朽ちつつある蔓の吊橋と新旧混在した警告標識の前。リーフェとマホイップは爪や拳を打ち合う。
しかし、トルーネンという竜とアコという少女の地震連打による防衛線も限界をきたしていた。襲撃する野生ポケモンがあふれ出てきている。
マホイップが手から光線を放つ。それをまともに受け吹き飛ばされる野生ポケモンの中で、平然と躱す擬人化マスカーニャ。
「ガチのタイマンならあんたに勝てるわけが無かった」
リーフェはそう言うと、マホイップが急速に前へ引っ張られる。不可視の蔓だ。
相性差。レベル差が無ければ悪がフェアリーに勝つことはあり得ない。
リーフェの渾身の蹴りが白いドレスの脇に入る。
「ぐっ」
マホイップが膝をつく。
「……捕まえた、リーフェ」
しかし、跪く形のその飴細工のような白い腕が怪盗の黒タイツを掴んでいた。
「あー」
カインが溜息をつく。
あの構えはソウスケも知っていた。
リーフェの顔にマスク越しに汗が垂れる。
そしてマホイップが地面を蹴ろうとしたそのとき、彼女は白い鳥籠のようなものに閉じ込められた。それはよく見ると鋭い湾曲した棘の集合体であり、先端から紫の液体が滴っている。
「感謝しなさいね? あなたの大切なお名前、そこの猫ちゃんに知られるところだったわよ」
アコが持ち場を離れ、その毒の棘でマホイップを包んでいた。
「邪魔しやがったわね、アコ」
マホイップは獲物を放す。
トルーネンが咆哮して、道路にヒビを無数に入れていく。アコの分も相手してぶち切れたのだろう。
潮時。
「どうする? 短期決戦用のパーモットは出したくないぞ。正直逃げないとやばいが追跡されたら詰むぞこれ、カイン」
「普通に考えると向こうから監視されているな!空は勿論、元来た道も追跡される。だからイナホちゃんはファインプレーだった。彼女しか知らないルートで先にアンリちゃんを避難させてくれたからな」
カインは笑いながら言った。
「おい、笑っているが、カイン、どう逃げるつもりだったんだお前」
カインはマホイップをボールに戻した。
「俺は女のわがままに付き合っていただけだぞ」
「は?」
「付き合ってくれてありがとうソウスケ」
この馬鹿野郎。
「おい、トルーネンやれ!」
トルーネンが合図と共に地割れを広げていく。無数の野生ポケモン達とソウスケ達はひびで分断されていく。
「カイン! ホロビを出せ! 崖下が俺たちの逃走経路だ」
「その手があったか! だが、ホロビは切り札だ。まだ切れない」
カインはチルタリスを出さずに自由落下していた。ソウスケの伸ばした手をやんわりと押しのけ、彼は消えていく。
こいつ余計なこと考えているよ絶対。
気が付くと足元が無くなっていたソウスケは眼下が青いことに気が付いた。
「サンクス、トルーネン」
片手でトルーネンの尾に掴まりながらそう言った。
「おーい、ソウスケこっちだ!」
カインはどこから調達したかは知らないが急流を下るモーターボートの甲板に立ち、手を振っている。
「乗りな!」
グラサンをかけた女船頭。
まさかだとは思うが、お前もカインの女じゃないだろうな?
ソウスケを乗せていたモーターボートはソウスケを下ろした後、さらに夕陽の中、下流に爆走していく。
河川敷の上、イナホとアンリは甘味を啜っていた。
「スロープランターの最高の巻はやっぱり、闇の石だよね、イナホ」
「私はトバリの囚人を推したいわ」
「ホウオウの騎士団も良いよね。ブラックで」
「災厄の秘宝も良いわよ。普通に熱い。まさか一般人代表が、ラスボス張るなんて。それとやっぱり舞台パルデアのアカデミーだったんだとなるから」
「あ、カインさん達、おーい」
「おーい下僕ー! 思ったより暴れてきたようね。絶望に甘い物はどう? ダークライに希望を奪われたときにも効くわよ?」
ソウスケは溜息がちに下から叫んだ。
「スロープランターの設定だろ、それ」
日はすぐに暮れた。
谷底集落のポケモンセンター。ここで皆一泊をする。
さっきのグリルサンドイッチ美味しかったな流石カインだなと思いながらソウスケはモゾモゾと布団の中で動いていた。22時。まだ夜は早い。
スマホが揺れた。知らない番号だ。そういえば、さっきも研究をやめろと来ていたなと。
「……はいはいもしもし、どなたですか、迷惑電話なら切りますよ」
「迷惑電話が自分で名乗る訳無い。疲れている? 声で分かるわ。あれが混じった少年」
それはストーンハンマーで出会ったワラコであった。あのグルーシャの空似が、場違いなスマホからかけているのだろう。
「すまんが、場所移す時間が欲しい」
ワラコは嗤った。その反応を期待していたかのように。
「研究はどう?」
「絶望」
「なるほど、会話のドッジボールね。なんであなたはクワトロで研究しているか教えてもらっても良いかしら」
「俺の家庭の事情」
「そう……擬人化の理由分かった?」
「今、ぐちゃぐちゃだな。例外だらけだ」
「あなたはなんで擬人化ポケモンの研究をしているの?」
「教官に言われたからだな。興味もあったし」
「教官はなんでそれを研究しているのかしら」
「え、なんでだろう。教授がどうのとか」
「あなたの教官――」
ソウスケは耳が割れる感覚がした。
スマホから耳から離しても聞こえる、無数の金属が擦り合い悲鳴を上げる音が響いた。
ツーツー。
うるさいなあ。電波の調子でも悪いのか。
「大丈夫? ソウスケさん?」
ヤドラン型寝間着のアンリが立っていた。
「うるさかったかな?」
ソウスケはそう言いながら盗み聞きされて拙い内容が無かったか考える。無かった。
ワラコはわざと人払いをさせたのか、配慮が出来るポケモンだな。
「やあ、ソウスケ君、アンリさんに見つけてもらったよ。研究の進捗はどうだい?」
「ホリゼ教授」
「私は准教授だが」
ホリゼがアンリの後に立っていた。
「こんな勤務外にお疲れ様です」
ソウスケの皮肉と素の混じった言葉に対して。
「知らないのかい、ソウスケ君、研究に勤務時間など無いのだよ」
グラサンを外すと、下のクマが映し出される。
うわあ、ブラック。
「なんでこんなところに」
「最近報告が滞っているだろ? だから催促に来たのだよ」
「何故場所が分かったんです?」
「履歴と勘」
どこまで本気なのだろうか、この人は。
「で、どこに向かうんだい? ハイナレかい? 休養ならそう言えば良いのに」
研究費が続くか怪しいものに賭ける気はソウスケは無かった。
「大学にも帰ってこない。君のテラスタルはクワトロでは研究施設ぐらいでしか補充出来ないというのに」
ソウスケは話の調子が分からなくなった。
「研究を催促しに来たんじゃないんですか?」
「そうだが?」
「ではなんでテラスタルが必要なんですか?」
インタビューにテラスタルが必要とは思えない。
「バトルに要るだろう? まさか、私が君のバトル歴を知らないとでも?」
「研究には要らないでしょう」
彼女はわざとらしく肩をすぼめた。
「妙にストイックだね君は。別にバトルもしていいのだよ。強さと擬人化率には相関があるし、研究の役にすら立つ。それに、研究者とプロトレーナーを兼任することは普通だ。タイトル持ちすら複数いるだろう」
忙殺されると言われるが。
「そうそう、今度、団体戦がうちであるだろう?戦闘学からお前のところのソウスケを貸せと再三要求されていてね。行けば良いのに。医療学のカイン君も連れて来てくれると私の功績になるし嬉しい」
「散々断ったじゃないですか」
地面が揺れた。サーチライトのような光が窓に溢れる。
「お、近所でバトルしているね。ソウスケ君、何ニヤついているんだ。バトルがそんなに好きなら君の為にも大学の為にも是非やり給え、私は許す、レポートさえ出せば」
アンリがソウスケの肩を叩く。囁き声で聞く
「あの、ソウスケさん、誰が戦っているんですか?私もソウスケさんもいますし、カインさんもスヤスヤですよ。こんな小さな街にあんな火力、カインさんでもいないと無理ですよ」
ソウスケは返した。
「野良トレーナーだろ、多分」
あいつら、近所迷惑になるぞ。
「アンリさん、こんな夜更けに申し訳なかったね、健全な少年少女は早く寝給え。おっとしまった。将来のハイパイ大の学生として勧誘をしよう」
「唐突過ぎますよ教授」
「私は准教授だが、ソウスケ君。研究には興味が重要だ。それを伝えるのも研究者の仕事なんだ、それがカラタチ教授の教えだ」
アンリの腰のボールを見てホリゼが言った。
「良いポケモン達だ。擬人化も複数」
アンリがボールを隠す仕草をする。
「何故分かるんですか?ソウスケさんバラしてないですよね、みんなのプライバシーを」
「違うぞ、俺にはデリカシーがある」
女の子にポケモンフードを勧めていた男がいけしゃあしゃあと答えた。
グラサンの下の目が光る。
「見れば分かるんだよ。准教授ならね。私達は擬人化ポケモンの擬人化条件を研究している。君のは実に良いなつき擬人化だ。大切にしてあげ給え」
「当たり前ですよ」
「せっかくだから擬人化について話を聞こう。例えば君のナマコブシちゃん擬人化していないな」
「ちょっと、教授、准? いきなり、彼女のポケモンの話題とか」
「ソウスケ君、その言い方は始めて聞くが、まあ良いだろう。ああ、ごめんね、カラタチ教授の話術の受け売りなんだが、撫でてあげると良い。何故なら撫でてもらえる回数が減るから擬人化していないケースが結構あると、うちのカラタチ教授が報告している」
「……カラタチ教授ってきっと人間的な方なんですね」
「ああ、最高に人間的で倫理観が無く、イカれた研究者だったよ」
「だった?」
「最後は自分の研究対象の自爆によりあぼーん。実にファンキーであった」
「面白い人ねホリゼ先生」
ホリゼ准教授は時計を見た。
「おっと、そろそろ隣町まで歩いて帰るよ。気の短い友人のリザードンに乗らないと野宿が見えてくるからね、ではさらば」
ホリゼは正面入口から堂々と歩き去っていった。
夜間は鍵かかっているだろ普通。
「嵐のような人だったね、ホリゼ准教授」
「あれで抜けているから笑える。うちの没紹介ビデオ、笑えるからまた見せて上げるよ」
「かーごめ、かーごめ」
イナホが物悲しく歌いながら、河川敷の炭を片付けていた。お供の2人もバーベキューの残りを片付けている。
「ぴっぴがすーベった」
「うしろのしょーめんだーれ?」
曲が突然、パルデア風味に変わる。
「歌姫は燃やされ、焼かれる」
ドラゴンメイド、トルーネン。
その背後に、緑とマスク、黄色パーカー、ふわふわクリームドレス。
「煮られ、その喉すら踏み躙られる」
フライゴン、トルーネンは美しくソプラノで歌い上げる。
「その無垢という咎を受け」
「……無粋極まりない曲ね、何しに来たの」
イナホは炭つかみトングをカチカチ鳴らす。
「新入りの教育」
「おー!」
トルーネンの後ろで声を上げるマホイップ。
「そこの暴力妖精はともかく、あんたらは主人に許可を貰いなさいよ」
パーモット、イシスが返した。
「取りました。マスターのポケモン達で、自主練していいですか、と。いつもしているじゃないか、何が問題なんだと言われました」
「それ、手持ちとして私が意識されていないだけよ、わざと確認しなかったわね」
「バレたら止められるじゃないですか」
「いわゆる確信犯じゃない。あんた、ソウスケんち中では常識人でしょう?」
「この短い付き合いで何が分かるんですか? イナホさん。私はあなたが逃亡したあの戦いで血躍り肉踊っていたのに、戦いに出られなかったんですよ」
イシスは笑った。
「知っていますか、私のさいきのいのりは倒した強敵との第二ラウンドの為にあるんですよ」
「え、そうだったの?」
マホイップがキョトンと反応した。
「あんたら、マイクパフォーマンス鍛えるより前にレベル上げなさいよ」
イナホはトングで炭を缶に放り込む。
「はぁあ。ユタカ、ミノル、人払い、ポケ払いよろしく」
「やるんですか、まじですか」
「被害は抑えてくださいね」
神主のサイコキネシスと伊達男の波が、河川敷と川の中からコロボーシやコイキングを彼方に追いやっていく。
ススキだけが残った。
「近所迷惑にならない程度に手加減してあげるから、死ぬ気でかかってきなさい」
緑の閃光はイナホの背後に走る。
黄色の二つの閃光は正面から。
メイドの振動は足元に。
白の閃光も正面から。
夜が瞬時に明けたかのよう。
極太サーチライトのようなそれに照らされた九尾の少女。胸の前で手を組みロコンの口を作り、ウィンクしながら唱える。
「コン!」
何も起きない。
イナホにリーフェの爪とトルーネンの地震が突き刺さった。
「いでっ」
イナホはその程度の反応。
それに初めに気が付いたのはリーフェであった。
イナホの周りに現れたたくさんの尾を持つ獣みたいな光。
「あら、可愛い」
そう呟いたリーフェはそれが近づいた瞬間、発火した。
白の少女の周りにそれが大量発生する。イナホに拳一発を入れた直後。
「炎?」
そのままマホイップにそれは集まり、炎となり消滅。マホイップはこんがり茶色にローストされ白目を剥いて倒れた。
「不味い!」
イシスは川に飛び込むが、その狐型の炎が後を追って飛び込んでいく。川は瞬時に沸騰した。
残ったのは煤けたメイドだけ。ゴーグルも割れている。
イナホはトルーネンを蹴り倒し、首を踏み、赤熱する地面に押し付ける。
「さて命乞いしなさい歌姫、その美しい声で」
トルーネンはイナホを睨み言う。
「たすけてー、ゆるしてくださいー、どう?0点でしょう?」
「花丸満点よ、挑発として」
グシャリという音がした。
「燃やされ、焼かれ、煮られ、踏み躙られる、その喉元を」
川の中から、赤い光が4体を回収していく。
「あら、どうしたのクリスちゃん。後、服着なさいよ」
イナホはその脳に直接語りかけた。神通力使いのキュウコンも念話可能だ。
川からひょっこりと丸いスライ厶の塊のようなものが現れる。中には女の子の顔がある。首より下は水面下だ。
「服なんて意味ないよ。今この空間、服も人体も瞬時に燃え尽きちゃうよ。この川も今、沸騰しているからね?」
「そのランクルスゲルの中で着なさいと言っているのよ。ともかく、回収お疲れ様。日照り消してあげるから、暗闇に紛れて帰りなさいね」
「分かった。あ、伝言」
クリスはゲルのような腕を上にかざす。
「あの子が、カインの安眠妨害したらやっつけるよ、だって」
イナホは空を見上げる。一陣の風が吹いた。
「ふふ。可愛いらしい脅迫ね。ストーカーごときが偉そうに」
光が消え、燃え尽きた草から仄かな残光が光る。
その上を少女入りゲルが飛んでいく。暗がりである。服を着ているかの判別は不可能だ。
「分かったけど、カインは何者なの? 遠目で見えちゃったわ。流石にモーターボートをボールで吸い取っていたのは度肝を抜かれた」
真ん丸なゲルヘルメットの中、クリスは微笑む。
「ただの優しいお兄ちゃんだよ」
イシス、リーフェは中々起きてこなかった。
イシスが寝坊するのは珍しいことだった。
「マスター。負けました」
「当たり前だろ」
「あんな熱風始めてみました。あざと過ぎますよ」
「何見たんだよ、お前ら」
「アンリさんは何故あれに勝てたんですか」
「さあ」
「やはり、付け焼き刃の狂気ではダメなんですかね」
「何言っているんだ、イシス」
朝食会場。
ソウスケは目覚めの悪い状態で味噌汁の椀に手を伸ばしていた。
何故かアンリの様子がすぐれない。
「どうしたのアンリ寝不足?」
イナホが聞いている。
「うん。寝不足」
「なんで?」
「あそこ、村落があるんだってね。だからポケセンもあるんだ」
「だから?」
アンリはスマホを食事中に出した。行儀的にはよろしくない。
彼女の出したのは地形図であった。
「どこの支流を堰き止めればイナホのトラウマをダム底に沈められるか考えていたの」
皆の食事の手が停止する。
イナホが笑顔で箸を持ったまま口を開く。
「やめようね!」
ソウスケの横でイシスがぼやく。
「これが本物、真似してはいけない類の」
「ああ、本気のこの子だけは敵に回したくないな、おい、逃げるなカイン」
「嫌だ、俺は俺に懐いて擬人化したニンフィアたんと、犯罪とは無縁で幸せな余生を送るんだ」
ソウスケは逃げ出そうとするカインを掴んでいた。
南の海の街ハイナレ。それはリゾート地である。美しい砂浜、豊かな幸、果てしない大海。
ヤシの木を背景に制服の少女が咆哮しながら、横回転で黒と黄のボールを投げる。
「イナホをかえせぇぇ!」
ソウスケはその爆音波を浴びて、揺れる。
ソウスケは確信していた。脳内でクワトロの休暇と一生リンクするのはこのダム底女ことアンリだなと。
「蹂躙して、フカ!」
ハイパーボールから、地の音速竜ガブリアス、そしてまた咆哮。
学園序列5位の主力。
勘弁してくれよ。