ゲットしないと喉笛噛みちぎっちゃうぞ   作:イトシキイタダキ

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1章「ゲットしないと喉笛噛みちぎっちゃうぞ」

 太陽光を光沢のある葉が反射する。無数の葉の奥に砂を固めた道がある。それは人が往来するには十分過ぎる幅である。トゲトゲで赤く細長かったり、白や紫の糸の塊のような生物が至るところに散見される。

 

 そんな中、爆轟による衝撃波と熱風が落ちた葉を吹き飛ばす。そんな中、軽やかにしかしどこか急ぐような動きで緑と黒の生物が跳ね回る。跳ねた耳のような緑がかった白髪、ホイップのような尻尾、そして緑のマント、尖った黒のマスク。怪盗のように鮮やかな動き。マスカーニャ。それを形容するなら、その一言で十分である。しかし、豊満な胸部が、ただのポケットモンスターと言う認識を拒絶していた。

 

 一方で彼女が相対するのは収穫間際の稲のような黄金の毛並を持つ尖った耳、鼻を持つ、大きな獣。口を開けて、その中から炎を噴き上げる。彼女のたくさんの尻尾が逆立つ。炎は道路を抉る。まるで、スプーンでプリンを掬うがごとく。

 

 マスカーニャのような生物の後ろにいるのは一人の青年。青い帽子に硬い旅用のジャケット。腰に4つの球体、赤と白のボールをつけている。そんな彼の整った顔はやや歪んでいた。彼は逃走を選ぶつもりでいた。相性の良いポケモンは他にいる。ただ、それは彼の足でもあり、何より逃げ切る速度が無かった。

 

 彼、ソウスケはパルデア地方のアカデミー出身である。かつてニャオハというポケモンと共にパルデアではジムチャレンジをし、8個中、7個のバッジを手にしており、そのジャケットに光る。

 

 キュウコンの首元で花型の物体が炸裂し、彼女はその瞬間に横から爪で切りつける。

 

 しかし、気怠げに獣は動いた首を元に戻す。

 

 何故だ、何故効かないんだ。彼は何とか、後退を繰り返し、退路を確保しようとする。そんな中、キュウコンから大の字の巨大な業火が放たれ、彼女が仰け反るように躱す。

 

 何故、俺の相棒で手持ち最強のマスカーニャであるリーフェがこのクワトロ地方のその辺の野生ポケモンに押されているんだ。相性が悪いなどという範疇を超えて圧倒されている。あり得ない。

 

 ソウスケは叫びたかった。理不尽だ。ふざけるな。と。ここは近所の子供が、未進化ポケモンを一匹連れて歩ける、そんな距離感のただの田舎道だ。少なくとも彼のいたパルデアではそうだった。こんな化物、パルデアの大穴のなかでさえ見たことが無い。

 

 その回避行動は彼女の限界だったらしい。その黒い怪盗のような仮面が外れる。しかし、炎はまだ拡大を続ける。

 

「マスターだけでも逃げて!」

 

 マスクの下はあどけなさが残るが、皺しみ一つ無く、端正の取れた、人間ではあり得ない完璧な顔。

 

「駄目だリーフェ!」

 

 ソウスケは声を張り上げた。しかし、リーフェは膝に炎がかすった瞬間に全身が発火点を越えたのか、炎に包まれる。

 

「マス、ター、ごめん、なさい」

 

 と言い残し、光の塵となる。焦げたアロマの匂いを残して、その光はソウスケの腰のボールに還る。

 

 ソウスケは奥歯を軋ませ、腰のボールに手を伸ばす。選択は出来ない。その短縮までした動作の間。弾丸のようにキュウコンが突進し、その右腕をその牙で絡め取った。

 

 ソウスケはボールを取れずに落とし、落ちたそれは草むらに紛れた。

 

 彼の腕は千切れることは無かったが、今度はキュウコンがソウスケの首元に牙を向けた。

 

 彼は息を呑み、目を閉じた。

 

 目を開けたソウスケが見たのは尖った黄金色の獣耳と9本のふさふさの尻尾が生えた人外。しかし、それは黄金を基調とした格調高い和服を着ていた。何よりその顔もまた、しみ一つ皺一つ無い少女の顔。

 

それが上目遣いにソウスケを見遣っていた。桜色の唇で、彼の喉仏の皮膚をつまみながら。

 

「私をゲットしないと喉笛噛みちぎっちゃうぞ」

 

 彼女は鈴を転がすような声で言った。

 

 草むらに転がったボールから、ふわふわの綿みたいな赤と白のドレスに包まれ、触角の生えた2人よりは幾分幼気な少女が現界する。今現れた彼女はソウスケと黄金色の少女を視界に一度捉えた後、首を振ってもう一度見て、何も変わらないことを確認する。

 

 元々キュウコンだったはずの彼女はソウスケのショルダーバッグをゴソゴソと黒いボール、ゴージャスボールを弄り取り、カチッと膨らませる。流れるように自分で額にコツンと当て、光に吸い取られる。少しピクピク揺れ止まり、カチッとボールが光る。

 

「マスター状況を説明してくれる?」

 

 新しく出てきた方の少女が聞く。それは幼い声帯から出た尋問のような響きであった。

 

「メラ、俺にも分からん」

 

 ソウスケは小さい女の子にそう言った。

 

 実際訳が分からなかった。

 

 焦げた木々、トラックの轍ごと抉られた道路、視界の端で小さなひこうポケモンが羽ばたいて去っていく。ソウスケは道の先にまばらな畑と民家を見た。

 

 


 

 

 以下は没になったとある動画である。

 

 青と赤のツートンカラーの髪が目を引く、サングラスをつけて、それを額に上げた白衣の女性が椅子に座っている。

 

「おおっと、もう始まっているのかい」

 

 彼女は真っ白な背景の中で口角を吊り上げた。

 

「この世界は不思議な生き物で満ちている。すでにご存知だと思うが、ポケットモンスター、縮めてポケモンのことだ」

 

 彼女はプロジェクターに「擬人化」という文字を浮かび上がらせる。

 

「私の名前はホリゼ。クワトロのハイパイ大学携帯獣学の研究者だ。擬人化現象というものを研究している」

 

 ホリゼは画面の奥に声をかける。

 

「よし、出してくれ」

 

 赤い光が画面を満たす。中から出てきたのは灰色のボロボロの布を纏い、垂れ下がった腕。口の右端のチャックと黄色の尻尾。

 

「はーい!」

 

 それがぬいぐるみで無いと証明するのは目にピエロのようなタトゥーがあるが、それを踏まえても均整の取れた彫刻のような顔。息をするたびに揺れる胸元。そして何よりもそのあどけない声であった。

 

 ホリゼはその口を開けて一瞬、だが確実にフリーズした。

 

 少女は興味深そうにカメラをツンツンとつついている。

 

「えー。彼女はぬいぐるみポケモンのジュペッタだ。しかし、見ての通り仮装した人間に見える。擬人化現象とは、ポケモンが人間の姿を得る現象のことだ」

 

 ジュペッタはカメラを認識したのか、垂れ下がった袖で口を隠す。

 

「人間の姿になると理想の人間の姿となるのか、例外無く魅力的な姿となる。しかしながら、元のポケモンの特徴を残すため、見極めるのは簡単だ」

 

 ジュペッタが飽きたのか映像の中、動き回る。

 

「この現象は昔からも知られているが、最近パートナーのなつき度が最大になったときに変化することが証明された。しかしながら、研究にはまだ課題が多い」

 

 ジュペッタが目を真っ赤にして画面を覗き込む。魚眼レンズのように顔が拡大して見える。

 

「おい、呪いを録画させる気だぞ、どうにかしろ! そうだ。我々の研究室はなつき以外の擬人化も研究している。いや、いいからボールに戻せ! なんで打ち合わせ通りニドキングにしてくれなかったんだ君は!」

 

 ホリゼが叫び、補足しつつ映像は暗転した。

 

 


 

 

 林の先、ソウスケは住宅街と畑の中を急ぐ。目指すはポケモンセンター。

 

「はーい、そっち、そっちー! 違うそっちじゃねえ!」

 

 ポニーテールのグレーの髪を持つ快活そうな女が鉄筋の上から指示を飛ばす。下にはたくさんの筋骨隆々の灰色のポケモン、ゴーリキー達。彼女も人間では無いことは一目で分かる。太い日焼けした4本の腕、カイリキーの特徴である。なるほど、工事現場ということは栄えている中心地が近づいたなとソウスケは認識した。

 

 ソウスケは赤い公共施設にズカズカと上がり、当たりかけた女性に「すんません」と流れで謝る。焦ると碌なことにならないぞ、と校長の言葉を思い出しつつボールを預ける。息をついたり、スマホを弄る暇もなく、チャイムが鳴る。流れるように3つのボールを回収する。あの不気味なゴージャスボールだけはずっと手に残したままであった。

 

 捨てようか。ボールをソウスケが見つめるが、思わず目を離す。ボールの内側から監視されているだろう。意に沿わない行動をしてあの規格外に暴れられたらポケモンセンターどころか町が蒸発しかねない。周りにはポケモンを使う職種の一般人から、子供連れの主婦までいる。

 

 まさか、俺が爆弾を抱えているとは思わないだろう。内心でそう愚痴りつつソウスケは足早にセンターの自動ドアを抜ける。

 

 清潔であった施設内から屋外に出ると、複数のバスが劣化した庇のあるロータリーに停車している。バスの来る気配の無いベンチに腰掛け、ゴージャスボールを手で転がしているといきなりボールから光が出てくる。軽薄な声と共に。

 

「ありがとー、街まで運んでくれて」

 

 元キュウコンの美少女、しかし、耳と尻尾が消えている。その姿は人間と一切見分けがつかない。

 

「おい、なんだお前は」

 

 腰のボールから緑色のリーフェが出てくる。

 

「何、この女狐!」

 

 リーフェは金切り声を上げた。

 

「いやだなあ、そんな風に言われるのは。私が誰かって?言わないわよ。私はレベルが高いからあなたなんかの言うこと聞かなくて良いのよ」

 

 彼女は和服姿で、そのまま歩き出す。ソウスケとリーフェはその後ろを追う。

 

「みたらし2本くださいな」

 

 和菓子店の軒先で慣れた手つきで団子を買い、彼女は流れるように口に運ぶ。軒先の古風な風鈴をチリンチリン鳴らしつつ、立ち去りながら2本の串をダーツのごとくゴミ箱に投げ入れる。

 

 元キュウコンの少女は続ける。

 

「でも、勝手に教えちゃうね。私はキュウコンではなくて半分人間なの。珍しいでしょう?」

 

 ソウスケの目が見開かれる。

 

 今度は彼女は場違いで客の少ないモダンなガラス張りのブティックに入り、店の奥で試着したかと思うと、マフラーを巻いて出てきた。

 

「ちょうど良い下僕を見つけたから捕まえたのよ」

 

 彼女は何ごとも無かったかのように続けた。

 

「だって、私はポケモントレーナーだからね」

 

 彼女は懐から古びた2個のモンスターボールを取り出し、放った。

 

 中から現れたのは一人、ソンブレロを被ってアロハシャツを着た異国風の男。彼もまた、一切の不均衡が無い。

 

 もう一人、グレーの狩衣を着て幣を持つ、これまた俳優のような男。

 

 二人はソウスケを見て頭を下げた。

 

「その、姐さんが、すみません」

 

 擬人化ポケモン二体。それもふざけたような高レベル。

 

 ソウスケは総括する。

 

 俺の喉元に噛み付いてきた野生のキュウコンは自分と同じポケモントレーナーであり、それが自分の手持ちポケモンと化した。

 

 どうやら俺は寄生されたらしい。

 

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