異世界三度笠無頼 ―凶状持ちの渡世人が、精霊の異郷へ旅立った―   作:美風慶伍

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〈第九章/記憶〉十年前の涙を知った
壱:酒場の真剣勝負 ―男が女に頭を下げる時―


 翌朝俺は目を覚ますと着ているものを確かめた。いつもは力仕事をするために脚絆や手甲ははめていなかったが、今回は一通り身につけた上で帯をしっかりと締めて左腰に脇差を下げた。

 そしてその後、イリスの姐さんの店が始まる頃合いを見届け、エライジャの旦那と一緒に彼女の店へと向かった。

 エライジャの旦那は、いつも革ズボンに白シャツ姿の上に革製のチョッキとロングのコート、襟には黒いスカーフを巻いている。そして頭には革製の帽子を乗せていた。

 イリスの姐さんの店の前に俺たちは立つ。

 

「旦那は店の前で待っててください。話は俺がつけてきます」

「分かった。無茶はするなよ」

「女を説得するのに力はいりませんぜ」

 

 俺のその答えにエライジャはニヤリと笑った。

 イリスの姐さんの店は昼過ぎに始まる。夜の飲み客が主な客層だからだ。昼過ぎは客はほとんどいないのだ。

 俺は店の中に入ると人影を探す。すると店の奥からいつもの佇まいでイリスの姐さんが姿を見せた。

 

「いらっしゃい、今日はどうしたの? お仕事おやすみ?」

 

 いつもと変わらぬ気さくな雰囲気でイリスの姐さんは俺に笑顔を向けてきた。だが俺の真剣な表情を見ていつもとは違うということに気づいたらしい。

 

「どうしたの? 丈之助さん?」

 

 一呼吸おいて俺は彼女に告げた。

 

「姐さんに、お願いしたいことがございやす」

「え?」

 

 その時の俺の表情にイリスの姐さんは察するものがあったようだ。そう、荒波のリカルドとやりあった時の俺だ。

 水商売の女将というのは人と触れ合うのが仕事だ。相手の表情一つその奥に何があるのか、読み取ることで成り立つ商売なのだ。俺がただならぬ思いを胸に秘めていること彼女はすでに察していた。

 

「店先でやめとくれ。他の客が来ると迷惑だ」

「それなら奥で話しやしょう」

「男を入れるような場所じゃないよ」

「なら話だけでも聞いておくんなさい」

 

 その言葉に彼女は目線をそらさずに黙り込んだ。拒否したいが、拒否しきれないでいるのだ。俺はその気を捉えて自分の望みを言い切った。

 

「精霊を調伏する魔法を教えてくんなせえ」

 

 その瞬間、彼女の目が大きく見開かれたことを俺は見逃さなかった。

 

「何のことだい? 知らないね」

 

 これくらいの拒絶は想定内だ。俺は次の行動に出た。左の腰に下げた長脇差を抜くと床に置いて膝を折ってこのまま両手を床についた。そう、土下座だ。

 

「この通り、伏してお願い申し上げます」

 

 ここで初めて彼女は目線をそらした、そして迷いをごまかすかのように吐き捨てた。

 

「男が簡単に頭を下げるんじゃないよ!」

「頭を下げてでも通さなきゃならない筋がございやす」

「何を言ってるんだよ」

 

 そう拒絶する言葉は震えていた。イリスの姐さんの心の中には闇深い迷いがあるのだ。

 

「あのマルクスの野郎の理不尽をこの街からなくすためには、マルクスそのものを討たにゃあなりやせん。そのためにはどうしても精霊の力を借りる必要があるんでござんす。聞けばイリスの姐さんがこの街に残った最後の魔法使いだとお聞きしました。つきましては精霊を調伏する魔法をご指南いただきてえ」

 

 そこまで来て彼女は感情的に叫ぶ。

 

「そんなものに手を貸して私に何の利があるんだよ!」

 

 そっと見上げればそこには彼女の怒りに震える表情があった。しかしそれは見せかけで、目元の表情には明らかな怯えが浮かんでいた。

 そして俺はあのことを告げた。

 

「イリスの姐さんの弟さんの骨を拾ってやることができます」

 

 イリスの姐さんが息を飲むのが聞こえた。俺はさらに畳みかけた。

 

「今から10年前、この南側の街の守りの力になるために弟さんが精霊の力を欲して山に登ったと聞きます。しかし残念ながら返り討ちにあったと」

 

 ここまで言って彼女は泣き崩れるようにその場に座り込んだ。入れ替えるように俺が立ち上がり彼女を見下ろす。顔を両手で覆って嗚咽の声を上げていた。

 

「姐さんの古傷をえぐってすいやせん。ですが同じ悲劇をこれ以上増やさないためです。あっしに戦う力を与えてくんなさい」

 

 そして、頃合いを見たのかエライジャの旦那も店の中に入ってくる。

 

「イリスさん、悪いようにはしないよ。俺たちに力を貸してくれ」

 

 エライジャのその声が最後の一押しとなった。泣きながら彼女は立ち上がり戸惑いがちに俺たちを見つめてきた。

 

「魔法を教える前に少し話を聞いてくれないか」

「あっしらでよけりゃ」

「こっちにおいで」 

 

 そう言いながら彼女は店の奥の自分の部屋へと俺たちを招いたのだった。

 

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