蹄鉄の軌跡~あるいは馬(俺)の調教マニュアル~   作:斉宮 柴野

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今回は朝日杯直前の「決戦前夜編」です。
妹や弟といった次世代の存在、栗東での立場の変化、そして宿敵ピーターⅡとの邂逅――物語はいよいよ大舞台に向けて熱を帯びてきました。
実際の競馬とは違う描写も多いですが、あくまで「マキバオー世界の競馬」として楽しんでいただければ幸いです。


逃げの哲学、揺さぶりの方程式

故郷のマストファームでは、妹がすくすくと育っていた。まだ2歳の俺に妹って何だよとツッコミたいが、馬の世界では日常茶飯事だ。父ルドルフの血を引く彼女は、芝もダートもこなせる万能型。走る姿を見れば一目瞭然だ。ストライドが綺麗で、バランスも良い。横で全力疾走しているたれ蔵と遊んでいるのに、まるで余裕を見せている。おいおい、お前ら同い年だぞ。

 

「んあー!妹ちゃん速いのね!」

たれ蔵が全力で追いかけるも、妹はケロッとした顔で先に行く。これ、才能あるな。将来はアンカルジアとかスーパースナッズあたりと戦うんだろうな。俺の胃が痛くなる未来が見える。

 

…しかし問題は美桜ちゃんだ。

「あ、この子の主戦は未来ちゃんと萌ちゃんに決まりね!」

満面の笑みで言い放った。いや待て。絶対やめろ。未来ちゃんは脳筋スパルタ調教師だし、萌は歌って踊るアイドル騎手だぞ。妹を潰す気か?俺は全力で止めるつもりだ。妹の未来は妹自身に選ばせろ。

 

母ちゃんはというと、次の種付け相手がトニーカン(多分トニービンだろう)だったことに激怒していた。

「イケメンじゃなかった!犯された気分よ!」

牧場スタッフがドン引きしてた。俺もドン引きだ。おい母ちゃん、言葉を選べ。いや、母ちゃんに言葉を選べって言う方が無理か。

 

そして今年生まれたばかりの弟。父はまたしてもシンボリルドルフ。だが、こいつは白毛で生まれてきた。珍しさもあって、すでに近隣牧場の注目の的だ。見学に来た人間たちは「おお!ハクホウか!?」と盛り上がっている。まだ立ったり転んだりしてるだけなのに、すごい騒ぎだ。白毛ってだけでブランド力すごいな。

 

ちなみに本人(馬)はいたってマイペース。乳を飲んでゴロゴロしてるだけで、まったく大物感がない。見学者がキャーキャー騒いでいる横で、弟は口の端からミルク垂らして昼寝してる。おい、それでいいのか期待の星。

 

俺が厩舎で資料を読んでいると、萌と未来ちゃんが妹と弟を見にやってきた。

「かわいいー!妹ちゃん、将来有望ですね!」

「弟くんも白毛なんて、人気出そう!」

「お前ら、そういうことを本人(馬)の前で言うな。プレッシャーになるだろ」

俺が言うと、二人は首をかしげて笑った。いや、本当に馬は聞いてるんだよ。

 

たれ蔵はというと、妹にべったりだ。完全に「可愛いワンちゃん」と思われて懐かれている。妹が「遊ぼう!」と走り出すと、「んあー!まかせるのね!」と追いかける。お前ら仲良しすぎて逆に怖い。将来GIでぶつかるんじゃないのか?その時どうするつもりだ。

 

俺はふと考えた。自分はもう朝日杯を控えていて、次世代のことを考える余裕なんてないはずだ。でも、こうして妹や弟の成長を見ていると、不思議と力が湧いてくる。俺が道を切り開いてやらなきゃいけない。ピーターⅡ、カスケード、そしていずれたれ蔵とも本気でやり合う。その先に、妹や弟が安心して走れる未来を残すんだ。

 

その夜、母ちゃんがぽつりとつぶやいた。

「ブリンガー、あんた…最近顔つきが変わってきたわね」

「そうか?」

「うん、経営者じゃなくて、本当に戦う馬の顔になってきた」

ちょっと照れた。母ちゃんは毒舌だけど、時々こういうことを言うから憎めない。

 

翌朝、俺は坂路を全力で駆け上がりながら決意を固めた。

「よし、朝日杯。俺が勝って、この世代のトップを証明する」

妹よ、弟よ、しっかり見てろ。お前らの兄ちゃんが、道を作ってやる。

 

 

 

 

 

 

そんな中、俺が栗東に戻る日がやってきた。チュウ兵衛が律儀に見送りに来ていた。

「旦那、GI獲ってこいよ!」

「おう、当たり前だ」

俺は蹄でガツンと拳タッチを返し、馬運車に乗り込んだ。目指すは中山競馬場、2歳王者を決める舞台だ。

 

待ってろ、ピーターⅡ!お前と俺、どちらがこの世代の真の王者か、白黒つけようじゃないか!

 

で、栗東トレセンに戻った俺は、ちょっとした有名人になっていた。前は「無名の新人女性調教師のところにいる変な馬」だの「暁萌騎手の実験台」だの好き放題言われてたが、今は違う。サウジアラビアC、デイリー杯を連勝した俺は、実績という最強カードを手に入れた。競馬村は実績が絶対の共通言語。どんなに変なことを言っても、結果さえ出してれば黙らせられる。最高だな。

 

洗い場に行けば、他の2歳馬たちが道を開ける。馬場に出れば、周囲の視線がビシバシ突き刺さる。俺はもう、この世代の「栗東のボス」だ。

 

もちろん、ボスとしての振る舞いも欠かさない。

「おう、お前ら調子はどうだ?ほら、これ使え」

懇意にしてる馬たちに、マストファーム温泉施設の割引チケットを配って回る。スタミナ回復と毛艶アップに効くからな。ついでに経営アピールも忘れない。ボスと経営者の二刀流。俺にしかできん仕事だ。

 

だがその日の夜。厩舎でゆっくりしてると、隣の馬房から声をかけられた。

「なあブリンガーさんよ、アンタ次は朝日杯だろ?」

声をかけてきたのは、同じ2歳の関西馬。

「ああ、そうだ。何か文句あるか?」

「文句なんてとんでもねえ。アンタが勝つか、ピーターⅡが勝つか、それで俺たちの世代の序列が決まる。俺らはその後ろでチャンスを狙う。それが分かってて走ってんだろ?」

「分かってるさ。だからこそ勝つ」

「……やっぱアンタはボスだな」

 

翌日、今度は大原師――未来ちゃんに呼び出された。

「ブリンガー、朝日杯に向けて最終追い切りね」

「了解だ」

と思ったら、なぜか背中に跨ってるのは未来ちゃん本人。おい!またかよ!萌はどこいった!

「萌は今日は歌番組の収録よ!だから私がやる!」

「お前らアイドル活動と調教師業務、完全に逆転してるだろ!」

ブツブツ言いながらも、未来ちゃんの騎乗はやっぱり絶妙で、坂路を楽に駆け上がれた。こいつ、絶対調教師より騎手の方が向いてるって。

 

そして萌は夜に帰ってきた。キラキラの衣装のまま馬房にやってきて、開口一番。

「ブリンガー君、今日の収録で『馬に乗ると人格変わる』ってイジられちゃったよ!」

「……事実だから否定できねえだろ」

「ううっ!でも…朝日杯ではちゃんと勝つから!」

 

泣きながら宣言する萌に、俺はちょっと呆れつつも「おう、頼んだぞ」と返してやった。結局このポンコツと心中するしかないのだ。

 

それから数日後。栗東から馬運車で中山へ向かう道中。俺は窓の外を見ながら静かに決意を固めていた。

ピーターⅡ、世代最強の名を欲しいままにしてきたお前に、俺が挑む。俺は差しじゃない。俺は逃げる。ハナを切って、そのまま押し切ってやる。スタミナなら誰にも負けねえ。この脚で、俺が世代の頂点を獲る。

 

 

 

 

 

 

 

その日は朝日杯に向けての一週前追い切りを終え、汗を落とすために逍遥馬道を歩いていた。気分は上々、背中の萌はゼーゼー言いながら「も、もう脚が取れる…」と騎手なのに訳の分からん泣き言を垂れていた。お前が脚取れてどうすんだよ。まあいい。

 

そんなときだった。前方から異様な気配が迫ってくる。視線を上げると、一頭の馬がこちらに向かって歩いてきていた。黒光りする鹿毛、無駄肉ゼロの引き締まったボディ、歩くだけで周囲を圧する存在感。あいつだ。京王杯2歳Sの覇者、ピーターⅡ。

 

瞬間、周囲にいた馬たちがスススーッと道を譲る。おい、俺を置いてくな。結局、逍遥馬道に残されたのは俺とピーターⅡ、2頭の重賞馬だけ。緊張感?ある。胃がキリキリするくらいある。でも俺は心の中で突っ込まずにはいられなかった。

(なんだこの少年漫画みたいなシチュエーションは)

 

ピーターⅡが俺の前で立ち止まった。ギロリと視線を寄越してきて、俺の馬体を上から下まで値踏みするように眺め回す。いや、やめろよ。裸を凝視されるのは恥ずかしいだろ。しかもお前の眼力、エロ親父の視線より生々しいから。

 

「お前がマストブリンガーか。噂は聞いている。随分と変わったチームを率いているそうじゃないか」

声が低い。威圧感ハンパない。こっちは思わず背中の萌に「おい、降りろ」って言いそうになった。が、言わなかった。ボスとしての威厳があるからな。

 

「お前こそ、ピーターⅡだな。京王杯での走り、見させてもらった。面白いペース配分してたな」

あえて軽く返す俺。内心では「怖え!何このヤンキー上がりの番長!」ってビビり散らしてたけど、顔には出さない。

 

「面白いだと?あれは俺だけができる、勝利の方程式だ。お前のような上がり馬には真似できん」

クソッ、決め台詞か。こいつ自分の見せ方分かってやがる。イケメン馬め。

 

「真似する必要はない。俺には俺の勝ち方がある。お前の揺さぶりは、俺には通用しない」

負けじと俺もキメ台詞を吐いてみせた。頭の中では「カッコつけすぎてスベってないかな?」と冷や汗だが、言ってしまったものは仕方ない。

 

ピーターⅡの目が細められる。空気がピリッと張り詰め、ほんとに火花が散った気がした。やめろ、誰か消火器持ってこい。

 

「朝日杯が楽しみだな」

「同感だ」

 

お互いそれだけを言い残し、すれ違って歩き出す。なんだこの少年漫画みたいなやり取り。絶対読者ウケはいいだろうけど、実際やってる俺は胃が痛い。

 

歩きながら、背中の萌がボソッと呟いた。

「……か、カッコいい……」

「俺だよな?」

「ちがうよ、ピーターⅡ君の方!」

俺は全力で首を回して彼女を振り落としたくなった。が、我慢した。ボスだからな。

 

 

 

 

 

 

 

厩舎に戻って、俺は飼い葉をガツガツ食べながら、さっきのピーターⅡとの遭遇を思い出していた。あいつの毛ヅヤ、筋肉の張り、眼の光。どれも一級品。仕上がり具合がハンパじゃない。これ、普通の馬だったら震え上がって寝られないレベルだろう。

 

でも俺は違う。正直、怖さなんてまったくない。あるのはワクワクだけだ。最高のライバルとガチンコでぶつかれる。競走馬冥利に尽きるってもんだ。

 

「…何をニヤニヤしてるの?」

馬房に顔を出した未来ちゃんが、俺の満足げな表情を見て怪訝そうに首をかしげる。

「決戦前にいい顔してるじゃない」

「まあな。あいつをぶっ潰すこと考えてたら、つい口元が緩んじまった」

「相変わらず性格悪いわね」

お前にだけは言われたくない。昨日なんか坂路調教で俺を引っ張り回して、ゴール地点で「もう一本!」とか抜かしただろうが。俺の脚はマッチ棒じゃない。

 

萌もやって来た。例によって弁当を片手に。いや、厩舎でご飯食べるな。ニンニクの匂いが馬房に充満するんだよ。

「ねえブリンガー君。ピーターⅡってやっぱり強いの?」

「強いなんてもんじゃねえ。化け物だ。だが勝てない相手じゃない」

「ふぇえ…。あ、でも私がちゃんとスタート決めれば勝てるよね!」

その「もし」が一番怖いんだよ。お前がゲートで固まったら俺の逃げ戦法は水の泡だぞ。

 

それにしても、俺の走り方はもう決まっている。逃げだ。差すんじゃない、追い込むんじゃない。ハナを切って自分の流れに持ち込む。これが俺の勝ち方。ピーターⅡの揺さぶり?笑わせる。俺の無尽蔵スタミナと持続力の前では無意味だ。むしろ歓迎だ。揺さぶり合戦なら最後に立ってるのは俺だ。

 

「なあ萌。決戦の日までに、お前の仕事は一つだけだ」

「え?なに?」

「スタートで俺の脚を殺すな」

「えぇぇぇぇ!?それだけ!?」

「それが一番重要なんだよ!」

 

未来ちゃんが呆れ顔で「このコンビでよく重賞勝てたわね」とボソッと呟いた。俺だってそう思うわ。だが、勝ってきたんだから仕方ない。これが俺たちの形なんだ。

 

そして、美桜ちゃん。牧場から電話してきて「次は凱旋門賞だね!」と笑顔で言ってきやがった。まだ2歳だぞ俺は。パスポートも取ってないのに海外遠征できるか。まあ、彼女の夢がデカすぎるのはいつものことだ。

 

夜、馬房のベッド(俺だけ高級マットレス付き)に寝転がりながら、改めて決戦に思いを馳せた。中山競馬場。2歳王者を決める朝日杯。世代最強を決める戦いだ。俺の逃げか、ピーターⅡの揺さぶりか。

 

眠りに落ちる直前、俺は心の中で呟いた。

(決戦の舞台は整った。必ず勝つ。勝って、この世代の頂点に立ってやる)




ピーターⅡとブリンガーの「すれ違い火花シーン」、完全に少年漫画ノリで書いてて楽しかったです。
そして萌の「ピーターⅡ君の方がカッコいい」発言で落とすのは自分でも笑いました(笑)
次回はいよいよ朝日杯本番!
逃げるブリンガー vs 揺さぶるピーターⅡ。どちらが勝つのか、ぜひ感想で予想を教えてください!
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