違いがあるとすれば、そこに
彼には経験と覚悟があった。
エリオン・アンダマンは炎を消そうと躍起になっているコルゾ・キーリバに足を掛け、易々と床に倒した。
それと同時に彼は
これは
◇◇◇
コルゾ・キーリバは生き残れるだろうか?
生きてさえいれば、アリシア叔母上の魔法で延命処置が出来る。
封筒はどうなっている?
扉のそばに落ちてそのまま燃えているな……いや、いま
賊徒どもはいつ見張りに戻って来るかな? これは考えるだけ無駄だ。
今はコルゾ・キーリバが悲鳴を上げないよう、このまま押さえ続ける。
早く燃え尽きてくれ。
◇◇◇
自分自身も焔に巻かれながら不思議なほどの冷静さで、エリオンは改めてその呪いの作用を観察していた。
焔の
熱くはない。 寧ろ暖かで心地良くさえある。
眼を塞がれていた、
これはウィル・オーデンの使う魔法を容易く焼き尽くし、ルシャス・アンダマンにも致命の害を及ぼした一方で、私には一切の傷を残さなかった。
この違いは何を意味している?
……
そうしている間にもエリオンの目の前でコルゾ・キーリバの
こうして商人の肉体が失われ、そこに隠されていた
◇◇◇
燃やすべきものを燃やし、ほどなく魔法の焔は終息した。
エリオンは身体を起こすと、軽く伸びをして扉の方を見た。
扉を縛りつけていたあの強靭な魔法物質は
その横で商人が気絶していた。
しかしその身体には火傷どころか傷一つ無い。
どうやら幸運なことに彼はルシャス・アンダマンと
エリオンは官邸の廊下に一人立ったまま、足下のコルゾ・キーリバをまじまじと
染みも皺も無い肌。 きめ細かな長い髪。 例の仕立ての良い礼装を身に纏っている。
だがコルゾ・キーリバは、どう見ても女性だった。
それも若い。
妹と……エルノリアと同じくらいか? あの子より少し年下かもしれない。
彼がその先を考える間も無く、
エリオンは商人を抱え上げると、目の前の扉を滑り込むようにしてルシャスの寝室へと入って行った。
◇◇◇
転がり込むようにして薄暗い室内に潜り込んだ後、目の前の物体にエリオンは眼を奪われた。
黒い巨魁が見えざる力で天井から吊り下がり、ルシャス・アンダマンを寝かせた寝台のあった場所を丸ごと包み込んでいる。
昨晩と同じ、
思わぬ光景を目に
封筒が無い。
まさか……扉の外に置いてきてしまった。
取り戻せるか?
今は駄目だ。 扉を挟んだ向こう側の廊下には
封筒はウィル・オーデンに対してエリオンが持つ唯一の攻撃手段だった。
そんな重要な物をコルゾ・キーリバの
目の前にウィル・オーデンが立っていた。
しかしウィルはそんなエリオンに敵意も見せず、ボンヤリとその姿を眺めている。
酷く疲れているのか魔導師は一向に動かず、エリオンからすると
彼はその隙を逃さず、床に散っていた
魔導師は
こうして
ウィル・オーデンは酷く
力に
「貴殿も人間だったんだな」
その軽口に対してウィル・オーデンは何か言い返そうとしてエリオンを引き寄せたものの、結局そのまま黙りこんだ。
代わりに彼は一枚の紙切れをエリオンに見せて言った。
「これを 知っているか?」
低く
魔導師の手に握られた紙には何かが書いてある。 エリオンが目を凝らすと、そこには蜘蛛の巣と捕らわれた虫の絵が描かれていた。
「
「答えろ!!!」
感情を
「……知らんよ。 何だその絵は? 貴殿が描いたのか?」
「本当か? 知らないの か?」
「初めて見たよ」
エリオンがそう言った次の瞬間、二人の真上の天井に大穴が
それは文字通りポッカリと、あまりに静かに出現したのでウィル・オーデンもエリオン・アンダマンもその存在に気付いていなかった。
天井に吊られていた
その衝撃でエリオンを拘束していた触腕は折れ砕け、それと同時にウィル・オーデンの足下にも大穴が
魔導師は成す術なく勢いそのまま階下へと落下していった。
「フラム!」
「エリオン殿、お見事です」
「貴殿の
エリオンは起き上がって膝を払うと、恐る恐るウィル・オーデンが落ちて行った穴を覗き込んだ。
床の穴は下の階の天井を突き抜け、その落下地点にはさらに一回り大きな穴が開いていた。
それはまるで獲物を待って口を開けている巨獣の
「エリオン殿、下がってください」
そう言ってフラムがエリオンを床に開いた穴から数歩分下がらせて間も無く、地を
「これが
◆◆◆
衛士隊長スヴェンセンがエリオンに
一見、役に立つとは思えないそれらの中に、最高峰の魔道具である〝
◆◆◆
「……それが魔精の憑代だと言うのは本当ですか、叔母上?」
「うん……間違い無いと思う。 ピアルノーが使っていたのを見た事がある気がするの」
アリシアは
倉庫に保管されていた
「私の記憶ではこれは水を
「そんな名前じゃなかったと思うのよねー……えっと ポ…ポール、ポピー、ポーラ……違うわねー」
アリシアは記憶を探るかの様に
「ポール? ちょっと待ってください。 叔母上が触れたのに全く反応が無いのはどうしてですか?」
「どうゆう意味?」
「いえ、ですから仮にこの魔道具が事実魔精の憑代だとして、叔母上の力に反応して能力が発現しない理由は何ですか?
まさか
「ええ、そこは問題無いんだけど……この子もうちの子達と同じで、
「はあ。 それはつまり……?」
「つまり、ただの道具じゃない。 意思があるの。 だから呼び起こす必要が……
「じゃあ……刺激してみますか?」
そう尋ねたエリオンの横でフラムが拳をボキボキと鳴らすと、アリシアが
「そういうのじゃなくて……個体によって正解が違うんだけど、本来の契約者不在の休眠状態の魔精を呼び起こして関係性を結ぶ為には新たに人間との繋がりが必要なの。
一番手っ取り早いのがこの子の名前を呼ぶこと」
「今から名付けますか?」
そう尋ねたエリオンの横でフラムが
「んーと、名前を付けることもあるけど……この子の場合はピアルノーが呼んでいた名前で呼ぶのが確実ね。
ポる?……たしかポリ で始まる名前だったと思うんだけど」
叔父は魔精が宿っているなど一言も言っていなかった。
名前なんて
しかし、それはそれとしてアリシア叔母上が叔父上の
「んー……ポリポリ、ポリック、ポリン、ポリカルフラジリスティス・ポリドシアス!」
突然フラムが声を上げた。
「どうしたんだ?」
「これは要するに、名前当て遊びですよ!
奥方様は
ですからせめて魔精の名前を思い出す
「そうねえ。 最後のは絶対違う……四文字か五文字くらいの長さだったような」
「おお
なるほど……?
「えー、じゃあ……ポリンゴ」
「ふっ ポリンゴ?」
「……なにか問題でも?」
「いえなにも。 どんどんいきましょうエリオン殿。 ポリエノール、ポリリオ、ポリエル」
「ポリ……ポリオン、ポリルー、ポリンノン」
「ポリエチレン、ポリグラフ、ポリンキー」
「ポリ……ーロン、ポリネル、ポリノリア」
「ポリスメン、ポリゴン、ポリニャン「それよ!」
「やりましたぞ! 正解はポリニャン!」
「ううん、ちょっと違うわ。
起きなさい
アリシア・アンダマンが
しかし突然、
彼女がその
エリオンにもその、どことなく顔に見えるぽよぽよとした
「わぁ……おばうえすごぃ」
「ふふ ありがとう。 ポリニヤ、力を貸してくれる?」
彼女が語りかけるとポリニヤは泡をブクブクと鳴らして
「ふふ 可愛い子ね」
「叔母上、これは何と言ってるんですか?」フンスフンス
「
ここで思わぬ新戦力登場……水を生み出す魔精か。
「とはいえ、あまり攻撃性が高い能力とは思えませんが」
「任せて頂戴。 私に考えがあるの」
不安げなエリオンを横目にアリシアは自信満々に言った。
◆◆◆