「歯食いしばって! 舌噛み切るよ!」
学生の女の子は反応する間もなかった。
リーフェが女の子を凄まじい速度で後ろに引っ張り、視界から消えていく。
イナホがソウスケの横に立った。
「拳銃ごときで俺をやれると思いましたか」
「まさか。だが、タスキは潰れただろう?」
クソ。
白衣のポリゴンZの擬人化、ホリゼは手に凄まじい熱量と光を溜める。周囲に土埃が広がり、足元にヒビが入る。
それが直線と化す。
あ、これダメなヤツだ。
ポリゴンZの適応力破壊光線。知的な存在の最大火力という、理論上最高火力の一角。
毒々しいビームが、ソウスケに迫るが。
その前に、幣を持った男が立ち塞がる。ユタカだ。
「くッ! ソウスケどの!」
イナホがボールを差し出している。ユタカを出したらしい。
ユタカの顔が歪む。
「なんという力!」
ソウスケをフライゴンが竜の口でひったくる。
ユタカがそのまま、煉瓦の壁ににめり込んでいく。途中から銅鐸型に穴が変形していく。
「流石、ドータクン。だが、彼方まで消えてくれるとありがたい」
何故か感心しているホリゼ。
フライゴンの後ろにいたイナホが叫んだ。
「本当に破壊光線なの? あんなの防御馬鹿鋼のユタカ以外、無理よ!」
ソウスケ、イナホを乗せ、トルーネンは急上昇するが、今度はネンドールが迫る。
ネンドールの離れた二つの手から冷凍ビームが放たれ、後ろのホリゼからも冷凍ビームが放たれる。
「マスター!」
トルーネンはメイド姿に戻りソウスケとイナホを加速度をつけて投げ落とし、自身は上昇する。
「駄狐! 尻尾を使いなさい!」
トルーネンは冷凍ビームに挟撃され、墜落。
イナホは墜落しながら9本の尻尾を展開し、ソウスケを受け止める。
「いったい……誰が駄狐よ」
イナホがボソッと凍結したまま倒れ伏すメイド姿のトルーネンに言う。
トルーネンはボールに戻された。
リーフェが離れた場所の学生ちゃんに対して、手を見せる。握って開くとそこにはマスカーニャマスクがあった。
「ちゃんと離れていてね」
つけながらそう言い、学生ちゃんの目の前からマスクを着けた職員ヨウが消え去る。
学生ちゃんは口をぽかんと開けたまま立ち尽くした。
大学の校舎の屋上を駆けるリーフェの職員服が溶けるように元々の緑のコスチュームに変わっていく。
「リーフェ!」
下からイナホを追い、走るソウスケが叫ぶ。
「ネンドールが守っていた部屋はなんの部屋だ?」
「サーバールーム! 職員として見取りは暗記した!」
「優秀! 俺より賢い!」
真っ黒な波動が地面に落ちた。命中こそしなかったが。
「ソウスケ!」
ソウスケとイナホは分断された。
目が眩んだソウスケの前に、歩いて現れる白衣の美女。
「次の一手はなんだい?」
その手から毒々しいエネルギーがソウスケに向けられる。
それは死ぬ。耐えきれない。
そんなホリゼは彼の視界から消えた。代わりに、眼前にグラニュー糖のように白いタイツの足。
「暴れて良いんだよね?」
暴力マホイップだ。その小さく華奢な擬人体が拳を構える。
「おっとマホイップの割に痛いな。格闘技か」
カインがぬるっと現れる。
「ホリゼ教授。申し訳ありません」
ホリゼが、不思議そうに言う。
「私は准教授だが、君も何故か間違える。で、なんだい。私を殺しに来たのかい?」
ホリゼが言った。
「カラタチ・カイくん」
「カラタチ・カイ?」
ソウスケはその意味を頭で反芻していた。
あの爆死した教授の息子、それがカインだったのか。
「旧姓でとうの前に変わったものなので、今は違いますよ准教授」
「そうかカラタチ教授のデータに君が載っているから君も優秀だと思ったよ」
「どうも。ところで、平和的解決は出来ませんか?」
「君にその気があるのかい? 君には僕を殺す権利がある」
「俺は暴力反対ですが」
イナホのルンパッパ、ミノルみたいだ。
ソウスケの身体と思考は硬直気味であった。
マホイップをしまいながら叫ぶ。
「行け、ソウスケ! 時間は稼ぐ! あの論文の礼だ」
ソウスケがやっとのこと、身体に命令を全開に出し駆けだす。
ホリゼとの間で立ち塞がってくれたのはふわふわ翼の美少女、チルタリス。
「ホロビのステージへようこそ!」
手にマイクを持ち、ホリゼにトンファーのごとく殴りかかる。
「流石の高レベルだな、見た目に偽りありだ」
ホリゼはそれを片腕でいなし、次の素肌による蹴りも回避する。
「強い! イナホちゃんとかより遥かに上かも! 歌うしか無い!」
カインは溜息をついた。
「まじでかあ。予想はしていたがな」
ホロビはインカムを立て、呪文のような言葉を暗唱し始める。
「……戦うだらけの日々だった、あの高揚感も今は錆びついて」
そのまま、放たれる突きや蹴りをホリゼが軽く受け流す。
「歌う意味あるのかい?」
「歌のエネルギーが乗るの」
ホリゼはなるほど、と少し考えながら言った。
「詳しくは知らないが、そういう場合は歌の上手さにも相関があるんじゃないか、それなら、音程を合わせるべきでは無いのかい」
ホロビは距離を取り、わなわなと震える。
「なんか、すまない」
ホリゼは真顔で謝罪した。
「みんな、地獄に落ちて!」
ホロビは悍ましいが美しい旋律を歌う。だが、音程は外れている。
ホロビに黒いオーラが纏わりつく。
「ほろびのうたか」
同様に黒いオーラに纏わりつかれたホリゼはそう言いつつ、タブレットを出す。
「みたまえ、諸君。もっとも、ポリゴンかロトムくらいしか出来ないだろうがね」
彼女はタブレットをくぐるがごとく、画面に電子として溶け再構築される。黒いオーラが消え去る。
「はっ? なにそれ反則!」
ホロビが叫ぶが、青いビームでアイドルの氷像が完成した。
今度は暴力マホイップを出てくる。彼女は首に真っ白なスカーフを巻いていく。そしてもう一匹。
ピカピカの光に包まれたポケモン。
「何の光?」
「BPO対策!」
「光の粉だからな!」
クリスの妄言をトレーナーが修正した。
ホリゼが光に幻惑されている間にマホイップが黒い波動を受けつつ殴り、ついた傷を回復する。しかし、回復しきれない。
ピカピカクリスが空間を格子状に書き換え、歪める。
トリックルーム。速度を持つものほど、行動が遅くなる不可思議空間。それは実質ホリゼの枷となる。
マホイップが光に包まれ、傷が完全に直る。自己再生だ。その一方でクリスが叫ぶ。
「この私を簡単に撃ち抜けると思わないで!」
ホリゼが言う。
「ナモぐらいは持っているかもな」
あくの力を半減する木の実の名を良い、ホリゼは最大火力を用意する。建物のガラスが全て割れていく。
そして、極太の奔流がクリスに迫る。
「すまん、クリス」
クリスは叫んだ。
「スペシャルガード!」
クリスは商品の広告のごとく声を響かせた。念話だが。
その市販の小瓶を掲げ、仮足の先から取り込む。ゲル内の口の近くにまで流れていったそれの蓋が独りでに外れる。最後、彼女は小さな本物の手を使いグビッと飲んだ。
無論、校舎ごとクリスは貫かれる。
「うわ、飲んでこれとか、つっよ」
と、クリスは割と余裕気味でボールに返る。
耐久の高いランクルスがさらにドーピングした結果である。
「よし、クリスは死んでいないな。流石だ。さあ、じゃれつけマホイップ」
ビームの残滓を放熱するホリゼの腕に白い少女が絡みつく。白衣のホリゼは押し倒された。
「その程度かい? 暴力とは」
ホリゼは反動で動けないが余裕である。
余裕であった。
そのままホリゼは足を絡ませられ、地面を円形に引きずり回される。
「ローリングクレイドルだと! なんと非効率な」
今度はホリゼの両足を極めつつ、潜り込んだマホイップがその体をハンマー投げの要領で、構え、さらに蹴り、打ち上げる。
「おいおい、なんだこれは」
面白そうにホリゼが言う。
「そう、これこそが私の
マホイップがその柔軟な溶けるような体で足にホリゼの首を、腕でホリゼの腕を極めていく。
カインが宣告するごとく言う。
「やれ――
時は巻き戻る。ハイナレでの休暇のことであった。
暴力マホイップは砂浜に用意されたバトルフィールドで暴れていた。
「次! 軟弱軟弱!」
暴力マホイップを眺めるアンリが言う。
「あの子、元々からあんなのなんです?」
「違う。元々はただの洋菓子店のマスコットだった。その名は――、いや言わない約束だったな」
ソウスケは語りだした。
さらに時が巻き戻る。
五年前。パルデア地方。プラトタウン。
「ガラルから来たパティシエの開いた店らしいぞ。行こうぜ、ソウスケ」
「高そうなんだが。スーパーのケーキと味の差が分からないんだが」
ソウスケは嫌々ながら、カインに付き合うことにした。
開店したて、と書いてあった。
店のガラスの向こうにホイップの妖精のようなポケモンが手を振っていた。ガラルのポケモン。マホイップだ。真っ白なクリームの身体にハート型の飴細工と純粋なピンクの目。
ソウスケとカインは店に座り、人の良さそうなパティシエからケーキをサーブされる。
美しいティーカップも合わさり、味に比例した値段という恐怖に侵されつつソウスケはケーキをスプーンで削った。彼にとっても素直に美味しかった。
「うめー、うめー」
育ちの割に下品な言い方をしながらカインはあっという間にケーキを平らげた。
「おーい、美味かったなカイン」
ソウスケが食べ終わったころ。
カインは机に突っ伏し痙攣していた。
それからのことをソウスケはあまり思い出したくない。駆け寄るパティシエ、不安そうにしがみつくマホイップ。
カインの消失した脈。心臓マッサージの音、鳴り響くサイレン。
カインは幸い意識を取り戻した。
主治医の結論はマホイップのホイップによるアナフィラキシーショック。ありえないはずの低確率。カインはそれを引いたのだ。
当然、マホイップとパティシエは矢面に立つことになってしまった。
カイン以外にも発症させるリスクがあるため、もう彼女はホイップを出すデコレーションが許されない。
パティシエはマホイップを庇った。店が潰れることも厭わず。
そんな中、二人の関係は決裂した。
ある日、客のいない店内。そこにいたのは真っ白な美少女。
「お前、こんなときに何を考えていたんだ!」
「知らないよ!」
彼女は叫んだ。そうだ。こんなタイミングで主人への思いが高まりきるなんて。私はそんなこと考えていない。むしろ、自分のせいで死の淵を彷徨った少年に……
カインへの憐憫、慈愛。それにより、主人かカインへのなつきが最大になった。としか当時は説明出来なかった。しかしながら、それらの発想はどれもしっくりと来なかった。
ソウスケは今なら理解出来る。
罪悪感による擬人化。そのケースであった。
彼女は店が潰れるどころか、殺処分にも怯える日々であっただろう。むしろそれを望んでいたかもしれない。
彼女はパティシエから引き離されることになった。
引き取ったのはカインである。それは自分のせいで存在価値を失った少女への贖罪でもあった。
ソウスケは知っている。カインが人生で食べた最も美味しいものはこのマホイップのケーキであったと。
「そんな関係性だったんですか」
「他もカインの手持ちはやばいんだけどな」
「私、カインさんの表層しか見れてなかったようです」
「アンリちゃん。あいつはそういう男だ。全てをニヤニヤ笑いながら背負い抜くやつなんだ」
マホイップはその甘い名前を拒んだ。
裁縫、コンテスト、アイドル色々試した。料理以外の女の子らしいことを片っ端から。
愛らしい彼女は生きる意志が薄れ、日々髪の艶が無くなっていく。
そんな中。
「――決まったー!タイトルマッチ決着ー!」
ポケモンセンターのテレビに流れたそれを、彼女は見てしまった。
そして、マホイップは髪のハート菓子を引き千切り、妖精の羽根に付け替えた。
「まじでやらないといけないのかカイン」
テーブルシティ近郊。
「頼むよ。ナックラーの卵融通してやったろ」
「部屋に置いていくときのリーフェの目が怖いんだよ。あれすでに人間みたいな人格あるぞ。まだニャオハなのに」
ふわふわの髪の毛に妖精の羽根がついた少女が枯れ草の前でシャドーボクシングしている。
ソウスケはそのパンチを受け、カウンターで突きを放つ。向こうからのダメージが少ないからかマホイップはピンピンしている。
「ソウスケ、テラスタルは補充してくるから頼むぞ」
「まじでやんのかよ」
「人型ポケモンで耐久高いのいないんだよ」
ソウスケは様々な体勢で干草で突き刺さった。そして、最終的に逆立ちしてガニ股で突き刺さり。
「やったぞ、完成だ!」
カインとマホイップはハイタッチした。
とある手紙。
「――おめでとう。ついに成し遂げたね。苦手なはずのその戦い方はすごく頑張ったんだね。君が遠くに行ってしまってから、寂しくなったけど、そんな暇も無くなったよ。また繁盛したんだ。君と頑張った日々のおかげだよ。いつでも帰ってきて僕の新しい作品を味わって欲しいな。愛しの――」
「――ドロップ」
そして現在。
「エウレカ! 落とす技使いだから、ドロップという名か!」
その少女に逆さまに極められ、頭から落下するホリゼ。彼女はポリゴンZの姿とチカチカ切り替わるが抜けられない。
カインが落下していく2人を見ながら言う。
「いや、もともと飴玉のドロップちゃん」
ホリゼが首から地面に叩きつけられ、その身体にノイズが走る。
特に関係の無い暴力がホリゼを襲う――!!