指輪転生   作:ナーロッパ大使館員

8 / 40
ピアルノー氏の友人Ⅱ

 思(おも)わぬ流(なが)れに若干(じゃっかん)困惑(こんわく)しながらも、オーデン(証人)はこの巡(めぐ)り合(あ)わせを利用することにし、顔合(かおあ)わせはそのまま、遺産(いさん)分割協議(ぶんかつきょうぎ)当日(とうじつ)に向けての打ち合わせとなった。

 

 協議は今日から数(かぞ)えて、およそ二月後(ふたつきご)に南領(なんりょう)の旧代官邸(きゅうだいかんてい)で開催(かいさい)される。

 エリオンに随行(ずいこう)する人員(じんいん)の選定(せんてい)、荷造(にづく)りをし、道中(どうちゅう)の宿を手配(てはい)…… 現地(げんち)協力者への通達(つうたつ)。

 全てを最速で行(おこな)ったとして、会場への前乗(まえの)りまでに相当(そうとう)の時間がかかるであろう。

 相続人達に通告(つうこく)する開催日(かいさいび)の 二週間前到着(とうちゃく)を目指してエリオンの予定(よてい)を組(く)む事(こと)となった。

 

 エリオンが補佐役(ほさやく)として証人からの指名を正式に受ける旨(むね)の証書(しょうしょ)に署名(しょめい)すると、オーデンはいそいそとそれを鞄(かばん)に仕舞(しま)い込(こ)み、それから、自分はこのまま南領に向けて出立(しゅったつ)すると告(つ)げた。

 母と兄をその場に残し、馬車(ばしゃ)まで彼を見送るためエリオンも一緒に席(せき)を発(た)った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 会合に向けた今後(こんご)の予定に目処(めど)が立ったからであろう、オーデン氏はあからさまに上機嫌(じょうきげん)だった。

 

 「皆様(みなさま)の献身(けんしん)に感謝(かんしゃ)を。

 このまま南領(なんりょう)に戻り、早速(さっそく)相続人達へ会合の日程(にってい)を告知(こくち)する段取(だんど)りを進めたいと思います。

 エリオン殿も、すぐに出られた方が良い。

 時間は光(ひかり)の如(ごと)く…… グズグズしていると太陽(たいよう)に置いて行かれてしまいますからな 儂(わし)の様(よう)に!」

 

 ふと思いつく。

 「オーデン殿(どの)、もし可能であれば私が証人(しょうにん)の補佐役(ほさやく)として貴殿(きでん)から正式(せいしき)に指名(しめい)を受けていることの証明(しょうめい)…… とまでは言わずとも補佐役で有る事を裏付(うらづ)ける一筆(いっぴつ)、覚書(おぼえがき)を頂(いただ)けますか?」

 

 「ほう? それはまたどう言ったことでしょうか?」

 

 「ご存知(ぞんぢ)の通り、今回の協議で…… アンダマン家分家の関係者である私は複雑(ふくざつ)な立場(たちば)にあります。

 これから南領の伝手(つて)への協力要請(きょうりょくようせい)が不可欠(ふかけつ)ですが、その所為(せい)で足止(あしど)めを食(くら)う事もあるかも知れません。

 仮にそうなった時に私の立場が、つまりピアルノー叔父上の遺産(いさん)分(わ)けの補佐役(ほさやく)という、重要(じゅうよう)な使命(しめい)に就(つ)いている事を証明(しょうめい)出来れば、余計(よけい)な手間(てま)と時間の空費(くうひ)を省(はぶ)けるでしょう?」

 

 オーデン氏に説明するつもりは無いが、ピアルノー叔父の遺産(いさん)を狙(ねら)う連中(れんちゅう)がいる事を前提(ぜんてい)に動(うご)かなければならない。

 それが誰であれ、今回の遺産分割協議が終わるまでに何らかの形(かたち)で相続人と証人に干渉(かんしょう)してくる可能性が高い。

 表(おもて)から堂々(どうどう)と乗り込んで来る相手に対しては、証人(オーデン氏)から指名を受けた補佐役という立場(たちば)が露払(つゆばら)いに役立(やくだ)つだろう。

 裏からくる相手には…… まあその時はその時だ。

 ペンにはペンを、剣には剣を。

 

 「ふむ。 おっしゃる通り。

 儂(わし)の裏書(うらが)き程度(ていど)でお役に立つのなら…… と、これはいかん。

 公文書用(こうぶんしょよう)の皮紙(かわかみ)は予備を積荷(つみに)に入れっぱなしになっておりましてな。

 少しお時間を頂けますかな?」

 

 「勿論(もちろん)です」

 

 オーデンは頷(うなず)くと馬車の手摺(てすり)を掴(つか)み、意外(いがい)な身軽(みがる)さを発揮(はっき)して馬車に括(くく)り着(つ)けられている荷物籠(にもつかご)まで登って行った。

 

 「あーこりゃいかん。

 エリオン殿、すぐにお持ちします故(ゆえ)、良ければ馬車の中で掛(か)けてお待ち下さい」

 

 「いえ お構(かま)い無(な)く。 ここで待ちます」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 四半刻(しはんこく)ほど経(た)った。

 オーデン氏は相変(あいか)わらず馬車の上で鞄(かばん)の中身(なかみ)を次々(つぎつぎ)ひっくり返(かえ)しているが、目当(めあ)ての物は一向(いっこう)に出てこない様だ。

 

 「ああなると 大叔父(おおおじ)は長いですよ」

 

  声が出そうになるのを咄嗟(とっさ)に抑(おさ)え、ゆっくりと背後(はいご)を振り返った。 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 線(せん)の細(ほそ)い若い男性

 中性的な顔付(かおつき)

 漆黒(しっこく)の髪(かみ)

 両手(りょうて)には書類の詰(つ)まった鞄(かばん)

 

 

 ◆◆◆

 

 

 「アンダマン家の方ですよね? 申し遅れました、僕はウィル。

 ウィル・オーデン。 大叔父の秘書(ひしょ)をしています。 お見知りおきを」

 

 飄々(ひょうひょう)とした雰囲気(ふんいき)の持ち主。

 声をかけられるまで、全く気配(けはい)を感じられなかった。

 

 「あー…… 驚(おどろ)かせてしまいましたか。

 家族にもよく注意(ちゅうい)されるんです。 申し訳ない」

 

 その若者は エリオンに軽(かる)く会釈(えしゃく)をすると、滑(すべ)り込(こ)むように軽快(けいかい)に馬車の中に入って行った。

 

 「見られていると、大叔父も焦(あせ)ってしまいます。 こういう時は放(ほ)っておくのが一番なんです。

 どうぞ、掛けてください。 一緒に待ちましょう」

 

 彼に対する警戒心(けいかいしん)は解(と)かないまでも、ここで断るのも不躾(ぶしつけ)かと思い、ウィル・オーデンに勧(すす)められるまま馬車に入室(にゅうしつ)した。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 窓(まど)のない、閉め切られた庫内(こない)

 にも関(かか)わらず心地良(ここちよ)い、清潔(せいけつ)な空気

 外観(がいかん)より明らかに大きい、広々(ひろびろ)とした空間(くうかん)

 天井(てんじょう)の四隅(よすみ)と中心(ちゅうしん)に据(す)えられた水晶球(すいしょうきゅう)は柔(やわ)らかに、煌々(こうこう)と輝(かがや)き、全体(ぜんたい)が木漏(こもれ)れ陽(び)の下(もと)にいるかの如(ごと)く照(て)らされている

 

 

 ◆◆◆

 

 

 驚いた。 魔法的(まほうてき)調整(ちょうせい)が施(ほどこ)された馬車としては最上級(さいじょうきゅう)。

 我が家が所有(しょゆう)する最(もっと)も高級な馬車と比較(ひかく)しても遜色無(そんしょくな)い…… いやそれ以上かも知れない。 秘宝(アーティファクト)級の逸品(いっぴん)だ。

 

 「凄(すご)いでしょう、 この馬車は」

 エリオンの様子(ようす)を見て、ウィル・オーデンが得意気(とくいげ)に言った。

 

 「御世辞(おせじ)を抜(ぬ)きに、素晴(すば)らしい。

 オーデン殿は、本当に有能(ゆうのう)なのですね。

 これ程(ほど)の品(しな)を揃(そろ)えられる人物は錚々(そうそう)いないでしょう」

 

 ウィル・オーデンは首(くび)を左右(さゆう)に振(ふ)って悪戯(いたずら)っぽく片方(かたほう)の口角(こうかく)を上げた。

 

 「滅相(めっそう)もありません。

 なにせ これを下(くだ)さったのは貴家(きけ)のピアルノー様です。

 仕事に対する感謝(かんしゃ)の証(あかし)として賜(たまわ)ったそうですが、大叔父にとっては一番の宝物(たからもの)です」

 

 実用性(じつようせい)は言うまでもなく、内装調度(ないそうちょうど)も華美(かび)では無いが、拘(こだわ)りを感じる……。

 見る者が見なければ気にも留めないような統一感(とういつかん)。

 

 ごく自然(しぜん)に、エリオンは小(ちい)さく吹(ふ)き出していた。

 

 確(たし)かに、これはピアルノー・アンダマンが作ったものだろう。

 

 「南領では知らぬ人のない偉人(いじん)です。

 管財業務(かんざいぎょうむ)は地味(じみ)な仕事ですが、ピアルノー様はそう考えていなかったのでしょう」

 

 ウィル・オーデンは、鞄を座面(ざめん)の脇(わき)に積(つ)むと、天井を指差(ゆびさ)してからそのまま、指先(ゆびさき)を丁度(ちょうど)オーデン氏がいる辺(あた)りで停(と)めた。

 

 「ですからこれは、大叔父にとって まさに金銭(きんせん)に変えられない〝箔(はく)〟なんです。

 大叔父は折(おり)につけてこの馬車に人を入れたがるんですよ」

 

 ピアルノー叔父が南領の人々にとってどの様な人物(じんぶつ)なのか、現地(げんち)の人間から聞くのは新鮮(しんせん)だ。

 ……まさか、オーデン氏が馬車の中を自分に見せるがために、わざと手間取(てまど)っているとは思いたく無いが……。

 

 「……紹介が遅くなって申し訳ない。

 私はエリオン・アンダマン。 イズーダン子爵アーロン・アンダマンの弟です」

 

 「ああ! 貴方(あなた)がそうでしたか」

 

 まるでエリオンを知っていたかの様なウィルの反応に、彼は違和感(いわかん)を覚えた。

 そんなエリオンの表情(ひょうじょう)を見て、ウィル・オーデンは覗(のぞ)く様にその目を見て言った。

 

 「もしや まだ書状(しょじょう)を大叔父から受け取られていないのですか?」

 

 「それを待っていたところです」

 

 「……そうでしたか。

 では、もう少々(しょうしょう)お待ち下さい。 直(す)ぐに戻ります」

 

 ウィル・オーデンはそのまま身(み)を翻(ひるがえ)すように車外(しゃがい)へと出て行った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 その言葉(ことば)の通(とお)り、エリオンが様子(ようす)を見に行こうかと考(かんが)える間(ま)もなく彼は戻ってきた。

 

 「お待たせしました。 どうぞ、お納(おさ)め下さい」

 

 そう言って、エリオンに嵩(かさ)のある封筒(ふうとう)を差し出す。

 

 どうやら、オーデン氏には有能(ゆうのう)な右腕(みぎうで)がいるようだ。

 

 エリオンが礼(れい)を言おうとすると、ウィル・オーデンは言葉(ことば)を制(せい)する様に手のひらを向け、声を顰(ひそ)めて言った。

 

 「……今あったことは内密に、エリオン様の胸の中に留(とど)めて頂けませんか?」

 

 ?

 

 「大叔父は矍鑠(かくしゃく)としていますが、それでも年齢(とし)なりの物忘(ものわす)れがあるんです…… でも、そこは僕と一族の者達の手助けがあれば問題はありません」

 

 エリオンがたった今受け取った封筒を軽く持ち上げると、ウィル・オーデンが頷いた。

 

「大叔父はピアルノー様の管財人(かんざいにん)で有(あ)る事(こと)を誇(ほこ)りに思っています。

 それだけに、今回の貴家(きけ)の遺産分けは大叔父にとって……特別なんです。

 恐らく人生最後の大仕事(おおしごと)になるこの案件を、自分自身(じぶんじしん)の職歴(しょくれき)の集大成(しゅうたいせい)とさえ、考えています。

 僕も勿論、この仕事に全力を尽くしています。 ……ですから、どうか御安心下さい」

 

 先ほど迄(まで)とは打って変わって歯切(はぎ)れの悪(わる)い物言(ものい)いとその態度(たいど)を見て、エリオンはうっすらとだが彼の事情(じじょう)を察(さっ)した。

 

 確かに、オーデン氏は経験(けいけん)豊(ゆた)かな文官(ぶんかん)なのだろうが、大きな仕事を彼(かれ)一人(ひとり)に任(まか)せ切(き)るには、年齢と体力に不安(ふあん)がある事は否(いな)めない。

 そんな、引退(いんたい)を前にした大叔父(オーデン氏)の評判(ひょうばん)を、最後まで守り通したい……それがウィル・オーデンの意向(いこう)らしい。

 恐らくオーデン氏の業務(ぎょうむ)の多くを……否(いな)、様々(さまざま)な些事(さじ)と雑事(ざつじ)の殆(ほとん)ど全(すべ)てをこの若者が処理(しょり)している。 

 オーデン氏と、無論(むろん) 自分自身(ウィル・オーデン)の為(ため)に。

 

 「そうですか。 ……では、引き続き宜しく頼みます」

 

 エリオンが笑顔で答えると、ウィル・オーデンの表情(ひょうじょう)から緊張(きんちょう)が消えた。

 

 幾らか要領(ようりょう)を得ない部分もあるが、要するに彼は本件(ほんけん)でオーデン氏の経歴(けいれき)に一切(いっさい)の瑕疵(かし)も残(のこ)したく無いようだ。

 会合(かいごう)の補佐役(ほさやく)として云(い)うならば、有能(ゆうのう)な身内(みうち)の参加(さんか)は大歓迎(だいかんげい)だ。

 証人(オーデン氏)の不足(ふそく)を埋(う)めるのがこの若者だったとして、それ自体(じたい)は悪(わる)いことではない。

 

 一点(いってん)、懸念(けねん)があるとすれば、オーデン氏の役割(やくわり)…… 証人(しょうにん)に求(もと)められる守秘義務(しゅひぎむ)は、その親族(しんぞく)に対しても例外(れいがい)は無く、違反(いはん)に対して厳罰(げんばつ)が下されることが規定(きてい)されている。

 だが、まあ 帝国司法院(ていこくしほういん)も、お目溢(めこぼ)しを下さるであろう。

 

 南領(なんりょう)の名士(めいし)を顧客(こきゃく)に持つ弁士(べんし)、代書士(だいしょし)、証人(しょうにん)……

 いずれこの若者がオーデン氏の遺産(いさん)と職務(キャリア)を継承(けいしょう)する事となるかも知れない。

 そうなれば、彼と伝手(つて)を保(も)っておく事は 我が家にとっても悪い話ではない。

 

「素晴らしい馬車を見せて貰いました。

 オーデン氏にも宜(よろ)しくお伝(つた)えください」

 

 ウィルから受け取った書状を胸元に仕舞い、エリオンはその場を後にした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。