原点である彼女が
フライゴンメイドのトルーネンは貫いた二つの影――ソウスケの影踏みで引っ張られたカインとワタッコであるセルロード――からブーツを引き抜く。
「予告通り、真正面からぶっ飛ばします」
体格に見合わぬ竜の轟音がニヤケ面キャミソール少女に迫る。
その団扇のような尾が振るわれた。
「ちょ? 何そのインパクト幅!」
「あなたがリーフェより速いのは見た! だったら逃げ場を作らず、広範囲を潰す!」
間一髪セルロードは躱し、メイドに空から蹴りを入れるが。
「効きませんよ」
腕で受け止めた。
「これはこれは。交代しとけば良かったかもねー」
スライドするように彼女は両手に綿毛を展開し、後ろに飛んで見せる。
ドラゴンメイドは手を合わせ、フィールドに掌を叩きつける。地面に衝撃が伝わる。
接地点から、それはアスパラガスのように飛び出してきた。
無数の石柱が生成され、加速しながら射出されていく。
「やはりあったかストーンエッジ!」
抜群のワタッコには致命的である。
「負けて、落ちなさい」
トルーネンの意趣返しの台詞に、ワタッコはキッと睨み返した。
ソウスケは流れた視線に撃たれ、背筋が凍るのを感じた。
こいつ、真剣だ。初めからずっと真剣だった。
「嫌がらせの為ならくれてやるわこの命!」
風が吹く。ワタッコはそれに乗り、その石柱の流れに突撃した。
「追い風で自ら突っ込むのですか!」
トルーネンは両手を地面につけ、ストーンエッジを続けながらその様を愕然と見ていた。
無数の石柱が身体を滅多打ち。耐えながらセルロードは笑った。
「いいよ、あなたとソウスケの顔! そのしてやられたって顔! だからこそ――嫌がらせは――最高!」
最高だよ。俺にとっては最高に最悪だ。
「最高だ!」
「最高の繋ぎだよお前!」
観客が湧いた。ここまでで一番。
「なんであのワタッコ、自らストーンエッジに突っ込んだの?」
「追い風よ。自分が落ちることを厭わずに、後続に託したのよ。とんでも無いわあの執念」
やられた。彼女は完璧なバトルポケモンとして完成されていた。
ソウスケは内心盛大な拍手を送っていた。
凄えよ。カインもお前も。
「くっ! あなたは私よりも遥かに優れたメイドだった!」
トルーネンがボールに返るワタッコの下で叫んだ。
お前のメイドの概念それで良いのかトルーネン。
トルーネンは前から吹き荒れる風に対して踏ん張っている。
「さあ、来なさい! 暴力マホイップ!」
「リングは整った! 思う存分に暴れろ!」
カインが健在の腕でボールを放る。空中高くで炸裂したそれから、白いふわふわドレス少女が高速で屈伸をしながら着地した。土煙の奥からピンクの眼が鋭く光る。
「ありがとうセルロード」
カインのエース、暴力マホイップが加速した状態で降臨した。
「ソウスケ、そしてトルーネン。ありがとうのファイトを始めよう」
それは挨拶代わりである。
「悠長に積んでいる場合ですか!」
ドラゴンメイドの震脚。割れたフィールドが襲いかかる。
「迎え撃つ!」
スイーツ美少女は飛んでくる岩盤に消える。しかし、先程、柔軟体操で融けた身体が当たった岩を逆に粉砕していく。
「柔らかいとは硬いと同義。カスタードクリームは撃ち抜けない」
ダイラタンシー現象。粘り気のあるクリームは力を急激に加えると硬化する。弾丸を受け止める程に。
さらに彼女は岩に覆われるが、小さな拳が中から飛び出してくる。
「速い!」
ドラゴンメイドが尾を振り、拳ごと飛び出す小さな体躯を薙ぎ払う。
それを縄跳びのごとく飛び跳ね、飛び蹴りによりトルーネンが体勢を刈られる。ドロップの美しい顔の汚れが消えていく。ドレインによる回復だ。
「これはまずいですね!」
トルーネンは再び地震を放つ。
「遅い!」
身体をクリーム状にして、礫による損壊を無効化しつつ、彼女は正面から岩盤をくり抜いて歩き抜く。
「マホイップである自覚あるんですか?」
「同胞はホイップで人を幸せにする。私はファイトで人を幸せにする、何か問題?」
「もはや妖精じゃないですね」
「え?」
「え?」
お互いキョトンと何を言っているのか分からない様子。
「じゃれつけマホイップ」
そんな中放たれた指示は紛うことなき妖精の技である。
ゆえにソウスケが普通に受けようとするトルーネンに叫ぶ。
「おい! それは受けるな!」
じゃれつく。可愛らしく無邪気に暴力を振るう妖精の格闘技。普段は封印させられている。あまりにも殺意が高いからだ。
ドラゴンメイドは揺らめくオーラを纏うドロップを見据えながら言う。
「マスター、すみません。やるだけやりますが、どうやら私はここまでのようです……イシス、後は任せました」
「ああ、ありがとう。トルーネン」
ドロップとトルーネンは4つに組み合う。
白い少女は身体を溶かし、トルーネンに纏わりつく。
「くぅおあ!」
ドラゴンのような咆哮で踏ん張るメイド。しかし、地面に引きずり倒され、そして。
マホイップは首を軸にダイナミックに回転する。憐れな犠牲者は横に縦に身体を回転させられる。
フィールドに円形の跡が彫られ二人はめり込んでいく。十数秒間、エンジンのような轟音と扇風機のような暴風が吹き荒れた。
換気扇が止まるように徐々に制止し、泡を吹いて痙攣するトルーネンが現れた。
そのまま、トルーネンの両脚を片手で掴み、ドロップは彼女を投げた。
「諸君! 挑戦者に盛大な拍手を!」
「ありがとう。マホイップ。ダメージを留めてくれて」
弾けるような音の中、ソウスケは掬うようにボールでトルーネンを回収した。
「え、今のどういう意味?」
イナホに絡まれていた学生が相方に聞いた。
「ローリングクレイドルは曳き廻しの後、股裂きに至るのよ本来」
本来、じゃれつくはローリングクレイドルでは無い。この学生はフィールドの狂気に当てられている。
「うわぁ」
「これがマホイップフライゴン対決なのが驚きよ。パルデアは魔境ね」
二匹ともパルデアの種ではない。
出てきた黄色の閃光。
マホイップが雄叫びを上げる。
「私は歓喜している。かつての飴玉のドロップが
今。真性の格闘家であるあなたとのリングに立てたことを!」
「そんな良い名前でしたか。しかし、自ら晒して良いんです? その甘ったるいの」
距離を取りながら、イシスは煽る。
「その挑発へのお返しはサブミッションのアソートで良い?」
「初手じゃれつきとは、勘弁してくださいよ」
黄色の格闘少女は飛びつき、彼女の腕を抑えた。白い袖からあふれ出すカスタードのようなそれと黄の袖から迸る電流が拮抗する。
「ねえ、ルナちゃん。あなたの水晶玉はどのように視点を追尾するの」
「私自身の認識と、対象の名前、名字、ニックネームのいずれかが分かれば大丈夫」
スタジアム、最後列に座っていた季節外れの黄色防寒着と青髪の女は振り向かずに言う。
「だってさ、逃げても無駄らしいわ。普通に犯罪だけどねそれ」
その横の襤褸も振り返った。
「お嬢ちゃん、人でなし以前に性格が悪いと言われないかい?」
車椅子の半獣イナホが続けた。
「チェックメイトよ、ワラコ、そしてカラタチ教授」
「なるほど、状況を正しく認識して、正しく評価しろと。私が弟子に教えてきた内容だな」
「どうだ、凄いだろう俺の息子は」
「親ならあの重症の息子止めさせなさいよ」
その口髭を綺麗に伸ばし、顎髭を綺麗に整えた男は笑った。
「その前にあいつに殺されてしまうから嫌だね」
グルーシャ似のユキメノコが呆れる。
「その男の所業を考えると違いないわ」
アンリはイナホの耳を弄び始めている。
「で、何をしにきたんだ?」
「脅迫よ。件の息子にバラされたくなければ、その青いのよこしなさい」
イナホはカラタチの襤褸に多数貼り付いた青いシールのような工業製品を指差した。
「この哀れな浮浪者めからささらに奪うか」
「あんたは偽浮浪者よ。そのたくさんの換金アイテム。それを使って悠々自適に自由人をしている。貴金属や宝石を身に着けて財産とする放浪の民のようにね」
カラタチは溜息がてら背もたれに上半身を擦り付けながら言う。
「別にホームレスでもいいだろ。でもなんで俺の名前まで当てられた?」
彼は軽薄に笑った。
「あんたの笑い方。本当にあのエセプレイボーイにそっくりだからよ」
「ピンポイントだな。で、他にも用があるんだろう? 私の理論にケチをつけるというね」
「大意はね」
彼は仰け反りながら引きつるように笑う。
「失望だよ、アルセウスより余程ご利益があってありがたい現役豊穣神が、私が世界のルールを創造したと勘違いしているとは」
車椅子の獣人は顔をしかめた。
「無論違うけどね。大体カラタチ理論、それは100年ぶりに蒸し返された事実よ。なんなら過去に何回も掘り返されている」
「おっと、神様がうちで講釈かい。歴史学教授が君のような人ポケモンの交配を知り尽くした一族を迎え入れるなんてあいつ、涎で干乾びちまうね」
「あんた、本当にあのアカハラの極み准教授そっくりでムカつくわね」
「それは確かに古文書に記された事実だ。寺社仏閣は勿論、その辺の古民家の蔵にさえある。海外を見渡せばネイティブイッシュの口伝にもあるだろう。まあ、俺の論文はちゃんと引用しているけどな? しかしながら、モンスターボールの魔力という分かりやすい解釈で歴史に沈んだだけのことだ。情報が増えたから見えなくなる真実もある」
彼は流暢に説明してのけた。ちょうどスタジアムも佳境のまま硬直しており、皆固唾を呑んでいる状況なのも影響しているのだろう。
「本当にね。ちょい、アンリやめなさい。はしたない」
アンリはイナホにべっとりと抱きついていた。
「で、つまり神様はボールを2個しか持てなくて欲求不満と」
そう言われてイナホはその犬歯を食いしばった。
「まあ、大体そんなところよ」
彼はわざと声のトーンを乱高下させてみせる。
「なるほど、なるほど。豊穣神の方程式の解がそこにあるのか」
イナホの腰の前にあるアンリと両手が止まった。
「は? そんなことだったの? ……それなら確かに砂場より浅い」
アンリが車椅子に身体を預けた状態で唖然としている。
「言われているぞ、ハーフキュウコン」
それでもイナホはつまらなそうに続けた。
「カラタチ教授、私達の勝ちよ」
均衡は乱れると一瞬で崩れ去る。
イシスは轟音と共に大地に沈む。
そして、地獄の回転をドロップは始める。
しかし。
「大人しくして!」
「あなた、には、言われ、たく、ない、ですよ!」
地面に四肢、頭、胸、腹を叩きつけられつつイシスは力を振り絞り軸の中心に迫る。その行為は角運動の保存により更なる加速を産み出す。
「あなた、まさか」
人外の柔軟性と膂力でイシスはドロップに自身の小麦色の顔を近づける。
火花が散り、爆ぜるような土煙が上がる。
ドロップがイシスを離したのだ。
「マスターありがとうございます」
イシスが穴だらけのパーカー姿で吹き飛ばされ、上空で体勢を整える。
その内側から布切れが落ちる。
「無ければ一撃で落ちていましたよ。必要性はみんな同じなのに、私に預けてくれてありがとうございます」
気合のタスキである。同じ道具はチームに一つという暗黙の了解があり、そもそもソウスケ達は一つしか持っていない。
「流石、イシスちゃん。私の身体は痺れている。だからこそ燃える!」
砂糖細工のような顔の頬に電流が迸っている。
「ドロップ!」
カインが彼女の名を呼んだ。
瞬時に大地で体勢を整えたドロップが追い風に乗り舞い上がり、空中のイシスを絡め取る。
追い風が途絶えた。
二人は観客席の最上より上の地点で輝き出す。イシスが電撃の翼を展開した。ドロップごと。
「いくらとけているとは言え、至近からの電流を浴びてなおその一撃を続けられるものですか!」
ドロップの身体に無数の黄色く火花を残す拳の跡が生じる。いや、これはわざと局所的に液状化してダメージを軽減しているのだ。
「でも耐えた!」
電光双撃の直撃による衝撃がドロップの身体を振動として駆け巡っているのか、彼女の体は不規則に振動している。しかし、それも減衰した。
「私は耐えてみせた!」
イシスは勿論、クリームと筋肉の少女に絡み取られたまま。
「くっ、抜けられません!」
イシスを逆さに抱き、首に足をかけ、垂直に落下する。
「とっておき!」
イシスの首から地面にぶつけ、全体重でその首より下を捻る。
イシスが凄まじい速度でフィールドを転がっていく。
「イシス⋯⋯」
ソウスケがつぶやくように言う。
観客はあまりにもの残虐な一撃に流石に空気が冷える。
ただ一人イナホを除いて。
ボロボロのイシスが立ち上がる。
ドロップが叫ぶ。
「なんで、まさかイシス! あなた!」
「ありえない……絆耐えにしてはダメージが少ない……」
評価するアンリ。
イナホがそんな彼女に言った。
「いいえ。簡単なことよ。ドロップは麻痺だったのよ」
「良くやった!」
彼女のマスターは喝采した。
実は事前にイシスにドロップ対策は仕込んであった。
「ええ、あなたの筋肉を落下時に痙攣させました。私はスリスリしたときにすでに仕込んでいたのですよ、足に。あなたはフェイバリットのとっておきで仕留めに来ると読んでいました」
なんだその超技術。
麻痺させるまでは言ったが、そんな技巧を持つとは知らなかった。
ドロップが拳を構えながら言う。
「最高ねあなた」
一瞬睨み合う2人。
静寂。
トレーナーは2人同時に叫んだ。
「ドレインパンチ!」
「インファイト!」
追い風は切れている。麻痺状態のマホイップがパーモットに速度で勝てるわけが無い。
歓声が決着を告げる。
ドロップが倒れた。
「後、カインさんの手持ちは1体。一方でソウスケさんの手持ちはボロボロのイシスちゃん。そして後2体」
「さあ? いればね」
じっとりした目のアンリの解説にイナホが笑った。
カラタチとワラコは目を細めスタジアムを見続けている。
ポケットが焼けた学生ちゃんとその相方も。
ソウスケはカインを睨んだ。
「さあ、出せよ。ホリゼを」
カインはドロップのボールをしまった。
上空に叫んだ。
「さあ、来い!」
ボールを持つことなく。
数秒後、赤い流線型の生命体がスタジアムの割れ目から落ちてきてフィールドにソニックブームが響き渡る。
カインの真上にピタリと静止した紅白の竜。黄色い虹彩の双眸で正面を見る。
眩い光がスタジアムを照らす。眼だけを残し、翼が胴体が融け、シルエットが再形成されていく。
跳ねた翼のような癖毛、青のデルタ模様のついた赤と白のワンピース。
そして彼の目の前に重力を無視して頬を緩めながら着地する。
彼女は目をギュッと閉じて、大きく口を開けてやや上向きに叫んだ。それは少女の声ではなく、野生の威嚇であった。
「ひゅああーん!」
どよめく観客。
「あれって」
アンリの声が上ずった。
一方、イナホは苦笑した。
「とんでもないストーカーね。そんなの隠していたなら、確かにホリゼからも生還出来るわ」
「紹介しよう。俺のガールフレンド」
カインは骨折した体をできる限り伸ばし、折れていない腕で彼女を示す。
「ラティアスだ!」
張り上げた、しかしどこか自慢げな声がスタジアムに轟いた。
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