蹄鉄の軌跡~あるいは馬(俺)の調教マニュアル~ 作:斉宮 柴野
完全に趣味全開・ギャグと競馬知識を混ぜた作品になると思います。
不定期更新になると思いますが、気が向いたときに読んで笑っていただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします!
俺は今、世の中の理不尽ってやつを噛み締めている。
緑の匂い、土の感触、そして自分の足が全然おぼつかないっていうこの事実。
そう、俺は馬。黒鹿毛の当歳馬。生まれて数分。名前はまだない。
前世?ああ、あったよ。競馬場で働いてたただの競馬狂。ターフジャンキーってやつだ。
だから馬に転生したショックは、まあ確かにあったけど、すぐに「お、じゃあ俺もダービー出られる?」って期待に変わったわけだ。
だけどな、その期待は生まれて一発目で木っ端みじんだ。
「おぎゃあ!」
俺の産声。
母ちゃんがすぐに顔寄せてきて、「元気な子だねえ、私の坊や」なんて言うわけよ。
(おお、母性ってすげえな。声はテレパシーか?まあ馬同士ならそういうのあっても不思議じゃねえか)って思ったらさ、次の瞬間だ。
「まあ!マストテイク!元気な男の子ね!おめでとう!」
そう言ったのは人間の女。
え、人間が普通に会話してる?馬語翻訳アプリでも起動してんの?
しかも母ちゃん、平然と答えた。
「ありがとう、お嬢様。この子、きっとG1を勝つわよ!」
……。
え?
いやいやいやいや。母ちゃん、それ普通に人間と喋ってるじゃん。
なに?ここギャグ漫画の世界?俺の脳は完全に混乱状態だ。
「ちょっと、坊や。挨拶しなさい」
母ちゃんが俺をつついてくる。
「え?俺に?俺しゃべれんの?」
「なに当たり前のこと聞いてんのよ。ほら、お嬢様にご挨拶」
ビクビクしながら口を開いた。
「……ど、どうも」
「かわいい!」お嬢様がキャッキャ言ってる。
「うわ、本当に聞こえてる!?マジかよ!?」
前世の俺は競馬場で働いてたんだ。馬は鳴く。人間は世話する。それだけの関係。
でもここじゃ普通に「おはようございます」「今日も元気ですね」って馬と人間で会話してんの。
カルチャーショック通り越して脳のリセットボタン押したくなった。
「で、坊や。夢はなに?」
母ちゃんがさらっと聞いてきた。
「え、夢?まだ生まれたてだよ俺」
「そんなこと言わずに。ほら、クラシック狙うとかさ」
「クラシック……ダービーとか?」
「そうよ、坊やならできるわ!」
「いやまだ立ってもいねえのに!?ハードル高っ!」
そのとき、厩舎の隣から声がした。
「おい、新入り!立てたか!?」
顔を出したのは同い年っぽい栗毛の子馬。やたら元気。
「お、お前誰だよ」
「俺はブレイブサンダー!こっちはフレイムローズ!」
横から顔出したのは牝馬っぽい栗毛。やたら目がきらきらしてる。
「名前あるのかよ!」
「そりゃそうだろ。うちはセリで付けられたんだ」
「俺まだ名無しだぞ!?」
「ぷっ、名無しだって!ダッサ!」
「うるせえ!これからだろ!」
母ちゃんが笑いながら言った。
「そのうち名前もつくわよ。坊や、気にしなくていいから」
「気にするわ!馬の名前って一生モンだぞ!」
「そんなに気にするなら自分で考えなさい」
「え、自分で?いいの?」
「いいわけないでしょ」
……母ちゃん、ノリが完全にギャグ漫画のキャラなんだよな。
とりあえず立ってみようとしたんだ。
ぐらっ!
ズデーン!
「うわああ!」
「ダッセええ!」栗毛コンビが爆笑。
「笑うな!お前らだって転んだろ絶対!」
「転んでねーし!」
「お母さん、本当は転んでたわよね?」
「うん、盛大に転んでたわ」母ちゃん暴露。
「やめろおお!」
何度か挑戦して、やっと立てた。
「おおお!やったあ!」
「やっとかよ!」栗毛に突っ込まれる。
「遅いけど、まあよく頑張ったわね」母ちゃんが鼻面寄せてきた。
「泣ける……母ちゃんマジ女神」
そこにまたお嬢様登場。
「坊や!立てたのね!」
「まあ、なんとか」
「すごいわ!もうダービー馬の風格よ!」
「いやいやいや!俺まだ数分前に生まれたばっかり!」
「坊や、私と一緒に頑張りましょうね!」
お嬢様がキラキラ笑顔で言ってくる。
「あ、はい」
つい反射で返事してしまった。
「おい、そこは『嫌です』ってツッコめよ!」栗毛にツッコまれた。
この世界、なんなんだよ。
馬と人間が普通に会話して、G1とかダービーとかを真顔で目指してる。
俺は心の中で呟いた。
「俺の第二の人生、いや馬生は……絶対にツッコミ役だな」
◆
混乱は続いていた。
俺は牧場の片隅で、風にめくれたスポーツ新聞を見つけたんだ。
生後数週間の子馬がスポーツ新聞読むなって?まあそこは気にするな。この世界のルールはおかしいんだから。
で、そこに踊ってた見出しがこれだ。
【衝撃の末脚!サンデーサイデンス産駒、G1制覇!】
……サンデーサイレンスじゃなくてサンデー「サイデンス」。
そして横には、
【不敗の快速牝馬!父はマルゼニスキー!】
……マルゼンスキーじゃなくてマルゼ「ニスキー」。
「ふざけんな!なんだこの微妙な違和感!」
俺は新聞に頭突きした。パサァっと紙切れが舞う。
通りかかった栗毛のライバルがクスクス笑ってる。
「おいおい、また何怒ってんだよ、名無し」
「見ろよこれ!全部パチモンだぞ!」
「パチモン?」
「パチモンだよパチモン!見てわかんねーのか!」
「いや、俺らにとっちゃ本物だし」
「だまれぇええ!」
俺の前世の記憶がうずく。
サンデーサイレンス産駒がJRAを席巻して、マルゼンスキーが幻の名馬として語り継がれたあの歴史。
それがここじゃ「サイデンス」とか「ニスキー」とか、ちょっと間違えただけのコピー品になってやがる。
俺は頭を抱えた。
「俺の競馬知識、全部役立たずじゃねーか!」
母ちゃんがのんきに近づいてきた。
「坊や、どうしたの?また発作?」
「発作じゃねえ!アイデンティティクライシスだ!」
「難しいこと言うわね。草食べて寝れば治るわよ」
「草万能説やめろ!」
さらに厩務員のおっちゃんが新聞を拾って言った。
「おーい、サンデーサイデンスの子は本当にすげえなぁ。もう種牡馬入りだってよ」
「いやその名前に誰もツッコまないのおかしいだろ!?サンデーサイレンスだろ普通!」
「何言ってんだ、昔からサンデーサイデンスだぞ?」
「うわああ!歴史改変されてるぅ!」
絶望感がすごい。
俺は92年生まれ。現実世界なら、マヤノトップガンやフジキセキの同期。
黄金世代!伝説の馬たちと切磋琢磨できる!
……はずなのに、この世界での同期はきっと「ナリタブリオン」とか「マヤノトップガンダム」とか「フジキセキュリティ」とか、そんな怪しい連中なんだろ。考えるだけで頭が痛い。
「くそっ……せめてウマ娘の世界に転生させろよ!」
俺は叫んだ。
栗毛がポカンとこっちを見ている。
「ウマ娘ってなに?」
「人間の女の子で、馬の魂を持ってて、走って、歌って、ライブして……いや説明すると余計ややこしいな」
「え、それ面白そう!俺もそれになりたい!」
「いやお前はただの栗毛だろ!」
「名無しこそただの黒鹿毛だろ!」
「ぐぬぬ」
そのとき、牧場に人間の子供たちが遊びに来た。
「見て見て!ウマ娘ごっこしようよ!」
「私はサイデンスの娘!今日も勝つわよ!」
「私はマルゼニスキー!スピードには自信あるんだから!」
……おい。子供までパチモンかよ。
俺は頭を抱えてゴロンと転がった。
「俺の馬生……どうすんだこれ」
母ちゃんが横に来て、のんきに草をモグモグしながら言った。
「坊や、大丈夫よ。名前なんかどうでも、走れば強いんだから」
「そういう問題じゃねえ!」
「じゃあ夢は?」
「夢?」
「ほら、あんたウマ娘になりたいとか言ってたじゃない」
「いやそれは……冗談で……」
「本気にすればいいのよ」
「いやいやいや!俺、蹄鉄だぞ!?」
でも正直、ウマ娘の世界のほうがまだマシだ。
あっちはパチモンじゃない。本物の名前で生きてる。
俺は空を見上げて叫んだ。
「どうせならライスシャワーに頭撫でられる馬生が良かったあああ!」
その声を聞いた栗毛がニヤニヤして言った。
「なあ名無し。お前ってさ……なんか一生ツッコミ役だよな」
「黙れえええ!」
◆
このマストファームの現状を知れば知るほど、俺の憂鬱は深まる一方だ。
オーナーは先代の孫娘で、二十歳になったばかりの女子大生。見た目は派手で悪くない。が、中身は完全にポンコツ。
「ねえ、黒鹿毛くん。大学のレポートが全然書けないの。どうしよう」
「知らねえよ!てか俺まだ生後一か月!」
「でも卒業できなくても、この牧場があるから大丈夫だよね?」
「大丈夫じゃねえよ!今まさに崖っぷちだわ!」
危機感ゼロ。こいつがトップで、この牧場が存続できるわけがない。
さらに問題なのが牧場長一家。馬が好きというだけで一家ごと移住してきた素人集団。
先日なんて、母ちゃんの飼い葉桶にカレーライスをドバッと入れて、
「お馬さんって好き嫌い多いのねえ」
と本気で首を傾げてたんだぞ。
母ちゃんがブチ切れて、二足歩行で立ち上がり、鋤を振りかざして説教した。
「馬に香辛料と肉と米食わせるバカがどこにいるのよ!」
俺もドン引きした。
「え?二足歩行って普通にやるん?」って突っ込む間もなく、母ちゃんの説教が30分続いた。
しかもこの牧場、馬が自分の馬房を掃除するのが日常になっている。
母ちゃんは当たり前の顔して二足歩行で鋤を手に、寝藁を掻き出していた。
俺は思わず叫んだ。
「え、俺ら馬だよな!?家畜じゃなくて労働者じゃん!」
母ちゃんは涼しい顔で、
「働かざる馬、食うべからずよ」
と決め台詞。いやかっこよく言ってるけどおかしいだろ!
小学生の牧場長の息子のほうが、まだマシだった。少なくとも競馬雑誌を読みながら「ハロンって200メートルのことなんだ!」と勉強してる。
「なあ坊主、将来有望だな」
「お馬さん、しゃべれるのに九九できないの?」
「うるせえ!掛け算はまだ苦手なんだよ!」
でも子供にバカにされるよりマシだったのは、牧場長の奥さんだ。
この人がとにかくヤバい。
ある日、俺の馬房に入ってきて、
「お馬ちゃん、お風呂入りたいでしょ?」
といきなりシャワーホースを持ち込んできた。
「いや、シャンプーはともかく石鹸泡立てネット持ってくるのやめろ!人間基準すぎる!」
「だって馬もツルツルになったほうがいいじゃない」
「毛穴が死ぬわ!」
さらに極めつけ。
「ねえ、馬にもおしゃれさせたいの」って言いながら俺にリボンを付けやがった。
「やめろ!黒鹿毛にピンクリボンは似合わねえんだよ!」
横で栗毛のライバルがゲラゲラ笑ってた。
「わー似合ってるじゃん!かわいいかわいい!」
「笑うな栗毛!お前もそのうちやられるぞ!」
「いや俺はイケメンだから似合う」
「殴るぞ!」
さらに牧場長本人。こいつは筋金入りの天然。
「よーし!今日は調教だ!」と意気込んで出てきたと思ったら、
馬場にサッカーボール置いて「ドリブルしてみようか!」って言い出した。
「誰が蹴るんだよ!蹄だぞ!ラバーカップじゃねえんだぞ!」
「でもさ、サッカーできたら人気出るよ?」
「いや俺は競走馬目指してんだよ!」
母ちゃんまで「まあ、運動にはなるかもね」とか言って、結局俺と栗毛でサッカーやらされる羽目になった。
「おい、パス!」
「はいよ!」
ドガッ!
「いてええ!蹄で蹴んな!骨折るだろ!」
「サッカーって危ないな」
「だから最初からやめろって言ったんだよ!」
極めつけは餌やりだ。
牧場長の娘(中学生)がニコニコしながらリンゴをくれたんだが、そのあとポテチも突っ込んできた。
「ちょ、塩分やばいって!カロリー爆弾だぞ!」
「だって美味しいよ?」
「人間基準で語るなあああ!」
母ちゃんが即座に取り上げて、
「おやつはリンゴとニンジンだけ!ポテチ禁止!」
とバシッと説教。
「お母さん、怖い……」中学生が泣いてた。
「いや泣くな!常識だぞこれ!」
日々がカオスすぎて、俺は毎晩のように思う。
「ここ、ほんとに牧場なのか?動物園でももっとマシだろ」
ある晩、母ちゃんに相談した。
「なあ母ちゃん、この牧場マジで大丈夫なの?」
「大丈夫よ。今までなんとかやってきたんだから」
「その“なんとか”が怖えんだよ!」
「まあ、あんたが走れば全部解決するでしょ」
「プレッシャーやめろ!俺まだ立って半年!」
そんなある日、オーナーが真剣な顔して言った。
「よし、黒鹿毛くん!あなたの名前、決めるわ!」
牧場にざわめきが走った。
「おお、ついに名無し卒業か!」栗毛が騒ぐ。
「俺はリボンの似合うイケメンだからカッコいい名前にしてよね!」フレイムローズ(栗毛牝馬)がドヤ顔。
「うるせえ、お前はすでに名前持ってんだろ!」
オーナーは胸を張って言った。
「あなたの名前は……マストブラッキー!」
「うわああ!パチモン臭!出たよパチモン臭!」
「いいじゃない、黒いし」
「いや単純すぎるだろ!もっとこう、夢のある名前つけてくれよ!」
「だって英語苦手なんだもん」
「じゃあ辞書使えよ!」
こうして俺は「マストブラッキー」という、どこか残念な名前を得た。
「うわあ、名前まで地獄ルート確定か……」
絶望に沈む俺の横で、母ちゃんは笑っていた。
「いい名前じゃない。走れば強い名前になるわ」
「そのセリフ、何回目だよ……」
俺は天を仰いだ。
「頼む、次はせめて調教師がまともでありますように……」
『みどりのマキバオー』が大好きで、そのノリをちょっと拝借しつつ書いてみました。
でも正直なところ、「マキバオー好き」ってどのくらい需要あるのかな……?とちょっと不安です。
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