ゲットしないと喉笛噛みちぎっちゃうぞ   作:イトシキイタダキ

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24章「やっぱりお前卑怯だよ」(終)

 ボールではなく空から呼び出されたラティアス。彼女がカインのラストワンだった。

 

 赤と白のワンピースを纏った少女の首元で、紫のネックレスの石が脈打つように輝きを放った。呼応するように、カインが掲げた手のひらのメガストーンが共鳴する。二つの石を結ぶ光の絆が、少女の姿を劇的に変貌させた。

 

 その背は伸び、あどけなさを残していた顔立ちは洗練された美しさを帯びる。赤と白だったワンピースは、より高貴な紫と白のそれへと変わり、翼のように広がる髪はさらに大きく、鋭利なフォルムを描いた。メガラティアス。その神々しいまでの変容に、スタジアムの空気が震えた。

 

「やっとメガシンカ使ったか、カインのやつ」

 

「ていうか、あれ野生だよな? なんで懐いてんだよ……」

 

「なんで、さっき一緒に戦ってくれなかったんだよ!」

 

 観客たちのざわめきと不満が、波のように広がっていく。

 

「おい、なんでホリゼじゃないんだ」

 

 ソウスケの怒りがその喧騒を切り裂いた。

 

 それはミラーコートのごとく、倍の怒声になって返ってきた。

 

「出せるわけないだろ常識的に考えろ馬鹿野郎!  教授はマスターボールの中で、ハイパイ図書館危険禁書厳重呪術的封印書架にいるぞ! 満足か!」

 

 その顔に張り付いていた笑顔が崩れ、彼は一息に言い放った。

 

 その言葉に含まれた情報の奔流に、ソウスケの思考は一瞬停止する。

 

「うわあ……ガチだ」

 

「大体お前、どんだけ待たせたと思ってんだ。前から目をつけていた図書館と話をつけて、封印して、急いでスタジアムに来たら、まだ、来ていねえし!」

 

「いや、知らんよ……ていうかラティアスなんていたのかよ」

 

 カインは顎を大きく開け、息を吸ってから話し始めた。

 

「そりゃ頑張って隠したからな」

 

「それでも普通気づくだろ」

 

「わりい、気づきかけたら、彼女に記憶改竄させていた」

 

 ラティアスが無邪気に鳴いた。

 

「そうだったのかクソぉ。このポケモンたらしめ!」

 

 カインがにたりと見下すように口角を上げた。

 

「失礼だな。メスたらしだよ」

 

「悪化してんじゃねえか!」

 

「続けるぞ! ミストボール!」

 

 メガラティアスが、甲高い鳴き声を上げる。次の瞬間、彼女の身体は光の玉と化し、フィールドを疾走した。ミストボール。

 

 その神速の突撃は、満身創痍のイシスにはあまりにも酷だった。

 

「インファイ……」

 

 拳も届かず、イシスは静かにボールへと戻っていった。

 

 カインがニヤニヤ笑いながら、問いかける。

 

「さあ、どうするソウスケ。諦めるか? それともお前自身が出るか?」

 

 そんなわけないだろう馬鹿野郎。

 

 ソウスケは深く息を吐き、懐の奥深く、これまで使わなかった場所から、それを取り出した。

 

 

 

 ――ありがとう、イナホ。君はこのために俺の喉に噛みついたんだな。

 

 

 

 その光景に、カインの口元が獰猛な笑みの形に歪む。

 

「先にやらかしておいて、今更反則とかぬかすなよ」

 

 ソウスケは吐き捨て、そのボールの一つを力強く投げ放った。

 

「頼んだ! ユタカさん!」

 

 古びたボールから現れたのは、グレーの神主装束を纏ったドータクン。

 

「正解です。大正解ですよ! ご主人の、ご主人!」

 

 その擬人化ポケモンは背を向けたまま、しかしその声に歓喜を混ぜて叫んだ。

 

「これがイナホ様の計画です。ボールを4個しか持てないなら私達で6個! 私とミノルは初めからあなたに忠誠を誓っておりました!」

 

 

 

 その言葉に、観客席のイナホは車椅子の上で片眉を上げる。

 

「全く、調子の良いことを」

 

 イナホの前の座席で、カラタチが溜息を吐く。

 

「個人の忠誠心に依存したくだらない解法だな。なあ、段ボールの中のお嬢ちゃん。せがれの6個目のボール、君だろ」

 

 クリスは声をかけられ、段ボールの中から拡散するテレパシーで返した。

 

「そうだよ」

 

「なあ、ゲット未満を維持して、実質7個目のボールにする俺の息子のやり方の方が美しい」

 

 

 

「ラティアスさん。先程はカインさんの撤退戦でご一緒させてもらいましたね。今度は尋常にお願いしますよ」

 

 頷きと鳴き声が返った。

 

 ソウスケにとって、ホリゼの手からカインがなぜ生き延びていたのかは疑問であった。

 

 なるほど、ラティアスと共に吹き飛ばされていたユタカがいたから、やつは生還していたのか。

 

「さあ、ご命令を、ソウスケ様!」

 

「ああ、お前のフルパーティーと一度やりあってみたかった! さあ、来いソウスケ!」

 

 カインの歓喜の声と同時に、ソウスケはそれを叫ぶ。

 

「ジャイロボール!」

 

 これが普通の人間の境地なのか。

 

 メガラティアスの口から放たれたシャドーボールがユタカに迫る。だが、彼は意に介さず、その鋼の身体を高速で回転させながら突き進む。闇の塊を粉砕し、勢いを殺すことなくメガラティアスに多段ヒットした。

 

 スタジアム全体を衝撃が揺るがす。メガラティアスが、苦痛に満ちた甲高い鳴き声を上げた。

 

 会場のボルテージは最高潮に達していた。スマホで撮影を始める者、興奮のあまり、服を脱ぎ始める者まで現れる始末だ。

 

「こいつら伝説クラスだ! ラティアスもやべえが、あの、多分ドータクンもやべえ!」

 

「当然でしょう」

 

 観客席でアンリが誇らしげに胸を張る。

 

「私のイナホのポケモンなんだから、強いに決まっている。伝説クラス? そりゃそうでしょう。実際この地方の伝説なんだから」

 

「わかったから。いい加減耳揉むのやめなさい……」

 

 イナホがアンリの手を振り払おうとするが、アンリは楽しげに続ける。

 

「あの二人やイナホちゃんが、正面から勝てないなんてあり得ないの!」

 

「それを全滅させたあなたはマジでなんなの……」

 

 フィールドでは、メガラティアス少女の前に元の戦闘機のような腕を具現化し、ユタカの回転を必死に抑え込んでいた。

 

 いいや、違う。その腕の方が真の姿だ。

 

「おい、カイン、その子擬人化していないんじゃないか」

 

「そうだぞ、ソウスケ。その子は光を屈折させているだけのただのラティアスだ! ある意味本当の擬人化現象だ!」

 

「お前、人間の肉体を持たない子にガールフレンド宣言したのかよ!」

 

 がっちりと動きを止められ、ユタカが呻く。

 

「くッ。流石に分が悪い! 頼みましたよ、ミノル!」

 

 二発目のシャドーボールが、ユタカの鋼の身体を容赦なく打ち据えた。

 

 ユタカがボールに戻ると同時。

 

「ミノルさん! 頼みました!」

 

 ソンブレロを被った伊達男、ルンパッパのミノルが現れる。

 

「やっとこの時が来ましたね、ご主人のご主人。ユタカの台詞には語弊があります」

 

 彼はメガラティアスと四つに組み、その美しい筋肉を隆起させながら言った。

 

「ご主人は、元々ソウスケ様のポケモン達でパーティーを完成させるつもりだったのです! あなたを傀儡にすることで。なんという暴力!」

 

 は?

 

 観客席でイナホが舌打ちする。

 

「ちい、バラしやがって」

 

 アンリがかがみ、車椅子イナホの顔を覗き込む。

 

「イナホちゃ、ん?」

 

 段ボール箱のクリスが冷静に突っ込む。

 

「目はやめた方がいいよ」

 

「アンリちゃん違うわ、すでに情が移っているというかなんというか……」

 

「これは、制っ裁」

 

「がぁっ」という悲鳴にワラコが静かになさい、と注意した。

 

 

 

 ミノルの手から、冷気が溢れ出す。冷凍ビームの構えである。

 

 その瞬間、カインが天にオーブを掲げて叫んだ。

 

「大空の護り手よ! 今ここに思念の力を増せ! テラスタル!」

 

 メガラティアスの少女が眩い光を浴び、その身体は美しいピンクのエスパーテラスタルに輝き、高らかに雄叫びを上げた。

 

「嘘だろ! メガシンカにテラスタル! こんなことあるのかよ!」

 

「なんでさっき来てくれなかったんだよ、戦いたかったぞ!」

 

 観客の絶叫がスタジアムに木霊する。

 

 

 

 メガラティアスが光に包まれる。

 

「くっ、私の暴力が半減されましたか!」

 

 ミノルのハイドロポンプが叩き込まれるが、直後光の玉と化したラティアスがミノルを吹き飛ばす。

 

「ミノルさん! それはテラスタルで、ラティアスはもうただのエスパーだ! ドラゴンは消えるんだ!」

 

 ミノルはトレーナーの声に、体勢を整えた。

 

「私の全力、ハイドロポンプは矛と盾の暴力を両立します!」

 

 凄まじい水流がメガラティアスに襲いかかる。

 

 流れに沈む彼女。

 

 水柱は眩く光った。光の球がゆるやかに飛び出す。

 

「うぉぉぉ! この暴力を抜けてきましたか!」

 

 加速する光の球。限界を迎え、それはミノルに直撃する。彼はついに膝をついた。

 

「ミノルさん、ありがとう!」

 

 ミノルがボールに戻っていく。これでソウスケの手持ちは全て倒れた、はずだった。

 

「おい、6体終わったぞ」

 

「メガラティアスもボロボロだ」

 

「いい勝負だったが……なんだこの空気は」

 

 カインが、少女の姿をしたメガラティアスの下で息を整えながら言う。

 

「出せよソウスケ、お前の最後のポケモンを」

 

 カカカ。バレていたか。

 

 さあ、始めようか。

 

 ソウスケは久しぶりに心の中でスイッチを入れる。もはや忘れかけていたスイッチを。

 

「さあ、みなさん!」

 

 ソウスケは両手を伸ばし、手のひらを上に向けた。空の右手が握られ開くと、そこには小さな紅白のボール。

 

「種も仕掛けもございません! ご覧ください! 奇跡を!」

 

 彼はボールをワンクリックした後、高く放る。

 

 赤い光がそれを形成する。

 

 緑のマントを翻し、黒いマスクで顔を覆った一人の少女。彼女は着地すると、満場の観客に向かって優雅に一礼した。

 

「やはりリーフェか。流石だソウスケ、それでこそだ!」

 

 カインの顔が、一瞬だけ歪んだ後、満面の笑みとなる。

 

 トレーナーが左手を握って開くとそこには光るテラスタルオーブ。

 

 彼はその振動をあえて、片手の中で暴れさせる。

 

 この震える感覚、これだよ、これだ!

 

「翠緑よ、漆黒に染まれ! 純粋に、残酷に!」

 

 力任せに投げられたテラスタルオーブ。空中で放たれた光が、リーフェを包む。彼女の身体は、美しい翠から禍々しいまでの漆黒へと染め上げられていく。悪タイプのテラスタルだ。

 

 ソウスケの度を越した貧乏性による自炊スキル。それでもカバー出来なかった悪テラピース料理。

 

 弁当にしてまで食べ切ったリーフェの成果である水からのテラスタイプ変更。無論本来はホリゼ対策である。エスパーであるミュウツーと誤認していたが故の悪テラスタル。実際はポリゴンZであったわけだが。

 

 対ラティアスとしては怪我の功名である。

 

「なんでリーフェちゃんが? さっき、地面にキスしていたでしょう?」

 

 アンリが驚きの声を上げる。

 

「あの時。ラティアスが現れる間の長すぎる隙。その時にあのパーモットがマスカーニャを蘇生した。そりゃ種も仕掛けもないわ。ミスディレクション。マスカーニャのマスターもまた、マジシャンよ」

 

 ワラコがこともなげに解説した。

 

 

 

 輝く両者が見合う。

 

 それは同時であった。

 

「いけ、ラティアス!」

 

「いけ、リーフェ!」

 

 ラティアスの口から衝撃波が放たれた。

 

 それが、リーフェに当たる瞬間、足元の花爆弾が炸裂し、その爆風に巻き込まれ、彼女は消える。

 

 上だ。メガラティアスが浮遊するより高い場所、そこで再び、花が炸裂した。

 

 落ちてくる闇色の流星となったリーフェ。

 

 反応が間に合わないメガラティアス少女の首筋をその鋭い爪で一閃した。

 

 紫の少女の瞳からハイライトが消える。彼女の身体は光の粒子となり、メガシンカ、そしてテラスタルが順に解け、元の赤い龍の姿に戻って静かにフィールドに横たわった。

 

 カインは真っ先に倒れたラティアスに駆け寄り、その頭を撫でる。

 

「ありがとう。ラティアス」

 

 リーフェは着地すると、マスクをつけたまま一瞬だけ職員服の姿になった。ポケットが煤けた例の女子学生に悪戯っぽくウィンクすると、次の瞬間にはその姿を消していた。

 

 割れんばかりの拍手が、スタジアムを包み込んだ。

 

「おーい」

 

 その女子学生のみが、隣に揺さぶられても、茫然として拍手できなかった。

 

 

 


 

 

 

 ハイパイ図書館カフェ。

 

「まさかあなた達が、全面戦争を仕掛けるなんて思わなかった。私が始末された光景を見せたら流石に大人しくなると」

 

 ワラコが呆れたようにため息をつく。

 

「ホリゼと合意したのに」

 

 

 


 

 

 

 あの日の温泉宿。ワラコが圏外の表示が出たスマホを眺めていると、そのスマホが突如輝き、破壊され、赤と青の光沢が這い出てきた。

 

「これは死んだわ。圏外なのにね」

 

 スマホの上に立つボディスーツの頭も見ずに、ワラコは溜息をつく。

 

「先に潜んでおいたのだよ。甘かったね」

 

 ホリゼがその青いグローブの片手でワラコの首を締め上げる。

 

 壁の向こうから「うるさい」と苦情が聞こえ、二人は同時に「すみません!」と謝った。

 

「コソコソ動く、あなたの目的はなんだ?」

 

「あの子達の命を守ること」

 

「おや、そんなことか」

 

 ホリゼは手の力を緩めた。

 

「私にいい案がある。私がここで惨殺されたことにすれば良いわ」

 

「なるほど、恐怖で脅す、と。妙案だな」

 

 ホリゼが指さすと火災報知器のランプが消える。

 

 畳で発火したスマホにワラコがペットボトルの水をかけ、煙が立ちのぼる。

 

 

 


 

 

 

 古いエレベーターが、地下深くへと降りていく。そして重々しい駆動音が止まった。数秒後、鋳鉄のドアがギイッと開いた。

 

「なんで、こんな物々しいものが図書館にあるのよ、厳重過ぎよ」

 

 長い耳と複数の尾を持つ影の苛立った声。

 

 楽しげな声が暗闇を反響する。

 

「必要だからあるのだよ。イナホ君。アンノーンによる情報災害は有名だな。確か、君のマスターの出身地には木簡の呪い、チオンジェンの伝承があるだろ?」

 

 ガス灯に火がついた。 

 

「現に私の封印としては最適解だ」

 

「無様ね、デジタル研究者」

 

 赤と青の滑らかな肢体が崩れた本の山から生えていた。

 

 擬人化現象の暫定ワーストケース。人類への復讐心から擬人化したバーチャルポケモン、ポリゴンZのホリゼ。

 

 乱雑に崩れた紙の山。その下からパイプ椅子を立ち上げ、床が見えるわずかなスペースに腰掛けながらそいつは口を開く。

 

「もしかして私がわざわざ紙の本を読み漁り、呪いでダメージを受けている様を言っているのかい?」

 

「ごめん。その方向に無様とは思わなかった」

 

「で、なにしにきたんだい?」

 

「あなた、真面目に人類滅ぼすつもりがあるのか聞きに来たのよ」

 

「どういう意味だ? 君達についてはわりと本気で消そうとしたはずなんだが」

 

 まるで、好きな珈琲の銘柄を議論するかのような軽さである。

 

「なんで、巻き込んだ学生ちゃんを人質にしなかったの。拳銃で脅せば私達も無闇には動けなかったわ」

 

 ホリゼが溜息をついた。

 

「そうだとは思うがね、君ならまとめて消し炭にするぐらいはし得ると思ったのだよ」

 

「失礼極まりないわね」

 

「我がゼミ生に寄生し、焼き殺そうとした実績があるから洒落にならない」

 

 大学の研究棟を複数吹っ飛ばした張本人が真顔で言う。イナホはあからさまに顔を顰めた。

 

「私への嫌味?」

 

「そうだが? 後はあれだ。僅かでも不安要素があればやめた方が良い。例えばあの子のスマホの中に、サーナイトとのツーショットが山程あったとしたら?」

 

「……確かにそうね、私も人を確実に仕留めたいときにはしばらく尾行して手持ちや交友関係を探るわ。直近はボール4個しか持たない凄腕トレーナー。数日尾行するだけで搦手が少ないことが分かって楽だったわ。まあ、本人がソーナンスだったんだけどね」

 

「邪悪だな」

 

「素で言ったわね。で、サーナイトなんていたの? いたならブラックホールで道連れされるから確かに嫌ねえ。……でもいなかったんでしょう? 言い訳ばっか」

 

「何が言いたい?」

 

「あなたの尊敬する教授、生きていたわよ。本人曰く、ネイティ一匹連れておくのは研究者の基本だってね。爆発前提とはイカれてるわ。みらいよち、テレポートで爆発の瞬間にトンズラよ」

 

「……本当か?」

 

 ホリゼの声が震えた。

 

「本当よ。自分の最も憎むものすら殺せずに、笑わせてくれるわ」

 

「……修正が要る。私が最も尊敬していたものだ。だから真っ先に消したのだ。消したはずだった」

 

 イナホの後ろからソウスケが現れた。

 

「教授、あなたをこれから叩きのめします」

 

 ホリゼがパイプ椅子に深く腰掛けた。

 

「私はもはや准教授ですらないが。で、あれか。拳でか」

 

 グローブの拳を握って見せる彼女をソウスケは無視した。

 

「准教授、あなたは人類への復讐心で擬人化したわけでは無い」

 

「おいおい、洒落にならんぞソウスケ君、君は確かに証明してみせただろう!」

 

 ホリゼの身体から火花が散るが、直後、周囲の本から溢れた禍々しいオーラに捉えられる。

 

「根拠はいくつもありますよ。イナホがカラタチ教授から脅し取った2つ目の特性パッチ、はすり替えられていてただの青い紙でした。その紙切れ、P3の過去ログ読みましたよ」

 

「脅し取ろうとするなよイナホ君」

 

 ホリゼは呆れで興奮を冷ましたのか、獣人を見つつ、溜息をついた。

 

「そこには理性的なあなたがありました」

 

「それは根拠とは言えんだろう。あのやりとりで、私を懐き擬人化と判断するとか、頭カラタチか?」

 

「ストーンハンマー山でワラコさんを助けました」

 

「人類じゃないからな」

 

「最大の証拠はあなたが今回の騒動で死者を出さなかったことです」

 

「根拠が足りん。君達がわざわざ対抗戦の日に挑んだり、うまくやっただけだ」

 

「あなたが出てきたスマホの持ち主を撃ち殺さなかった。あなたなら、仮にサーナイトがいようともどうにでも出来たはずです」

 

「それはさっき議論した」

 

 口調が崩れているな。あからさまに動揺している。ソウスケはそう判断した。

 

「准教授、あなたはカラタチラボで、君はポケモンの気持ちが分かっていないと的外れな説教をかましてくれましたね。悪役ロールプレイかと思いましたが、明らかに身が入っていた」

 

「本当に分かっていたのか? そうならリーフェ君をもっといたわってやれていただろう」

 

 彼女はゼミ生を叱るように口調を落ち着かせた。

 

「そう。あなたは明らかにポケモン側の立場から俺を諭そうとしていた。前からだ。これは明白だ」

 

 一瞬の沈黙の後、彼女はついに激した。

 

「何が言いたい!」

 

「あなたは定型だ。カラタチ教授への懐き擬人化だ」

 

「おいおい、まだ、まだ足りんよ」

 

 流石に悪いと思っていますよ、准教授。

 

「あなたは人類を憎み、恨み、滅ぼす為に擬人化した異常個体などでは無い。自分を哀れだと思い込んだ自意識過剰なポケモン。研究バカの主人に懐いたことを例外だと思い込んだ、ただの一匹のポリゴンZですよ、ホリゼ教授」

 

「私は准教授だが」

 

「……それです。あなたは尊敬する教授と誤認されるとすぐに修正する」

 

 

 

「……嫌っていても説明できる……いや、よそう。なるほど、私の負けだ」

 

 

 

「ではそれで」

 

 ソウスケはイナホに腕を捕まえられた。

 

「ナイスだイナホ君……ソウスケ君。何故私が先に折れたのかよく考えたまえ。タマムシ大学に原稿を送った浅はかさを嘆くが良い。最大の栄誉には、それなりの対価が必要なのだよ」

 

「おい、イナホこれはどういう」

 

「あなたには同情するわ。でもあなたは論文を修正しなければいけないんじゃないの? 前提が狂ったわよ」

 

「おい、待て。なぜ気づいた、この裏切り者めが!」

 

 こいつはインテリだったか。思えば否定できる要素が無い。とは言え、荒野を駆けるキュウコンが何故、研究を理解出来るんだ。

 

 ソウスケは内心、理不尽だと叫んだ。

 

「あんた、悪役ぶるときの方が輝くわね。リーフェちゃんに魂が引っ張られていない?」

 

「素晴らしい。ハイパイ大学生にしてあげたいなイナホ君。では先程の講義の返礼としてたっぷり指導してやろうマスカーニャのマスター。なあに、私の事例抜いても十分に足りる。ここにワープロなんぞ無いが、すでにアナログマスターの君なら平気だろう?」

 

「おい、リーフェ、俺を助けろ! なんでボールから出て助けてくれないんだ!」

 

「きっとまんざらでも無いのよ猫ちゃん。主人が悪タイプなの」

 

 ソウスケの知的な断末魔が地下に響いた。

 

 

 


 

 

 

 時は巻き戻る。

 

 ラティアスを一本で背負った敗者に勝者は声をかける。

 

「やっぱりお前卑怯だよ。バトルに見せかけて更生させたポケモンのデモンストレーションじゃないか。それに、ホリゼは封印中。俺の心魂はいろんな意味で尽きた。お前の勝ちだ、カイン」

 

「いや、お前の勝ちだよソウスケ。そこは譲るな」

 

 カインはそう言うと、ラティアスを大学内のポケセンに運ぶため、背を向けた。

 

 いや、お前骨折してんだろ。なんで片腕で出来るんだよ。

 

「俺が運ぶぞ」

 

 小さく、彼女が唸った。

 

「俺以外は拒否するぞこの子」

 

 その背に乗せられた赤い姿を見ながら、彼は呼びかけた。

 

「お前、まさか、俺もカウンセリング対象だったのか? オスなのに?」

 

 その時である。

 

 スタジアムドームの割れ目から、巨大なゲンガーがぬっと顔を覗かせた。

 

「ダイマックスポケモン達が戦闘学エリアを練り歩いているぞ!」

 

「お、欲求不満だったんだ、行くぞカメックス」

 

「いいわね。行きましょう、サーナイト。あなたも」

 

「ガラル以外では起きないはずだろ。どんだけガラル粒子が流出したんだよ!」

 

 悲鳴と歓声が入り混じる中。観客の半数は悲鳴を多少上げつつ避難し、残りはボールを持ち臨戦態勢。準備運動するものもちらほらいる。

 

「じゃっ」

 

 カインは満身創痍の身体でスッと去っていく。

 

 ソウスケは周囲を見渡し、どこに行っても大差ないことを悟った。

 

「まずは俺もポケセンだな。それから考えようか」

 

 

 


 

 

 


 

 

 

 一対の首のない獣の石像。朝日をその六本の尾で反射し、黄金色に崖上を照らし返していた。

 

 

 

 幽鬼のような顔をしたソウスケとイナホが川沿いを歩いている。川面を滑るように進んできたクルーザーが、乗るように合図する。ボートの上では、カインが手を振っていた。

 

 

 

 巨大な橋の上を走る特急の中、イナホとリーフェがいつものように啀み合っている。ソウスケとカインは、それを無視して窓の外を眺めている。

 

 

 

 空港のロビーで、トルーネンが落ち込んでいる。その隣で、ホロビが一生懸命に慰めている。

 

 

 

 飛行機の中、イシスが安全のしおりを熱心に読みふけっている。その窓の外を、透明になったラティアスが一瞬だけ並走し、姿を消した。

 

 

 

 眼下の海では、カインとクルーザー、ドロップ、セルロード、アコ、ホロビ、そしてポリバケツに入ったクリスが、ソウスケの乗った飛行機を見送っていた。

 

 

 

 パイマイシティでは、サミダレとフカ、モリハヤシとラグラージがフェリーを見送っている。船の上から、ナマコブシを頭に乗せたアンリと横のルナが手を振っていた。送り出した夜は例の古い温泉宿へ。スマホが使えずキレる若者たちを、引き戸の隙間からゾロアークがにこやかに見つめていた。

 

 

 

 チャンピオンロードでは、バンギラスの少女がポケモンレンジャーの男と楽しげに会話している。その傍らで、メタグロスと雄のウルガモスが激しいスパーリングを繰り広げている。

 

 

 

 大衆食堂のカウンターで、カラタチとワラコがうどんを啜っている。そこにカインとドロップが暖簾をくぐる。その刹那、カラタチはうどんの器を持ったまま、ネイティと共にテレポートで消えた。

 

 

 

 ツリーハウスの下で、アンリとカナが透明なポケモン――カクレオンとバトルしている。

 

 

 

 地下深く。エレベーターを降りたカインは、床に怪しげな魔法陣をチョークで描き、自爆を繰り返すホリゼを見て、何も言わずにエレベーターで引き返した。再び降りてきたエレベーターから、カインは畳まれた白衣をホリゼに投げた。何かやりとりをした後、マスターボールでホリゼを吸い込む。彼はそれを携え、地上に向かった。

 

 

 


 

 

 


 

 

 

 微かな粉雪が無数の峰の間を漂い、氷ポケモンがふよふよと活発に飛んでいたり、地面を這う。ここは白の豊穣の海。

 

 一面の銀の中のポケモンジム。登山客のストックが山程突き刺さっている。

 

 その前を6枚羽の紅い蛾――ウルガモス、元の姿のメラがふわふわと浮いている。

 

「来てくれねえのかよ」

 

「行かないわよ。私をポケセンに預けてあなたの4体で挑みなさい。向こうも4体制限でしょう? ただの資格試験に私を連れて行って何の意味があるの?」

 

「確かに前回は実力不足だったけどさあ。やはり不安はあるだろ」

 

「情けないオスねえ。四の五の言わずに行きなさい。メラちゃん。連行しなさい」

 

 器用に硬質な目でにっこりする虫ポケモンの彼女。小さな節足のあんよでソウスケをガッチリ掴み、雪に溝を彫りながらパタパタと引きずっていく。笑顔とは元来威嚇行為である。

 

「前回やらかしたのに再戦してくれるグルーシャさんに感謝の気持ちを忘れるんじゃないわよー」

 

 

 

 白い崖上にパラソル付き丸テーブルと折り畳み椅子が三脚。うち二つに座る人外の男女。

 

「良かったのですか。ご主人」

 

 獣人は耳をヒクヒクさせる。

 

「良いに決まっているわ」

 

 もう一人の男が現れた。

 

「あの、イナホ様、売店のジンジャーラテシナモン特盛三人前です」

 

「ありがとう、ミノル。で、ユタカ。ソウスケは単に実力不足、後は相性不良だったのよ。今のメラちゃん、イシスちゃんいるなら、負ける方が難しいわ」

 

 イナホはテーブルにマグカップを下ろした。

 

「……あくまでバッジテストは、だけどね。個人的には6体編成ガチグルーシャさんも見てみたいけど」

 

「ドロップさんのご実家で教えてもらったナッペ山ジンジャーラテを特等席で楽しみたかっただけでは」 

 

「それもあるわ」

 

「あの、イナホ様、わりと暴力な値段でしたが、これ本当にソウスケ様のリーグペイ決済で良かったのですか」

 

「良いわよ。特性パッチ代まだ返してもらっていないからね。一枚分もよ? 二枚目要るのにね。合わせてぼったくりの自転車並みよ」

 

「利子の暴力ですね。しかし、人間の技術というものは恐ろしい。イナホ様の権能すら書き換えられるのですから」

 

「所詮ただの便利な特性よ。……まったく。ソウスケには感謝して欲しいわ」

 

 イナホは目を細めて、視線を下にやった。

 

 崖の下にはバトルコート。観客が周りに集まりつつある。そろそろ対戦者二人も来るだろう。

 

 彼女は目線を戻し、湯気を立てるラテを手に取る。

 

「さあ、冷める前に始めちゃいましょう。ソウスケの再出発を祝って」

 

 三人、いや三匹はマグカップを掲げた。

 

「乾杯!」

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