ゲットしないと喉笛噛みちぎっちゃうぞ   作:イトシキイタダキ

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21章「お前は何故今、泣きながら笑っているんだ?」

 崩落した地下の空洞、かつてのカラタチラボの成れの果ては、光と熱に満ちていた。

 

 コンクリート片を踏みつけ、9本の尾を逆立て、放射状に光り輝く着物の少女。キュウコンのイナホ。

 

 その上でコンクリートの天井を叩かんばかりに6枚の翅を振動させるドレスの少女。ウルガモスのメラ。

 

 二つの太陽からの光で、遺された割れたガラス、配線のコード、露出した赤茶けた鉄筋が全て白で上書きされている。

 

 二人の主であるソウスケ、そして敵対者である白衣姿――ポリゴンZのホリゼも塗りつぶされていた。

 

「ユタカとミノルを託したわ!」

 

 イナホは着物の袖から縮めたままのボールを後ろに投げる。ソウスケは投げ渡された二つのボールを指で見ずにキャッチする。

 

「おう!」

 

 今や、かつてトレーナーでもあった彼女はその個性を全て獣性に捧げた。

 

「受け取れ、タスキだ。今の俺には必要無い」

 

 今度はソウスケが投げ縄のように回転させて布を上に放り渡した。

 

「マスターありがとう」

 

 それは輪投げのようにメラの肩にかかり、彼女はその感触を噛み締めた。

 

 そんな様子を眺めていたホリゼはパンパンと手を叩き、埃を払う。

 

 そして和やかに微笑み、ポケットに手を突っ込んだ。

 

「メラ! 拳銃なら撃ち落とせ!」

 

 しかし、見えたのは鈍い虹色の光沢。

 

 「携帯獣学備品137」という白ラベルの付いた、型落ちのタブレット。

 

「よし逃げよう」

 

 廃墟の奥のコンクリートの行き止まり。そこで、旗のように液晶パネルをひらひら鷹揚に振ってみせた。

 

「馬鹿正直に戦う必要は無いのだよ、アディオス」

 

 しかし、彼女は直立不動のまま動かない。

 

「ん? 動けないぞ」

 

 

 

「知らなかったんですか、教授」

 

 

 

「ソーナンスからは逃げられない」

 

 ホリゼの影は不自然にソウスケの足元に伸びていた。

 

「私は准教授だが、まさか踏んでいるのかソウスケ君」

 

 その長い髪の影の端にソウスケの靴の爪先が刺さっている。一切の逃走を許さないソーナンスの特性、かげふみである。

 

「やるじゃないソウスケ!」

 

 イナホが歓喜に腕を突き上げた。

 

「そうか、君はサーバールームでも踏んでいたんだな。どうやら君を始末するのは必要条件らしい」

 

 その台詞が合図となった。

 

「出し惜しみはしないよ!」

 

 メラが廃墟の上から振り注ぐ、極量の太陽光を浴び、灼熱の炎になる。

 

 天井のコンクリートがチーズのように溶け、青空が見えてくる。

 

 まだ、生きていたのか機器の警告音が鳴り、連鎖していく。

 

 その下で、九尾の獣人――イナホが息を丹田に吸い込んだ。それだけで手に鏡のような瑞々しい緑のエネルギーが生成される。

 

 二つの莫大なエネルギーを讃えるかのごとく、広がる不協和音が太陽光の中、鳴り響く。

 

 それらが向かうは、ホリゼの手のブラックホールのような光球。

 

「乗りなさいメラ!」

 

 イナホの速射ソーラービームが一息で放たれる。

 

「分かった!」

 

 急降下した蛾は生命エネルギーの中で加速し、破壊光線の奥のホリゼに向かう。

 

 当然彼女のドレスは焦げ、頭の角も割れる。しかし。

 

「メラ!」

 

「当たれー! オーバーヒート!」

 

 放たれた弾丸は止まることなど無い。そのまま、周囲を融解でハーフパイプにしつつ、白衣の女を巻き込み、爆炎を上げ、そのまま、奥に大穴を開ける。

 

 

 

「あの、手負いの半神キュウコンの方がまだ強いぞ」

 

 ホリゼは浮かびながらポケットに手を突っ込んでいた。

 

 

 

「レベルがまだ違いすぎる!」

 

 イナホが渾身の表情で印を結ぶ。そして完成する大文字の業火。しかし――

 

「私は避けていないが」

 

「ここでか!」

 

 ソウスケは理解した。普通に外れたと。

 

 反動で動けないホリゼに後ろの地底からブーメランのように帰ってきた、メラの体から溢れる炎が焼く。しかし、その規模は半分だった。

 

「オーバーヒートだな。もう飛ぶ力も残っていないだろう」

 

「どうする気なのソウスケ」

 

 彼はイナホに耳打ちした。

 

「あれをああやってゴニョニョ」

 

「わかったわつまりゴニョニョ」

 

「ゴニョニョということね、わかった、マスター!」

 

「イナホ、お前それで良いのかよ! お前の神様部分だろ?」

 

「良く分かったと言いたいところだけど、失礼ね。私の本質はそこじゃないわ」

 

「ゴニョニョ話は済んだかい?」

 

 ソウスケの前にホリゼが立っていた。

 

 違う。立たせているんだよ。

 

「何するのソウスケ!」

 

「まずは、俺があの攻撃を何とかする!」

 

「正気? 私ミノルに庇われたからギリギリ生きていたけど、直撃したら死ぬわよ」

 

 メラが3発目の炎を溜めている。

 

「大丈夫だ。受けきってみせる」

 

「ほう。何をする気だ、我がゼミ生」

 

 

 

「超常の力よ虚ろとなれ、今日は死ぬには良い日だ!」

 

 

 

「馬鹿なのあなた! 死ぬ気じゃない!」

 

 獣人少女の悲鳴が響く中、彼は禍々しく輝く光線の中に躍り出る。テラスタルオーブを取り出しながら。

 

「俺をテラスタル!」

 

 ソウスケが灰色の結晶のような姿になった。ビームが、ソウスケをプリズムのように、しかし、屈折も散乱もせず、壁をトンネル工事していく。

 

「なにそれ!」

 

「ああ、大学でやっとテラスタルオーブを補充出来た」

 

「何故、悪タイプじゃなくてゴーストなんだソウスケ君! 君、私をミュウツーだと勘違いしていただろ!」

 

 ホリゼが嗜めるように叫んだ。

 

「これが昔から一番汎用性高いんですよ! リーフェには仕込んで無駄になったから許してください!」

 

 実はドロップのとっておき特訓の際にテラスタイプを変更して、以降便利だからそのままであった。

 

 これで良かったんだよなリーフェ。今回はダメージ受けていないぞ。

 

 メラが元の三分の一の炎を纏い再び羽ばたき始める。

 

 ホリゼがそれを見て残念がる。

 

「無駄だよ。その程度の火力では」

 

 炎を纏ったまま、彼女ははらはらと落下していく。

 

「天晴だ、外れたが、君の勇姿は記録に残そう」

 

 

 

「いいや、しっかり当たっているわ。もらってゃわよ、メラ。あなたの炎」

 

 その長い黄金色の耳に青のパッチが貼り付いている。業火となった蝶を背に留めながら、もう一人の太陽神が出てくる。何故か舌足らずである。

 

「特性パッチだと! 神を降りて、その特性をもらいびに変えたのか、この小娘!」

 

「あら、おでゃて上手ね」

 

 戦闘中の道具の通常使用。ポケモンには不可能である。だが、彼女の半分は人間であり、造作もない。

 

「ていうか、どっから来たんだいその口の木炭」

 

 イナホとその背に抱き着いたメラ。太陽に照らされる9本の尾と6枚の翅が輝き出し、超高密度の火炎が生みだされる。

 

「おいおい、私の負けじゃないか」

 

 炎タイプであること。日照りの残光。背のメラのオーバーヒートによるもらいび。そして、咥えられたアンリの支援物資――木炭。強化を重ねられた大文字の交点がホリゼを焼いた。

 

 

 

 炎が引いていく間、光を通さない姿に戻ったソウスケ。彼はメラをボールに戻す。

 

 ホリゼが倒れている。

 

「人間を滅ぼすために人になったのだ。私の結論はそれだ。しかし、私は寄り道を楽しみすぎてしまったようだな」

 

 そんなことを言うホリゼの前で、彼はメラを出し直す。

 

「これまでありがとうございました」

 

「ソウスケ君、指導教官として言う。幸せになれよイナホ君と」

 

「ちげーけど、教授」

 

「私は准教授だが」

 

 

 

 メラが炎を蓄えたときだった。

 

 ホリゼがコツンという音とともにいきなり宙に現れた紫色のボールに吸収される。

 

 暗がりからの投擲による不意討ち。

 

 Мと書かれたそれは3回揺れてカチッと光る。

 

 

 

「おい、どういうつもりだ、これは」

 

 

 

「カイン!」

 

 

 

「正当なる捕獲(ゲット)だよ。殺されるぐらいなら俺のポケモンにするんだ」

 

 本来を取り戻した地下の暗がりから、反響の返事が訪れた。

 

 左腕に暮らし協会と書かれた血塗られた布。それを支える元は立て看板の伸縮性のポールであったもの。

 

 ジャケットやジーパンは破れており、顔や脛に無数の傷がある。

 

「出せ、そいつを出せカイン! そいつは人類に仇なす生命体だ! ここで始末しなければ駄目だ! カウンセラー気取りでどうにかなるものか!」

 

 青年が怒鳴る。

 

「ふざけるなよ、ソウスケ! 俺はポケモントレーナーだ。自分の手持ちを殺せるか!」

 

 相対する青年も怒鳴り返す。

 

「今、お前のたった一つしかないマスターボールに入れたんだろうが!」

 

「お前、今ポケモンを、人間をメラちゃんで、いや自分で殺そうとしたんだぞ! まじでふざけるなよ。お前今、自分がどんな面しているのか理解してんのか?」

 

 イケメンがその血塗れの面を歪め、怒鳴り慣れていないのか途切れ途切れに喚いた。

 

「もうバトルするしか無いのか」

 

 ソウスケがトーンを落として言う。

 

「ああ、そうだな。ソウスケ。この俺に勝てるならな」

 

 

 


 

 

 

 スタジアムは熱気に満ちていた。

 

 青いセキエイ風甲冑を着て、兜を被った少女がそのハート型の鍬形を地面に突き刺し、礫を前方に発射する。

 

 黄土と黒のマントを羽織った男が、そこから砂を溢れさせ、砂嵐を巻き起こす。

 

 岩で誂えたドレスを着た美女が笑顔で体全体を光らせ、自身ごと周囲の全てを吹き飛ばす。

 

 液体の滴る尾を持つ、獣人の少年が緑の粉を周囲に散布していく。

 

 青のヒレ付きのボディスーツを着た美女が、口からタッツーの形のエネルギー体を発射する。

 

 トリプルバトルでは断じて無い。

 

 ハイパイ大学のバトルスタジアムは地方都市大学としてはかなりの規模であり、公式大会のそれと大差が無い。主に戦闘学の研究で用いられているが、娯楽や交流時にも開放される。

 

 そして今は各ポケモンの後ろに若者達が控え、乱戦が発生していた。

 

 ハイパイハイナレ対抗戦は伝統ある団体戦である。主に戦闘学の選抜者がその鍛え上げたポケモン達で競い合う。そのバトルは朝から始まり、深夜に及ぶこともあった。

 

 時は正午。

 

 ハイパイ大学の記録的惨敗により、スタジアムからは早々に選手が消え、代わりに乱入した暴徒達による乱闘が始まっていた。

 

 携帯獣学棟で発生した爆発事故により、退出が許可されなかったことも、事態を悪化させていた。

 

 メガカメックスによるハイドロカノンが天板を穿ち、落下した欠片を念力でぶん回し始めるサーナイト。

 

 そんな中、学生で構成された委員会は事態の収拾に向けて動いていた。

 

 彼らが納得するバトルを提供する。それ以外は無い。

 

 必然的に、一人の学生による飛び込みの申し出を委員会は全会一致で受けた。

 

 そして、電光掲示板に文字が光る。アナウンスと共に。

 

 

 

 ――第62回ハイパイハイナレ対抗戦

 

 エキシビションマッチ

 

 

 

 ハイパイ大学携帯獣学代表

 

 ソウスケ

 

 

 

 VS

 

 

 

 ハイパイ大学医療学代表

 

 パルデアチャンピオンランク

 

 カイン

 


 

 

 

 大学附属ポケモンセンター。被害の少なさから閑古鳥である。

 

「あの、エセプレイボーイ、チャンピオンだったの。只者では無いとは思っていたけど、まさかそこまでとは思わないじゃない」

 

「ランクだけどな」

 

 吊り下げられたテレビのスタジアム中継。それを見た男女が話す。

 

「なんであんたもあいつも言わなかったのよ」

 

「言う必要が無かったからだ」

 

「目をそらし続けていただけでしょう。あんた捻くれてんのよ」

 

「うるせえよ」

 

「あんたねえ、アンリにすら追い詰められるのに、勝てる訳無いじゃない」

 

「やるしか、無い。あのメサイアコンプレックス馬鹿のせいで世界が危ない」

 

「それ、合ってんの? そもそも話し合えばいいのに本当に呆れたわ」

 

「バトルじゃないと駄目なんだよ」

 

 イナホが溜息をつく。

 

「申し訳ないけど、私はパス」

 

 ソウスケが言う。

 

「そうか、これは俺達の⋯⋯」

 

 ロビーで悲鳴が上がった

 

 イナホが吐血したからだ。

 

「イナホ!」

 

 駆け寄るソウスケ。

 

 周囲がざわめいている。

 

「あの子、キュウコンよね」

 

「なんで、ポケモンが人のように血を流しているんだ」

 

「先に瀕死になるはずなのに!」

 

 イナホは血を少し吐き、袖で口を拭いながら周囲を睨む。静かになる中、彼女は息を整えた。

 

 おい、何故だ。こいつはポケモンだ。

 

 いや、違和感はあった。いつからだ。

 

 何故、ポケモンセンターで回復しきらない。

 

 何故、低レベルミミッキュの呪いで入院した。

 

 何故、フリージオの絶対零度を忌避していた。

 

 何故、俺のミラーコートごときで死に怯える。

 

 いつからだ。

 

 初めから。

 

 こいつは俺と同じように命を賭けて戦ってくれていた。

 

「イシスちゃんに蘇生された反動ね。ハーフだから回復力が低いのは当然よ。そのうち戻るから気にしなくていいわ」

 

「⋯⋯なんつー顔してんのよ。私なんかより、トルーネンちゃんを連れてさっさと行きなさい。高校以来の決着でしょう?」

 

 

 


 

 

 

 ポケモンセンター、診察室待合。

 

 長椅子に座るイナホは胸を押さえ、俯いたままである。

 

「ソウスケは行ったわ。さっきはありがとう。そして遠隔とは言え、自分の命を危険に晒したことをあんたは両親に土下座なさい」

 

 咳払いを挟んで、彼女は続ける。

 

「私は今ポケセンに預けられた状態。アンリ。ストーカー行為を通報されたくなければ――」

 

「行きたいところがあるんでしょ? イナホちゃん」

 

 

 


 

 

 

 カインがスタジアムに立って、折れてない方の腕でボールをぽーんぽーんと投げて待っている。

 

 彼はボールを止め、正面を見た。

 

 

 

「遅かったじゃないか。ソウスケ。随分とおっかない様子だな?」

 

 

 

「お前はこの戦いで何を得て、何を失った? どんな理不尽や怒りを感じた? 残ったものはなんだ? お前はまだなんで戦うんだ?」

 

 

 

「俺は残ったもののために戦う。お前はどうだソウスケ。どんな気持ちなのか手に取るように分かるぞ。戦いが辛いのだろう。これ以上戦いたくないのだろう。だが今にもボールを投げたくて仕方ないのだろう。全てをぶつけるのが楽しみなのだろう」

 

 

 

「知った口を聞くなって? では聞くぞソウスケ。お前は何故今、泣きながら笑っているんだ?」

 

 

 

――ポケモンカウンセラーのカインが勝負を仕掛けてきた。

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