異世界三度笠無頼 ―凶状持ちの渡世人が、精霊の異郷へ旅立った―   作:美風慶伍

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参:マルタという年増 ―過ぎた春を笑う女の覚悟―

 その日の夜、一人の女性が俺の寝泊まりする家へと現れた。長袖の一枚作りの衣類を身に着けている、後にワンピースと呼ぶのだと知った。それに両肩に厚手の一枚布を丁寧に巻いている、こちらはショールと言うのだとか。歳の頃は40くらいで子どもを産んで育てていてもおかしくない。リーアと同じように金髪の風貌だが、どことなく不機嫌そうでつっけんどんな振る舞いが鼻についた。歓迎されていないのは明らかだった。

 

「食事だよ」

 

 にこりともせずに、盆に乗った夕餉の食事を運んでくると、無造作にテーブルの上においていく。

 

「どうも、ありがとうにござんす」

 

 俺は礼を言いつつ頭を下げた。村人たちの中には俺を歓迎しない視線があったのはわかっていたから、こう言う歓迎の仕方もあるのは覚悟していた。流石に食事を投げ出すような真似はしないからそこそこの礼儀は残っているらしかった。

 出されたのはスープと呼ばれる汁物と、パンと言うお麩のような食い物、それとチーズという黄色みのある餅のような食い物、米の飯が無いのは少々こたえるが、贅沢は言えない。こう言う山あいの村では食料はそもそもが貴重なものだからだ。

 俺は、食事に手をかけながらその〝おばさん〟に尋ねた。

 

御新造(ごしんぞう)さん、お名前は?」

 

 御新造――他人の妻を尊称を込めて呼ぶ言い方だ。持ち上げられ褒めそやされたのが意外だったのか、驚いたような表情をかすかに浮かべると戸惑ったようにボソリと答える。

 

「マルタ――、結婚してるように見えるかい?」

「へい、どことなくそんな雰囲気がお有りでしたので」

 

 正直言うとそう見分けた理由は〝尻〟だ。若い女と、子どもを生んだ経験のある年増の違いは尻に出る。授乳もしていたのか胸もふくよかで、その体はどう見ても一人二人は産んでいるだろう。産んでいるなら相手がいるはずだからだ。マルタの姐さんは面倒そうにため息を付きながら俺に背中を向ける。

 

「旦那は2年前に流行り病で逝っちまって独り身だよ」

 

 マルタは息子が居るとは言わなかった。事情があるようだが、それ以上は根掘り葉掘りは聞かなかった。

 

「とんだ失礼をいたしやした」

 

 俺が詫びの言葉を語るとマルタはため息をつき、意外な言葉を吐く。

 

「見てくれに似合わず、丁寧なんだね。もっと荒っぽいのかと思ってたけど」

「礼儀を失したら、世の中の旦那衆に相手にしていただけやせん。流れ者ですが、人の情におすがりするには何が必要かは心得ておりやす」

「そうかい――」

 

 言葉というやつを、乱暴に使うのも、丁寧に使うのも、相手による。カタギの人間相手に刃物を斬りつけるような言葉をぶつけるのはそれなりの理由が必要だ。それくらいの常識は心得ていた。

 

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