ? そんなの信じられますか、エリオン殿ぉ? 人格を疑いますよねぇ?
はい! ここでもう一度質問だ。 僕の目的はピアルノーの願いを果たすこと……じゃあ、こちらのマリオ氏の目的は何なのでしょうか?」
「お前は完全に狂ってる」
そう言ってからエリオンはいつの間にか口元の拘束が解けている事に気がついた。
「んー?……回答拒否ですか? 回答を拒否した場合は質問権がお流れになりますよ!
折角だから、
「この狂った茶番にいつまで付き合えば良いんだ?」
「すぐに終わるさ……」
エリオンは眼だけを動かして隣を見た。 そこに座るマリオは俯いており、その表情は窺い知れない。
この老執事の目的。 そんなものは決まっている。
彼が大事にしていることは一族の、水柳の家の繁栄……そして勿論アリエル。 つまりは、それらを脅かす脅威を排除すること。
そのマリオが今一番神経を尖らせている事柄。
「オーク族の放逐だ」
「うん 御回答どうも。 ではマリオ氏、答えをどうぞ!
ん?マリオ?……おーい……」
一拍の沈黙の後、応接室に鋭い音が響く。
「さっさと答えろ」
魔導士の足元から老執事に向かって触腕が一本躍り出たかと思うと、マリオが反射的に隣に眠る妻の上にその身を覆い被せる。
直後、その黒い鞭が勢いよく彼の背中を叩いた。
マリオが小さく呻き、その手から銀色の指貫が地面に落ちた。
エリオンは怒りと共に抗議の声を上げたが彼の口は三度塞がれ、その唸り声だけが空しく響いた。
「まあいいや。 正解は オーク族の攻撃に対する防衛とその殲滅! でした。
補足すると、実はマリオ氏はエリオン殿が旧代官邸に来るずっと前、なんとリアンノン・アンダマン女史の依頼で旧代官邸にやってきた時点でオークの存在に気付いておられたそうです!
以来ずっと氏族を動員しての厳戒態勢を準備して居られました! すごーい!」
思いがけずウィル・オーデンの口から母の名前を聞いてエリオンは表情を強張らせた。
「僕の様な凡人にはサパーリ分かりませんがマリオ氏はオークの痕跡とやらからその存在を確信し、それからずーっとエリオン殿到着後も見えざるオーク軍()の追跡を続けてきました……が、どこにも居ない。
あれれこれってまさか老齢から来る……あれか?オークの前に……来ちゃったの?
おじいちゃーん?!……と思いきやなんと本当に、その時は来た。
それからはエリオン殿もご存知の通り。
マリオ氏の作戦は大成功に終わり、小人族を除く全員が眠りにつきましたとさ。
そのまま全部上手く運ぶはずだった……その後も計画通り行ってさえいれば」
エリオンはウィル・オーデンに顔を向けた。
「何を言っている?」
「薬だよ。 マリオが水柳の家の面子に命令して昨晩の食事に盛ったんだ。
昨日夜遅くまでその辺でバタバタブッ倒れてる連中を遅小人族がせっせと寝床に運んでたよ。
そうやって余計な奴らが昏睡している間に館内の人員を全て調べ上げて、そこからオークの内通者を選り分けるだけの簡単なお仕事……になる筈だった。
そこに殴り込んできた闖入者こそがアリシア・アンダマン……そしてこの僕ウィル・オーデン。
流石に魔導士の喧嘩は小人族の小っちゃい手に負えるものじゃなかった」
「私は……解毒されていた?」
黒い物質による拘束はエリオンの肩周りまで後退していた。
「その通り。 誤解無いように言っておくが、マリオは最初からエリオン・アンダマンを疑っていない……君の部下や客人達は別だけどね
そもそも君は、と言うか君だけが解毒される予定だったんだ。
マリオはエリオン・アンダマンにだけ真実を話すつもりだったのさ」
確かに、あの晩はスヴェンセン以外の衛士隊にも官邸に居たルシャス達にも会っていない。 皆が薬で眠らされていたからだ。
……だが小人族はどうだった?
マリオとアリエル。 それにあの晩応接室で私とこの男に茶と菓子を提供した女給も……小人族だった。
「まだ話は終わっていないよ。
それで……その
囀りの鈴を利用して、文字通り訊きまわったのさ。 どうやら魔道具は大いに役に立ったようだ。
良かった良かった。
その
分かるかい? 今ようやくオークをこの地に呼び寄せた邪教の内通者を追い詰めたんだよ」
内通者? 追い詰めた? 事実なのか?
だとするなら一体どこまで……いや どうしてマリオはこの狂人にそんな重要な話をしてしまったんだ?
エリオンはマリオを見て、その傍らにうずくまるアリエルに視線を移す。
そんな彼の視線に気づくとウィルは声を上げて笑いながら言った。
「いやいや、違うって
例の穴蔵に居る方だよ。
内通者の正体は アリシア・アンダマンだ」
「ちがう」
エリオンは首を振って言った。
「違くない! で この子は逆に……アリエルはね、反対したんだ。 マリオのやり方に」
ウィルは片方の眉毛を上げてマリオを見た。
「美しいが驚くほど頑固な嫁さんだな」
マリオは反応しない。
「彼女に事情を説明し、晩餐に薬を盛ったことを白状した上で思いつく最良の提案をしただけなのになあ……もう、生きていても死んでいてもエリオンにはこの件からご退場頂こう!って。
そう言っただけなのにね?」
するとマリオが立ち上がり勢いそのままに手振りを交えてウィル・オーデンの発言を否定した。
「違う! そうでは無い!! お前がエリオン様を、巻き込んで 倉庫を潰したりしなければ、私は……」
「何も違くなど無いだろ? お前は現に
片付けられた茶器とマリオを順番に見た。
エリオンと目が合うと彼は弱々しく呟き何か言おうと口を開いたが、その声は霧散する様にか細く消えた。
とここで、それまでは唖然とする二人を横目にニタニタと悪趣味な笑いを浮かべていたウィル・オーデンが突然気が抜けた様に凪いだ面持ちになった。
次に首を軽く振り、何回か手を叩いて自分に注意を集めた。
そうして一拍置いてから咳払いをし、落ち着いた様子で話を再開した。
「と言う訳で我々は反目を忘れ、今一度手を結ばなくてはなりません。 マリオ殿、エリオン殿」
エリオンとマリオの二人は思わず顔を見合わせた。
「……
先に返事をしたのはエリオンだった。
「いえ全く」
「お前と組む? 自分が何を言っているか解っているのか?」
「勿論、最初からそのつもりです。 だからこそ姿を現しました」
「それならいまの……話は何のつもりだ?」
「現状を把握出来ただろ? それにマリオにとっては君への
お薬盛ってごめんなさい!ってか?」
「おm……貴殿はどうなんだ?」
「僕が何か?」
「貴殿がやった事についてはどうなんだ?」
「僕がやったこと?」
「私たちに危害を加えた。 代官邸の施設も破壊した」
「かかる火の粉を払っただけだよ。
それに代官邸の設備について君達にどうこう言われる筋合いは無い。
それはピアルノーの依頼の
遺産にたかる野良犬どもの意見はどうでも良い」
「話にならないな」
「見解の相違だね。 言っとくがあの女はあれくらいじゃ死なない……足りなかったくらいだ。
どちらにしても今
「はははははは! ……だから、これまでの事を水に流せと言ってるのか?
お前のことを信じろと? 協力しろと? 正気か?」
ウィル・オーデンは鼻を鳴らし、自嘲的に言った。
「いま必要なのは正気の馬鹿や裏切り者じゃない、賢明で誠実な狂人さ……それでもまだ僕を疑うのであれば、どうぞ囀の鈴を使用した上でお尋ね下さい」
ウィル・オーデンがそう言うと瞬く間に拘束が解かれ、呆気なくエリオンは解放された。
片膝をついて立ち上がろうとすると、彼の目の前の絨毯の上に乾いた音をたてて何かが落ちた。
「どうぞ」
そう勧めてからエリオン・アンダマンがその手に銀色の指貫を握り込んだのを認めると、ウィル・オーデンは口を開いた。
「ナヴィラク・オーデンこそが、ピアルノー・アンダマンがエリオン・アンダマンに宛てた遺言状の中身をすり替えた犯人だ」
途端にエリオンの頭の中で囀りの鈴の鳴き声と苦痛が同時に響き渡る。
「何のつもりだ!?」
「まずは証明だよ。 そいつが本物の囀りの鈴だと確認したな?」
そう言うとウィル・オーデンはエリオンの返事を待たずに話を始めた。 その声は明朗で、そこに誰かを嘲るような響きは微塵も感じられなかった。
「私、ウィル・オーデンがピアルノー・アンダマンに誓って言おう。
ここに来た目的も、ここに至るまでの凡ゆる行為も全てピアルノーの願った通り……彼の望むままに行ってきた。
エリオン・アンダマン。 君たち一行との遭遇は僕の予定に無い……異物だ。 しかし、障害にはなり得ない。
昨晩君が魔法の焔を僕の眼前に晒し、喉元に魔道具を突き付けたりしなければ君たちを痛めつける事は無かった。
重ねて言おう、エリオン・アンダマン。 僕の邪魔をしない限り君たちを傷付けるつもりは無い。
その気になれば何度でも
だがピアルノー・アンダマンは君たちアエル・アンダマンの一族が傷つく事を望んだりしない。 決して。」
「あの手紙はどう説明するつもりだ」
「分からない」
「誤魔化すな!」
反射的にそう言った後、ウィルの
「でも……あれは間違いなくお前が手渡した物だ」
「それは認めよう。 僕は管財人助手として与えられた職務を
事実、君以外の相続人にも同様の遺言状を
それら遺言状は全てピアルノーがその手で作成し封印した後、
さらにその鍵は
よってピアルノー・アンダマン本人以外に内容の
中身のすり替えも不可能じゃ無いが、容易じゃ無い」
何も聞こえない。 エリオンは平静を装いながら相手の言葉尻を突いた。
「どうやら貴殿はアリシア叔母上を犯人に仕立てたくて仕様がないようだな」
「それなんだが……訂正する。
確かに奥方であればその内容をすり替えることができると言ったが、彼女はすり替えを行っていない。
無論、僕もピアルノーの遺言状のすり替えやそれに準ずる不正行為は一つとして行っていない」
囀りの鈴は鳴かなかった。
「じゃあ誰が何のためにあんな物を渡したんだ!?」
声を荒げるエリオンと対照にウィル・オーデンは淡々と答えた。
「だから、分からない。 それとも僕の仮定が聞きたいのかな?」
エリオンと目線が合うとその返事を待たずにウィルが言い放った。
「中身のすり替えは行われていない。 その手紙はピアルノーから君への遺言状だ」
◇◇◇
囀りの鈴が鳴る事はなかった。
「何で……叔父上は何のために?」
「それは僕には答えようの無い質問だ。
でもこれで漸く、僕達が敵対する理由は無くなったんじゃないかな?」
確かにそうかも知れない。 胸にしこりは残るが、囀りの鈴は嘘をつかない。
ピアルノー叔父の望み通りウィル・オーデンはアエル・アンダマンの一族を傷付けない。
アリシア叔母上……アーロンと彼女を秤にかけて、怜悧に徹するべきだ。
一人しか選べないのなら、選ばなくては。
「アーロンは……」
エリオンが無意識に
「……アーロン・アンダマンに何かあったのか?」
何かあった?……いや、その通りだ。
事実、アーロン・アンダマンは魔法の焔で焼かれ、生死の境に
彼を害した魔法の焔は、エリオン宛の手紙から燃え上がった。
その手紙は間違いなくピアルノー・アンダマンがエリオン・アンダマンに宛てた遺言状。
その遺言状はピアルノー・アンダマン自ら作成・封印し、その後、中身のすり替えが行われた可能性は限りなく低い。
すり替えが可能な人物、アリシア・アンダマンは遺言状のすり替えを行なっていない。
そして、ピアルノー・アンダマンもといその意志を尊ぶウィル・オーデンはアエル・アンダマンの一族を決して害さない。
矛盾している。
ピアルノー・アンダマンに害意が無ければ私宛の遺言状に魔法の焔が仕込まれる事などあり得ない。
となれば可能性は一つ。
遺言状は何者かの手によってすり替えられていたんだ。
「一つ聞かせて欲しい」
「なんだい?」
「アリシア・アンダマン以外に遺言状のすり替えを実行可能なのは誰だ?」
「だから言ったじゃないか。 そんな事は誰にも……」
「遺言状のすり替えは
ウィル・オーデンの発言を遮る様にエリオンがその片手を彼の目の前かざして言った。
そこに囀りの鈴が握られていた。
「……不可能、じゃあぁ無い」
ウィルは苦々しさを全面に、絞り出す様に結んだ。
「誰ならすり替えが出来る?」
「それを知ってどうする?」
「当ててやろうか?」
「……」
「アルダヴィア・アンダマン。 叔父上の一人息子だ」
ウィル・オーデンは硬直した様に動かない。 ただその目付きだけが爛々と攻撃的な色を帯びていた。
囀りの鈴による嘘の検知に対して
結果的にこの、エリオンのハッタリは奏功した。
アリシア・アンダマンが遺言状のすり替えを出来うる人物という点に手掛かりがあった。
消去法ではあるが順当に考えれば(実行するかはさておき)遺言状のすり替えを出来るのは嫡男だけなのだから。
むしろ不自然なのはウィル・オーデンの反応だった。
この男は何をこんなにも激昂しているのだろうか。
20代前半。 ピアルノー・アンダマンの管財人の又甥。
同時にその家人として、細君アリシア・アンダマンとも近しい。
また、魔導師級の魔法使いであり、魔導師ピアルノー・アンダマンの直弟子でもある。
嫡男アルダヴィアは彼より若いが、どの様な関係にあるのだろうか。
やや歳上の兄弟? 教育係? 従者?
ウィル・オーデンはアルダヴィア・アンダマンをどの様に思っている?
弟? 生徒? 主人?
アルダヴィアの魔法の才能までは調べがついていないが、魔導士級の力を持つウィルにとって敬愛するピアルノーの遺産を受け継ぐ二人の存在は……必ずしも歓迎すべきものでは無いのかも知れない。
それに改めて目の当たりにすると感じるが……彼ら師弟の関係は、幾らか密接に過ぎる気がしてならない。
「彼と敵対してはなりません、エリオン様」
意外にも口を開いたのはマリオだった。 彼はエリオンが返事をする間も無く重ねて語り掛けた。
「ここは私情を捨てて下さい。 私のお教えした事を憶えておられますね? 合理を尊重するんです」
この場で対峙する三者には圧倒的な力量差があり、拘束が解かれ、口撃で一矢報いたところで私を取り巻く状況は何も変わっていない。
マリオの言う通りだ。 だが……
「合理とは第一に臆病で、慎重である事。 つまり、狂人とは組めない
この男は賢明で誠実な狂人らしいからな」
「仰る通り、これは狂人です」
マリオはヨロヨロと立ち上がり、ウィル・オーデンを一瞥してからエリオンに向かって手を差し出した。
消耗した彼の表情を見たエリオンは、囀りの鈴が数え切れないほど嘘の検知をマリオに対して発動した事を察した。
同時にそれはウィル・オーデンの異様な一人芝居の最中、マリオが殆ど反応を見せなかったの理由が、彼が囀りの鈴の能力の影響下に置かれていたからだ、という事実を示唆していた。
囀りの鈴はマリオに何を見せたんだろうか?
「では君は私にこの男と協力して叔母上を討てと?」
「彼女はオークと内通しています」
「それは、例の臭いか?」
「そうです。 とても強い臭いです。
御本人か、さも無ければ極めて近しい人物がオークと関わりを持っています」
エリオンは無意識に音にならない乾いた笑い声を上げていた。
カードは2枚。 どちらも魔導師。
どっちが良いかな……狂人にしようか邪教徒にしようか悩むなあ……。
「私を信じて下さりますね?」
これはマリオなりの
◇◇◇
優先すべき目的に向かう時、敵と味方を区別しない。
適宜、最強最良の相手と手を組むこと。 その選別に感情が入り込む余地は無い。
自身が合理的でさえあれば、常に最善手を選ぶことが出来る。
そこに至るまでどれほどの距離があったとて、いつかは到達出来る。
そう、最善の手段だ。
それでも答えは決まっていた。
◇◇◇
「マリオを信じてる」
「エリオン様……」
マリオの表情に目に見えて安堵が広がった。
「だから誤解しないで欲しい。 叔母上の真意や目的はどうあれ彼女は信じるに足る御方だよ」
ここで、それまで口を噤んでいたウィル・オーデンがエリオンの方に歩み出た。
「残念ですが……下がってください、マリオ殿」
「待て、やめろ!」
無数の細い触手がエリオンを囲むと、彼の視界は闇に包まれた。