ゲットしないと喉笛噛みちぎっちゃうぞ   作:イトシキイタダキ

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6章「雪山の収斂進化だな」

 


 

 

 

 三年前、ハイパイ大学の携帯獣学講義補講。

 

「あれほど説明したのに、理解できなかった阿呆共がいたらしい。スマホを見るのも寝るのも家でポケモンとしっぽりやってくれるのも構わんが、それはこのカラタチ理論を理解してからにしろ、いや又聞きでも良いから理解しろ」

 

「……良いか、前提としてポケモンと人間の差として知能は決定的な差では無い。そこの学生より賢いサイホーンが反証だろう。擬人化したから知能が増大した?違うぞ、何度も有意差がでなかった研究を紹介しただろう。愚かな人間共はポケモンとの差は知恵と知能、言語だと堅く信じ、その信仰の証明のために、実験を繰り返し、データという敗北を繰り返してきた」

 

「……まれにどうしてもボールを6個持てない人間がいる。彼らは辺境に分布する傾向がある。そしてその共通点はポケモンとの交雑の伝説だ」

 

「……ハーフの存在にボールを持たせたところ、ボールを2個しか持てなかった。我々が6個より多くのボールを持つと生理的な嫌悪やポケモンの暴走を招くのと同様だ」

 

「……これは人間のポケモンに対する唯一の優位点と言って良い。このことを公表したら、ポケモンとの共生共存と偶像崇拝を履き違えたカス共や、人間を万物の霊長と思い上がった馬鹿ども、訳の分からん形而上学を崇めるアホどもと散々バトルする羽目になったがな。耳をかっぽじって聞き給えよ、まだましなお前ら。そう、人間とはポケモンを6体扱える種族のことなのだ」

 

「理由? まだわからない。物体が光の速さを越えることが決して無いように、それが基準だからと言われる可能性すらある。くそったれなアルセウスに」

 

 

 


 

 

 

 現在。緑色のコスチュームを着た少女は脚の素肌をタイツのみで保温していた。ジャケットの青年の腕に抱き着いている。

 

「あー、寒」

 

 踏みしめるたびに、きゅっ、と新雪が鳴く。どこまでも続く白銀の世界。ソウスケとイナホ、そしてソウスケの腕にしっかりと絡みつくリーフェは、道の足跡を伸ばし続けていた。

 

「あら、そんなにぴっとりと。寒さにこじつけてマーキング中?  そんなに寒いなら私が焼いてあげるわよ」

 

 寒さからか、怒りからかリーフェがカチカチ歯を鳴らす。

 

「なんならソウスケ、あんたも温めてあげるわよ。最強クラスの炎タイプがいることを光栄に思いなさい」

 

 イナホの挑発的な言葉に、ソウスケはおもむろに腰からモンスターボールを取り出し、メラを呼び出した。

 

「わあい、雪景色!」

 

 マスカーニャであるリーフェ以上に耐寒性能ゼロにしか見えないふわふわのドレス姿で、メラは無邪気にはしゃいでいる。流石、炎タイプである。

 

「おいで、メラ」

 

 ソウスケが腕を広げると、メラはためらいなく胸に飛び込む。その光景をリーフェがギャラドスのような形相で睨む。

 

「元の姿に戻って」

 

 ソウスケが命令すると、メラは光に包まれ、次の瞬間にはふわふわで温かい虫ポケモンメラルバの姿となった。大きな湯たんぽのように彼の腕にすっぽりと収まる。抱えた幼虫からじんわりと伝わる遠赤外線が、ソウスケの身体を芯から温める。

 

「あったけえ……」

 

 虫ポケモンに熱源として敗北したキュウコン、イナホはリーフェ以上にすごい顔で固まっていた。

 

 

 

「ストーンハンマー山には死んだ人が現れる。それも死に別れて会いたいひとに。多分ポケモンの仕業と、資料集にあった」

 

 実は女の子姿と大差無い重量のメラルバを抱き抱えているソウスケが説明する。

 

「オチが初めからついているのなんだかなあ。とりあえずは集落で聞き込みだな」

 

 ところでなんでこのキュウコン娘はさっきから機嫌が悪いのだろうか。ソウスケは訝しんだ。

 

 イナホが低い声で言う。

 

「怖い話、怖い話ねえ。あ、そうだクワトロの山奥でバトル仕掛けられても気軽に受けちゃ駄目よ?」

 

 その愉快そうな語り口に嫌な予感を感じながらソウスケは期待に応える。

 

「はて、なんで?」

 

 イナホが邪に含み笑いしながら言う。

 

「それはね、ポケモンバトルで負けたらトレーナーがそのまま相手ポケモンに殺されることがあるからよ」

 

 メラを抱いてからむしろ近くなったリーフェが言う。

 

 寒いならさっさとボールに戻れば良いのに。

 

「ただの殺人じゃない」

 

「そうね? 現代の刑法では。でも昔なら? わりと普通にみんな殺していたのよ」

 

「見たことあるのか?」

 

 イナホが言う。

 

「さあ?」

 

 リーフェが話をつなぐ。

 

「そんな、世紀が違うレベルの時代錯誤の田舎があるの?」

 

「あるわ」

 

 なるほど、なるほどとソウスケはからかい返すことにした。

 

「まさかね。怖いなー。ところで、イナホはまさかトレーナーを始末したこと無いよね?」

 

 イナホが笑う。

 

 ソウスケも笑う。

 

 そのとき、ソウスケの腕の中のメラが光輝き、人の姿に戻った。

 

「何、恐ろしい話してんの? マスターのために人燃やしたら多分私、辛いよ?」

 

「なんで、殺す前提なんだよ」

 

 ソウスケの突っ込みは雪に吸収された。

 

 

 

 村が見えた。しかし、雪に埋もれて廃村である。

そこでプラスチックの器具を持ち、雪かきをするのはマフラーを首に巻き、スノーボードを傍らに刺した青髪の美しい人影であった。

 

 ソウスケが叫ぶ。彼の脳は情報をリアルタイムに処理していた。

 

「グルーシャさん! 何故こんなところに! はっ! まさかあなた死んで……」

 

「は、誰それ?私はただのユキメノコだけど」

 

 ハスキーな声が聞こえた。

 

 そうか、グルーシャさんは女性だったのか。

 

 ソウスケは現実と妄想をトリックしていた。

 

 

 

 人が住める室内で、ユキメノコが話す。氷タイプ基準では無い。

 

「私はワラコ。ユキワラシのときから育ててもらった元手持ちポケモンよ」

 

 グルーシャと彼女はともに雪山に適応するためにこのような姿に進化したんだな。雪山の収斂進化だな、とソウスケは考えつつ、いつものインタビュー定型文を紡いだ。

 

「俺、大学生のソウスケといいます。よろしく。ところで、擬人化ポケモン達に話を聞いて回っているんだけど、いいですか。特にあなたがなんで擬人化したのか」

 

「へ? 私がなんで擬人化しているかって? そりゃあ、かつては御主人の側にいるためだったけど、それが何?みんなそうでしょ」

 

 どこか、嘲笑うような、からかうような、可愛がるような反応である。

 

「今、御主人様は?」

 

 ワラコの顔が翳る。

 

「こんなところに人がいると思う?」

 

「すみません」

 

「私は捨てられたのよ」

 

 真っ白な雪に埋もれた窓の外からの音はほぼ無く、一同に無言が突き刺さる。

 

「……申し訳ない」

 

 ユキメノコはソウスケの謝罪に返す。

 

「いいわよ。全然。御主人様はあの日、病院に笑顔で去ったまま50年間帰ってこない。私は捨てられたのよ」

 

「え」

 

「捨てられたのよ。必ず戻ってくると言ったのに」

 

「……」

 

「まあ、御主人様の死ぬ姿なんて見たくないと言っていたの私なんだけど。ゴーストタイプジョークだったのに」

 

「え」

 

「ちなみに私ゴーストタイプだから、御主人さまの寿命分かるの、あと3日だったわ」

 

「……」

 

「そこ、笑うところよ」

 

「まじすか」

 

 イナホが静寂を破り叫んだ。

 

「回りくどいわ!」

 

 特に気にしないようにワラコが続けた。ソウスケはこの件が真にジョークだったことに戦慄した。

 

「死んだ人間が現れたという、噂? それなら私じゃないわ。姿変えてないからね」

 

「ありがとうワラコさん、心当たりがあったりはしない?」

 

「あそこの峰にいるやつじゃないかしら。危険だから行かない方が良いけど」

 

「危険?」

 

 

 

 ワラコが文明の利器スマホをポケットから出し、フリック操作で検索しニュース記事を出す。

 

「電波あんの?」

 

 イナホが怪訝に聞いた。

 

「引いてもらった」

 

 ワラコはこともなげに返しながら、記事を見せる。

 

 ストーンハンマー山でまた、凍死者。

 

 顔は幸せそうに、食料、防寒は万全のまま。

 

 ポケモンに襲われた線も怪しい。とある。

 

「私も捜索や山狩手伝わされてねー。潔白を証明するためでもあるからやらざるを得ないの。まあ、ゴースト、氷タイプなんだから容疑者扱いされて当然なのだけれども」

 

 ユキメノコは気に入った人を連れ去り氷漬けにする習性があるらしい。そんなユキメノコが捜索の腕章を付けている光景はどこかシュールであったに違いない。

 

 画面を覗き込んだリーフェがコメントした。

 

「初心者が無理やり装備して突っ込んだ感じね。どちらかと言うと」

 

 ワラコは頷く。

 

「ええ、私は止めたのよ、みんな純粋な登山客では無く、死んだ人達に会いに来ていたからね」

 

「つまり、死んだ人に会いたかったのが、凍死させられているのか」

 

「そうよ、だからあなたもやめときなさい」

 

「そいつは誰? そんな危険なら排除して良いのでは」

 

 イナホの問いに流し目で彼女は応える。

 

「わざと聞いたわね? でもあなたなら分かるでしょう? それは私にメリットが無いからよ。なんなら、麓住民にすらメリットがほぼ無い。立ち入りを禁じている場所で死なれて鬱陶しいだけよ」

 

「むしろ、あなたにはメリットでしょう?」

 

 ワラコが口角を上げる。

 

「あら、分かっているじゃない。そう、魂の残滓をいただけるのなら、それに越したことは無い」

 

 人外二人の会話。しかし、ため息が直後に来る。

 

「まあ微々たるものなんだけどね。ああ、本当に行かないほうが良いわよ。私も人の姿をしているだけに死なれたら多少は心が痛む。⋯⋯私達が手を出さない理由、それはやつが強いからよ。そこの半ポケモンならなんとかなるかもだけど」

 

 イナホが笑顔を引き攣らせる。

 

「まじで言っているの? 相性でも悪いの? ていうか良く私がハーフだなんて分かったわね」

 

「魂の形状くらい簡単に分かるわ。そいつと相性が良いからなんとかなるかもなのよ。ああ、ちなみにそいつはこのあたりでは若干珍しいポケモンでね。けっしょうポケモンの」

 

「フリージオ」

 

 

 

 一同の後にワラコがスノボでつーと浮遊してついていく。襲い来る巨大な氷ポケモン達ユキノオーやイノムーをメラが炎の体術一撃で薙ぎ払っていく。

 

「結局行くのね、あんた達」

 

「なんでついてきてくれるのワラコさん」

 

「魂のおこぼれ狙い」

 

「嘘だね。戦闘になって巻き添えになるリスクを考えたら」

 

「まあ、そいつ自体と話がしたいというバカの顛末をみたいだけよ。警告はしたからね」

 

「ありがとうございます」

 

「そういえば、グルーシャって誰?」

 

「ああ、パルデア最強の氷使いでワラコさんと瓜二つ、そして雪山にいる」

 

「あの、それ擬人化ポケモン?」

 

「普通に人間の男のジムリーダーだよ。雪山の収斂進化だな」

 

 別の種がとある環境に適応していくときに、最終的に似たような形態になるのが、収斂進化である。カントーのダグトリオとパルデアのウミトリオみたいなものか。

 

「私と瓜二つ? まじで?」

 

「本当にそっくり。本当、驚いたよ。親戚縁者に思い入れが無ければ最近のトラウマが来るのかと納得したし」

 

「何があったの?いいや、悪かったわ」

 

 リーフェが殺意の目でワラコに睨みを効かせていた。

 

「やめてくれリーフェ。別に隠すことでも無い。ああ、そう俺は彼に負けた。それだけでは無い、こう言われたんだ、――」

 

「ちょっ、やめて」

 

 イナホがぱっとソウスケの口を手で塞ぐ。

 

 なんだ、いきなり。

 

「……俺、いいや俺自身に会いに来たんだろ? 余所見すんなよ」

 

 防寒着を着込み、ゴーグルを着けた男。手には鎖のようなストック。唐突に開けた雪原に立っている。

 

 ワラコがソウスケに耳打ちする。

 

「知っている姿?」

 

「いいや、知らない」

 

「おいおい」

 

 ソウスケの近くを光線が貫く。着弾した雪壁に氷柱が出来た。

 

 ゴーグル男が顔に手を当てるとそこにはワラコのような姿が。

 

「私!?」

 

 ワラコが驚く。

 

 その変身した男が言う。

 

「やめてしまいなよ。4体しか持てないポケモントレーナーなんて、寒いよ」

 

 彼、ナッベジムリーダー、グルーシャの顔が言う。

 

 イナホが顔をしかめる。まるで自分が言われたかのように。

 

 ワラコがソウスケとイナホに向かって叫んだ。

 

「あいつの言うことはまやかし! それっぽく化けてそれらしいことを言うだけ!」

 

 再び光線。

 

 元に戻った男の嘲笑する声が雪原に響く。

 

「こんなこと、聞きに来て? 幸せになれんのかお前は? とんだエムだなあ?」

 

「なんなのあいつ? あれ擬人化ポケモンなの? マスターでも亡くしたの?」

 

「あれは野生よ! 50年いたから、私は知っている!」

 

 ソウスケがリーフェを引っ込め、別のボールを出す。

 

「メラ! 頼む!」

 

「行くよ、マスター!」

 

 空気が割れた。そんな音。次の瞬間空気がまだらに凍った。メラが瞬間に完全に凍結する。彼女の白くなった肢体がクシャリと音を立てて雪面に沈んだ。

 

「やばいわ、絶対零度よそれ!」

 

「ふん、文字通り格が違うなあ!」

 

 ソウスケは凍り付いて雪に伏せたメラを戻さない。

 

「ちょっとソウスケ! あなたのポケモンよ! 早く戻してあげて!」

 

「いいや、これで良い。さあ行け! イシス!」

 

 ボールから飛び出す新たな少女。黄色の厚手で袖の膨らんだ服、薄い黄色の尾、大きな耳。跳ねた黄色の前髪。柔和な顔、敵を鋭くとらえる瞳の周りに美しいハイライトの虹彩。

 

「こいつこそが、トルーネンを置いてまで連れてきた俺の切り札だ!」

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