異世界三度笠無頼 ―凶状持ちの渡世人が、精霊の異郷へ旅立った―   作:美風慶伍

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八:渡し人、カロン  ―境の舟に乗れ―

 俺は死を覚悟していた。

 餓鬼になるか、畜生に落ちるか、地獄で責め苦に苦しむか、そんな事を思いながら娑婆に別れを告げたはずだった。

 

「聞こえているか?」

 

 誰だ? 俺に呼びかけるのは?

 

「お主の霊魂の傷は癒えている。目を開いてくれ」

 

 その穏やかで情のある語り口に俺はほだされるように目を覚ました。

 

「あ、あぁ、すまねぇ」

 

 頭を振りながら体を起こす。そして語りかけてきた声の主へと視線を向ける。

 

「すっかり寝ちま――」

 

 そこまで語って俺は言葉を失った。

 

「ど、どこだ? ここは?」

 

 俺の目の前に立っていたのは金色の髪に金色の目の南蛮人――見たこともない異国の王族のような衣を身につけて俺を見下ろすように佇んでいる。

 そして、周りはあたり一面が青々とした野原で、空には満天の星空が広がっている。だが地面は陽の光が注いでいるかのように明るくどこまでも見渡せる。ここが俺が今まで居た娑婆でもなければ、三途の川のほとりでも無いことはすぐに分かる。

 俺は立ち上がりながら眼前の南蛮人に問いかけた。

 

「どちらさんで?」

 

 そいつは笑みを浮かべたまま語ってくる。

 

「私は〝カロン〟――死出の魂たちの見届人だ」

「死出の魂? するとあっしは死んだんで?」

「そうだ。君は命を落とした。すでに魂だけの存在となった」

 

 そうか――

 俺は死んじまったのか。

 塵屑(ごみくず)みてえな人生だったが死んだと言われれば納得するしかねぇ。自分の力じゃどうなるものでもねえからな。

 しかしだ、このカロンとか言う御仁は奇妙なことを言い始めた。

 

「だが、君は別な世界から迷い込んだ魂だ。今ここで君の善悪を精査する事はできない」

「別な世界?」

「そうだ。君はこの、神と精霊の世界〝リーザングレイムス〟へと迷い込んだのだ。世界の裂け目からこぼれ落ちてな」

 

 カロンが指差す先には、裂け目のようなものが空に浮かんでいた。それもすぐに閉じていいく。

 

「時折り君のように他の世界から迷い込む魂がある。私はその様な者たちには一度だけ生き還す機会を与える事にしている。次なる死の時に正当な黄泉路の裁きを受けれるようにと」

 

 カロンは俺を見つめながら言った。

 

「時に問う、丈之助よ。生き直す事に異論はあるか?」

 

 おちついた真面目な語り口だが、どことなく情のある話し方だった。俺はカロンという御仁に真っ向から向き合い、腰をかがめて頭を下げながら素直に答えることにした。

 

「娑婆でやり直せるなら多少の苦労は厭いやせん」

 

 俺は再び顔を上げて真剣な表情で続けた。

 

「ここがどんな土地かは存じやせん。ただ人間らしい人生を送らせていただけるのなら本望です」

 

 カロンが満足気にうなずいていた。

 

「そうか、ならば機会を与えよう。お主の意志の進むままにだ」

「承知いたしやした」

 

 なんでそんなにあっさりと受け入れるのか? と疑問に思うだろう。だが、渡世人とはそう言うものだ。流れ着いた先でどんな輩に世話になるか分からない。世話になった恩人に『こうしろ』と言われれば、それに素直に従うしか無いのだ。

 

――白いものを黒と言われれば、黒と呼ぶ――

 

 それが渡世人の流儀の一つだ。失せろといえば立ち去る、働けといえば働く、そして、殺せといえば殺す。俺が最後にやり取りした平蔵親分のときのように。安住の地を持たない無宿の渡世人とはそういう生き物なのだ。

 だが、素直に答える俺にカロンの旦那は言う。

 

「生へと旅立つお前に三つの施しを与える」

 

 俺はカロンに耳を傾けた。 

 

「一つ、肉体の修復、君が生前負った傷や病はすべて癒やされる。

 二つ、こちらの世界での言葉を話せるようにしておく。

 三つ、お前自身がこれまでの生で身につけた技や力を最大限に活かせるようにしてやる」

 

 見知らぬ地で生きる上でどれもありがたいものばかりだ。

 

「ご厚情痛み入りやす」

 

 礼を口にする俺にカロンは言った。

 

「見た目に違い、素直で礼儀正しいのだなお主は」

 

 それは見当違いというものだ。俺はこの世のどこにも居場所を得られなかった。何も望めないからこそ、降りかかる出来事を全て飲み込み受け入れるより生きる術がなかったのだ。それに俺が持っているのは礼儀じゃない〝仁義〟だ。それしか残されて居なかったのだから。

 

「さぁ行くがいい。お前の新たなる生へと。そして力の限り生きてみせよ!」

 

 その言葉が合図となり俺の体は怒涛のような力に捉えられた。

 濁流に飲まれたように俺の意識は飲まれていく。一瞬、意識を失い、そして再び何処かの地面へと投げ出された。

 

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