ゲットしないと喉笛噛みちぎっちゃうぞ   作:イトシキイタダキ

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3章「イナホを返せ! 彼女は人間だ!」

 ポケモンセンターとはトレーナーにとって埒外の福利厚生施設である。ポケモンの無料治療、トレーナーの保護、レンジャーへの取り次ぎ。きっとこの清潔な世界は誰かの労働からの血税で贖われているのだろうなとソウスケは考えたことがある。

 

 そんな破格の待遇の一つとして無料の宿泊施設がある。トイレ別個室である。ポケモンを持ち込むものも多いだろうに残り香も少ないのはどれほどの努力があるのだろうか。

 

 ただ、壁が薄いな。そう彼は感じた。何故ならば。

 

「だから、服を着ろ! そのランクルスのゲルは服じゃない!」

 

「せめて元の姿に戻れ!」

 

 カインの普段とは違う張り詰めた声が薄い板一枚越しに響くためである。

 

「透明だから意味ないんだって! 守られているから良いんじゃ無いよ!」

 

 エスパー特有のテレパシーが少女の声で漏れてくる。

 

「裸じゃないもん! しっかり全身包んでいるモン!」

 

 ソウスケはベッドの上で身体を捩る。なるほど、透明なゲルに全身を包み守られたランクルスというポケモンは最終進化の割に可愛らしいという評判が多い。まあ、大体擬人化するとどんなポケモンでも大体可愛く見えてしまうからあまり関係ないのだが。

 

 しかし、今ソウスケが聞いた内容の場合、カインは間違いなく捕まるだろう。責任能力の無い少女を管理するものが、彼女の責を負うし、そもそもトレーナー倫理に反する。基本はそんな公序良俗に反する姿にはならないのだが、あのカインの手持ちであるからには仕方が無い。むしろそんな姿だからカインの手持ちなのだが。

 

「カインは大変だなあ」

 

 そんなソウスケの首は爪の生えた黒い手袋によって締め上げられている。非常に良い匂いがする。複雑なアロマだ。

 

「マスター、良くそんな余裕あるね?」

 

 ソウスケはベッドの上から見下ろしているであろう彼女にあえて淡々と言う。

 

「リーフェ、だから、俺には効かない」

 

 その甘さに美麗さの混じった声が返してくる。

 

「いいや、効くよ? カイさんから聞いたよ? ダメージは入るって」

 

 カインは何を言ったのだろうか。そんな親友、悪友、戦友を裏切るような真似。ソウスケもそんな友に悪態をつくはずなど無い。

 

「チッ、あの野郎」

 

 彼が取り繕った思考は深層心理に勝てなかったらしい。

 

「なんで、私にずっと黙っていたの?」

 

 リーフェが続ける。そこまでバラしたのかあの野郎とソウスケの剥き出しの心が親指を下にした。

 

「ソウスケに壁ポケモン並の耐久があるなんて」

 

 あの野郎、一応ボカしたな。大差無いがな。

 

 擬人化マスカーニャ、リーフェがソウスケの首の血管の表面を爪先でツンツンする。実に気持ちの悪い感覚である。恐らく静脈なのだろう。もし、ソウスケが普通の人間の場合、リーフェは容易くその首と胴を一裂きで分かつことが出来る。ソウスケが彼女を鍛えた副産物である。

 

 


 

 

 時は巻き戻る。

 

 ポケモンセンター縮めてポケセンで回復されたリーフェはソウスケがトイレに発った瞬間。カインに預かれたボール、彼がソウスケの親友であった証拠である、から飛び出し、驚くカイにいきなり縋り付く。

 

「マスターをまた、守れなかった。ポケモンにこうげきされたらマスター死んじゃうのに」

 

 カインのシャツを握り引き伸ばすリーフェに彼は優しく言う。

 

「いや、あいつは大丈夫だぞ。だから今回も涼しい顔で攻撃されようとしていたぞ」

 

 リーフェの顔がオコリザルのように歪んだ。

 

 


 

 

 現在に戻り。

 

「だから、せめて透過度を落とせ!」

 

「無理だモン!」

 

 裏切り者の社会的なレクイエムを聞きながらソウスケは甘ったるい声に耳を傾ける。

 

「だからってなんであのキュウコンの炎浴びようとしたの? カインさんも耐えられるか5分5分、多分無理、と言っていたよ」

 

「たすき持ってたけどな」

 

「馬鹿なの? そんな不確実な」

 

 リーフェがソウスケの首をアクロバットに爪だけで浮かせる。そんなことが出来るリーフェは人外である。出血していないあたり、ソウスケも人外である。

 

「あ、やばいギブ。助けてメラ」

 

「今回は私も同意見」

 

 部屋の隅に赤く白いふわふわの虫要素のある女の子がいつの間にか居る。いつも賑やかな彼女が沈黙を保っていた事実はある意味緑の烈火より彼にとって恐ろしかった。

 

 え、メラ、お前普通にそっち側なの?

 

「ねえ、マスター、なんで私が怒っているか分かる? ねえ、マスター?」

 

「リーフェが倒されてもまあ、先に一撃やれば良いかという作戦にしたこと」

 

 一撃食らわせたら大人しくなる手合いかと甘く見ていたのはあった。

 

「違うよ、そんなことじゃないよ」

 

「そうそう、違う違う」

 

 メラも同調する。お前もか。

 

「実はカウンターもできるからわりと戦えることを隠していたこと」

 

 我ながら良く隠し通せたな。

 

「それも違うよ」

 

 リーフェの爪がソウスケの首に刺さりつつあった。

 

「ねえ、わざとやってるの? それはね?」

 

 リーフェが続ける。

 

「マスターが攻撃されても良いと思っていることだよ」

 

 リーフェはそのまま続ける。

 

「ねえ、私達はポケモンなんだよ? ポケモンにとってトレーナーは世界の全て、その世界が自分から壊れるというなら」

 

 リーフェのマスクから涙が垂れ、ソウスケの皮膚に落ちる。さらにすすり泣く音をソウスケは聞いた。

 

「私が壊してあげる」

 

 

「悪かったよ。流石に悪かった」

 

 

「出るの! このまま出るの!」

 

「やめろ! 俺が捕まる!」

 

 まだやってんのかよ。

 

 

 

 

 リーフェとメラをソウスケはボールに戻した。直後、おもむろにフライゴンを出してみる。

 

「俺がそんなに悪いというのかトルーネン」

 

 擬人化していなくともポケモンは賢く人語は介する。返答できないだけで。しかし、理解されている感覚は大分減る。だからこそ独りよがりな声を投げかけることが出来るとも考えられる。

 

 フライゴンことトルーネンは無表情で器用に狭い部屋を回転し、尾を向ける。

 

 うちわのような尻尾でソウスケの頭をドラゴンとしては撫でるように、しかし、人間基準ではたたき割るようにはたき。

 

「ぐえっ」

 

 ソウスケはマットレスごと布団を凹ませた。

 

 お前、実は擬人化しているんじゃねえのか。その無表情わざとらしいぞ。

 

 ソウスケは体勢を立て直し窓の外を見る。

 

 人間態のキュウコン娘が建物向かいのカフェで、スイーツの棚を置いて優雅にコーヒーを飲んでいる。机の上にはボールが2個見える。

 

 あまりにも脈絡の無い光景にソウスケは部屋から漸く出る決心をする羽目になった。

 

「何やってんの?」

 

「見て分からないの? コーヒー飲んでいるの」

 

「手持ちポケモンが?」

 

「あ、そうそう、あんたを多少は認めてあげる。だから感謝なさい」

 

 そしてニコッと笑い。

 

「伝票よろしく」

 

 キュウコン娘はキュウコンと化して近くの屋根にまで跳ね、そのまま屋根を八艘飛びして消え去る。

 

 黄金色で無駄に綺麗な毛並だな。コンテストに出せないかな。

 

 ここでのコンテストとはホウエンやシンオウの華やかなポケモンとコーディネーターのコンビネーションを競うようなものでは無い。パルデアスタイルの毛並の品評会である。半分人間を晒すのはなかなかに倒錯的である

 

 そんな妄想に耽っていたソウスケは伝票にふと目を落として言う。

 

「うわ、高え」

 

 

 ソウスケがカフェの支払い後放心していたところ、

 

「おい、ソウスケ、その首どうした」

 

 カインがポケモンセンターの裏口から出てきた。

 

「お前のせいだろ、カイン。リーフェとメラにチクりやがって」

 

 カインが手をポンと叩く。意外とわざとらしく無い。

 

「あー、なるほど。怒鳴り声が聞こえないから奇跡的に穏便に済んだかと」

 

 暴力沙汰前提かよ。人ごとのように思いおってからに。いや、こいつランクルスとずっと格闘していたから聞こえなかったのか。野次馬根性を出す暇すら無かったのか。

 

「それよりお互い大変だな」

 

「いや、ソウスケには勝てんよ」

 

「絶対にお前にだけは勝てない」

 

 沈黙の後、カインが切り出す。

 

「お得な情報だ。この街のハイスクールでは擬人化したポケモンが多数いるらしい。フィールドワークといこうか」

 

「無許可で紛れ込んでいるポケモン達だろ?行こうか。生徒の噂から変な擬人化ポケモン探しに行こう」

 

 傷の舐め合いとはこういうものなのだろうか。

 

 

 コンクリートの校門の中に見える渡り廊下に手を繋いだ男女が歩いている。

 

 良く見ると容姿の良い片側の制服からヒレや花びら、翼がはみ出ている。

 

「カイ見たか、あれ、ラグラージ、メガニウム、オオスバメだろ。まともな学生カップルじゃないだろ。自分の相棒に制服着せてカップルにしているだけだろ」

 

「青春だねー。俺もなつき擬人化ポケモンとイチャイチャしたい」

 

「切実すぎる」

 

 ふわふわの羽根を持つカインの擬人化ポケモンが校庭で、2人の警備員にさすまたで地面に押し付けられ、そのまま、しょっぴかれていく。

 

「お前のチルタリス、ライブしようとしていたな」

 

「だな」

 

 校門徒歩10秒にカフェテラスがあり、そこに女子3人がいる。ソウスケは以下の認識をした。

 

 制服女子3匹。仮にA、B、Cとおく。

 

A黒髪ロング。Bなんか魔術的に輝く紫髪ロング、制服も紫。C制服姿のキュウコン娘人間態。

 

 ついでにキュウコン娘の配下紳士DEもいる。

 

 Cが言った。

 

「あー、下僕じゃない! また、奢ってくれるんでしょ?」

 

 ソウスケは無言でゴージャスボールを出す。

 

 Dことドータクン紳士が、

 

「あ、御主人の御主人、それはマズイ」

 

 と制止するが、

 

「知らんよ」

 

 ソウスケは若干苛立ちながら耳も尻尾も隠したJKキュウコン娘Cを光にして吸い取る。

 

 残されたJK、A、Bと定義した2人が唖然とする。

 

 Eことルンパッパ紳士が、

 

「あちゃー」

 

 と口を開いている。

 

 カインも、

 

「あ、やべ」

 

 と何かに気づく。

 

 何か変だ。

 

 ソウスケが、妙な空気に首をかしげる中、黒髪のJK、ソウスケがAと定義した彼女が叫ぶ。

 

「よくも、イナホを! 友達の人間の! ゲットしてくれたな! この変態! イナホを返せ! 彼女は人間だ!」

 

 シームレスにAはボールを持ち、バトル開始をジェスチャーで宣言する。

 

「ルナちゃん、あいつを仕留めて! 死なない程度に!」

 

 紫髪のJKが髪を解き、その美貌を見せつける。

 

「ムウマージだな」

 

 カイが言うが、ソウスケも同意見だった。

 

 見た目に似合わず、ゴーストタイプが主力とは執念深い性格なのだろうか。と、ソウスケはなかなかステレオタイプに侵されてた。

 

 ソウスケはボールからリーフェを出す。

 

 リーフェは身体を脱力させながら言う。一見休んでいるように見えて、瞬時に動く構えだとソウスケには認識できる。これは普段以上に殺意に満ちているなと。誰のせいだか。

 

「私、今虫の居所悪いんだけど、降参したら痛い思いさせないであげるよ、ムウマージちゃん」

 

「ほざけ!」

 

 手から黒い波動を出す体勢のムウマージのルナの瞳から、緑の人影が消える。

 

 直後、ルナの目からハイライトが消えた。ルナの首元のネックレスだけが千切れ飛ぶ。まるで、首ごと爪が通り抜けたように。

 

 ルナは声も発せずそのまま崩れ落ちる。首は落ちていない。

 

 それをリーフェが見下ろし、言う。

 

「まあ、どっちにしろ痛みを感じる暇なんて無いんだけど」

 

 見ていた伊達男ルンパッパがぼやく。

 

「首に辻斬りですか、暴力反対……」

 

 ルナを瞬時に彼女はボールに戻した。

 

「良くもルナちゃんを! そのネックレス彼女のお気に入りなのに!」

 

 Aはわなわなと震えつつボールに手を触れる。

 

「でもまだいけるわ! 半分キュウコンであることを隠しながらこの高校に来てくれたイナホちゃんのためなら! 力を貸して!」

 

 黒髪JKは祈るように新しいボールを出す。

 

 ソウスケもボールを入れ替える。

 

 そのボールから出たのは青い海パンを履いた若者。ワニの意匠のブレスレットをつけている。気だるそうにJKに言う。

 

「俺出すレベルの相手なのか」

 

 対するソウスケが出したのは、

 

「メラも虫だけど居所が悪いんだよ」

 

 ふわふわ赤い女の子メラルバ。

 

 結果は一瞬。

 

 メラがオーダイル野郎に飛び掛りかぷっと首から精力を吸い切る。

 

「何、あの子! 進化前の虫タイプでしょう?」

 

「楽勝だよ。次持ってきて」

 

 目が一切笑っていないメラは余裕綽々だが、戻す。これは正々堂々の交代戦だとソウスケは認識した。

 

 次に出てきたJKのポケモンは銀色に光る鋼皮を持つ巨獣。ボスゴドラである。間違いない。この子はジムチャレンジ経験者だ。ボスゴドラという最終進化は一朝一夕で育つものでは無い。しかし、残念かな。出していたのはトルーネンことフライゴン。

 

 これもフライゴンは震脚のように美しい石畳の割れ目を走り回る衝撃波を飛ばし、要塞のようなそれの足元で炸裂させ、多段階に突き上げる。為すすべなくボスゴドラは吹き飛んだ。

 

 運が良すぎたな。そうだ、カインはどこに行った。

 

 カインはいつの間にか視界から見当たらなくなっていた。

 

「ちょっと! あなた達イナホのポケモンでしょう? あなた達も戦いなさい!」

 

 彼女のボールはまだありそうだが、なるほど、正論かもしれない。自分の主人を巡る戦いに静観を決め込みのは客観的におかしい。

 

 ドータクン神主が言う。

 

「いや、海よりも深く、砂場より浅ましい事情がありましてね」

 

「どっちなのよ」

 

「そこの平和主義者は出ないでしょうので、私が相手します。いえ、本当にすみません、フライゴンどの」

 

 フライゴンは挨拶もせずに地震という衝撃波を神主に放つ。ソウスケの指示だ。

 

「うぐ、何故私が耐熱だと分かったのですか」

 

 どうやら、分の良すぎる賭けに勝ったらしい。

 

「いや、キュウコン相手にするならそうだろ」

 

 しかし、フライゴンが強い念力、サイコキネシスで、30メートルほど吹き飛ばされてダウンする。強い。キュウコン娘ほどでは無いが、勝ち目は無い。

 

「すまない、フライゴンどの」

 

 神妙に彼は言った。

 

 ソウスケのポケットのボールが揺れる。ゴージャスボールだ。

 

 ドータクンが呼びかけてくる。

 

「早く出してくださいソウスケどの。茶番を終わらせましょう」

 

 茶番? なんのことだ。

 

「いや、裏切られるだろ」

 

「いいや、彼女は確かにあなたの実力、では無くて心意気的な何かを認めております」

 

 妙な空気に黙っていたJKが口を挟む。

 

「あんた、すげー配慮するわね」

 

 わずかにボールを揺らすと制服キュウコン娘が現れる。耳と尻尾を出した状態で。手で印を結び。

 

 ドータクン神主を大文字で焼き払う。熱の余波がソウスケにも伝わる。

 

「あっつうい」

 

 ドータクン神主は普通に耐えたらしい。

 

 化物なのでは。

 

 黒髪JKが言う。

 

「なんで、あなたを取り戻すための戦いなのに」

 

 キュウコン娘が神々しく返す。

 

「ごめんね、アンリちゃん。私、彼についていくことにしたんだ。これまでありがとう」

 

「え、どういうこと? いきなり言われても分からないよイナホ!」

 

「ありがとう、じゃあ、楽しかったよ高校生活」

 

 キュウコン娘が振り返り、ソウスケの肩を叩きながら言う。思ったより優しくてソウスケは背筋が凍った。

 

「行きましょうか」

 

 化け物を見るかのような目とは今の自分の状態なのだろう。キュウコン娘は立ち去り際、ドータクンとルンパッパを回収する。

 

 カフェテラスの前のモノクロの石畳に少女二人の声が響く。

 

「待ってよイナホ」

 

「じゃあねアン」

 

 

 校舎の反対側にまで歩いたらしい。高校生や擬人化ポケモン達が球技に興ずる掛け声がフェンス越しに聞こえてくる。

 

「本当に高校生だったんだな。勘違いしてた」

 

 キュウコン娘はイナホと書かれ、人間態の写真が写った学生証をソウスケに見せつけた。

 

「これ、偽造よ」

 

 イナホの指の先で学生証が発火し燃え尽きる。

 

 は?

 

「は?」

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