ゲットしないと喉笛噛みちぎっちゃうぞ   作:イトシキイタダキ

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9章「よし、ポケモンフードをどうぞ」

「カツ丼食うか?」

 

 ソウスケはパイプ椅子に座っていた。薄暗い部屋に机が置かれ、デスクライトが灯っている。

 

「それ、カツ丼への風評被害だと思う」

 

 向かいの椅子に縛られたワタッコ少女が真顔で返す。

 

「さて、言ってくれよ」

 

 脇からリーフェがワタッコ少女の爪を剥がそうとする。

 

「何よを! 聞く前に剥がさないでよ!」

 

 

 

 ワタッコ少女が息を切らし椅子に座ったまま項垂れている。

 

「さあ、カウンセラーの出番だぞ、甘やかして洗脳しろ、カイン」

 

「言い方やめろ」

 

 選手交代の時間だ。

 

「僕はただ、遊びで突き落としただけ」

 

「やっぱり殺処分しようぜ」

 

「おいやめろ、ソウスケ、話が進まない」

 

「それに、ポケモン混じっているから死にはしなかったでしょう?」

 

「割と怪しいラインだな」

 

「人間ってほんとうに弱いなー」

 

 カインが彼にしては緊張感のある声で聞く。

 

「で、誰に命じられたんだ?」

 

 横のリーフェが無言で擬人化ワタッコの爪を触る。

 

「知らないよ好きにやったんだから、それはやめて! 人間なら分かるよね! 爪剥がされるその痛さ!」

 

 正直剥がされたことないから分からないが、都合の良い時だけ人間を持ち出すらしい。

 

「単独犯かよこいつ」

 

 

 

 さらにワタッコは項垂れていた。

 

「僕は人間を嵌めるのが楽しかったんだ」

 

 ソウスケとカインは目を見合わせた。

 

「やべーよ、こんな擬人化あんのかよ」

 

 ソウスケはポケモンセンターの自販機で缶コーヒーをあおる。不味い。

 

「ああ、今回は明確に悪意だ。矯正は意外と楽かもしれないが」

 

 カイがご当地メーカーのサイダーを飲みながら返す。旨そうだ。サイコソーダの方が安くて美味しいかもしれないが。

 

「ああ、若いだけにましだな……」

 

 ソウスケがため息混じりに反応した。

 

「なあ、ソウスケ、その研究やめろという、脅迫メールも考えなければいけないぞ。ワタッコとは無関係らしいからな」

 

「ああ、シラを切っているとも思えない。でも心当たりも無い」

 

 ソウスケは空を仰ぐ。そこにあるのはポケモンセンターの天井だけ。

 

「卒業出来なくなるのは嫌だなあ」

 

 

 

「えー、私しばらく安静?」

 

 赤く触角の生えた少女メラがその服のまま人間用の病室ベッドで寝ている。清潔そうなポケモンセンター併設の病棟だが、人間向きと大差無い雰囲気である。幼い少女が寝台で寝かされる姿はかなり痛々しい。

 

「イシスのあれで無理やり回復したからな。後、遥かにレベルの高い相手の即死技2回」

 

 黄色いパーカーの獣耳イシスが不満げに言う。

 

「なんで私の蘇生があの化け物より先に来るんですかマスター」

 

 いや、そういう意味では無いんだが。

 

「普通人間なら、絶対零度喰らったら凍結分解なんだよ。むしろ、この程度で済んで良かったし、すまない。そして、ありがとう」

 

「そこは気にしていないよマスター、じゃあ、ボックスでおやすみしとくね」

 

 ソウスケは手持ち限界以上にポケモンを捕まえない主義であった。つまり、ソウスケの手持ちは本来、マスカーニャのリーフェ、パーモットのイシス、メラルバのメラ、フライゴンのトルーネンの4体。つまり、彼女はボックスに慣れていない。気にしていないはずが無いのである。

 

 そのチクリとした自覚をソウスケはイナホへの怒りに転化した。

 

 

 

 横の個室の病室。

 

 ソウスケがトイレのようにノック2回で開けようとしたところ、

 

「開けるな、変態!」

 

 イナホの怒号とともに彼は床に念力で這いつくばらせられる。

 

「解せない」

 

 通常の3倍くらいの重力を感じつつソウスケがぼやく。

 

「おねーちゃんなんでそんなことするの」

 

 中からクリスの念話が響く。おや、意外な組み合わせ。

 

「あんたを変態から隠すためよ」

 

「解せたか?」

 

 どこからか現れたカインが半笑いで言う。

 

「解せた。つまりお前の管理不届きだろ」

 

「なんのことかな」

 

 飼い主はわざとらしく目線を逸らした。

 

 

 

 カインがボールで、クリスを光にして吸い取る。

 

「入るぞ」

 

「許可するわ」

 

 半獣人姿のイナホは上半身だけベッドを上げ、半座位であった。

 

「元気か?」

 

 思ったより、ダメージを受けているな。そんなに呪いが響いたのか、アンリに裏切られたのが、そんなに辛かったのか。まあ、友情ごっこを反故にした自業自得でしか無いのだが。

 

「食欲が無いから、何か甘いゼリー買ってきて」

 

「よし、ポケモンフードをどうぞ。ハイワースのが良いかな」

 

「喧嘩売ってんの? ていうかそれ、有名スーパーの値段だけ安くて、ポケモン達のレビューが文学になるやつじゃない」

 

 こいつの格安文学を聞いてはみたかったが、本気では無い。

 

 ところで、友情を取り戻すためにアンリがイナホを倒すのは美しい流れだ。しかし、この化け物キュウコンをまともに倒しきれるとは思えない。理論上はオーダイル兄さんの言っていた内容に沿えば出来るだろうが。

 

「で、なんでお前アンリに負けたんだ。本気でやれば勝てただろう?」

 

「失礼ね、私よりもアンリに」

 

 イナホがため息混じりに返す。

 

「どういうことだ。アンリはレベル低くは無いがお前には到底及ばないはずだ」

 

 ソウスケは苛立ちを隠せなかった。

 

「あら、あなたも知っているはずよ?」

 

 ソウスケはそれを聴きたくなかった。

 

「なんで、6体で3体に負けるの?」

 

 クソが。

 

「駄目なのか、お前でも、駄目なのか」

 

「ええ、私達ポケモン、ポケモン混じりは本気の純粋人間には絶対勝てないわ。まさか、アンがそこまで早くとは思わなかったけど」

 

「嘘だろ」

 

「嘘では無いわ。ポケモンバトルなら。仮に殺し合いだったら、勝てたかもしれない。いや、無理ね。ルナちゃん巻き込んで道連れからの相討ちが関の山。ねえソウスケ、あなたにも共有しておく必要があるわ。私達は決して強者では無い」

 

 畜生。

 

「……まあ、正気を失ったような演技に騙されて搦め手を読めなかったり、選出を完全に読まれたのも敗因だけどね。そして高校であの子達にみんなで稽古付けていたから技を全部知られていたのも大きいわね」

 

 どれもポケモンバトルで致命的な内容ではある。

 

 ソウスケは胃酸の濃度が倍になったような不快感の中、違和感に気づく。

 

「あなた、にも?」

 

 絶対聞き耳を立てていたカインが後ろから現れる。保護者面である。

 

「ああ、クリスはハーフだ。彼女もイナホと同じ人間の性質を持つ。人間相応か以上の知能もある。だが、外に出してやるのはまだ無理だ」

 

 嘘だろ、あの声だけ聞こえていた女の子は。

 

「おい、カイン、つまりあの子は本来人間として生きられたはずなのに軟禁され続けてきたのか、俺と大差ない存在なのに」

 

 クォーターであるソウスケとは血にして四分の一程度の差しかない。

 

「ああ、そうだ。俺が保護する前もだ」

 

「ええ、私のように社会常識を身に着けているわけじゃないから、今から覚えるのはかなり大変ね」

 

 ところでこいつは何を言っているんだ。

 

「ちょっとソウスケ、何その目」

 

 しばらく休もう。

 

「カインだっけ、あんたドラパルトでも放し飼いにしてんの?院外にそんじょそこらより強いのうろついているわね?あんたが来ると、見えないけど感じるわ」

 

 カインという変態はまじでやべえ奴だからな。もっと突っ込めイナホよ。どんな厄介事があってもおかしくない。

 

 しかし、俺は休む。

 

 

 

 ポケモンセンター内ロビー。ソウスケは背もたれの無い椅子でぼんやりしていた。

 

 いきなり声を掛けられた。ソウスケは残りの気力をフル動員して背筋を伸ばした。

 

「ソウスケさん」

 

「アンリ、ちゃん。何しに来たんだ」

 

 彼女は急激に頭を下げた。

 

「申し訳ありませんでした!」

 

 ソウスケは後ろ手にイシスのボールを握っていた。臨戦態勢である。

 

「あ、うん。分かった。この期に及んで逃げも隠れもしないからセンター外で戦ろうか。あれ? バトルじゃないのか?」

 

 ソウスケはここまで話しながら、予想とは全く違う展開になっていたことに気が付いた。

 

 理解力の低下。過度のストレスの症状である。

 

「本来なら、駅で謝るべきでした! でもソウスケさんに迷惑かけたイナホに落とし前をつけさせ無ければいけなかった。あのタイミングで仕掛けて分断させるしか無かったんです。トルーネンちゃん……あ、違う。カインさんにそう言われました」

 

 彼女は何を言っているのだろうか。

 

 一つ言えることがある。

 

「ありがとう。アンリちゃん。駅で助けてくれて。当たりどころ悪ければ死んでいたかもしれないところを救ってくれて。ボスゴドラ……カナにもお礼を言いたい」

 

 アンリは面喰らっていた。

 

「えーと、当然のことをしたまでですよ私。後、当たりどころ悪くなくても普通は死にますよ」

 

「あ、うんそうだね。普通死ぬんだった」

 

 彼女は怪訝な顔をしながらボールを取り出す。

 

「カナちゃん出ておいで」

 

 ソウスケは出てくる光に頭を下げて礼を言った。

 

「ソウスケさん! 私はただ、アンリの指示に従ったまでですよ。お礼を言われるほどのものではありません」

 

 甲冑美少女をそう言うと腰を押さえた。

 

「ああ、すみません。先程手痛くやられちゃって。まだ腰に違和感があるんですよ」

 

 あのレベル差を喰らったんだ。仕方ない。

 

「アンリちゃん、ありがとう。出させて悪かった。もう戻してあげて」

 

 アンリは、しまったという顔をしていた。

 

「ごめん、カナちゃん。ゆっくり休んで」

 

 アンリは彼女をボールに戻した後、こう言った。

 

「私は未熟だ」

 

 どの口が抜かす。

 

 ソウスケはそう真っ先に内心に浮かべた。

 

「私はカナちゃんを気遣うことが出来なかった。先程の戦いで、ポケモン達に瀕死を強いる前提の作戦をしたと言うのに」

 

 公式戦でも犠牲前提の戦略は、ルール上問題無くとも批判されることはあるかもしれない。

 

 ソウスケは胃酸を堪えながら、反応した。

 

「君はイナホを完全に対策し、勝つための戦略を決めて見せたじゃないか」

 

 アンリが返した。

 

「偶然です。偶然勝てました。選出順が違ったら、たまたまイナホ達が別の技に入れ替えていたら、ソウスケさんを分断出来ていなかったら、私達は負けていたでしょうね」

 

 偶然? 何こいつはいい子ぶっているんだ。

 

「仮にそうだとしても君はイナホの最大の弱点を効果的につける腕があった。そうだろう!」

 

 なぜ、俺は内心怒りを感じているのだろう。

 

「その通りです。私は全力でイナホのハンディキャップである、手持ち数制限を狙い、嵌めました。私は4体の手持ちを犠牲にしてイナホを討ちました。でも他の人ならもっと上手くやると思います」

 

「……おいおい、アンリちゃん、過剰な謙遜は嫌味にしかならんよ」

 

 カインが柱の裏からスッと現れた。わざと演出しているのだろうか。

 

「すみません。そんなつもりでは」

 

 カインが続ける。

 

「君のその奇跡のようで必然のジャイアントキリングはイナホちゃんへの想いから産み出されたものだ。全てを読み切った君はとんでもない実力者だ。おい、ソウスケ大丈夫か。顔がソーナンス並みに青くなってんぞ」

 

「カインありがとう。トイレ行ってくる。すまないアンリちゃん」

 

 必死に喉を締めてソウスケはトイレに走る。

 

「……私のイナホがソウスケさんに働いた非礼は私が代わりに謝ります! ごめんなさい! 後、お金も。バイト代足りるかな……」

 

 君は一体イナホのなんなのさ。

 

 

 

 惨めだ。トイレの個室の中でソウスケは音なく呟いた。

 

 俺はアンリのレベルにも余裕で狩られるのか。彼女は多く見積もってもバッジ7個かそこらのレベルだ。そんな彼女ですらイナホを嵌め抜いて見せた。

 

 ポケモン達を犠牲にする罪悪感を抱えながら。

 

 じゃあ俺はなんなんだ?雪山で俺はポケモン達を無闇に突撃させ、絶対零度に晒し、イナホを説得もせず、さいきのいのりだし、感情的に暴れ、そして全滅。ワラコさんを犠牲にして撤退。気まぐれキュウコンにたまたま命を救われただけ。

 

 ソウスケは胃の中身を全て戻した。

 

 やっぱり節約の為とは言え、ハイワースは不味いな。ポケモンフード全体が薄味なのは確かだが。

 

 ちなみに男子トイレに駆け込んだのは手持ち達への牽制であった。出てくるなと。

 

「俺がミラーコートすれば良かったのか」

 

 腰のボールがいきなり暴れ、腰を強かに打った。中のポケモンがボールの内側から打撃を与えたらしい。

 

「聞かなかったことにしてくれ、リーフェ」

 

 

 

「どこか、南に行きたい。南風が欲しい」

 

 ソウスケはカインに呟いた。

 

「お、良いな。ハイナレだな。特急乗るか?」

 

「いいや、俺には特急より普通……後、トルーネンが似合う」

 

「褒めてんのか貶してるのか分からんな」

 

「トルーネンを褒めてんに決まっているだろう」

 

「そんなこと言って特急代ケチりたいだけだろう」

 

 二人で話し合っていたところ、唐突に一団が現れた。

 

「行き先はハイナレね。私も同行する」

 

 南方樹の葉の翼を持つ青年と狐耳と九本の尻尾を持つ少女を伴ったアンリが言った。

 

「ゲッ、付いてくる気なのアンリ」

 

「イナホちゃんの監視だよ。私達の総意だからね」

 

 

 

 ポケモンセンター外のライドポケモン発着場。

 

「鉄道のルートとは別が良いな。距離が違いすぎる。だがポケセンが多い経路を選ぶぞ」

 

 カインがホロビに地形図を見せながら「ああ」と答える。

 

「大分山間部を渡るぞ。はぐれないように気をつけてくれよアンリ」

 

 アンリは、はーいと答える。彼女は魔境セキエイ圏のジムチャレンジ経験者だ。空飛ぶタクシーで許されたパルデア民とは違う。

 

「イナホはこっち、私のトロピウスの後ろ。二人で一緒に行こうね」

 

「……はーい」

 

 しおらしくしたイナホはアンリに連れて行かれた。まあ、これで俺のライドポケモンの機嫌も良くなるだろう。ところで、イナホをボックスに預けた状態でアンリにそのボールを貸し出すという小技は悪用出来そうだ。

 

 ソウスケがボールを出す。

 

「トルーネン」

 

 フライゴンが飛び出す。

 

 フライゴンはご主人を見つめて動かない。

 

「済まなかったな、トルーネン。留守番させてしまって」

 

 ソウスケが振り返り、

 

「カイン、ナビは登録したか――」

 

 ソウスケの後から落ち着いた女の子の声が聞こえる。

 

「言わなきゃ良いのに」

 

 ソウスケは振り返る。そこには砂塵が巻き起こっており中は見えない。すぐに収まり、中からフライゴンが元の姿勢で現れる。

 

 ホロビの元の姿、チルタリスに跨るカインにソウスケが聞く。

 

「この辺にメスの擬人化ポケモン、他にいたか?」

 

 カインが半笑いだ。アンリもクスクス笑っている。

 

「さあ、幻聴じゃないか?」

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