指輪転生   作:ナーロッパ大使館員

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ピアルノー氏の遺託品Ⅰ

 「叔父上(おじうえ)の葬式には私が参列(さんれつ)しようと思う」

 

 オーデン氏が子爵邸を発った後、その日の夕食(ゆうげ)(せき)で三人が今後の予定を話し合っていた時のことだ。

  アーロン・アンダマンの発言に、リアンノンとエリオンは食事の手を止めて彼を見た。

 

 「まだ布告(ふこく)もされていないのに? 気が早いんじゃないかしら」 

 リアンノン・アンダマンはそう言ってから、(すず)(さかずき)口元(くちもと)(はこ)んだ。

 

 「すぐにされるよ」

 

 アーロンの言うようにそう(とお)()いうちに葬儀(そうぎ)()(おこな)われる(はず)だ。

 事実として、(すで)証人(オーデン氏)遺産(いさん)()けの準備に動き始めているのだから。

 

 「そうね。 でも領主(りょうしゅ)領地(りょうち)に残りなさい。 私が行ってきますから」

 

 するとアーロンは右手を(ひたい)に乗せ、大袈裟(おおげさ)身振(みぶ)りで両目を(おお)い隠して首を振りながら言った。

 「おぉ、かの(おごそ)かなるイズーダン執政(しっせい)閣下(かっか)ともあろう御方が……何とまぁ()()()()()()()(おおせ)られるのか」

 

 「それは何のつもり?」

 その芝居(しばい)掛かった言い方に、リアンノンは眉根(まゆね)()せて()き返す。

 

 「いやなに、もしや母上……お(とし)()されたせいで出歯亀(でばがめ)趣味(しゅみ)目覚(めざ)められたのかな?と」

 

 「はあ?」

 

 「いやいや、分かります。 他人(ひと)(ネタ)は楽しいもんですから……。 葬式ついでに叔父上の身辺(しんぺん)()(まわ)りに行くんでしょ?」

 

 「……んぁ、な、失礼(しつれい)()ね! そんなんじゃありません!!」

 

 エリオンはイズーダンを離れられない。 南領出立(しゅったつ)に向けての準備をしなければならないからだ。

 その(ため)、叔父の葬式に招待されれば、必然的(ひつぜんてき)に二人のどちらかが参列する事となるのだが、(たが)いにその役目を(ゆず)る気はない様だ。

 そんな彼らを横目(よこめ)に、エリオンは改めてピアルノー・アンダマンの事を考えていた。

 

 (かつ)てあれほど()()にとって……私にとっても、大きな存在だったピアルノー叔父の死。

 母も兄も早々(そうそう)にその事実を受け入れ、葬式の話をしている。

 自身も、意外なくらい喪失感(そうしつかん)(ともな)わずにそれを受け入れることが出来ていた。

 

 本人(ほんにん)不在(ふざい)の葬儀。

 比喩(ひゆ)でも何でも無く、文字通(もじどお)形骸化(けいがいか)した儀式(ぎしき)

 にも(かか)わらず遺族(いぞく)とアンダマン一族(いちぞく)にとって、心情(しんじょう)(うえ)でも勘定(かんじょう)(うえ)でも大きな意味を持っている。

 こうして、かの名士(めいし)の死は(のこ)された者達によって淡々(たんたん)手際良(てぎわよ)く処理されていく。

 そう、貴族の死とはこういうものだ。

 呆気(あっけ)ないような、(むな)しいような……。

 

 「……ということだ。 エリオン、問題無いよな?」

 

 「え? ああ、ごめん。 聞いてなかった」

 

 「要するにだな、葬式には母さんと二人で行ってくる。 その時には留守を頼む」

 

 「その必要が有るのなら(かま)わないよ。

 けれど、領主代行(りょうしゅだいこう)(にん)と南領行きの準備を私一人でこなすのはさすがに忙し過ぎるかな」

 

 「うん。 じゃあどうすればいい?」

 

 「まあ、()()()()()領内業務(りょうないぎょうむ)に使って良いのなら問題無いと思う」

 

 「お前の商会(しょうかい)の人間か?」

 

 アーロンの問いにエリオンが(うなず)く。

 

 「仕方が無いか。 ほどほどにな」

 

 よし、領主のお墨付(すみつ)きだ。 公務となれば公金(こうきん)で支払いが立てられる。

 タダ働きで会頭(かいとう)に嫌味を言われずに済むな。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 食事が終わった後、エリオンは私室(ししつ)黙々(もくもく)()(もの)(いそ)しんでいた。

 正装(せいそう)から部屋(へや)()きに着替(きが)えて書物机(かきものづくえ)に座り、熱心に書簡(しょかん)(したた)めている。

 そうして一通(ひととお)り仕事を済ませると、彼は大きく伸びをした。

 

 少しすると立ち上がって安楽椅子(あんらくいす)に向い、そこに腰掛(こしか)ける。

 椅子の(かたわら)(テーブル)に積まれた手紙の束を手に取って、順番に(あらた)めていった。

 日中に子爵邸に届けられた郵送物から取り分けておいた、エリオン(あて)の書簡だ。

 そこに一際(ひときわ)目立(めだ)つ封筒を見つけて手に取る。

 

 上質(じょうしつ)薄緑(うすみどり)色の植物紙(しょくぶつし)

 特徴的(とくちょうてき)封蝋(ふうろう)

 裏を返すと〝エリオンへ〟と書かれている。

 ナイフの刃でその隙間(すきま)を切り開き、中身を取り出した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 私の(おし)() 最愛の弟の忘形見(わすれがたみ)

 

 君に(たく)した(れい)(もの)を受け取りに(うかが)うのは、どうやら(むずか)

 我が兄弟との約定(やくじょう)により、委託物(いたくぶつ)を私から君への遺産とし

 この遺言(ゆいごん)を忘れず、君の才知(さいち)(もっ)て、正しく

 

 その片割(かたわ)れは、南領にいる私の大切な

 (しか)るべく、箱の中身が()()がれるよ

 

 今こそ、役目を(にな)って欲しい。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 (なな)めに切り裂かれた手紙。

 封筒の内側を(のぞ)き見てみたが、もう半分は入っていない。

 送り主の署名(サイン)見当(みあ)たら()い。

 

 なんだか……すこし不気味(ぶきみ)だな。

 

 最初に手紙の内容を目にした時、エリオンは(たち)(わる)悪戯(いたずら)(うたが)った。

 そしてその直後、そこに書かれている断片的(だんぺんてき)な言葉が彼の頭の中で歯車(はぐるま)のように()()う。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 〝これは本来(ほんらい)、アエルの役目だった。

 お前の父……アエルが病に倒れた後、病床(びょうしょう)のアエルと相談して決めた。

 エリオン お前に役目を(たく)すと〟

 

 

 ◆◆◆

 

 

 (いきお)()く立ち上がって書物机に向かい、引き出しにしまってあった開封済みの手紙を(あさ)る。 そうして、一通の封筒を取り出した。

 

 上質な薄緑色の植物紙。

 特徴的な封蝋。

 裏を返すと〝エリオンへ〟……同じだ。

 

 二週間前に届けられた手紙もとい定期報告書が入っていた封筒。

 中身を取り出し、見比べる。

 文末(ぶんまつ)一行(いちぎょう)にエリオンの目が()まった。

 

 

 〝追伸(ついしん)……(ちか)いうちに(あず)かって(いただ)いている鍵を取りに(うかが)います。〟

 

 

 取ってつけたような、一見(いっけん)無意味(むいみ)追伸(ついしん)

 (あらた)めて見てみると、本文(ほんぶん)筆跡(ひっせき)(こと)なっている事も分かる。

 後から書き加えられたに違いない。

 つまり部下が私に送ってきた報告書を、何者かがその途上(とじょう)()(さら)って中身を取り出し、この追伸を書き加えた。

 ついでに、この矢鱈(やたら)と高価そうな緑色の封筒に移し替え、私の(もと)へと送り出す。

 無関係の二通を、目を引くような封筒を(もち)いて関連付けたのか?

 私への目印(めじるし)になるように?

 ……巧妙(こうみょう)じゃないか。

 

 内心(ないしん)ではあり()そうも無い馬鹿げた思いつきと知りながら、エリオンは口元(くちもと)(ほころ)ぶのを(おさ)えられずにいた。

 

 (かぎ)

 父の葬儀で、叔父が私に(たく)した()()鍵。

 文面(ぶんめん)から(さっ)するに、私からあれを受け取るためにイズーダン子爵邸へ訪れる予定が、何らかの事情(じじょう)で難しくなったのか?

 では、この手紙は本当に叔父が私宛てに書いたのか? 

 とすれば、何時(いつ)書かれた手紙なんだ?

 有り得ない、しかし……まさか 生きているのか?

 そうだとしたら何故こんな(まわ)りくどい真似(まね)を?

 

 ここまで考えてから、ふとエリオンは安易(あんい)にその突飛(とっぴ)結論(けつろん)に飛びついた自分を客観視(きゃっかんし)し、自嘲(じちょう)混じりの溜息(ためいき)をついた。

 

 馬鹿げている。 叔父の生存(せいぞん)は……そうであったら良いけれども、この手紙がその証拠(しょうこ)とはならないだろう。

 (むし)ろ、これを書いた人間は私を()さぶって、何かしらの行動を誘発(ゆうはつ)しようとしているのでは無いか?

 

 エリオンはもう一度、切り裂かれた手紙を手に取って読んだ。

 

 曖昧(あいまい)でどうにでも(とら)えられる、(うった)えかける様な文章。

 それでいて、(あん)にあの鍵と箱を指しているような()(まわ)し……。

 

 引き出しから鍵束(かぎたば)を取り出すと、手紙と一緒に手に持ったまま廊下に走り出た。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 (あか)りの消された寝室(しんしつ)の扉が開く。

 中に誰かが寝ている様子(ようす)()い。

 部屋に立ち入ると、()まった空気が動き出して、そこに積もっていた(ほこり)一緒(いっしょ)にさざめく様子が()に見える気がした。

 

 (ひさ)しく使われていないその寝室は、エリオンの幼少期(ようしょうき)私室(ししつ)であり、今は彼の弟の物となっている。

 イズーダン子爵家の末子(まっし)であるリオネル・アンダマンは、その姉と同様(どうよう)に帝都の学園付きの(りょう)で生活をしており、実家に戻るのは年に数回の長期休暇(ちょうききゅうか)の期間だけだ。

 

 屋敷内(やしきない)の他の部屋と比べると色合(いろあ)いが全体に(あざ)やかで、いかにも子供が好みそうな内装(ないそう)仕上(しあ)げられている。

 エリオンはそこにある(にぎ)やかなタイルや壁紙、飾漆喰(かざりしっくい)(なが)めながら、昔の自分と同じようにいずれ弟もこの部屋が嫌だと言い出すだろう、と考えていた。

 

 と、そこで壁沿(かべぞ)いに部屋を移動していたエリオンが突然立ち止まる。

 その目の前の壁面(へきめん)には、獅子(しし)頭部(とうぶ)(かた)どったタイルが()()まれていた。

 彼は(おもむ)ろに両手の指先でその顔の(ふち)(かこ)うように(つか)むと、そのまま真っ直ぐに引きずり出した。

 そうしてザリザリと音を立てながら取り出した筒状の蓋を床に置き、ポッカリと空いた丸い穴に手を突っ込んで細長い(つつ)みを取り出す。

 

 それは見るからに頑丈(がんじょう)そうな鍵だった。

 模様(もよう)(かざ)()りされた、黒い大柄(おおがら)な鍵。

 エリオンは鍵の持ち手部分にある紐通(ひもとお)しの穴に、どこからか取り出した銀白色の(チェーン)(とお)して首に()けた。

 彼はもう一度手紙を開くと、その文字列(もじれつ)視線(しせん)を置いたまま、首から()げた鍵を片手でそっと(にぎ)()んだ。

 

 順序(じゅんじょ)()てて整理してみよう。

 今朝、ピアルノー・アンダマンの訃報(ふほう)(もたら)された。

 その日のうちに証人が我が家を訪れ、(なが)れのままに補佐役(ほさやく)へと就任(しゅうにん)した。

 ……ここ(まで)は、まあ、まだいい。

 問題は、その頃合(ころあ)いを見計(みはか)らったかの様に送られてきた手紙。

 南領へ(おもむ)く私に()てて届けられた手紙。

 そして、その手紙に先駆けて届けられていた報告書。

 そこに(しる)されていた追伸文(ついしんぶん)。 鍵を取りに伺います、か。

 

 内容的には無関係だが、同じ植物紙製(しょくぶつしせい)封筒に入っていた二通の手紙。

 遺産分割協議の補佐役。

 アンダマン家南領旧代官邸。

 叔父の遺産。

 小箱と鍵……。

 

 決定的では無いまでも、無関係とも思えない。

 そうなると、やはりこれは叔父が書いて寄越(よこ)した手紙なのか?

 しかし、仮にピアルノー・アンダマンの采配(さいはい)だったとしても、一体どうやって?

 いくら何でも自分の死後の事柄(ことがら)までは予見(よけん)出来(でき)まい。

 全てを計算尽(けいさんづ)くだとしたら、流石(さすが)深謀遠慮(しんぼうえんりょ)が過ぎるだろう?

 悪い冗談(じょうだん)だ。

 

 馬鹿げた考えだと繰り返し首を振るも、何もかもが自身を南領へと(いざな)っているように感じられる事をエリオンは否定しきれなかった。

 

 (ねら)()ましたかのように、(つづ)(ざま)に届いた二通の手紙が私に〝鍵の守り役〟としての立場(たちば)を思い出させた。

 手紙の(ぬし)はほぼ間違いなく、ピアルノー・アンダマンの関係者だろう。 ……遺族か証人かもしれない。

 となると、その真意(しんい)は私にあの箱を探し出させることか、箱を開封させること? (ある)いはその両方か。

 馬鹿正直に従うつもりは無いが……どうしたものか。

 恐らく箱は叔父が保管しているのだろう。

 叔父が明かさなかった、箱の中身は? 

 

 答えの出ない自問自答(じもんじとう)(おちい)りながらも、エリオンは心のどこかで隠し切れない(たかぶ)りを感じていた。

 それはとうの昔、子供の(ころ)(あきら)めた夢の続きを見るような、純粋(じゅんすい)高揚感(こうようかん)だった。

 

 まあ、やってみても問題は無いだろう。

 南領での仕事ついでに、あの小箱を探す時間くらいは作れる(はず)だ。

 

 もしかしたら本当に、叔父がお膳立(ぜんだ)てをしているのかも知れないし……。

 

 

 彼の楽観的(らっかんてき)な考え方は正しかったのか、間違っていたのか。

 この舵取(かじとり)りは(のち)にエリオンと周囲の者達を、彼等が想いも寄らなかった運命の潮流(ちょうりゅう)へと落とし込むことになった。

 

 

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