異世界三度笠無頼 ―凶状持ちの渡世人が、精霊の異郷へ旅立った―   作:美風慶伍

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四:便所の扉の内と外 ―丈之助、寝れない夜を語る―

 俺とエライジャの旦那は一緒に肩を並べながら歩いていた。

 そしてこれからのことについて言葉を交わした。

 

「明日の朝、日の出前にここを出て精霊の山へと登ろうと思います」

「日の出前、暗いうちか」

「へい、本当は今すぐにでも出発したいところですか、少しは体を休めておきてえ」

「俺も少し準備が必要だ。明日の朝、日の出前か。午前4時ってところだな」

「午前4時、七つ時でござんすね」

「4が7――、日本人って変わった時刻の数え方するんだな」

「真夜中が九つ、午前3時が八つ、数が減っていって四つの次に、またお昼時に九つに戻ります。それでいて朝日の出る時夕日の出る時が六つなんで、時の刻み方が冬と夏で変わるんです。こっちの世界に来てから時間の数え方が全然違うんで慣れるのに苦労しましたぜ」

「そうか、俺の方はそんなに面倒はなかったかな、元にいた世界よりも身分差別がひどいということを除けばな――、いや大して変わらないか」

「確か奴隷を売り買いする連中がいたんでござんしたね」

「ああ、黒人奴隷って言ってな、別な大陸で何不自由なく暮らしていた連中を、野原の獣を捕まえるようにして無理やり連れてきやがった」

「獲物を狩るようにで、ござんすか」

「ああ、連れてきたら来たで、それこそ牛や馬みたいにこき使う――大抵は3年くらいで衰弱して死んでしまう。死んでもまだ他を買えばいいからな」

「人間のやることじゃござんせんね」

「全くだ、俺はそれが嫌で銃を手に戦った。そしてお尋ね者となって命を落とした――、なのにまた同じような目に遭っている連中と出くわすとはな」

 

 俺も大きくため息をついた。この世界のやるせなさについては嫌と言うほど味わったからだ。

 

「精霊でござんすね」

「ああ、もしかすると俺たちはこの世界の現実を〝変える〟ために連れて来られたのかもしれな」

「そうかもしれやせん。だとしてもそのためには必要な力がございやす。まずはお山に登り精霊さんたちに会ってみないと何ともなりませんぜ」

 

 俺たちはホルデンズの屋敷へと戻ってきた。ここまででやるべきことはやった。あとは明日の朝、ここから旅立つだけだ。その前には体を休めた方がいいだろう。

 

「それじゃまた明日」

「ああ」

 

 お互いの顔を見合わせて頷きあうと、それぞれの自分の部屋へと向かっていく。後は寝るだけと思ったが、俺にはあと一つだけ残っていたのだった。

 

 

§

 

 

 

 俺はホルデンズの旦那を探した。明日出発する前にどうしても言っておかなきゃならないことがあったからだ。人目を避けて旦那を探せば、旦那は便所の中に入っていた。周囲には人がいない、くればすぐにわかる。むしろ好都合だ。

 

「よし」

 

 俺は足音をひそめて近寄り便所の扉に背中を向けて寄りかかる。

 

――ギシッ――

 

 扉がきしんで音を立てた。当然中からホルデンズの旦那が声をかけてきた。

 

「誰だ」

「あっしでござんす」

「丈之助か?」

「へい――、少々、お耳に入れておきてぇ話がございやす。ここなら他の連中に聞かれることもねえでしょう」

 

 扉の向こうで沈黙しているのがわかる。そして少し置いて声が聞こえる。

 

「話せ」

「ありがとうにござんす」

 

 俺は自分の考えを口にした。これまでの流れからすると〝裏切り者〟が身内の中にいることは明白だからだ。

 

「今回のエマさんの工房の焼き討ちの件、申し開きもございやせん。全てはあっしの不徳のいたすところです。ですがあの件を考えるとどうしても腑に落ちないところがございやす」

「どういうことだ?」

 

 ホルデンズの旦那は食いついてきた。俺はさらに自分の考えを続けた。

 

「あっしは凶状持ちのお尋ね者です。朝から晩まで追っ手に追われる毎日です。それこそじっくり寝ることもできません。石が転げても目が覚めます。そんな暮らしを何年も続けて、勘だけは異常に鋭くなりやした。

 ですが、そんなあっしの勘が効かない相手が一つだけございやす」

「それは一体何だ?」

 

 俺は一呼吸おいて低い声で告げる。

 

「――あっしが身を寄せた土地土地の親分さんのお身内です」

 

 便所の扉の向こう側で旦那が息を飲む音が聞こえた。旦那も俺が何を言おうとしているのか分かったのだ。

 

「あっしが前の世界で命を落とした案件も信頼を寄せた土地の親分のお身内に裏切られたからでござんす」

 

 おそらくは今回も全く同じ流れだろう。

 

「あっしが来てから、月明かりの無い暗い夜に決まって出かけるお人が居ます。おかげで寝不足ですぜ」

 

 それはまさに裏切り者が居ることの証拠でもあった。

 

「――その御仁、一体どこに行ってるんでしょうね?」

 

 俺は旦那の言葉を待たずその場を後にした。勘定役に預けていた金を少しおろすと明日の旅の準備を始める。久しぶりに三度笠といつぞやもらった革製のマントを取り出した。大したものの入ってない振り分け荷物を用意して旅支度は終わる。

 気がつけば空には満月が浮かんでいた。

 

「いよいよだな」

 

 俺は夜空を見上げながら寝床に着いた。こんな落ち着いた気持ちになるのは、元の世界じゃ闇夜ちか出入りの時だ。剣を振るって命をかける時だ。泣いても笑っても、ここで精霊の力を手に入れられなければ先はない。

 負けられない戦いを前にして俺はひとまず体を休めたのだった。

 




〝知るべき〟は知った
〝語るべき〟は語った
男、丈之助
――残るは〝歩き出す〟のみだ。
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