ゲットしないと喉笛噛みちぎっちゃうぞ   作:イトシキイタダキ

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12章「また明日同じ時間に待ち合わせしましょう」

「着いたぞ、ハイナレだ」

 

「よし、飯食おう、飯」

 

「いいわね」

 

「そうしましょう!」

 

 

 

 久しぶりの大都市に着陸した4人の男女。皆、大自然の抑圧から解放され、爽快な態度であった。

 

 ハイナレはクワトロの4大都市の中で最もリゾート感が強い。豊かな暖流によりセキエイ圏の中では年中温暖である。

 

 海に近い安宿を取り、砂浜でビーチパラソルを借りたソウスケはワイングラスを傾ける。

 

「この感覚、素晴らしいとは思わないか、カイン」

 

「水道水じゃねーか」

 

 人間で水着姿のイナホがアンリと波打ち際で水遊び。ビーチボールを打ち合っている。

 

 よく見ると、小さな砂山が恐ろしい速度で遠ざかっていく。スナバァである。正しい判断だ。

 

 遥か彼方の積乱雲が映える。

 

 この潮風を感じながら何も考えたくない。この平和が続けば良い。

 

 

 

 面倒くさいことは早目に済ませるべきものなのだ。

 

「ここが、ハイナレ研究所のテラリウム室です。テラスタル環境を再現しています」

 

「あ、はい」

 

 ビニールハウス内に結晶がこびり付いた空間の中、研究員の話をソウスケは上の空で聞いていた。

 

「イッシュのテラリウムドームには遠く及びませんが、テラスタル現象も確認出来ます」

 

「テラリウムドーム、ブルーベリー交流戦、う、頭が」

 

 アンリがコダックのように頭を抱えた。

 

 あの超強豪ブルーベリー学園との交戦歴があったのか。やはりあの公立高校おかしい。

 

「……何かご質問は」

 

「……特にございません、カインはあるか?」

 

「質問ぐらい考えとけよ、ソウスケ」

 

 アリバイ作りの研究室訪問。ソウスケの思考は見慣れたものの前では働かない。

 

「やはり本場のテラスタルオーブは違いますねえ!」

 

「……違うんすかね」

 

 ソウスケはリーフェをデータ取りに貸し出し、ベンチで頭を休ませる。

 

「おい、ソウスケ、テラスタルは一回きりだし大事に使えよ」

 

「分かったよ、カイン」

 

「分かってんのかこれ」

 

 

 

 宿の前、夕暮れハイナレビーチ。ソウスケはアンリに借りたナマコブシと戯れていた。

 

 ソウスケとナマコブシは街を背に、海を向いて会話する。

 

「海は広いなー、なになに、あの向こうが故郷のアローラだって?」

 

「ぶっし」

 

「そうかー、お前も遠くから来たんだな」

 

「ぶし」

 

「パルデアも遠いんだよな、でも俺はこっちにルーツがあるらしいんだよな。だからまあ、違和感は無い」

 

「ぶしぶし」

 

「そうか、労ってくれるのか、お前は優しいなあ」

 

「ぶしー」

 

「なになに、アンリちゃんが構ってくれないって、本当はダメージ受けさせたくないって」

 

「ぶっしぶし」

 

「カウンターポケモンの宿命だよな、意外とやる側は気にしていないのにな」

 

「ぶーし」

 

「お互い大変だよなあ、ん?」

 

 ソウスケが背後に気配を感じ振り向いた。

 

 買い物袋を抱えたアンリが、ヤシの木の側で震えていた。

 

 仕方ない。

 

 ソウスケはナマコブシを手で持ち上げる。

 

「お前は可愛いなあナマコブシ、よしよし」

 

「ぶっし」

 

 ナマコブシも素知らぬ顔で鳴いた。

 

「あからさま過ぎる。あきらかに会話していたでしょう今!」

 

 

 

「アンリちゃん、気の所為にしてくれたら、不思議な飴ちゃん一個上げよう」

 

「ぶっし」

 

ソウスケが頭に乗せたナマコブシが相槌をうつ。

 

「いや、言いませんよ」

 

 ソウスケは溜息をついた。もっと慎重に振る舞うべきだったと。

 

「で、ソウスケさんはどんなポケモンと話せるの?」

 

「ナマコブシちゃんとは何故かいけた」

 

「ぶっしぶっし」

 

「カウンター型だから似ているって?そうかもな」

 

「ぶっし、としか聞こえない……」

 

「ああ、一部しか無理だ。会話出来るポケモンはほぼいない」

 

「ソウスケさんは何のポケモンなんです?」

 

「言いたくないが、当てるだけなら自由だぞ」

 

 アンリの顔が青褪める。

 

「あれ、見間違いじゃ無かったんだ……」

 

 え?

 

 ソウスケは記憶をたどる。

 

 まさか、アンリとの再会時。カインが突っ込んだとき。

 

「顔が青く溶けていたりしたのか?」

 

 アンリは身構える。ナマコブシが窘めたが、理解は出来ないだろう。そりゃそうだ、彼女が相手にしているのは得体のしれない人外だ。

 

「俺は直接攻撃出来ないから、安心してくれ」

 

 アンリは、構えを解く。

 

「失礼しました。イナホの友人である私が、ポケモンの姿を持つものを差別することはあってはならないことでした」

 

 関係あるかな、それ。

 

「じゃあ、俺休憩するから、黙ってくれると嬉しい」

 

 アンリが立ち去るソウスケの肩を強く掴んだ。

 

「ねえ、教えてください、ソウスケさん」

 

 震えた口調の語尾が徐々に上がっていく。その手の温度の伝わり方が断続的に変化する。

 

「……イナホを捕まえたのはあなたがソーナンスであることと関係があるの?」

 

「……俺が知りたいよ。ただ、俺がクォーターで無ければ今の関係では無かったな」

 

 アンリはごめんなさい、と手を離した。

 

 思いの他、引き下がりが早いな。

 

 しかし、次の台詞はその理由を明確に示していた。

 

「ソウスケさん、ここで、明日正午に待ち合わせしましょう」

 

 

 


 

 

 

 着物姿のイナホはハイナレの市場を歩く。沢山の海の幸か、高級品を選定しつつ、袖から財布を出し、嘆息する。

 

 そのうち、保存可能な干物や瓶詰め、さらには焼き物や盆栽のあるエリアとなる。

 

「ちょっとそこのお嬢ちゃん」

 

 イナホは呼びかけた男の前を通り過ぎた。

 

「それはあまりにも人で無しでは無いかお嬢ちゃん」

 

 イナホは思わず耳に触れる。キュウコンの耳や尾は引っ込めている。

 

「何よ、なんかくれるの?」

 

 振り返り、彼を見る。

 

 ゴザの上に薄汚れ、青いパッチでつぎはぎしたボロ。そいつはカインのように軽薄な薄笑いを浮かべている。

 

 その手に汚く切り開いた食品の缶。錆びた硬貨が複数入っている。

 

「あら、小銭ありがとう。ちょうど小さいの切らしていたのよ」

 

「違うわい!」

 

「知らないの?セキエイ圏では乞食行為は禁止されているのよ。それより、あんた偽物でしょ」

 

「何の話かな?」

 

「そのボロ寄越しなさい、何百万分なのそれ?」

 

 イナホは男に掴みかかる。

 

「こら、君、公衆の面前でやめなさい」

 

 男がイナホを押しのけようとする。

 

「助けて、全能のアルセウス様、いや豊穣神イナホ様」

 

「同姓同名の別人よそれ!」

 

 イナホはさらに詰め寄る。

 

「あなた、何の用。私のこと知ってて接触したでしょう」

 

「助けてくれ!」

 

「やめなさいよ。これでは私が浮浪者からカツアゲする悪者みたいじゃない」

 

「違うのか?」

 

 市場の視線が二人に突き刺さる。男が小声で呟く。

 

「忠告だ。君の主人の研究をやめさせろ」

 

「さもないと?」

 

 男は指をパチンと鳴らす。直後、彼はゴザごと消滅する。

 

「おーい、イナホちゃん、ユタカさんが探していたぞ」

 

 カインが市場の隅から叫んだ。

 

「やっと見つけたイナホちゃん。おい、何咥えてんだ。まさかそれ、特性パッチじゃないか?」

 

「ただおちてたからはぎとったでゃけよ」

 

「こら、ぺ、しなさい、ぺ!」

 

 イナホは自分の口からそれを手に取る。

 

「……カイン、浮浪者に脅迫されたわ。ソウスケの研究をやめさせろと。テレポートで逃げられたけどね」

 

「涎ついたアイテム持ちながらまともになるな。しかし、イナホちゃんの正体まで割れているのか、大学にどう報告しようかな」

 

 市場はその区画のみ地面を剥き出しにした。しかし、変化無く営みは続く。

 

 

 


 

 

 

 ソウスケは億劫げにビジネスホテルのカードキーを扉に差し込んだ。

 

 9本の黄金色の毛の塊がベッドの上で、蠢いている。

 

「遅かったわね、ソウスケ。トルーネンちゃんにのど飴買ってきたからあげといて」

 

 彼女は尾だけを見せたまま、縦長の包装紙に入ったそれをソウスケに投げてよこした。

 

「サンクス、なぜだ」

 

 ソウスケはパシリと受け取った。

 

「のどの調子が悪いんだってさ」

 

 トルーネンの自慢の喉を踏み潰した張本人が言った。ちなみに彼女の鳴き声で分かる差は無い。

 

「ところで本題よ。良い知らせと悪い知らせがあるわ、どっちから聞きたい?」

 

 ソウスケは悪いものから聞く主義であった。

 

「悪い方」

 

 イナホは入口に尻尾を向けたままであり、その上半身はソウスケに見えない

 

「浮浪者に、研究やめろと脅迫されたわ」

 

「そんなこと言われても知らんが。その理由を言っていたか?」

 

「聞く前に逃げられちゃった。テレポートで。ごめんなさいねー」

 

 見えない上半身から漫画をめくる音が聞こえた。

 

 謝罪の意図なんてなさそうだ。

 

「擬人化ポケモンだったか?」

 

「そんな気配は無かったわ。テレポートも自分の能力か手持ちの能力かは分からない。擬人化ポケモンならまずいの?」

 

「擬人化理由を知られたくないとかあり得るだろう?解明されたくないとか」

 

「あなた、意外と考えているわねー」

 

「で、良い話は」

 

「その下人から特性パッチ剥ぎ取ってきた。下人の行方は誰も知らない」

 

「から大丈夫じゃねーよ、より悪い話じゃねーか。ルギア門じゃねえんだよ」

 

 エンジュシティを舞台にした某有名文学をパロっている。 

 

「時価50万はするわよ、贅沢させてあげるわ」

 

「やめろ。返しようも無いから持っとけ。後、俺は聞かなかったことにするから出頭しろ」

 

 投げやりな口調を彼女は無視して、ベッドの上で寝返りをうった。圧倒的本数、ボリュームのもふもふの尻尾があれば布団無しでも過ごせそうである。

 

「それにしても浮かない顔ね、脅迫だけでは説明がつかないぐらいに。ナスみたいに真っ青。何があったの」

 

「最悪の知らせと悪い知らせどちらを聞きたい」

 

「ハードねえ。ましな方から」

 

「元クワトロリーグ、ホウエンリーグ支部とセキエイ本部の混ざった支所からフリージオ掃討誤認でバッジが贈答されるらしい」

 

「良くあの面倒くさいクワトロリーグの状況要約できたわね」

 

「そこは本質では無い。俺は倒していない」

 

「誤認かしら?結果はどうあれ、あなたが倒したようなもんでしょ」

 

 ソウスケは脳裏に絶対零度で凍結するメラを思い出す。吐き気すら蘇る。

 

「お前が倒したもんだろう。そもそも俺は対話する気だった」

 

「私はあんたの手持ちよ。だから責任も功績もあんたのもの」

 

「名義だけはな」

 

「良いじゃない。貰っときなさいよ。で、最悪の方は?」

 

「アンリに明日お前のことを根掘り葉掘り聞かれる」

 

「あら?そんなこと」

 

「ビーチで正午に待ち合わせ」

 

 和装美少女は漫画を放り投げて、ベッドから跳ね起きた。

 

「デートじゃない、ひゅーひゅー」

 

「話は聞かせてもらった。デートじゃねーか、ひゅーひゅー」

 

 カインが部屋の死角、ツインベッドの隙間から現れた。

 

 ずっと聞いていたのかよ。隙間男と呼んでやろうか。

 

 ソウスケの腰から緑の少女が現れる。

 

「笑いごとじゃないよ!このままじゃ」

 

「ソウスケが奪われちゃう、って?」

 

 笑いながら言うイナホのベッドをリーフェがもう!、と叩く。

 

「奪われかねないのはマスターの命だよ。あのダム底女なんなの。なんであんなにそこのハーフに執着しているの!」

 

 ベッドの隙間男カインが言った。

 

「大丈夫だろ、ソウスケ、人目のつかないところに行かなければ流石に始末されないだろ」

 

「裏社会の取引か何かかよ」

 

 

 

 アンリはビーチで待っていた。

 

「待たせたかな」

 

 ソウスケはシャツにスラックスと小綺麗な姿をしていた。

 

「5分前ですよ」

 

 制服姿の彼女は彼の姿を見てほのかに笑った。

 

「まずはカフェなんてどうかな、一杯600する超高級店があるんだ」

 

「600円のチェーンで超高級とはのっけから冗談が飛ばしていますね、ソウスケさん。そうそう、イナホは置いてきていますよね」

 

 吸い込まれそうな透明度のアンリの瞳がソウスケを捕らえた。

 

「ああ、了承させたよ、ボックスに放り込んどいた」

 

 ソウスケは緊張していた。

 

 おい、カイン、バックアップしてくれるんだよな。誰をつけてくれたんだ。

 

 アンリは腰のボールを見て言う。

 

「4匹ともソウスケさんのポケモンいますね」

 

 つまり、一体も出していないことを確認したのか。リーフェあたりに監視させていないかということだろうか。怖い。

 

「じゃあ行きましょうか」

 

 笑顔とは元来威嚇行為である。

 

 

 

 スマホを通した音が聞こえる。

 

「ご主人!ご主人!今日は早く帰ってきてくれる?」

 

「駄目、ずっと一緒にいたいの!」

 

「ねえ、私可愛い?」

 

 スマホのスピーカーから女の子の声が垂れ流されている。

 

 画面にはトレーナーの青年に抱きつく9本の尻尾と長い耳を持つ美少女。黄土色のチャイナ服には気品がある。しかし、その台詞はあまりにも幼い。

 

「アンリちゃん、これ何?」

 

「自分のことをまだロコンだと思い込んでいるキュウコンちゃんねる」

 

 ソウスケに怖気が走った。しかし、平静を保つように努力する。

 

「あの、アンリちゃんはキュウコンのことがとても好きなんだね。キュウコン、みんな可愛いよね。擬人化してても、してなくても綺麗だし。だからイナホのことも好きなんだね」

 

「うん、私はイナホのことが好きですよ」

 

 あ、これ、駄目な方の回答だ。

 

「うんうん。イナホちゃんとは別のキュウコンだよね。可愛いけど」

 

 アンリがキュウコンが好きなだけでイナホはおまけである可能性。彼はそれに縋っていた。

 

「そうですよね、でもあのイナホちゃんがああなったら滅茶苦茶可愛いですよね」

 

 ソウスケは温暖なリゾート地で鳥肌が立つのを感じていた。空調のせいでは無い。

 

 あのイナホを、ロコンのような無垢さで管理したいだと?

 

「そうそう、尻尾が沢山で引っ掛かったりするところが可愛いんですよ」

 

 スピーカーから高い声が聞こえた。

 

「……ご主人とずーっと一緒!私お嫁さんになるの!」

 

 キュウコンの寿命って千年なんだよな。

 

 

 


 

 

 

「心配し過ぎよカイン。あの子はただの高校生で、私の友人なのよ?」

 

「安心出来る要素が無いぞ。セキエイ圏の高校生は皆ジムチャレンジという戦場帰りだ。後、イナホちゃんの友人っていうのがヤバい」

 

 ビジネスホテルの一室。男女一組と、ベッドに置かれたゴージャスボール。カインに預けられたボールだ。

 

「さて、ソウスケの依頼で最適な尾行を用意しておいた。よし、始めてくれ」

 

 カインが指を鳴らすと、二人の頭にノイズが走る。気が付くと二人はビーチに立っていた。

 

「……ソウスケさん。イナホは置いてきていますよね」

 

 アンリがソウスケと話すシーンだ。

 

「テレポート、じゃ無いわね。なにこの超高度なテレパシー」

 

「五感の共有だ。一部のエスパーが出来る」

 

「念話使いとして言わせてもらうけど、これとんでもない情報量よ。フーディンとかサーナイトでも無理」

 

 電話とフルダイブ3Dの差である。桁はいくつも違うだろう。鍛えたエスパーでもこんなことは不可能である。例外で無ければ。

 

「まさか、だと思うけど、ゆめうつし、ラ――」

 

 ゆめうつしとは、非常に珍しい二種のむげんポケモン、ラティオス、ラティアス固有の能力である。

 

「ランクルスだ! あの子は賢いからな」

 

 ランクルスは優秀なエスパーだが、そんな芸当は出来ないはずだ。

 

「クリスちゃんには無理でしょう! それにあの子が尾行出来るわけ無いじゃない! ……でもあんたのような軽薄な男があのドラゴンに選ばれるはずが無いわよね」

 

 そうイナホは呟く。しかし、そんな余裕はすぐに無くなる。

 

「……駄目、ずっと一緒にいたいの!」

 

 イナホはそれを見てしまう。

 

「……自分のことをまだロコンだと思い込んでいるキュウコンちゃんねる」

 

「ちょ、嘘でしょ?」

 

 カインはベッドをバンバン叩いて爆笑していた。

 

「そうか。あの執念おかしいと思っていたんだよ。作戦もやたら周到に練られていた。アンリちゃんは前からお前をゲットしたかったんだな!」

 

 

 

 ホログラムとして遠景に浮かんでいるように自覚する二人。

 

「なんか、飼ガーディに腕を喰われた気がするんだけど」

 

「その感覚は大事にした方が良いかもな。少しはいきなりお前の下僕にされたソウスケの気持ちが分かるんじゃないか」

 

 カインはいつもの軽薄な口調を維持して言った。

 

「少し違わない? 可愛がっていた妹が実は自分を赤ちゃんにして管理したがっているようなものよ?」

 

「うん、きつさは分からなくもない」

 

 イナホが放心している間に二人のデートみたいな何かは進展していた。

 

「……ちょっとビーチを歩きましょうか」

 

 ホログラムの中、爆音が響き渡っている。軽快なギターに狂った楽器のような声。

 

「……ホロビとミノルのコンビか。ホロビちゃん音程がなあ、声悪くないのに」

 

 ステージ上に座ったまま楽器をかき鳴らすルンパッパの擬人化とノリノリで声をスキャットとして伴奏にするアイドルチルタリス。意味の無い言葉がギターに、乗ってこずに暴れている。ソウスケの感想は総括として適切であった

 

 

 

 人が少なくなってきたハイナレの海岸は本来のその荒々しい姿を取り戻す。外洋の強い波が岩を今も削り続ける。キャモメの規則正しい鳴き声が波とのうねりを作る。 

 

 カインとイナホはホログラムの波を足に当てている。

 

「……ソウスケさんはなんでバッジ7個なんですか?」

 

「……それは俺のバッジが多すぎるという意味?」

 

「……本当にあなたという人は。ソウスケさんは人を舐めている」

 

 ホログラムのカインが目を細める。

 

「始まったな。処刑人アンリちゃん」

 

 イナホが驚いたような顔をする。

 

「なんであの子の二つ名を知っているの?」

 

「え、まじで?そんなあだ名だったのか?」

 

「2年5組序列12位処刑人アンリ。それが彼女のあだ名よ。ランキング戦のやる気は無かったけど、一度その気になると相手を必ず仕留める」

 

 二つ名を当てる奇跡の偶然。しかし、それが彼女の本質を示していたなら必然かもしれない。

 

 背景の中、アンリがソウスケを問い詰める。

 

「……あなたの実力はリーグ挑戦者上位ですね。サミダレさんでも歯が立たなかったでしょう」

 

「……よせよ。俺はグルーシャさんに負けて諦めたんだ」

 

「……何を言われたんです?」

 

「……自分を最後のポケモンとして使うなと」

 

「……当たり前じゃないですか。公式戦でトレーナーが表に出たらルールが破綻しますよ」

 

 

 

「ちょっと待って、ソウスケはグルーシャとの公式戦で、ミラーコートしようとしたの?」

 

「そうだぞ」

 

「そりゃ、駄目でしょ。自己防衛とかならともかく。しかも、手加減しているジムリーダーに対して」

 

「イナホちゃん、ソウスケをなんだと思っているんだ? あのクールなグルーシャさんにガチで叱責された問題児だぞ」

 

「問題児、ねえ。ちょっと待って、なんでそんな奇行に走ったの? ルールは普段、わきまえているじゃない」

 

 イナホはブツブツ言う。

 

「別に再挑戦すれば良いのに。なんか、焦ったのかしら? ライバルに抜かれたとか……」

 

 イナホはホログラムのカインを見た。

 

「もしかして、ソウスケの本来のトラウマの対象って、あなただったりするの」

 

「御名答」

 

 

 

「……俺は昔ヤンチャしていてな。でも4体しか持てないから、一瞬で抜かれたんだよ。ヤツはバトルに興味はあまり無かった。でも自分のポケモン達の為に一瞬で俺を追い抜いた」

 

「……で、ウジウジ立ち止まっているわけですか」

 

「……何が言いたいんだ?」

 

「……続けましょう。あなたは何故イナホに目をつけられたのか」

 

「……ちょうど良い感じに弱いからだな」

 

「……違いますね、ちょうど良い感じに強かったからです。イナホはその辺のリーグランカーを消し炭に出来る怪物なので、強すぎるということはありません。その辺のバッジ7個持ち、例えばモリ君よりも遥かに強かったからです」

 

「……バッジ8個持ちならゴロゴロいるだろ。サミダレとか、それこそカインとか」

 

 ソウスケはアンリの尋問の前にただ淡々と返していく。その結論の先を誘導するのは、アンリしかいない。

 

「……そこですよ。恐らく。一つ可能性があるとするなら、あなたがクォーターであるから。それです」

 

「……つまり混血同士ということか?」

 

「……分かりませんがね。シンパシーでもあったんじゃないですかね」

 

 

 

「あら、良い線言っているじゃない、アンリ」

 

 イナホは嗤いながら言った。

 

 

 


 

 

 

 ソウスケの内面は目の前の女子高生に責められていた。それは内臓を掻き回されるような苦痛であった。

 

「おい、欠けたものが良かったというのか」

 

 アンリは磯の岩を拳で殴った。当然、その小さな手は擦りむけ血が滲む。

 

「何が欠けたものなんです?それこそが私とあなたの違いですよ」

 

「落ち着けよアンリちゃん、俺はハンディキャップを自覚して身の程を知っただけの挫折者だ」

 

「そんなのみんなそうじゃないですか!」

 

 アンリは流血した拳を引いてみせた。

 

「私も、モリハヤシも、サミダレさんもみんなみんな一度諦めて帰ってきているんだ!」

 

 アンリはその小さな喉を締め上げて声を発している。

 

「それが、何故、あなたのような者が捕まえられたと言うんですか」

 

 アンリは声のトーンを落とす。

 

「では聞きますよ。あのプライドの高いイナホは何故、あなたに従っているんです?」

 

「全然従っていないが?」

 

「ソウスケさんはイナホのことをわかっていない、彼女はもっと奔放で、下僕に暴虐の限りを尽くし、贅を尽くしていないといけないんですよ。ましてやそれが、自分が寄生する相手なら。具体的にはクレジットを限度額まで使われたりとかしていないでしょう?」

 

「やけに具体的な暴虐だが、初めのころはやばかった。一度大文字をミラーコートで倍返ししようとしてから大人しくなった」

 

「ソウスケさん、それですよ。イナホはすでにあなたに屈しています。ソーナンスでもあるあなたの力に。イナホはすでにあなたの為に動いていませんか?」

 

「そうなのかストーンハンマーのときもそうだったのか。でも」

 

 二人は岩肌の上を歩く。険しい岩壁の上に立つ。

 

「俺がイナホのトレーナーだと言うのか」

 

「そうですよ。だから私は特別なあなたが羨ましい、妬ましい! イナホを奪いたいんですよ! 負けて寄越してくださいよ。未だにホリゼ教授に言われても逃げ腰のメンタル一匹ヨワシ野郎!」

 

 アンリはソウスケ越しに海に叫んだ。

 

 

 

「おい、それはちょっと言いすぎだろ」

 

「本当に言い過ぎですかね? では聞きましょう。リーフェちゃん、イシスちゃん、メラちゃん、そして、トルーネンちゃん」

 

 ソウスケは腰の4つのボールに意識を移す。

 

「その子達が、あなたを庇いに出てこない、つまり、そう思っていたということに他なりません」

 

 

 

「……そんなこと、あんまりだろう」

 

 ソウスケの声は消え入りかけていた。

 

「後は分かりましたね。あなたと私、また明日同じ時間に待ち合わせしましょう。今度はトレーナーとして」

 

 

 


 

 

 

 この光景を盗撮していた、カインとイナホ。

 

「カイン、これ、ソウスケ負けたら使い物にならなくなるわ」

 

「目を覚ます良い機会だ」

 

「あなた、友人じゃないの?」

 

「お前にソウスケの何が分かる? さあ暴れて見せろよ、俺のライバル」

 

 

 


 

 

 

 夕暮れ、一人の青年がハイナレの海に叫んだ。

 

「やれば良いんだろ、やれば良いんだろ、クソがっ!」

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