異世界三度笠無頼 ―凶状持ちの渡世人が、精霊の異郷へ旅立った―   作:美風慶伍

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弐:凶状持ちの記憶 ―死してなお、奴らは俺を追ってきた―

 そして、今――

 俺の眼の前には七人の侍たちが佇んでいた。

 俺が関八州を流れ歩く渡世人の流れ旅の中で、俺の眼の前に立ちはだかった者たちだ。

 おれが長脇差を抜いて戦った七人だ。   

 

――一人目、白井 半蔵――

 

 小田原奉行配下の定廻り同心で俺を江戸表に護送する役目の同心者だった。

 土砂降りの夜、酒匂川沿いで氾濫が起きて散り散りになり、逃げる隙ができたときのことだ。竹林に逃げ込んだ俺は、たまたま近くに転がっていた刀を拾い上げて白井の野郎と切り合った。白井は腰に下げた大刀を抜くが、次の瞬間、俺が振るった刀がやつの首筋を走っていた。

 崩れ落ちる間際、奴は言った。

 

「おめぇが斬るもんは、人の命だけじゃねぇ――、自分の帰る場所だ」

 

 そんなの分かってるよ。元から帰る場所なんか、残っちゃいねぇよ。

 

――二人目、神谷 喜左衛門――

 

 川崎周辺の町奉行所の老同心で、俺を執拗に追う気骨の侍だった。

 東海道の松並木の中での向かい合い対峙。神谷の野郎は俺の太刀筋を見切り互角に渡り合ってきた。だが最後はほんの僅かな隙を突いて俺がやつの胸を貫いた。

 

「見事な太刀筋だったぜ――、だが、人を斬るたび、おめぇの目は曇っていくようだ」

 

 何を言ってると俺は鼻で笑った。だが、今となってはその言葉のとおりだったと思っている。

 

――三人目、梅原 小太郎――

 

 川越藩の探索人でまだまだ歳は若かった。俺を執念深くひたすら追いかけてくる。真夜中に、とある神社の裏手、暖を取ろうと焚き火を囲んだ際に、不意打ちを受けた俺は抜刀して即座に斬り返した。熾烈な斬撃の末に、梅原の奴は地に伏して死んだ。

 

「よう覚えとけ。血の跡は風じゃ消えねぇ。ましてや風を名乗るあんたにはな」

 

 名を挙げる――渡世人には誉れだが、奪った命の数だけ足取りは重くなる。この頃から、疾風の丈之助の名は独り歩きを始めていた。

 

――四人目、金井 惣一郎――

 

 熊谷宿で出くわした幕府直参の密偵だったようだ。遠縁の親戚に似ていたような気もするが、今となっては確かめようもない。道沿いの石垣沿いの用水路で、影のように現れやがった。先に金井が仕掛けてきて、言葉少なく互いに斬り結び、最後は一閃。やつの土手っ腹を真一文字に切り裂いた。

 

「仇の仇が味方とは限らねぇ。…それでも、おめぇは人を信じられるか?」

 

 その言葉の意味は今でもわからねぇ。理屈が通らねぇのが人の心だからな。

 

――五人目、土浦 勘兵衛――

 

 前橋宿で鉢合わせた水戸藩士の武士だった。どうやら幕府の密命を受けて水戸藩から賞金が出ていたようだ。だが、やつは正々堂々とした対決を望む風格のある男だった。田園の中の一本道、互いに名乗りを上げて一騎打ち。俺の太刀が勘兵衛の脇腹を貫いて勝負は決まった。

 

「剣は誇りのために抜くもんだ。……誇り、あんたはまだ持ってるか?」

 

 しらねぇよ、そんなもん、どっかにおいてきちまったよ。

 

――六人目、天野 作兵衛――

 

 宇都宮のあたりで襲ってきた関八州目付の配下の男だ。追手の中でも冷静かつ執拗な追っ手の男だった。宇都宮の郊外の山中の峠道、俺を物陰から背後を狙ってきたが、気配を察した俺に返り討ちにあった。喉を切り裂かれて血を吐きながら奴は斃れた。

 

「あんた……何人斬った? そして、何人、救った?」

 

 救う? 救うってなんだ? 俺は――俺はなんのために刀を抜く? やつの言葉が俺に自問自答をさせていた。

 

――最後、高梨 兵庫――

 

 栃木宿手前の佐野のあたりで襲ってきた刺客だった。あとにして思えば、あれは幕府隠密だったろう。

 渡良瀬川の河原で夜明けの霧の中でのやつと斬りあった。それまでにない凄腕を相手に互いに血まみれになるほどの死闘を続けた。夜が明けて朝日が差す中で、互いに満身創痍の中、俺の一太刀が高梨の命を奪った。

 

「おめぇ、まだ〝生きてていい理由〟見つかってねぇんだろ――、だから、彷徨ってんだ」 

 

 生きていい理由――か、そんなもんがあるならこんな裏街道を歩いちゃいねえさ。どこかで野垂れ死ぬだろうとはあの頃から確信めいたものを感じていていた。

 

 七つの幻を俺は斬った。だが、七人は影となり俺を取り囲む。影は言う。

 

「おめぇは何のために、斬り、生きる?」

 

 なんのために? なんの因果で? なんの意味で? 俺にとって刀とは? 俺にとって旅とは? 生き残ることに必死でかんがえたこともなかった。男たちは俺を取り囲んで離さない。

 

「答えろ、丈之助」

「答えろ、疾風」

 

 頭の中でその言葉が何度も何度も響き渡る。そして――

 

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