ゲットしないと喉笛噛みちぎっちゃうぞ   作:イトシキイタダキ

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微ホラー注意です。


15章「ザ、ショー、マストゴーオン」

 アンリのオーダイルは立ち上がる。そのガントレットにエネルギーを溜めながら。

 

 やめてくれ。お前はもう戦える状態じゃない。あのリーフェの一撃をなつき度の高さによる奇跡で耐えただけなんだ。

 

 リーフェに一度龍の舞をしたところで、速さで勝てるものか。やめさせろ。もう一度トリックフラワーを受けることになるんだぞ。

 

 ソウスケは心の中で懇願していた。

 

 アンリは吼えた。その濡れた制服姿から青いオーラが溢れる。

 

 Z技。アローラに伝わる。ポケモンと心技一体になることによる奥義。

 

 アンリ、君もすでに限界のはずなんだ。その反動はトレーナーにもかかる。

 

 もう、やめてくれ。

 

 

 

 土砂降りを受けるビーチパラソルの下、プラスチック椅子にカインは悠々と座っていた。

 

「良いトレーナーはまるで指揮者がタクトを振るかのようにするという。才能の塊だったんだな、アンリちゃん。それがホウエンでバッジ6個で諦めたのか」

 

 テーブルに置かれたタブレットの中から、金切り声が上がる。ポケモンとして中にいるイナホだ。

 

「カイン、あんた、やめさせなさい。これ、どちらか再起不能になるわよ!」

 

 呆れたようにカインが返した。

 

「お前が始めたシナリオだろうが」

 

 一方、雨に塗れて観戦している高校生組は声が震えていた。

 

「サミダレ先輩まさか」

 

「ああ、なつきによる耐え現象前提で動いたんだ。だから、先に龍の舞をさせたんだ」

 

「速さでマスカーニャで勝てるわけが無い。つまりさらに一回耐えないといけない」

 

「ああ、2回連続奇跡へのオールインだ。それぐらい格上相手なんだ」

 

「狂っている。そこまでして勝たないと駄目なんですか、アンリパイセン」

 

 

 

 ソウスケには分かる。リーフェは今、目に留まらぬ速さで周囲のフェニックスの木を飛び回る。透明な蔓を巻き付けているのだ。

 

「この無数の蔓のネットワークからあなたを絨毯爆撃する。全身に当てる、当然致命的な部位にも当たる!」

 

 やめろ。そこまでする必要は無い。

 

 しかし、ソウスケの磨いてきた技術の全てが彼を突き動かす。

 

 勝ちたい。負けたくない。機を逃すな。

 

「トドメだ!」

 

 南方樹の頂点に立った緑の少女。

 

「全方位360度のトリックフラワー、躱せるかしら!」

 

 アンリは踊る。何万と修練を積んでいる動きで。それはポケモンの舞のごとく。

 

 リーフェが指を鳴らした。その瞬間、無数の花が天球を埋める星々のように開花する。そして刹那に収束する。

 

 焦点は勿論オーダイル青年。

 

 無数の花爆弾がその全身に突き刺さり爆破されながらうめくように動く。

 

 攻撃を無効にしているのか、いや、違う。

 

 もう一度、耐えているのだ。

 

 彼は未だ続く爆炎の中、猛り、雨を収束する。

 

 そして彼のガントレットが唸り青いエネルギーを放ち、水流の渦を産まれさせ、爆炎を切り裂いていく。

 

 流れに任せ、彼は脚力で飛び立つ。渦潮のようなエネルギーを纏い、空気に無数の茶色の蔦の断片を生み出しながら。透明な蔓のバリケードの成れの果てだ。

 

 そして、その先の哀れな少女を巻き込む。竜巻に黒いマスクが引き剥がされ、その意識が飛びそうな顔をソウスケが見る。

 

 竜巻に巻き込まれた彼女の腹を、加速したガントレットが突き刺した。

 

 スーパーアクアトルネード。本来相性の悪いはずのそれも。龍の舞および、雨天による強化、そして初めのポケモン特有の火事場の馬鹿力、激流。

 

 その結果は必然である。

 

 弾丸のように加速したリーフェは、ヤシの木の幹に突き刺さった。そして、その瞼を閉じた。

 

 雨の中、アンリは雄叫びを上げた。ゼェゼェと息を切らしながら。

 

 

 

「もうやめて!」

 

 タブレットから出たのか、耳と尾を出したイナホがアンリに向かい駆ける。ポケモンのように動くアンリとどちらがポケモンなのか分かりやしない。

 

 ああ、正しい判断だ。野生に帰っちまうぞ。

 

 爆発が起きた。耳が痛い。

 

 小さなクレーターを前にイナホが立ち止まる。

 

「ザ、ショー、マストゴーオン」

 

 小さくも、爆発後の静寂によく響き渡る声。

 

 リーフェが腕をクレーターに向けて差し出している。

 

 マジシャンポケモンはそう言い残し、腕を垂らし、沈黙した。

 

「馬鹿じゃないの、あなた。最後の力でやることが、ソウスケの試合の続行?」

 

 立ち止まったイナホは力尽きたリーフェに言葉を投げ打った。

 

 片膝で立つオーダイル兄貴、陽炎のように揺れるアンリ。

 

 それを見据えながら、ソウスケは最後のボールを構える。

 

 ――何があっても続けろ。最後のトリックフラワーがソウスケの心に響く。

 

「クソがっ!」

 

 イシスがさいきのいのりで復活させた手負いのフライゴン。

 

 上に投げたそれが入ったボールから溢れる光と共に落ち着き、透き通った声が漏れる。

 

「私の名前はクソガではございません」

 

 ハイナレにソウスケが旅立つときに聞いた幻聴と同じ声質。

 

 やはりお前だったのか、トルーネン。

 

 フライゴンである彼女の良い性格。

 

 前擬人化したのか、いや、さらに前からか?

 

 ソウスケはそれが自然と結論づけた。

 

 問い質す余裕の無い今にやるか。それも狙いか。

 

 緑と白のメイドエプロン、うちわのような尾がスカートの下から湾曲して生える。割れたゴーグルをつけ、濡れた砂浜の上を羽ばたいている。

 

 彼女は奥歯で何かを噛み砕いた。イナホが買ってきたのど飴である。

 

「トルーネン、お前その姿」

 

 ソウスケは自分のメイドを初めて仰ぎ見た。

 

「マスター、ご命令を」

 

 ふわりと高度を下げ、浮遊したままのそれはスカートを両手でつまみながら、一礼した。

 

 そんな暇かと言わんばかりにアンリが吼える。兄貴が来る。

 

「勝て」

 

 ソウスケは腕を振り下ろした。タクトを下ろすように。

 

「承知いたしました」

 

 こういうときの決着方法は仕込み終わっている。

 

 メイドの足元から地響きが始まる。

 

 オーダイルはアンリの叫びを浴びながら振動の中、進む。

 

 龍の舞のガントレットによる加速。それがメイドに迫る。

 

 しかし、砂浜が割れ、泥や海水が流入していく。

 

「地割れか、舐めやがって」

 

 オーダイルのガンレットに青白い光が集まる。氷技。氷の牙などの低火力の一撃。だが、フライゴンには致命的である。

 

「お互い様ですよ、流石に煽りが通じる相手では無いと理解してはいますが」

 

 地割れをストライドで乗り越えた青年はそのままガントレットをドラゴンメイドに突き出す。

 

 届かない。無理な歩幅で消耗したのかメイドにガントレットを絡め取られた。泥がメイドドレスに付着する。

 

 オーダイルがニヤリと笑った。

 

「知っていたさ、これでは届かない」

 

 ガントレットが水を吹いた。オーダイルは水流の勢いでトルーネンのホールドから逃れる。

 

 その勢いは尋常では無い。滝登りやアクアブレイクかそれを上回るエネルギー。龍の舞と激流による強化済の水流。

 

 反作用で彼は宙返りし、再び迫る。今度はさらに加速したガントレット。受け身を取れぬままトルーネンはそれを撃ち込まれる。そのこめかみに。

 

 アンリは判断していたらしい。加速するオーダイルでもソウスケのトルーネンの速さには及ばない。だが、さいきのいのりで復活したフライゴンぐらいなら、アクアジェット、超高速の低威力技でも届きうる。何重もの強化の上なら。氷技を本命にせずとも勝てる。

 

 紐が千切れ、吹き飛ばされるメイドのゴーグル。

 

 よろめいた彼女は、ただ、静かにその泥一つない左のメイドブーツを地面に触れさせた。

 

「これで、十分」

 

 宣言と共に同心円状の波が砂浜に出現した。本命の地震攻撃。信頼のフライゴンの一撃。

 

 青年は地に伏した。

 

 トルーネンは割れたゴーグルを拾う。

 

「そして、悲劇に終わる。まだ降っていたら、急所だったなら、私は立っていない。奇跡は何度も起きないからこそ奇跡なのですよ」

 

 トルーネンは陽射しを浴びた。

 

 気が付かぬ間に晴れていた。ラグラージの作ったアンリ達のボーナスタイムは終わっていた。

 

「――オーダイル戦闘不能。勝者、ソウスケ」

 

 慟哭が響く。

 

 ボールにポケモンを戻したアンリは前に崩れる。

 

「こんなところで倒れたら砂まみれになるわよ。……良く頑張ったわね、アンリ」

 

 しかし、瞬間的に移動したイナホがアンリの身体を支えた。

 

 

 

「俺達はアンリを駅まで送る」

 

 アンリに肩を貸したイナホと男子高校生二人は連れ添って去ろうとしていた。

 

「素晴らしい勝負だったっす。これは本音っすよ」

 

 モリハヤシが静かに言った。

 

 それより、彼女は大丈夫かという疑問がソウスケに湧いていた。野生に返ってはいないのか。正気は保てているのだろうか。

 

「アンリ大丈夫。人語介せる」

 

「うへへ。イナホちゃん暖かい」

 

「とりあえずまだ人語は覚えているわね」

 

 

 

 砂浜に残ったのは、ソウスケ、カイン、そして。

 

「ヒール役ありがとう、トルーネン」

 

 トルーネンは泥まみれのメイド姿のまま礼をした。

 

「なんで、あの土壇場で擬人化したんだ」

 

 トルーネンは返した。

 

「あの場ではそれが最適解だったからです。ショーを続けるためにはいつもの私では少々不格好、マスターの士気も上がりませんからね、そして何より……」

 

 彼女は竜のように吼えた。

 

「あの小娘より私達の忠誠が劣る、そんな風に少しでも思わせるのが癪だった」

 

 これは間違い無くいつものトルーネンだ。

 

「リーフェがやられたのは想いが足りなかったから? そんなはずは無いのですよ。だから彼女は続けさせたのでしょう」

 

「アンリがあんな状態になっていてもか」

 

「知ったことですか。あの小娘がポケモンのなり損ないに成り果てたところで、マスターが健在ならどうでも良いのです。生きた死体になるのは許せません」

 

「そんな」

 

 トルーネンは尾を立てた。

 

「そもそもマスターは状況を理解していない! このバトルは必然でした。別にハイパイシティの引きこもりになるのはまだ良いんです良くないですが。真の最悪のケースはあの女狐にマスターを焼き殺されることです! 役に立たなかった寄生先をどうするか? 私なら始末して、次を探します。そのとき、私達はどうするか? 止められないことは証明されています。渓谷のポケセンで実際に総攻撃して試しました」

 

「物騒だなあ」

 

「だから、マスターの実力を証明するためにこのマッチを止めずに組んだんですよ。そこの色男」

 

 メイドはカインを射殺すように睨む。

 

「ああ、そのリスクも考えていた」

 

 カインは事も無げに返す。

 

「まあ、思ったよりか、あの子には情があるようだがな」

 

 そもそも、イナホに焼き殺される可能性は常にソウスケの頭に有った。パフェ店の前で焼き殺されかけたのは確かである。

 

 まあ、リーフェには黙っていよう。知っていたのに対策しなかったとバレたら、また締め上げられかねない。

 

 ソウスケはおもむろにフライゴンの少女に近づいた。自分の目線の下に彼女の柔らかい髪が見える。

 

「マスター、何を」

 

 ソウスケは柔らかい髪を掌で撫ぜた。

 

「よしよし、心配をかけたなありがとう」

 

 そういえば、ホリゼが撫でられたいから擬人化しないケースがあると言っていたな。

 

 トルーネンの擦れてはいるが、陶器のように白い頬が朱に染まる。

 

「ちょっと、マスター、いきなり、そんなことされたら、んー!」

 

 ポンっと音を立て、彼女は大きくなり、元の姿に戻った。

 

 能面のような無表情どこちらを見ているフライゴン。

 

 やっぱりわざとじゃないか、さすがに分かるぞ。その無表情。

 

 

 

「ソウスケ、気分はどうだ」

 

 女の子の精神的な介錯。しかも彼の想定より遥かにきつい相手。

 

 まじで巫山戯るなよ。

 

「おい、カインお前、そんなに俺の現況が気に食わなかったのか」

 

「ん、俺は流れに任せただけだぞ」

 

「お前、俺がストーンハンマーにいる間、トルーネンとアンリと一緒だったよな。何を二人に吹き込んだ?」

 

「何も。被害妄想はやめてくれよ。ただ、アンリちゃんのキュウコン娘撃墜計画を手伝って、トルーネンちゃんにアドバイスしただけだぞ」

 

 カインが続けた。

 

「万一イナホちゃんをアンリちゃんが倒せたなら、彼女をお前が倒せばお前がイナホちゃんを倒したことになるとな」

 

 ソウスケの激闘で焼き付いた頭に稲妻が走った。

 

 そういうことか。

 

「分かったようだなソウスケ。そう、イナホちゃんはお前のものだ」

 

「お前なんで、そんなことを計画した」

 

 カインは無表情になった。

 

「ソウスケ、お前が悪いんだぞ。あのイナホちゃんをミラーコートで殺しかけておいて、トレーナーとしてじゃないので俺は勝っていないなどという思い込みであの子を認めないのが悪かったんだ」

 

「おい、仮にそれで俺のポケモンになっていても、従っていなかったぞイナホは」

 

 あのストーンハンマーのときも指示に背いていた。

 

「単にバッジが足りないんだよ」

 

 7個のバッジで言うことを聞かないなんてあり得るのか。6個のアンリでさえ、借物のフカやメガラグラージ、ベルンを問題なく使役していたというのに。

 

 超高レベルなら、或いは。

 

「……まさか。それよりお前、俺が負けたときのことを考えたのか」

 

「アンリちゃんには悪いと思っているが、お前が負けるはずないだろ。俺より強いお前が」

 

 そりゃ4対4ならな。

 

「俺は人間のアンリでは無く、お前の味方だ。いつまで燻っているんだソウスケ、いい加減に目を覚ませよ。イナホちゃんもそう思っている」

 

「お前、まじで巫山戯るなよ」

 

「すみませーん。リーグの者でーす」

 

 そんな声に会話が打ち切られた。

 

「来たぞ、8個目だ」

 

 恰幅の良いスーツの中年男が汗まみれで街側から現れた。

 

「ソウスケ様ですね」

 

 そう言う男の脇にピンク色のドレスを着た美しい女性が大事に荷物を持っている。

 

「ホテイさん。この度はわざわざありがとうございます」

 

 カインが頭を下げた。

 

「私はポケモンリーグホウエン支部クワトロ支所兼セキエイ本部クワトロ管理局のホテイと申します。こちらは私のパートナーのサクラビスです。ご挨拶を」

 

 女が恭しく頭を下げる。

 

「タマと申します。お見知り置きを」

 

 なんつータイミングで呼んでいるんだよ、この色男は。

 

「ホウエン支部、セキエイ本部、ですか」

 

 ということはやはり、あの件だ。恨むぞ、カイン。

 

 スーツの男は苦笑いする。

 

「ええ、クワトロリーグは消滅し、ややこしいことになっていましてね。さて、本題に入りましょう」

 

 彼は続けた。

 

「ソウスケ様、あなたは「東の峰の悪夢フリージオ」を討伐されたと認定されています。バッジ進呈に上がりました」

 

 その件だがはっきり言わねばならない。

 

「いや、それは誤認です。俺は敗走しました」

 

「いいえ、ホリゼ様から、討伐されたと映像付きの報告があります。あなたは対象を暴走まで追い込み、後は自爆させたと。その後も発見されず、おそらく消滅した見込みと」

 

 安堵と不快感が混在する。

 

「そうですか、正直あまり褒められたものでは無いですね。対話が目的でしたので」

 

「ええ、予期せぬ結果かもしれません。しかしながら、人間にとって、おそらくポケモンにとっても良い方向に進むでしょう。少なくとも麓住人から喜びの声が上がっています」

 

 言ってはいけないことはソウスケ自身も分かっていた。

 

「良くも放っておいてヌケヌケと」

 

 カインが小声で嗜める。

 

「おい、ソウスケ」

 

 ホテイは頭を下げた。

 

「そういう、地元住人にとって面倒くさい、いえ、手に負えない事例はポケモンリーグ管轄になります」

 

「早目に対処しないから」

 

「しかし、まともにやり合うと犠牲者が出る。なので、触らぬミカルゲに祟り無しと塩漬けにする。そして強大化していく。そういう事例だったのです。ソウスケ様。この討伐はすごいことですよ。チャンピオン相当でも無事に済むか分からない事例だったのですから」

 

 だからと言って殺したかったわけでも殺したわけでも無い。

 

「しかし……」

 

「ソウスケ様、これはあなたの客観的な記録の対価です。それは事実なのです。あなたの中の真実は意外と簡単に崩れ落ち事実は無くなることがある。残さなければならないのですよ。物としても」

 

 ホテイが手を上げ、タマが包みを開ける。そこには小さくも重い質感の金属細工があった。

 

「これはどんなジムバッジより、立派なバッジです。しかし、ジムチャレンジをしたという証には残念ながらなりません」

 

 カインが感嘆する。 

 

「派手じゃないのに、高貴だ」

 

「ええ、これはかつて英雄に贈られていた勲章を模しているのですよ」

 

 ホテイが続ける。

 

「本来は、地方を混ぜてのバッジ数カウントは認められません。クワトロとホウエン、クワトロとジョウトというやむを得ない例外を除いて。しかしながら例外が認可される場合があります。十分な実力があり、元の地方から離れるに正当な理由がある場合。あなたの場合は実力は今回の件、そしてこの地方の大学に進学しているとホリゼ教授からの申請があります。つまり、あなたはクワトロ、ホウエン、ジョウトいずれかのジムバッジを一つ獲得することでホウエンかセキエイリーグへの挑戦権が与えられます」

 

 あなたも、再び俺に進めと言うのか。

 

「おい、ソウスケどうするんだ」

 

 諦めたいと言いたい。アンリの泣き顔さえよぎらなければ。

 

「……分かりました。受けましょう!」

 

「良く言ったわ!」

 

 一人の少女が遠くから叫んだ。

 

 何故かお土産の紙袋を下げているイナホが砂浜を歩いてくる。狐耳と尻尾は引っ込めている。アンリを駅まで送ったのだろうか。

 

「もし、受けなければ、使い物にならないあなたを消し炭にするところだったわ」

 

 ホテイが物騒な冗談を言うイナホを見て一瞬驚いた顔をする。

 

 ソウスケがため息をついてホテイに繰り返した。

 

「ありがとうございます。謹んでお受けさせていただきます」

 

 ホテイが礼をする。

 

「ありがとうございます」

 

 タマがバッジをソウスケのジャケットに付ける。

 

「もう一つ、これは案内なのですが、普段は閉鎖されている元クワトロチャンピオンロードとリーグ跡地が開放されます。強力なポケモンと戦え、仲間に出来るチャンスです。ヌシレベルのポケモンがたくさんいて、リーグ挑戦者達に人気のイベントです。本来リーグジムバッジ8個必要ですが、ソウスケ様は許可出来ます」

 

 連れが言った。

 

「マホイップのストレス発散もあるなあ。行きたいのですが、俺も大丈夫ですか」

 

 俺は行くと言っていないが。

 

「いや、俺行くと言っていない」

 

 イナホが肘鉄を入れてきた。ソウスケには全力でやらない限り、効かないが。

 

「カイン様は文句無しに大丈夫ですよ、あ、そうだ、ソウスケ様、ヌシ達は擬人化しているらしいですよ」

 

「行かざるを得ません」

 

 ソウスケの頭の中のホリゼが高笑いした。

 

 

 

「本日はありがとうございました」

 

 ホテイとタマは砂浜を歩き去っていく。

 

「しかし、流石の貫禄ね、「静かなる水面」は」

 

「なんだそれは。モリハヤシは静寂なる海面だったはずだが」

 

 ソウスケの疑問にイナホが答えた。

 

「ええ、その元ネタ。元四天王、「静かなる水面」ホテイ、よ。知らなかった?」

 

 ソウスケはカインに、ふつふつと苛立ちを感じた。なんつー大物呼んでまで、最悪の授与式を作りやがったんだ。

 

「アンリは今度の長期休暇で、ホウエンでバッジ2つパクってくるんだって。余裕でしょうねあのバッジ個数詐欺なら。カイン、あんたは後でアンリちゃんに土下座なさいね」

 

「ああ、イナホちゃんと二人でやろう」

 

 イナホはバツが悪そうに袋を取り出した。

 

「そういえばこれ、駅で買ったハイナレ銘菓のビスケットよ、小分け買ってきたから食べて」

 

 小さい小袋がソウスケとカインの手に飛ぶ。

 

「ありがとう、イナホ」

 

「ソウスケ、スマホにメッセージ来てない?」

 

 その差出人の名前は――アンリ

 

「見なかったことにしていいかな」

 

「見た方が良いと思うわ、そっちの方が被害が少ない」

 

 

 


 

 

 

 ――ソウスケさん。やっと落ち着きました。先程まで指からマジカルフレイムを出せそうな気がしたのですが、どうやら今は無理なようです。

 

 画面を覗き込むカインがおいおいと言う。

 

「マフォクシーにでもなりかけていたのか」

 

 ――この度は本当に申し訳ございませんでした。被害者でしか無いソウスケさんに勝負を挑んだのはイナホを諦めるためです。

 

「嘘つけ」

 

 ソウスケも思わず画面に言った。

 

 ――バッジが6個の私ではイナホのコントロールは不可能なのです。これでは、私の計画が実行出来ないので意味が無い。ソウスケさんはさっさとバッジを確保してください。

 

「私、ソウスケが勝ってくれて、普通に嬉しいわ」

 

「正直同情するよ」

 

 ――握手を最後に出来ず申し訳ありませんでした。燃え尽きて、新しい境地に至りイナホの気分を味わえたのは良かったです。

 

「それ、本当にポケモンの境地か?」

 

 ――ソウスケさん、あなたは本当に強い。あなたになら、イナホを預けられる。それを確認出来ただけで良かった。

 

「いい話じゃないか、ソウスケ」

 

 ――バッジ8個手に入れたら簒奪しにいくので、それまで、イナホの世話をお願いします。

 

「良くねえ話だよこれ、カイン」

 

 ――追伸。私のルナの占星術は凄いんです。最新の人工衛星みたいな解像度で水晶玉に景色を映します。特定個人も可能です。

 

「新しいメッセージだな」

 

 ――よし、イナホもソウスケさんもカインさんも読んでいますね。

 

 

 


 

 

 

「カイン、助けてくれ」

 

「ソウスケ、俺も悪かった。イナホちゃん、助けてくれ」

 

「同情するわ二人とも。ついでに私にも同情してくれないかしら」

 

 

 

 メラはボックスに戻してある。後はゴージャスボールのボタンを押すだけ。

 

「さあ、戻れ、イナホ」

 

 トレーナーとしてイナホを倒したアンリ、それを倒したソウスケ。序列付けは完了した。

 

「いい顔しているわよ、ソウスケ」

 

 イナホは獰猛に笑いながら黒と金のボールに吸い取られた。

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