指輪転生   作:ナーロッパ大使館員

5 / 40
ピアルノー氏の手紙

 

「……若様(わかさま)、お目汚(めよご)しを」

 

 アリエルがハンカチで目元(めもと)を拭(ぬぐ)いながら、申し訳なさそうに呟(つぶや)く。

 

「彼達(かれら)を思って泣いてくれたのだろう? 家族として嬉しく思うよ」

 

 これは紛(まぎ)れも無(な)い本音(ほんね)だ。

 

 彼ら(ハーフリング)と再会(さいかい)したことで、この地での思い出が……

家族が揃って過ごしたピアルノー邸での記憶(きおく)と、二度と戻(もど)らない時間(じかん)がエリオンの脳裏(のうり)で徐々(じょじょ)に甦(よみがえ)ってきていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 それから間も無く、滞在(たいざい)手配(てはい)が完了したとの報告がエリオンの元に届けられた。

 

 近隣(きんりん)の村落(そんらく)から物資を買い付ける合意(ごうい)が取れた事に加えて、マリオとアリエルを筆頭に水柳(みずやなぎ)の家(いえ)のハーフリングが明日にも追加で派遣(はけん)されて来るという。

 また、水柳の家からはエリオンの滞在期間中、ピアルノー邸(旧代官邸)内外(ないがい)を問わず全面的《ぜんめんてき》に仕事に協力してくれる旨(むね)の書き付けも一緒に届けられていた。

 

 エリオンは内心(ないしん)、胸を撫(な)で下ろした。

 これで 南領で最も力のある小人族(ハーフリング)氏族(しぞく)の協力が確約された。

 叔父の訃報(ふほう)を受けてからここに至るまで、家族総出(かぞくそうで)で準備に當(あた)った。

 誰よりも早く到着する為に 時間の許す範囲(はんい)で備(そな)えては来たものの、万難(ばんなん)を排(はい)しているとは言い難(がた)かったのだ。

 

 派遣(はけん)されて来る同胞(ハーフリングたち)を迎(むか)える為に退出(たいしゅつ)するアリエルに、族長への謝辞(しゃじ)を託して見送(みおく)った後、彼は持参(じさん)して来た資料と諸々(もろもろ)の書類に目を通しつつ、これから先に待ち受けるであろう様々な可能性に思考(しこう)を傾(かたむ)けて過(す)ごした。

 

 夕食後、本館の書斎(しょさい)を検(あらた)めていたエリオンに、近衛士長(このえしちょう)が来客(らいきゃく)を告(つ)げた。

 

「スヴェンセンか。 どうした?」

 

「夜分(やぶん)に失礼します、エリオン様。 小人族(ハーフリング)のご夫妻がお見えです」

 

「通(とお)してくれ」

 

 スヴェンセンがニヤッと笑うと その足下(あしもと)から二人が姿を現した。

 

「さすがスヴェンセン! 仕事が早いな」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「あの衛士は……迂闊(うかつ)です」

 

 マリオが苦々(にがにが)しく言い放(はな)った。

 

「そうかしら、とても感じの良い人よ」

 

 アリエルが応(こた)える。

 

 主(あるじ)の確認を待たずに直接(ちょくせつ)自分達をエリオンの元まで案内した、護衛(ごえい)のスヴェンセンが彼には我慢(がまん)ならないらしい。

 事情を知らない者からは、融通(ゆうずう)の利(き)かない若い侍従(じじゅう)が、いかにも生真面目(きまじめ)に苛立(いらだ)っている様(よう)に見える事だろう。

 マリオはピアルノー叔父の下(もと)で数十年の間、執事(しつじ)として仕え、同時に家宰(かさい)として使用人達を統率(とうそつ)しながら、叔父の死によって解任されるまでこの場所を守って来た。

 整った顔立ちをした、世間知(せけんし)らずの騎士見習い(アプレンティス)の様なこの老従者(ろうじゅうしゃ)を侮(あなど)って、痛い目を見た愚(おろ)か者(もの)を 飽(あ)きるほど見ている。

 彼がその愛(あい)らしい外見(がいけん)に見合(みあ)わない 怜悧(れいり)で研(と)ぎ澄(す)まされた男である事は 嫌(いや)というほど理解していた。

 幼い頃は、見た目と中身がチグハグな彼のことを今ひとつ理解できなかったが、今やマリオは私の知る限(かぎ)り 最も優秀な従者の一人だと確信を持って言うことができる。

 

 だから、貴族としての立場で述(の)べるなら、マリオの意見(いけん)こそが正しい。

 しかし、個人的には アリエルに賛成しておこう。

 スヴェンセンはああ見えて なかなか頼りになる。

 

「こんな時間に呼びつけて済まない。

 マリオ、水柳の家への取り継(つ)ぎを速(すみ)やかに済ませてくれて、助かった。

 お陰(かげ)で当家(とうけ)の侍従達《じじゅうたち》にも美食(びしょく)と饗(もてなし)の何たるかを教える事ができるよ」

 

「では、遣(つか)わされて来る料理人は 責任重大(せきにんじゅうだい)ですね」

 

 マリオが目を細(ほそ)めながら答えた。 それを聞いてアリエルが笑い声を漏(も)らす。

 

「そういう側面(そくめん)で見れば、今回の滞在(たいざい)にも楽しみがあるな。

 だが明日も、その後も忙(いそが)しくなるだろうから、今夜は手早(てばや)く済ませよう。

 今日中に取(と)り急(いそ)ぎ確認しておきたい事があるんだ」

 

 二人が身を正(ただ)した。

 

「……知っての通り、今回 私はアンダマン家とピアルノー叔父上の遺族(いぞく)による会合(かいごう)に先立(さきだ)って、彼らの補佐役(ほさやく)として派遣(はけん)されて来た。

 一月後、ここ旧代官邸(きゅうだいかんてい)を会場(かいじょう)に、相続人達(そうぞくにんたち)によってピアルノー叔父上が遺(のこ)した遺産(いさん)を分割(ぶんかつ)する為(ため)の協議(きょうぎ)が執(と)り行(おこな)われる」

 

 協議の参加者(さんかしゃ)は、相続(そうぞく)の当事者(とうじしゃ)である二(ふた)つの家(いえ)からそれぞれ、

 ・ピアルノー叔父の遺産(いさん)に相続権(そうぞくけん)を持つ遺族(いぞく)(が指名《しめい》した相続人(そうぞくにん))

 ・旧代官邸の権利を所有するアンダマン本家(が指名(しめい)した相続人(そうぞくにん))

 ここに、

 ・遺言状(ゆいごんじょう)と財産目録(ざいさんもくろく)の作成(さくせい)に立ち合った証人(しょうにん)

 を加(くわ)えた、計三名。

 

 「相続人達(そうぞくにんたち)は証人(しょうにん)立会(たちあ)いの下(もと)、各々(おのおの)の立場(たちば)に基(もと)づいて、双方(そうほう)が納得(なっとく)の行くまで遺産(いさん)の分配(ぶんぱい)について折衝(せっしょう)を重(かさ)ねる事となるだろう。

 会合(かいごう)はこの三者(相続人と証人)が欠けること無く揃(そろ)ってから漸(ようや)く始まる。 ここまでは良いかな?」

 

「存知(ぞんじ)ております」

 

「まあ言うまでもなく、下準備(したじゅんび)は秘密裏(ひみつり)に進めなければならない。

 協議期間中は私も、アンダマン家に連(つら)なる者としてでは無く 中立(ちゅうりつ)の立場でいるつもりだ。

 証人と相続人が到着(とうちゃく)するまで、私の事は さながら魔精(ジン)……実体(じったい)なき者(もの)として扱ってくれ」

 

「承知(しょうち)いたしました」

 

「結構。 では 次が最後の確認事項だ」

 

 エリオンが呼鈴(よびりん)を鳴(な)らすと、間もなく書斎(しょさい)の扉(とびら)が開いてスヴェンセンが入室(にゅうしつ)して来た。

 彼女は両手で金属製の盆(トレー)を持ち、そのままエリオンの対面(たいめん)にいる二人の面前(めんぜん)へとそれを差し出す。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 盆(トレー)の上に置かれていたのは 一通の書簡

 仄(ほの)かに緑色に染(そ)んだ 上質な紙で織(お)られた封筒は

 深緑色(ふかみどりいろ)の封蝋(ふうろう)で綴(と)じられ

 その上に丸い印章(シール)が押されている

 

 

 ◆◆◆

 

 

「それについて、意見(いけん)が聞きたい。 手に取って見てくれ」

 

 小人の夫婦はそれを順番(じゅんばん)に手に取って、隅々(すみずみ)まで封筒を検(あらた)めた。

 

 「……これは」

 マリオが 少し困った様子で呟(つぶや)く。

 

 「珍しい印章だろ?」

 

「ええ。 いや、この印章(シール)は見た事がありません。

 そちらではなくこの封筒……これに使われている〝紙(かみ)〟には、見覚えがあります。

 恐らく私の縁者(えんじゃ)が生産(せいさん)している植物紙(しょくぶつし)です」

 

「水柳の家の特産品(とくさんひん)なのか?」

 

「いえ、違います。

 この植物紙は少数の職人(しょくにん)だけが試作(しさく)している品物(しなもの)で、まだ水柳の家全体で生産する段階(だんかい)には無いのです」

 

「そうか……アリエルはどうだ。 何か気づいた事は?」

 

「紙も蝋(ロウ)も、この印章(もよう)も初めて見ます」

 

「……二人とも 有り難う。

 実はこの手紙はピアルノー叔父上が私に遺したものだ。 いや、厳密に言えば私(・)にではないな」

 

 マリオとアリエルの視線を他所(よそ)に、エリオンは盆(トレー)の上に戻された封筒に視線(しせん)を留(と)めたまま話しを続ける。

 

「この手紙を受け取り、それを開封する資格を持つ相続人は、この印章(シール)の意味を知る者……その人物にこの手紙を託(たく)す。

 これがピアルノー・アンダマンから私、エリオン・アンダマンへの遺言だ」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。