雪原で、男と黄色い擬人化ポケモンが対峙する。
「パーモット? あんた、そんなの持っていたの?」
「ああ!お前と入れ替えにボックス送りになっていたがな!」
ソウスケの内心は目の前の敵では無く、イナホの他人事な疑問に対して、沸々と煮立っていた。
パーモットの擬人化、イシスが完全に凍結したメラに飛び乗り、稲妻走る両手でメラの胸を潰すように突く。
女の子姿のメラが電流を全身に流しながら、電熱で体を融かしつつ痙攣し、出してはいけない類の悲鳴をあげる。
「パーモットのさいきのいのり。噂では聞いていたけど物理的な反魂とはえげつない」
ワラコが目を細めた。
両手から肉が焼ける煙が立ち上るイシス。そんな彼女がメラにやんわりと声をかける。
「まったく、あなたは休んでいなさいね」
メラが倒れたままモゾモゾ動いて言う。
「ひどーい!」
さっきまで全身凍結していたとは思えない程度には活発さを取り戻している。
再び、空気が凍る。イシスは液状化した空気の間を駆け抜けていく。
「余所見している暇あんのか?」
「余裕ぶっこいてられるのは今だけですよ!」
イシスが男の懐に潜り込んでいく。メラはボールに回収される。
「喰らいなさい! この野郎!」
男の腹にイシスの両手の拳がめり込んでいく。捨て身の高火力、インファイトだ。
男の顔が明らかに歪む。
「くそ、効いたぜ」
「これで落ちないとは、あなた本当に強いですね!」
イシスが言いつつバックステップで、距離を戻す。
ソウスケがワラコに聞く。
確認しなければやばい。もし、思っていたのと対象が違っていたら致命的だ。
「奴は本当にフリージオなのか? 俺の知っているフリージオは打撃に弱い。なのにイシスのインファイトで倒し切れないとか」
「単純にレベル差がある」
小さい体躯から男に打ち込まれた打撃が雪原を激しく鳴らす。
普通、相性関係なくあんなに喰らうと落ちるんだよ。
「おいおい、俺達の瞬間最大火力だぞ」
ソウスケが冷や汗をかく。仕方なく、出ていない不確定要素に声をかける。
「なあ、イナホ、出る気あるか?」
「……嫌よ。さっきまでは出るつもりだったけど、私にもあの絶対零度効くわ。絶対に喰らいたくない。あなたも死ぬわよ」
「え、さっきまで出るつもりだったの?」
「え?」
イナホが固まる。
まったく、こいつは役に立たない。むしろ出ようとしていただけ見直したレベルだ。
「しかし、まじでイナホよりレベル高いとなると、やべーな」
そうだ、そもそも戦わなければ良いのでは。
ソウスケがイシスと突き合う男に声をかける。
「おーい、お前はなんで人に化けているんだ?」
「直接聞きやがったわ、こいつ」
イシスの下段蹴りで体勢が崩れている男がニヤリと笑う。
それは青いバルーン型の姿を経た後、一人の老紳士の姿になる。青いジャケットをして、黒いニョロニョロした尻尾のようピアスを耳に付けていた。そのアクセサリーの目がキョロキョロ動く。
「久しぶりだなソウスケ」
ソウスケは反射的に声を出した。
「じーちゃん!?」
――しまった。これは俺の致命的なミスになる。
イシスが固まる。
「え、つまりソーナンスに化けた? ならマスターのようなカウンターがまずい、グッ」
何か考えていたのか動きを止めたイシスが蹴り飛ばされる。全くこいつは頭の回転が速すぎる。
「良く分からんが、馬鹿だな」
イナホが目を見開きながら、聞く。
「じーちゃんがソーナンスということはミラーコートってそういうことだったの? つまりあなたソーナンスクォーターだったの?」
ああ、そうだよ、クソが。
「だからソーナンスってなんだよ。何駄弁ってんだよ」
幸か不幸か、一番意味を理解できていないのはこのフリージオらしい。
そして老紳士の口調になる。
ワラコが叫ぶ。
「やめて、聞かないで! ソーナンス混じりの少年!」
彼女には初めからバレていたのか。イナホを判別出来るぐらいだし。
「ああ、ソウスケ、立派になったな。どうだ、可愛い別嬪さんまで連れて。ああ、妻の血は抗えなかったようだな。ポケモンに恋してしまうなんて」
「いや、ちげーけど」
間髪入れずの反応であった。
「そのうち、わかる日が来るさ」
そして、そのままの顔で男の口調と化した
「いいや、幸せなまま死んでいけ! それが俺と人間の契約だ!」
青い光線の前にイシスは倒れた。
ソウスケの手から緑の閃光が走る。男の背後に突き刺さる。フリージオすら反応出来ていない。
男は黄色い果実を取り出し、光に変える。
オボンかよ。野生とは思えない。だが。底がようやく見えた。
「邪魔だよ、メス猫」
リーフェが青い光線の前に崩れ落ち、回収される。
「じーちゃんじゃないことは良く分かった。いけ、メラ。ニトロチャージ。やつはソーナンスじゃないから気にするな。イシスのようにお節介な配慮する必要は無い」
赤い少女がボールから飛び出し、男に突撃する。
そして、男は倒れる。
「嘘、あんなレベルに低レベルで勝っちゃった」
イナホが呟いた。
「なーんてな!」
男が起き上がり、空気が割れ、凍り、メラが再び倒れる。しかし、その前にはワラコが立っている。
おい、なんのつもりだ。関係が無いのに、死にたいのか。
「もうやめなよ。名も無きフリージオ。行き倒れた旅人を救うために始めたんでしょう? こんな擬人化は幸せにすることが目的だったはず、殺すことでは無かった」
「ふん、知ったことじゃないね!」
「あなたの目的は幸せな状態で、会いたい人の姿を見せた状態で命を終わらすこと。純粋な願いだったはず」
「ああ、そうだが。しかし、俺にとっては死にに来たやつらだから差は無いね!」
「そう……」
ワラコとフリージオのやりとり。そんな中、ソウスケの後ろからいきなり威勢の良い叫びが聞こえた。
「いよし! 良くやったわ下僕! 後は私がやるわ! だから離れて!」
イナホの不意を突いた台詞にソウスケは思考がクリアになり、己が放心していたことを自覚した。
「は?」
ソウスケは反射的に深く刺さったブーツを雪から抜きながら歩く。無様でコータスのようだが、それでも最速だ。
イナホがボールを出す。現れたのは神主姿のドータクン。
「ユタカ! 奴の絶対零度の前にはあなたの防御も無意味! でも下僕が削ってくれたからやられる前に二人で一気に押し込むわよ!」
「おうよ、御主人! それでも肉壁ぐらいは果たせましょうぞ!」
さらに、光り輝くイナホが姿を変える。
「クソ、臆病狐、お前トレーナーだったのかよ!」
急激な太陽光と鋼の光線、熱線で雪山が蹂躙される。
ああ、本当になぜこいつは初めからやらなかったのか。お前とそのお供の火力なら負けるはずが無かったというのに。
まさか、絶対零度を3連続で当てられるリスクを回避したというなら、トレーナーとしては度を越したレベルの臆病だ。
氷タイプであるフリージオに対して炎のキュウコン、鋼のドータクンという詰み確定の盤面。ソウスケも体験したことの無い火力の投射が行われ、雪の下の地肌まで、削られていく。
水蒸気で、ソウスケの目が焼ける。それでもソウスケは歩きをやめられない。
低速移動だが、超高速横回転のユタカがフリージオに迫る。
ジャイロボール。相手が速いほど突き刺さる鋼の一撃。着弾は遅いが、不可避である。
勿論、それすら上回る日照り下の業火も控える。
ワラコを鎖で縛り上げたフリージオがキュウコンを見遣った。そして口角を上げた。
「そうだ、お前には試していなかったな!」
「逃げて! ソウスケ! とにかく遠くに!」
悲鳴のようなキュウコンの叫びを背景に、ソウスケは雪の中歩いているのか泳いでいるのか分からないまま、思わず、振り返る。
ソウスケが最後に見たのはイナホが変身したキュウコン。とその先にいる、それよりはるかに巨大な白い怪物。たくさんの尻尾が見える。
最後に聞いたのは。
「お母さん」
という小動物が怯えるようなイナホの言葉であった。
赤く塗装されたトラックのような巨大なポケモンが草原を縦横無尽に駆け回る。もちろん、風を纏い全てを薙ぎ払いつつ。
「爆ぜろや」
上に乗った人の女の子の声が微かに聞こえる。
「駄目だ、ソウスケ、アコじゃ耐えきれない!」
カインの目の前でドオーが轢き飛ばされた。
ソウスケの横で猫耳の緑髪の女の子がどんどん加速していく改造ブロロロームの速度に唖然とする。マスクはまだ無いニャローテだ。
「おい、あれ、加速ってなんだよ、どんな改造車だよ、やべえだろ。しかも日差しも強い。あー! 俺のビブラーバちゃんがあ! リーフェ、行ってくれ、え、素早さで負けているから囮にもならないって、やべえよ。駄目だ、轢かれる、潰される! 殺される、殺される!」
あの時の夢か。
ソウスケは気がついたら何か柔らかいものに包まれていた。
揉んでみた。
「不敬よ」
イナホの声がした。
そこにいたのは一匹のキュウコン。ソウスケはその尾を一本揉んでいた。
胸じゃなければましだろ。いや、キュウコンって尻尾触られるの嫌いだったな。
見えるのは薄っすら炎に照らされた全周の岩肌。外に吹雪が見える。
神主と伊達男が奥で、焚き火をしている。
「お、目覚めましたな」
「良かったです」
普段苛ついているキュウコンに対しても素直にそれは言うべきである。そう、教育されてきたソウスケが言った。
「ああ、ありがとう、人生で二番目にヤバかった」
「あんた、どんな経験してきたのよ」
人間に戻ったイナホと洞窟内の焚き火を囲むソウスケ。イナホが聞く。
「で、本当にそんなひどいこと言われたの? 4体しか持てないトレーナーだなんだとか」
ソウスケが返す。
「違うよ。でもそう言われていたらまだ良かったかもしれない。惨敗だったのは確かだ。実際は」
グルーシャが言っていた内容をソウスケが言った。
「……君はまだ、折れていないのに諦めるの? 自分も戦力にするなんて、そんなの寒いよ。折れた人達にも、君のポケモンにも失礼だ。心を洗って出直しなよ」
「スーパーアクアトルネード!」
アンリの掛け声と共に、青い光を伴った海パン青年が、黄色と白の警告色ドレスを纏った美女に突進する。巨大な渦巻きが抵抗する彼女の肢体を持っていく。結果は誰が見ても明らかであった。
クワトロセントラルジム。
「腕を上げたね! アンリちゃん!」
ジムリーダー、レンゲはビークインを戻しながら、息を切らす彼女に呼びかけた。
「うん。ジムチャレンジから帰ってきた私達はさらに強くなった。高校の中で、イナホという刺激があったから」
「頑張ってね。アンリちゃん。そのチャレンジは尊いものだ。どんな結果になったとしても。応援しているよ」
「ありがとう。必ずあいつをぶっ飛ばしてみせるから」
観客ベンチには両腕にそれぞれ、背に透明な羽と茶色の何かがついた少女を抱きつかせているカイン。
横でセワシが頭から煙を出しているかのごとく、放心している。
「二匹寝取るとは流石の色男ですね、カイン様。あなたの性別が逆なら始末してました」
ベンチの横には一人のメイドが立っていた。
緑と白のエプロンドレス、ひし形の羽、赤で縁取られたうちわのような尻尾。額にオレンジの丸いゴーグル、洗練された黒い虹彩。
カインはダブルシノブをさらに抱き寄せながら、そのもう一人の女に声をかける。
「そんな人聞きの悪いことを言うなよ。未だ御主人にだけは見せていない麗しき姿が台無しだぞ。置いてかれて、ご機嫌ナナメな――」
「――トルーネンちゃん」
「そう、氷は私の弱点。ただでさえ少ないソウスケの手持ちの中、リーフェと被らせる意味はない。あの女狐を差し置いて、虫ジムに預けられたことを私は気にしていない」
フライゴンメイドは頬をぷくっと膨らましながら淡々と繰り返した。
「私は気にしていない」