本編で影が薄かった気がするお姉さん編です。
篠ノ之束の夢は、宇宙へ行くことである。
ISという現行兵器を全て過去のものにする発明ができる程度の天才であり、宇宙へ行くことなどいつでもできるはずだというのに行かない
なぜなら─────────
海中を進んでいく人参の形をした迷彩拠点内部では現在、3人ほど生活している。
1人は主である篠ノ之束。
いい年して未だに不思議の国のアリスのような服にメカうさ耳を着けている、自他ともに認める天災である。
もう1人はクロエ・クロニクル。
ラウラと似たような生まれであり、束に拾われて以来共に過ごしている。ツッコミ役に見せかけたボケ役である。
最後の1人は世界に2人しかいない男性操縦者、
「起きませんね」
「寝坊助だから仕方ないねぇ」
篠崎春明が目覚めないままベッドに寝かされていた。
亡国企業による世界征服。その要であったAIを搭載された無人IS、Yによる暴走を食い止めた春明。しかし管理者を失い暴走した情報管理システムは、広範囲を巻き込む爆発を起こすと推測され未然に防ぐために渡鴉の全エネルギーを使っての自爆により、範囲を抑えることに成功した。
爆発の中心にいた操縦者を犠牲にして。
『っ………! ─────‼』
両腕で抱えた重症の春明を前に世界を変えさせた天災はうろたえる事しかできなかった。火傷で爛れた肌に液体なのか内側なのか不明な赤、折れて本来の形が不明な骨に傷つけられた内臓。診察器具など使わなくともその世界最高の頭脳は状態を隅々まで把握させる。
優秀が故の頭脳は、抱えているのが別人であれば端的に治療の最適解を導き出せる頭は心に乱されていた。
『束様、治癒溶液カプセルの準備はできています。治療用ナノマシンの投入はある程度回復してからでないと逆に』
『そうっ! だよね‼』
人の習性のひとつにトラブルに見舞われた際、自分以上にパニックになっている人間を見ると逆に落ち着くというものがある。
落ち着くまで待ってからでも結果は変わらなかっただろうが、偶然出会えた家族のおかげで束は障害に残る自責の傷を残さずに済むことができた。
そして数日後、包帯を巻かれて寝かされている春明。体中に様々な器具やチューブが繋がれているが、そこから送られてくる情報は生命の危機を脱したと告げていた。
にも拘わらず、眼を覚ますことはない。
「寝坊助だね~」
背もたれを前にして寄りかかるように座る束。わざとらしく椅子を前後に揺らして音を立てるが反応はない。
世界中の医療知識を詰め込み試した。
適当な料理を隣で食べたり、顔に落書きしたり、人肌で一晩温めたりと、天災とは思えないような方法を試した。見ている方が辛くなるほどの日々をクロエは見守りながら時に協力した。
「今日は何を試そうかな~」
口癖になった。
日課になった。
変わらない日々が続いた。
束の超人的な肉体は衰えることも劣化することもないが、クロエの眼にはやつれているように見えた。
「まぁ~ったく、束さんの貴重な時間を奪うなんて憎らしいねぇ~このこの」
そっと優しく、それでいて少し痛いと思われる力加減で頬をつつく。
寝かせろバカウサギ! そんな幻聴が聞こえた。
「……………………はぁ」
椅子から降りて顔をのぞき込む。
見慣れた生意気な顔だ。
宇宙に行けと言った頃よりも大人びている。
宇宙に行くきっかけが、調べるたびに魅力の増していく夢の世界が、隣にいなければ行くことはない相手が目を覚まさない。
「ねぇー…………宇宙に行きたくないから?」
言葉をかけても脳波に影響はない。
「束さんに追いつけるスペックがあるってのにさ、まぁらしいとは思うけど」
言葉は返ってこない。
「勝つっていうならさ…………早く起きないと」
束の目元に水が溜まりだした。
「………………………………………………宇宙になんていけなくていいから」
完璧な肉体を持っているはずの束が、自分が把握していない水滴がのぞき込まれた春明の顔を映し出す。
「はやく起きてよ…………はるあき」
天才とは思えない童話のまね事。誰もが知る姿を変えられた呪いを解き、永遠の眠りへ誘われた者を目覚めさせるおまじない。
離れた顔から落ちた雫が、春明の口元へ落ちた。
脳波を測定していた機器のモニターに映し出された波が初めて揺らいだ。
「……………………ぁ」
超人的な聴力は確かに捉えていたが、幻聴かと聞き逃した。
「………………ぅ」
今回の幻聴はとてもながいらしい。
「…………ヴぁ」
萎れていたメカ耳がピクリと反応した。
「たヴぁ……………………たばね…………」
ゆっくりと顔をあげる。
幻聴の可能性は高い。期待をしてはいけない、期待が大きければ大きいほど違った時のショックは大きいのだと天才は知っている。
「………………………………おはよ」
「あぁ……………………おれの…………まけか、たばね」
「…………さぁ……………………わたしの負けでもいいよ。はるあき」
この世の事を全て知っているといっても過言ではない天才だが、この日初めてうれし涙というものを自分の身をもって体験した。
「以上で上映を終わらせていただきます。ご来場の皆様、ぜひ拍手をお願いします」
明かりがつけられ、クロエの無表情で必要な個所以外は動かさない無駄のない拍手が響く。
来場者2名、クロエによる上映会を終えた観客の反応はというと、
「……………………最近のAI動画の出来はすごいな」
腕を組んだまま苦虫を嚙み潰したような顔で淡々と告げる春明がいた。
裾からチラリと見える傷は痕こそ残っているが癒えており、時間が経ったことが伺える。
「春明様、こちらの動画は撮影、編集、企画、全てクロエの手によって行われています」
「…………分かってんよぉ…………………」
認めたくない現実から目を逸らすように空を見上げるが、機械で覆われた天井しか見えない。
「いかがでしたでしょうか束様」
何やら白いものが抜け出ていくのが見えた春明を置いて、隣で顔を押さえて丸くなっている束に感想を求めるクロエ。
「…………うんうん、手ブレや微妙なカットも味があるしくーちゃんのがんばりが見えるから100億満点の動画だよ」
束の褒め言葉にクロエに喜びが表れるが表情は変わらず雰囲気でしか察せない。
「ありがとうございます。よければお顔を見せていただいても」
「くーちゃんのお願いでも今は無理だよぉ…………」
「春明様」
「今は時間くれ…………」
春明が起きてから以前のケンカじみた遊びがなくなり、お互いに最低限の会話しか交わさないようになった2人。クロエは仲が悪くなったのかと思い、今回の上映会を企画したが何か間違えただろうかと首をかしげる。
「では続きましてpart2を」
「「まだあるの⁉」か⁉」
流石にこれ以上は勘弁してほしいと止めに行くが、何が悪いのか不明なクロエは2人の仲を取り持つためだと素直に伝えた。
「「……………………」」
無言で目を合わせるもすぐに逸らす2人。じれったい時間が過ぎていき、クロエの眼帯に手がかかった。
「でしたらワールド・パージで「大丈夫だ! 別にケンカをしたわけじゃない‼」「そうだよ! ちょ~っと大人になっただけで仲が悪くなったわけでもないから‼」そうでしたか」
何故か息も絶え絶えな2人に納得したように頷くクロエ。なんの安堵か同時に息を吐いて立ち上がる2人に、
「では仲が良いという証拠をお見せください」
「「え゛?」」
まさかの追撃。
何か問題でも? と雰囲気で伝えるクロエに逃げようがないと判断した束と春明は、ゆっくりながらも確実に近づいていく。
顔が重なった後、惜しむように離れてそっぽをむく2人。束の耳元は髪のせいで見えにくいが赤くなっていた。
「別にキスをしなくとも手をつなぐ程度で良かったのですが、それほどに仲が良いという事ですね」
クロエの言葉に顔を見合わせると、アホウサギが! バカアキが! と元気に言い合う2人。
何か変わった気もしたがそんなことはなかったと満足なクロエは、そっと窓から外をのぞく。
どこまでも広がる暗闇の中で確かに輝く星々の中、ニンジン型ロケットは賑やかに成層圏を超えて無限の彼方へと進んでいく。
なんか1番ヒロインしてる気がする。なんでやろね。
残りは亡国企業組とやまやくらいかな? ようやく終わりが見えてきました。