独自設定注意
はるか崖下を波が打ち寄せる岬の灯台。紳士二人が立っていた。一人は紅く光る紋様のある狩衣、もう一人は葉で形造られた傘を頭に下にアロラシャツを纏っている。彼らはおめかしした女の子二人と対峙していた。
街の中なら合致するシチュエーションなのに、背景の灯台の潮錆びが生々しい。
しかし、それは相応しい。この4人の男女は人間というには不気味すぎるほど整っており、あからさまな人外の要素を有しているためである。
円盤のような帽子と鈍色の服を着た女の子、背中にゴツゴツした突起付きの甲羅を背負った優しげな美女。
「流石、リーグ地区最深部。ジバコイルとラプラスですか。暴力は反対ですが、相手に不足は無し。行きましょうユタカ」
「ええ、私達と同じか、それ以上、ご主人に迫る風格がありますね。たまには全力を出さないと鈍りますぞ、ミノル」
ジバコイル少女が全身から電気を放ち光球としてまとめる。気の抜けたふわふわした声だ。
「くらえー」
収束というより緩やかに拡散する、しかし莫大なエネルギーの塊を放つ。
「でかい。当たると悲惨なことになりますね」
「すぐ逃げられなくなりますよ」
ラプラス美女が、周囲を風で凍てつかせる。紳士二人の足に霜が降りる。凍える風だ。
「くっしかし、私にはジャイロボールがあります。電磁砲だけは躱してくださいミノル!」
ミノルが応える。
「承知!」
リーグ廃墟入り口。今は人やポケモンがいない。中のスタジアムの喧騒が吸い取ってしまうのだろう。
「おい、カイン。お前、リーフェとの痴話喧嘩ホリゼにチクったろ?」
チクったと言ってくれよ、頼む。あるいはいつもの煙に巻く反応だ。
「おい、ソウスケ。分からんぞ、なんのことだよ」
満足気なイナホがリーグ廃墟入り口から出てくる。
「ちょっとあんた達、勝った私を置いて、先にトイレとか恥ずかしかったのかしら?」
今はこいつに頼るしか無いな。
「最近、変に感じたことは無いか? 違和感とか」
にこやかにイナホは返答した。
「一番大きいのはそこの男よ。始めから常に監視され続けている」
ゲッ。とカインが声を漏らす。
イナホが瞬時に日照りフィールドを展開する。
カインが静止する間も無く、極太ソーラービームで元チャンピオンロード岩山上空を薙ぎ払う。飛行ポケモン達は皆驚き急降下するが、そもそも高度が低く影響は無い。
「ちいっ。外したわね、とにかく、姿はわからないけどあなたの3kmぐらい離れた箇所をキープしているわ」
ソウスケが考えていた方向性とは違った。アンリ以外にも監視がいるのか。しかも、飛ぶタイプの。
カインが溜息をつく。
「ああ、それは前からだから大丈夫だと言ったろイナホちゃん」
「え、まじで」
ソウスケが思わず呟いた。記憶を辿ろうとすると頭痛がした。
前ドラパルト放し飼いとかイナホが言っていたのを彼は思い出すが、やはり記憶に無い。
「よく分からないけど、やっぱりあんたソウスケ以上にやばくない?」
しかし、ドラパルトが尾行していようと説明は不可能である。特に通話妨害は出来ないはずである。
「ああ、そうだ。お前のように完璧に人間に化けている擬人化ポケモンは見かけたか?」
完全な擬人化。人間の血を持つポケモンの特権。そうでなければ、奇抜な衣服やアクセサリーにポケモンの特徴が現れるはずである。
「分からないわ。少なくともあなた達が見分けている以上は分からない。私以上のレベルが化けているなら別だけど」
カイン、ソウスケが目を見合わせる。
やるしか無い。
ソウスケが、おもむろにスマホを取り出す。
アンリからメッセージのポップアップが来ている。
――さっきの凄かった。おめでとうございます。
ブラフでは無かったのだ。この女子高生にイナホ達は監視されている。流石に日に数回しか来ないが。
ソウスケは被害届を検討していたが、今はそれどころでは無い。
ソウスケはそれをスワイプで跳ね除け、音声電話をかける。その先にはワラコと表示されている。
「……もしもし、いたメールしたのお前か?」
ストーンハンマー山のグルーシャの空似。ゴーストポケモン、ユキメノコのワラコである。
「パイマイシティの東の果て、なるべく古い宿に泊まりなさい」
プツっと切れる。
「ちょっとマスター、これやばいよ」
ボールから飛び出したリーフェにカインが同調した。
「ああ、やばいんだよ」
カイン、ソウスケがスマホを出しバッテリーを引っこ抜く。さらにソウスケはイシスを出す。
「イシス、頼んだ」
イシスは何も言わずに、二人の荷物と全身に微弱な電流を流す。麻痺しない程度の弱い電磁波だ。だが、基板を破壊し尽くすには十分である。
「これで盗聴器は粉砕出来ただろう、ありがとうイシスちゃん」
「イナホ、あの2人を回収してくれ、リーグの海側から、空を飛ぶ。入ることはできずとも出ることはできるはずだ」
二人の青年は荒れた海を目掛けてチルタリスとフライゴンごと飛び降りた。二匹は水面ギリギリまでフリーフォールし、翼を広げ横向きの速度にベクトル変換する。
二人のジャケットとゴーグルに水滴がつく。
「魂って単語で分かった。ワラコしかあり得ない。彼女はイナホを瞬時にハーフと見破った。イナホですら魂確認を出来ないのに」
「ストーンハンマー山のユキメノコか、ソウスケ」
ソウスケが続ける。
「そして、ホリゼ教授だ。あの人が擬人化ポケモンだったなら、あの後の不可解な展開を理解出来る。暴走したフリージオが爆発したのに、ワラコが何故助かる? あの場に他にいたのは? ホリゼ教授だ」
「そして、ホリゼ教授は我々の行動を先回りしている。お前は教授にストーンハンマー山に行くと連絡したか? ソウスケ」
「していない。ハイナレ行きのポケセンやチャンピオンロードも勘が良いレベルを超えている。リーフェとの痴話喧嘩もバレている。なにより、あの思いつきで入った山奥のポケセンだ。電話で噂をしたら現れた」
「つまり、盗聴能力とテレポート能力か」
ソウスケは耳鳴りをリフレインした。渓谷のポケセンでワラコと通話時に生じたノイズ。
あなたの教官――
何と言おうとしていたんだ。
本人がわざわざ来て誤魔化さないといけないほどの内容か。
「なんで、アンリちゃんという前例があるんだろうな。だから、思い付けたが。ちなみに彼女のムウマージルナちゃんは盗撮と位置の特定しか出来ないから違う」
「エスパーとか電気か? 分からんが、どう思うカイン。どんなポケモンにせよ、やばいぞ。一番やばいのは教授、じゃなかった准教授にまで登りつめていることだ。擬人化ポケモンでそんなことできんのかよ」
「知らねえよ。急げ、日が落ちると危険だ」
吹きすさぶ潮風を浴びながら、二匹は曇天の下を飛ぶ。
ソウスケの在りし日の記憶。
ポケモン形態学の講義。美しいが、変人と称されているホリゼの講義はソウスケにとって思いのほか地味であった。
「私は前任者のカラタチ教授とは違って出席を取るからな。優しいだろう? 考査点数の下駄を稼ぐチャンスだ」
ポケモンの進化論、アルセウスデザイン論――ポケモンや植物、人間が複雑なのはアルセウスがデザインしたからであるという論。それはアカデミーの時点でソウスケは学びきっていた。
つまらない。
それが正直な感想であった。
「人間の定義とは6体のポケモンを従えることが出来る存在、これがカラタチ教授の提唱したカラタチ理論だ。修正カラタチ理論については一応後で語る。これは差別を目的としたものでは無いが、社会的立場を踏まえると君達はあまり公言しない方が良い。真実とは常に歓迎されるわけでは無いからだ。前任者カラタチ教授への批判のストリートアートが大学構内に……」
差別発言では無い。しかし、ソーナンスの血が明白であるソウスケにとっては烙印に他ならなかった。ダミーボールを下げている時期もあった。
「……ボールを6個持てなければ、人間としての市民権を剥奪されるなどの社会的問題とは切り離さなければならない。そんなものより遥かに悍ましいものであるからだ」
「……ポケモンは往々にして物理法則を無視することがある。人間は基本的には無視しない。例外はポケモンとの混血や後天的にその要素を取り入れたものだけ。とされていた」
知っているよ。
ソウスケは頬杖をつきながら聴いていた。
「……モンスターボールによる捕獲。ご存じかもしれないが、あれは所詮ただの小物入れだ。ボックスと呼ばれるソフトウェア。あれも所詮ただの電算機のサーバーだ。では何故縮んだポケモンが中で過ごせるのか? 人間の能力が異空間か何かを創造しているためである」
「……一部のポケモンは他のポケモンにモンスターボールを用いることが観察されている。稀ではあるが。ただ、1個が限度である」
「0では無いのだ。彼らもその能力があるのだが、人間のそれには劣る。その能力、具体的には自分の近くにポケモン6体を従え、強い管理状態を維持できる。その能力こそが人間の本質であるとしたのがカラタチ理論である」
「……よし、そこ、ソウスケ君だったな質問か」
「……ロボットのAIによるボール管理か。良い質問だ。携帯獣学に10点あげたい。確かに一部の人間ベースのAIは古典的アルゴリズムでもポケモンを管理できる。6個には及ばないが。人間の能力が発現している可能性がある」
「……6体管理するAIがいれば? 未報告だな。むしろ報告に挙げて欲しい。ただ、それはもはや、人間の精神を得ている可能性がある。修正カラタチ理論で詳しく議論させてくれ」
立っていたソウスケは着席した。
「……擬人化現象、それは懐いたポケモンが人間に近づこうとメガ進化のような可逆的な形態変化を示す現象、とされている。ポケモンはいわゆる淘汰的な進化では無く機能獲得的な進化を行う。つまるところ」
ホリゼは広角を上げた。
「より下等な生物が、上位の生物に憧れるのは当然である」
学生たちはザワついた。
「という今紹介した極論にムカついて仕方が無く、私に殴り掛かりたくなったものは私の研究室に来たまえ」
ソウスケは驚くほど、平静であった。
カインが、この場で殴りかかりに行く光景を幻視したためである。
カインの代わりを演じてやるか。
そして、ソウスケは携帯獣学の薄い扉を殴るようにノックした。
開いた先に白衣にグラサンの女、ホリゼが仁王立ちしていた。
「失礼します。ホリゼ教授」
「私は准教授だが」
彼女は直後、折り畳まれるように土下座した。
「助けてくれ。興味のある学生君。君の力が欲しい。正確には君の人手なんだが、そんなことは君も分かっているだろう」
「なんで、煽った後に土下座するんですか」
「最初の教えだ、ソウスケ君。手段は選ぶな」
「大丈夫ですか、この研究室」
「大丈夫の訳が無いだろう。最近教授が爆発四散したからな。文字通りだぞ。忙しいし人もいない。だが」
ホリゼのグラサンが光った。
「研究室の歴史にしては箔があるだろう?」
「曰くと言いませんかそれ」
彼女はスクっと立ち上がった。
「さて、君が来たのは何のためだい? 先程の問題提起の件かい?」
「ええ、面白いと思いました」
「本当かい? ただ義憤に駆られたのならこき使ってやろう。純粋に是としたなら従順な駒にしてやろう」
ホリゼは淡々と言った。
その2つのノータリンは門世払いということであろうか。
「さあ、その二つでない捻くれた君はなんの為に来たんだい」
友人の悲しげな笑顔を思い出す。
――ハハハ。こいつらが懐いて人になったわけがないだろうが。
「懐きこそ、擬人化の唯一の理由、そうでないことを証明したい」
ホリゼが手を叩いた。
「ブラボーだ。学生君」
「医療学に行った友人の代わりに来たんですよ。バトルで勝てないなら、これで先を越してやります」
「最高だ。独りよがりで、くだらない執着ほど信用できるものは無い。世界のためだという漠然としたものより遥かにだ。ようこそ、カラタチゼミへ」
ホリゼが雑なセットで鷹揚に広表用の録画をしている。
ソウスケの先輩がジュペッタのボールを投げた。
ホリゼの指名はニドキングだったのだが、可愛い方を選んだらしい。
結果は呪いの拡散シナリオである。
ホリゼはカンカンであったが、ソウスケにとっては楽しい日々の1ページだった。
なんでこうなってしまったんだ。
水平線に朱が混じる。
とある街の埠頭。巨大コンテナ船の隙間をくぐり抜け、二人はコンクリートの大地に降り立つ。
「ありがとう、トルーネン」
「ありがとう、ホロビ」
ホロビがアイドルかぶれ美少女に戻り、言う。
「流石に疲れたー!」
ソウスケがフライゴンを撫でながら言った。
「お疲れ様トルーネン。ゆっくり休んでくれ」
フライゴンが姿を変える。
ソウスケは「え」の口をした。
お前、あれから擬人化していなかったじゃないか。
フライゴンが息を切らしながら言う。
「マスター、早く目的地に向かいましょう。それ以外は無いはずですよ」
トルーネンはそう言うやいなや、反論の間もなくポン、とフライゴンの姿に戻った。
「いけるかホロビも」
「体力は過剰にあるから余裕! カインも頑張ってね」
相方の方が先に覚悟を決めていた。
状況を皆、俺より理解している。
海に面した歴史あるパイマイシティ。
百貨店の側の道路の上を少数派である二匹の竜が飛ぶ。車を置き去りにする中、架線の下の路面電車が足元に食らいついてくるが、すぐに後に流れていく。
クワトロ最大規模の歴史都市を飛び、横断する。
古い温泉地区が見えてくるが、ゴールはそのさらに奥だ。
さらに山側を目指す。大分田舎になってくる
「ああ、電波の無いところだ」
ソウスケの後ろにいきなり生えたイナホが非難の声を上げた。
「ちょっと、ソウスケ。これパイマイ温泉じゃなくて、奥パイマイじゃないの。私、パイマイ温泉久しぶりに行きたかったのに。イテっ」
ソウスケはフライゴンが揺れるのを感じた。
「ちょっと、トルーネンちゃん、地味に痛いからやめ」
フライゴンが尾を跳ね上げ、バシバシと、背中に乗っているイナホをはたいていた。
パイマイシティの果て。ボロい宿。
カインが飛び入りで受付を済ませる。
部屋には鍵もなく、豪華な食事が出るらしい。
ソウスケは真っ先に部屋にあるブラウン管テレビを足で小突く。
中からロトムが飛び出す。ロトム一匹。
リーフェがロトムをトリックフラワーで吹き飛ばす。
「緊急事態だ。悪く思うな」
カインにそう声をかけられながらロトムが床の間を壁抜けして去っていく。
さらにソウスケは黒電話の電話線を引っこ抜く。
隣で物音がした。リーフェが壁をはたく。
「すみません!」
そんな声がかすかに聞こえた。
イナホが焦りながら部屋の奥から戻ってくる。
「やり過ぎよ、あんたら」
カイン、ソウスケ、リーフェは無言を答えにした。
「とはいえ、待つしかないし温泉にでも入るか」
カインの提案をソウスケは恨むことになる。
彼とソウスケ、ユタカ、ミノルがお通夜のような雰囲気で温泉に浸かる。ポケモンの服は脱げるらしい。ミノルの派手な帽子が目立つ。
壁の向こうで、イナホ、手持ち達の楽しげなガールズトークが聞こえてくる。クリスもいるらしい。
トルーネンは自室で待機している。
メイド姿で畳の上に正座していた。無言で。
ユタカが口を開く。
「来ると良いですね、彼女」
まともに来るビジョンが湧かない存在である。ゴーストだし、足元からすり抜けてくるとソウスケは推測した。
豪華な食事を取る、カイン、ソウスケ、イナホ。3人前だが、多すぎて手持ち達にもかなり行き渡る。
そして皆寝る。リーフェが見張りにつく。
翌朝。ポッポが鳴いている。
「来ないじゃねーか」
そんなソウスケに思い出したかのようにカインが言った。
「おい、待てよ。あのロトム、隣の部屋に抜けていったな。まさか、誘導してくれていたのか」
カイン、ソウスケ、イナホは隣の部屋に同時に聞き耳を立てる。何も聞こえない。
鍵すらない隣の部屋。木造特有のジメッとした空気が部屋の前で三人に纏わりついた。
ノックも無しに引き戸を開け、ソウスケは飛び込んだ。
焼けたプラスチックの匂い、カビる直前の木の香り。
そこには誰もいなかった。
濡れた畳、焦げ付き炭化したスマートフォンの成れの果てを除き。
血の気が引いた。ソウスケは頭の中で、ワーストケースを組み立てた。
これは俺への警告だ。
「おい、これ」
そんなこと、否定してくれ。
「ワラコの持っていたやつね」
そうか。
「おい、ソウスケしっかりしろ! 顔が真っ青だ。落ち着け! そうだと決まったわけじゃない!」
そうに決まっているだろうが! 俺のせいで。氷の身体のワラコは。
ふざけるなよ。
ハイパイシティ。学術エリア。
緑髪の女の子が新人研修に参加している。名前は葉。
「よろしくお願いします!」
大学の中、彼女、職員服に身を包んだリーフェは大声で挨拶をする。
アパートの一室。イナホがベッドで尻尾を出しながら寝る中、ソウスケが机で唸る。
「早くまとめきらねば。その間、リーフェ。任せたぞ」
ソウスケはカレンダーを睨んだ。そこに、「ハイパイハイナレ対抗戦」と書いてある。
教授、お前の正体は推測出来ている。覚悟しろよ。