◇◇◇
かつて建物の骨格だった太い
頑丈な
あの時アララックが抱えていた魔道具で満載の箱も倉庫の下敷きになってしまったのだろう、周囲では衛士隊が大勢で撤去作業に勤しんでいる。
エリオンの見たところ、総員の半分以上がここでの作業に参加している。
その甲斐あってか倉庫棟と一緒に潰れたと思われた魔道具もそれなりの数が回収されているようだった。
隊員と瓦礫の間を縫って進んで行った先、エリオン達は少し開けた空間に出た。
倉庫棟脇の一画に比較的大きな
その入り口に立っていた衛士はまずモンチコを見て、次にエリオンの姿を認めた。
すると彼は驚いた表情を
エリオンもモンチコに礼を言ってから
スヴェンセンがゆっくりと顔を上げて彼を見る。
主従はようやくお互いの無事を確認した。
◇◇◇
十字椅子に座る彼女の前には簡単な長卓が設けられている。
そこに上等な革の敷物が敷かれ、倉庫棟にあった魔道具の中でも特に小さな物が集められ平置きに並べられていた。
「よお……無事だったんだな」
「すまない、遅れた」
「何があったんだ?」
「結論から言うとマリオはウィル・オーデンと組んでいた。
そうとも知らず使用人邸で彼と合流したらそのまま監禁されってしまったんだが、まあこの通りだ」
「使用人邸? 追手は?」
「いない。 アリエルと一緒に眠らされて……私は眠らなかったが、偶然封筒の焔が発動してオーデンの拘束が壊れた。
それで脱出できたんだ。 見ての通り大事無い」
「そんでここまで歩いて来た、ってか? 誰にも見られずに?」
スヴェンセンは呆れた風に目を細めて言った。
「ああ、それは叔母上の魔精の能力だ。 魔法の洞道に避難してからそのままそれを上手く使ってだな……」
「あーマジか。 じゃあ小人族は敵か?」
スヴェンセンの問い掛けに反応するが如くエリオンの脳裏に小さなベチカと、あの
「確証は無いがマリオ以外にウィル・オーデンに関わっている者はいない……いるとしても小数だろう」
使用人邸で会った小人族達の自身に対する扱いを思えば、
それどころかマリオは他の者にウィル・オーデンの存在を話してさえいなかったようにも思える。
「……しかし、マリオは本気だ」
あの愛妻家の老執事がその妻に薬を盛って眠らせたという事実は、事態の異常さを
動機はどうあれマリオには彼独自の譲れない事情がある。
「そうか。 オレの方は何つーか……倉庫がブッ壊れたと思ったら小人の旦那と一緒に外に投げ出されて、その後はひたすらここでエリオン探しをしてた。 意味なかったみてえだがよ」
「そんな事は無いさ。 魔道具の山を掘り出してくれただけで千金の価値がある」
「そらどーも。 あとは……そうだ!あのクソ共が逃げ出しやがって……ぶっ殺しときゃ良かったな……官邸で何人か人質に取られてる」
「官邸の件は聞いている。 取り敢えず渡せる物は全て渡してしまって問題無い」
「いいのかよ」
「衛士が生きている限り刺激するつもりは無い。 酒も肴も奮発してやろう……今は、な」
エリオンの返答を聞いたスヴェンセンは邪悪な笑いを浮かべて言った。
「うちでツケると利息が
「はは……そうだ、マリオから応援の要請はあったか?」
「? 小人の旦那はここには一回も戻って来てねえし、魔導師も現れててねえ」
「じゃあフラムについて何か無いか?」
「フラムってのは?」
「あの御者だよ、ほら今朝アリシア叔母上の寝室で見ただろう」
「あの
エリオンは
「それでまたあの手紙が役に立ったってことか?……訳わかんねえな」
「間一髪だったよ。 お互い無事で良かった」
にっと笑うと、その目尻に笑い皺が出来る。
「で、どうする?」
「ああ、もっとこの焔の効果を知りたい。 時間があれば細かく検証したいところなんだが」
「そんな時間はねえな」
「残念だ……となれば兎に角今はアリシア叔母上に会わなければ」
スヴェンセンは突然エリオンの口を塞ぐとそのまま彼を叩きつけるような勢いで地面に引きずり倒す。
彼女はエリオンと反対側に向き直すと武器台に立てかけてあった
立ち直ったエリオンがスヴェンセンの
「そこまでだ、二人とも止まれ!」
彼の
「やはり貴方でしたか」
そうして武器を構えたままのスヴェンセンに軽く会釈をしてから、改めてエリオンに向かって
「フラム、君も
そう言ってエリオンは手振りでスヴェンセンに武器を下ろさせた。
「ここで何をしていたんだ?」
「偵察です」
「盗み聞きの間違いだろ」
スヴェンセンが
「気分を害されたのなら申し訳ない。 そこの裏手に魔法の通路が一本
エリオン殿の御依頼に従い、衛士隊長殿に会いに来ました」
スヴェンセンが目配せをするとエリオンは頷いて応えた。
「様子を見ていたら天幕の中から聴き覚えのある声が聞こえてきましたので、つい」
エリオンは剣を握ったままのスヴェンセンを
「叔母上は?」
「はい、お目覚めになられました。 傷も完全に治っていますが、その……」
フラムは帽子を下ろし、エリオンの質問に歯切れ悪く答えた。
「何があったんだ?」
「分かりません。 受け応えは出来ますがご自分の置かれた状況を今一つ理解されていないようでして」
「それは恐らく水薬の副作用だな」
残念なことに悪い想定は的中してしまったようだ。
しかしそれでも
「会話は可能なのか? 今すぐ話をしたい」
「
「よし、では彼女を連れて来てくれ」
とそこで、天幕の外から衛士が声を上げた。
「隊長、来客です」
エリオンは口を
「誰が来た?」
エリオンに代わりスヴェンセンが応える。
「小人族です。 代表がお一人でいらっしゃって、隊長と話をしたいと」
(マリオ……)
「待たせとけ、すぐに出る」
スヴェンセンは天幕の外にいる衛士にそう返事をすると、振り返って奥の長卓に向かった。
そこに広げられていた革の敷物の端を持って魔道具ごと全て包むとそのまま、彼女は
行け。
声を出さずにそう言った。
私とフラムはここで姿を見られる訳にはいかない。 次に奴らの前に姿を晒すのは叔母上と合流した後、反撃のその時だ。
だが、だからといってスヴェンセンを一人で置いていく事など……。
エリオンは
「すこしは信じろよ」
「そういう話じゃない。 マリオは魔道具を、囀りの鈴を持っているんだぞ?
会話をする事そのものにリスクがある」
彼に嘘は通用しない。
しかしスヴェンセンは何も返事をせず静かに身を引いた。
エリオンがもう一度口を開こうとするとフラムがその肩に手をかけて首を振る。
彼は観念し、御者と共に彼の衛士隊長を一人残して天幕を後にした。
二人が去った後もスヴェンセンはその余韻が完全に消え去るのを待つかの様に、天幕の裂け目に視線を置いていた。
そうして大きく一度深呼吸をすると、
◇◇◇
フラムとエリオンは無言で洞道に潜り込んだ。
その閉ざされた闇の中で御者の掲げる
エリオンは終始何も話さなかった。
フラムもまたその気持ちを察してか、無言のまま慎重に出来る限り素早く狭い道を進んでいるように思えた。
◇◇◇
「誰?」
唐突に道幅が拡がり、彼らが再びアリシアの待つ部屋に到着すると、彼女はイヴォルトに寄り掛かっていた身体を起こしてフラムの背中越しに目を細めながら呟いた。
燐光に照らし出されたその表情はエリオンが最後に見た時とは一変していた。
どうやら魔法の水薬の劇的な効能はアリシア・アンダマンの負った傷を完璧に癒し、その身に疲労の欠片さえ残していないように見えた。
「ご無事な御様子で」
彼がそう言うとアリシアはゆっくりとエリオンに歩み寄り、目の前で止まってその顔を凝視した。
「アリシア叔母上?」
問いかけに答えず、次に何を思ったかアリシア・アンダマンが手を伸ばしてエリオンの顔に触れる。
そして直ぐに彼の困惑した表情に気づき触れていた手を素早く離すと、一歩下がって目線を落とした。
すると大粒の涙が数滴、彼女の頬を伝って床に落ちた。
エリオンが驚いてフラムを見る。 御者も彼に劣らず驚いている様子だった。
「叔母上、どうしたのですか? 傷が痛みますか?」
エリオンはそっとアリシアの手を取ってそのまま両手で包んで尋ねた。
アリシアが顔を上げ、その表情は驚いていると同時に嬉しそうにも見えた。
「あの……変なことをしてごめんなさい。 痛みは全然大丈夫よ。
でも、色々と思い出せなくなってるみたいなの」
水薬の副作用は記憶に影響を及ぼす類いのものだったのだろうか。
致命的な影響では無い、とエリオンは自分に言い聞かせた。
「確認させて下さい。 この場所で私と別れる前に話した事は憶えておられますか?」
アリシアは首を振って答えた。
「では、この館について何でもいいので思い出せますか? 昨晩の食事の内容でも何でも……」
「ごめんなさい。 思い出せないの」
エリオンの落胆した表情を見て、アリシア・アンダマンが続ける。
「でも貴方がエリオン・アンダマンだという事は憶えてる。 貴方のお母様とお兄様のことも」
「それは……
そうは言ったもののエリオンの表情は暗かった。
まず間違いなく彼女は
こんな状態でウィル・オーデンに対抗する事が出来るのだろうか?
「お二人にお伝えしなければならない事があります」
そこでフラムが口を開く。 その神妙な様子に、エリオンとアリシアは揃って頷き返した。
「目下の最重要人物であるそのウィル・オーデンなのですが……彼はいま官邸にいます」
「どういうことだ?」
「囚人達に指示を出しているのを見ました」
「貴殿も官邸に入ったのか?」
フラムが頷く。
「あそこにもイヴォルトの通路を通してあります」
「衛士隊が人質に取られている。 彼らは無事だったか?」
首を振って応えた。
「申し訳ありません。 そこまでは分かりかねます」
「本当にウィル・オーデンだったのか? 何故奴が官邸に?」
「本人に間違いありません。 目的は知る由もありませんが。
しかし囚人達を使いながら自分は表立って動いていない以上、何かしらの事情があるかと」
筋は通っているが……何かが引っ掛かる。
「その人はどんな人なの? 魔法使い?」
アリシア・アンダマンが二人の間に割って入った。
「それは……」
一体どういう質問だ?
「だからそのウィル・オーデンって人のこと」
「ええと、彼は叔母上の
「私の家人……魔導士」
「思い出せませんか? 叔母上もそう仰っておられましたが」
アリシアは小さく冠を振った。
「彼はどんな魔導師なの?」
思い掛け無いアリシアの発言を受け、エリオンは驚きと失望をグッと噛み殺して言い含める様に穏やかに話を続けた。
「彼は鋭利で巨大な黒い塊……触腕を操る魔法を使います。 恐ろしく強力な魔法でした。
叔母上と同じく未登録なので二つ名はありませんが、それに匹敵する能力の持ち主だそうです」
「黒い塊?」
「重くヒヤリと冷たい塊です。 表面は滑らかですが金属とは違い破壊が可能で、劈開性があります」
エリオンに代わってフラムが答えた。
「
ガラス? 言われてみれば砕け散る様はよく似ていたし色味や質感は黒曜石のようだった。
……いやいや。 ガラスはあんな風に
「どうでしょうか。 動き回るところ以外はよく似ているかも」
「ふーん……ところでエリオン、あなたの持ってるそれは何なの?」
アリシアはスヴェンセンがエリオンに渡した革の敷物を指差して尋ねた。
「ああ、これは……」
エリオンは中身が溢れないようにゆっくりと床に敷物を広げた。
三人は
フラムが真上に憑依代をかざすと魔道具が照らし出され、その幾つかは反射でキラキラと輝いている。
やはり、と言うべきか。 残念ながら現状に影響を与え得るような物は無い。
改めてその中身を確認し、エリオンは
するとアリシアが考え込む彼の横にしゃがみ込んで、魔道具を一つ指で
「これ