蹄鉄の軌跡~あるいは馬(俺)の調教マニュアル~   作:斉宮 柴野

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今回は時系列を少し遡って、ブリちゃんがマキバオーと初めて出会う場面を書いてみました。
原作リスペクトを大切にしつつ、「裏で見ていた馬がいたら」という妄想を膨らませた形です。実際の競馬界とは異なる点もありますが、フィクションとして楽しんでいただければ幸いです。


白い奇跡、黒い証人

時は遡る。俺がまだ2歳になったばかりの春先のことだ。

場所は本多リッチファームの応接室。俺は本多社長とテーブルを挟んでお茶をしばいていた。いや、マジで茶だ。俺専用に、蹄でも持てるように設計された特注のカップ。誰が作ったか知らんが、日本の職人魂は偉大だ。

 

レンタル事業で稼いだ潤沢な資金を元手に、来年に向けて質の高い繁殖牝馬を融通してもらう。これが今日の議題だ。

「それで、マストブリンガー君」

と社長は紅茶を傾けながら切り出してきた。

「君のところの空き馬房を考えれば、あと3頭は導入できると思うんだが」

「ええ。ただし条件があります。血統が良いだけじゃダメです。気性が穏やかで、かつ初年度産駒の馬体に欠点がない馬が理想ですね」

 

……ソファに深く腰掛けた2歳馬が、香水までつけて(獣臭消しは基本的なビジネスマナー)、流暢に配合理論を語る光景。客観的に見たら狂気だろうな。だが、これが俺たちの日常なんだ。

 

「なるほど。具体的には?」

「今、狙い目は米国からの輸入繁殖牝馬ですね。ボールドルーラー系とヘイルトゥリーズン系の牝馬を数頭導入して、ニックスを狙いたい」

「……馬が『ニックス』って言ったぞ」

「言いますとも」

 

社長は一瞬固まったが、すぐに「ハッハッハ!」と豪快に笑った。さすがはマキバオー世界随一の常識人、本多社長。馬がビジネストークをかますぐらいじゃ動じない。

 

「しかし、気性の穏やかな牝馬ってのは難しいんだよなあ」

「そこは社長のネットワークに期待してますよ。あと、価格は常識的な範囲で」

「馬に『常識的』って言われると腹立つな」

「ごもっとも」

 

横で見ていた牧場スタッフたちは目を白黒させていた。「社長、馬と商談してますけど?」みたいな顔をしていたが、誰も突っ込まない。慣れって怖いよな。

 

商談の合間、社長がふと聞いてきた。

「しかしマストブリンガー君。君、自分が現役で走る前から繁殖の話か?」

「当然ですよ。競走馬の寿命は短い。先を見据えて種牡馬ビジネスを考えるのは当たり前でしょう」

「…本当に2歳か?」

「表記上は」

 

俺が涼しい顔で答えると、社長は「やっぱり面白い馬だなあ」と笑った。いや、俺は馬だからな。面白いとかじゃなくて生き方の問題なんだよ。

 

さらに話は進む。

「繁殖牝馬の導入だけでなく、施設の拡充も考えている。分娩馬房の増設、それと見学ツアー用の遊歩道も」

「観光牧場か?」

「はい。レンタル事業と並行して、安定した収入源になります」

「いやあ、そこまで考えてる2歳馬は初めてだ」

「俺も初めてです」

 

俺の発言にまた場が凍る。いやだから、ツッコむなって。

 

ここで美桜オーナーが乱入してきた。

「マストブリンガー君!この契約書に印鑑お願いします!」

「ちょっと待て、それ出走登録じゃなくて不動産投資の契約書だろ!」

「え、バレた?」

バレるわ!しかもよりによってカンボジアのリゾート開発案件ってなんだよ!馬に海外投資させる気か!

 

本多社長が苦笑しながら「いい後輩を持ったな」と肩を叩いてきた。いや、社長、完全に人間と同列扱いしないでくれ。俺は馬なんだって。

 

結局その日は、繁殖牝馬の導入に向けて前向きに進める、ということでまとまった。

会談の最後、社長が俺に言った。

「マストブリンガー君。君のような馬は初めてだよ。将来、本当に歴史を動かすかもしれんな」

「その言葉、光栄に思います。が、まずは目の前の新馬戦を勝たせてください」

「……そっちが本業だもんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

せっかく本多社長と繁殖牝馬の導入について前向きな話がまとまりかけたその時だった。

「社長…ちょっと…」

社長秘書が部屋に入ってきた。顔は明らかに困惑している。どうやらアポなしの客が来たらしい。しかも場所を間違えて、わざわざ牧場に迷い込んできたという。

 

「またか…」

社長が深い溜息をつく。どうやら常習犯か。

 

「どんな方です?」

俺が気まぐれに聞いてみると、秘書はすごーく言いにくそうに口を開いた。

「……みどり牧場の、飯富様だと」

 

みどり牧場!?飯富源次郎!?

出た!原作冒頭から登場する借金まみれの親父さん!俺の心の中の競馬オタ魂が震えた。これは見逃せん!

 

「社長、通してあげましょうよ。面白そうじゃないですか」

「お前なあ……」

社長は呆れ顔だったが、最終的に「まあ、いいか」と頷いてくれた。

 

駐車場に出ていくと、そこには見慣れたようで全く見慣れたくない、漫画から飛び出してきたような汚いオッサンが立っていた。

そう、飫富源次郎。みどり牧場の主。俺が小学生の頃から少年ジャンプで何度も見た「ダメ親父」が、三次元になって目の前に立っている。

 

ハゲ頭、ヨダレ、黄ばんだ歯、擦り切れた作業着。完璧な再現度。あまりにも「そのまんま」で、逆に感動した。

「あ、あんたは……!?」

「マストブリンガーだ。よろしく」

俺は軽く自己紹介しておいた。

 

源次郎の話は案の定、ミドリコ(マキバオーの母馬)のことになった。

「いやー、本多社長!ミドリコも子供を産みましてねぇ!」

満面の笑みでヨダレを飛ばしながらアピールしてくる。

「父はタマーキンですぜ!ヒロポンの仔とライバルになりますかなぁ、がははは!」

 

本多社長の額に青筋が浮かぶ。

「ヒロポンはエリザベス女王杯を勝っている!とっくに格付けは済んでいる!」

バッサリ一蹴。知ってる。俺だって知ってる。

 

源次郎は全く怯まない。むしろ調子に乗ってきた。

「でもまあ、格付け済みって言っても、うちのミドリコの仔は違うんで!ほら、ちっちゃくて可愛い白いのが…」

「白毛か」

俺が呟くと、源次郎はドヤ顔で頷いた。

「そうそう!よくご存知で!いやぁ、あの子はやりますよ!見た目はロバでも、根性は天下一品!」

 

うん、原作知識があるから全部知ってるんだよ俺は。けど、こうやって実際に親父さんの口から出てくると、なんだか背筋がゾワゾワするな。歴史が動き出すってやつだ。

 

その場の空気はどんどん険悪になっていく。

源次郎はおべっかを並べ、社長は社長で「ヒロポンの方が上だ」と譲らない。

俺は両者の間に立ち、蹄でテーブルをトントン叩いた。

「まあまあまあ。ここは馬同士に任せましょうよ。親同士が争っても仕方ないでしょ」

「お、おう…馬に諭されるとは……」

「お前は本当に馬なのか?」

二人揃って疑問を投げてきたが、スルーだスルー。

 

そこにタイミングよく、牧場スタッフが声をかけてきた。

「ミドリコの仔が、見学に来てますよー」

 

全員の視線が一斉にそちらに向いた。

ちょこちょことした足取り、真っ白な体毛、丸い瞳。

……来た。

原作主人公、ミドリマキバオー、そのご本人である。

 

「んあ~~!」

可愛い鳴き声と共に、全力でずっこけた。鼻から盛大に砂煙を上げながら。

 

「おーい、大丈夫か?」

思わず声をかけてしまった俺に、マキバオーはキョトンとした顔を向けた。

「おっちゃん、誰?」

……おっちゃんて。俺、まだ2歳だぞ。

 

源次郎はすぐさま胸を張った。

「こいつがうちの希望の星!うんこたれ蔵だ!」

「うんこたれ蔵……」

改めて目の前で名を聞くと、感慨深さが押し寄せてきた。

歴史が始まった。物語が動き出した。俺はその瞬間をこの目で見たのだ。

 

本多社長は鼻で笑った。

「なるほど。ロバか」

「ロバじゃない!サラブレッドだ!」

源次郎が真っ赤になって怒鳴る。

俺は慌てて割って入った。

「まあまあ!これから分かりますって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに来たぞ、この瞬間が。

俺は心の中で小躍りしていた。そう、これは原作でも名場面の一つ――マキバオーとカスケードの「運命の初対面」イベント!

歴史的瞬間をこの目で拝めるとか、転生馬冥利に尽きるってもんだ。

 

「うちの自慢の馬を見ていくかね?」

社長が得意げに顎をしゃくる。視線の先には、広大な放牧地と、その奥に整備されたトラックコース。俺は双眼鏡を渡され、即座に覗き込んだ。

 

「24番、スピードボール。去年の朝日杯で3着に入った素質馬だ」

社長の解説が入る。なるほど、確かに見事な馬体。踏み込みも深いし、背中も強そうだ。これぞサラブレッド、というお手本のような立ち姿。

 

ところが、だ。

 

「おおおっ!?なんだアレは!?」

双眼鏡の端に、突如として謎の白い物体が乱入してきた。柵をぴょんと飛び越えてきた小さな影。犬かと思ったが違う。足は短く、体は丸っこく、頭でっかち。

……そう、ミドリマキバオーこと、うんこたれ蔵だった。

 

しかも頭にチュウ兵衛親分まで乗ってる。ネズミが馬を操縦してんのか!?この光景、冷静に考えたら地獄みたいなシュールさだぞ!?

 

「で、出たな伝説の生物…!」

思わず声が出た。

放牧地のスタッフが慌てて追いかけるも、たれ蔵は猛ダッシュで逃げながらスピードボールに並びかけていく。

 

「おお!見てくだせぇ社長!うちのミドリコの仔も、そちらのエリートと互角にやってますぜ!」

飫富さんが得意満面で叫ぶ。ヨダレ飛ばしすぎだ。

 

社長は鼻で笑った。

「フン、こっちは馬なりで流しているだけだ」

 

そう言い切ったけど、俺の目は誤魔化せない。

スピードボールの目は完全にギラついていた。あれは“遊び”じゃない。初めて見る未知の相手に、本気で火が付いた顔だ。

 

そしてたれ蔵。

ただ根性で突っ走ってるように見えるだろ?違う。俺の相馬眼が告げている。

飛節の使い方、トモのバネ、前脚の出方――全部が規格外。あれは天性のアスリートの動きだ。素人目にはドタバタ走りに見えるかもしれんが、俺からすれば「天才の走り」そのもの。

 

「ひ、ひぃいいいっ!」

スタッフたちは阿鼻叫喚。馬房から出した覚えのないチビ馬が、エリート馬と競り合ってるんだから無理もない。

 

「おらぁスピードボール!抜かれてんじゃねぇ!」

社長の檄に応えるように、スピードボールが一気にスパート。地響きのような加速だ。

だが――たれ蔵も食らいついた。全力疾走というより、地面を弾むような推進力。背中に乗ってるチュウ兵衛親分が「もっと行けぇ!」と叫んでるのが聞こえる。いや、マジでなんなんだこの世界。

 

「……あれは化け物になる」

気づけば、俺は呟いていた。

 

飫富さんは鼻高々。

「どうです、社長!うちの白いロバ……じゃなくてサラブレッド、将来有望でしょう!」

「ロバじゃない、サラブレッドだ」

訂正しながらドヤ顔するあたり、説得力ゼロだ。

 

社長は腕を組んで唸った。

「……認めたくはないが、あの走り。只者じゃないな」

 

そう、只者じゃない。

1歳の春でこの完成度。しかも小さな体に似合わないほどのバネ。何より、走りに“意志”がある。負けん気の塊。これがマキバオー、後に日本中を熱狂させる怪物だ。

 

 

 

俺は震えていた。

カスケードの母ヒロポンを救ったのも俺。

そして今、マキバオーの誕生を目撃しているのも俺。

気づけば、俺はこの世界の“歴史の証人”になっていた。

 

「これからは、こんな連中と戦うのか……」

思わず背筋がゾクッとした。

 

だが、同時に武者震いもしていた。

俺はマストブリンガー。

原作の裏で、この化け物たちと肩を並べるために生まれた黒鹿毛の馬だ。

 

伝説の始まりを、俺はこの目で確かに見たのだ。




ついに「うんこたれ蔵」ことマキバオーが登場しました!
飯富源次郎や本多社長とのやり取りを交えつつ、歴史的瞬間をブリちゃんの目で見届ける回となりました。
読者の皆さんは「ブリちゃんとマキバオー、どんな関係になると思うか?」ぜひ感想で聞かせてください!
需要あるかな…?いや、書いててめちゃくちゃ楽しいので続けます(笑)
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