蹄鉄の軌跡~あるいは馬(俺)の調教マニュアル~   作:斉宮 柴野

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この作品はフィクションです。
実際の競馬界や血統事情とは異なる部分が多々あるかもしれませんが、どうかご了承ください。
「みどりのマキバオー」的ノリで、競馬ギャグ&熱血ドラマとして楽しんでいただければ幸いです。


血統は一流、環境は三流

財政状況は、俺の想像をはるかに超えて劣悪だった。

まあ最初から雰囲気ヤバいとは思ってたけどな。母ちゃんが二足歩行で寝藁掃除してる時点で察しろって話だ。

 

先代の遺言はこうだったらしい。

「この仔馬と母馬マストテイクだけは絶対に手放すな」

ありがたいお言葉だ。俺と母ちゃんが守られたのは感謝だよ。

……けど裏を返せば「他は好きにしていい」って、あのポンコツ女子大生にフリーパス与えたってことじゃねえか!先代!お前の慧眼、半分ポンコツ!

 

案の定、女子大生オーナーは悪徳業者にあっさり騙された。

「ねえ、私お金が必要で…」

と一言。

 

結果、G1馬を父に持つ繁殖牝馬や、将来を期待された1歳馬たちがまとめて200万円というふざけた値段で売り払われた。

「ちょっと待て!1頭で億行くやつ混ざってただろ!」俺は絶叫した。

「億ってなに?そんなに高く売れるの?」とオーナー。

「お前本当に大学生か!?九九やり直せ!」

 

出荷の日。馬運車が来て、馬たちがぞろぞろ連れて行かれる。

「おい黒鹿毛!俺たち先に行くぜ!」

ライバル栗毛が振り返って叫んだ。

「お前まで売られるのかよ!」

「だって俺らは対象外じゃなかったからな!くそっ、二束三文だ!」

「安すぎだろ!駄菓子屋の大袋かよ!」

 

フレイムローズ(牝馬)も泣きながら言った。

「私、ダービーに出る予定だったのに…」

「お前牝馬だからオークスだろ!」

「そこは慰めなさいよ!」

「ごめん!」

 

繁殖牝馬のおばさんまで泣きそうな顔してた。

「私はサイデンスの娘なのに…200万円でまとめ売りなんて…」

「いやむしろパチモン血統でよかったのかも…」

「今なんて言った!?」

「なんでもないです!」

 

母ちゃんが俺に耳打ちした。

「坊や、私たちは守られるらしいわよ」

「いや嬉しいけど!なんか仲間見送る罪悪感ヤバいんだけど!」

「仕方ないでしょ。あの子たちは別の牧場で幸せになるわよ」

「絶対幸せになんねえよ!悪徳業者の顔してたもん!」

 

馬運車に乗せられる直前、栗毛が最後に叫んだ。

「黒鹿毛ぇえ!お前はここで頑張れよ!俺はどこかで必ずG1獲ってやる!」

「お前!名前もろくに覚えてねえけど頑張れよ!」

「俺の名前はブレイブサンダーだって言っただろ!」

「いや絶対売られた先でダサい改名されるぞ!『雷電丸』とか!」

「やめろおおお!」

 

ドナドナ状態で馬運車が去っていった。

俺は柵に蹄をかけて呟いた。

「二束三文で優駿が消えていく…これが現実か…」

母ちゃんが横で真顔。

「いやこれギャグ漫画よ」

「やっぱそうか!」

 

牧場に残されたのは、俺と母ちゃんと、あのポンコツ女子大生と牧場長一家だけ。

もう完全に「廃業間際の動物ふれあい広場」感が漂っている。

 

オーナーが泣きながら言った。

「だって…お金が欲しかったんだもん…」

「いや女子大生の言い訳か!パパ活か!」

「違うよ!」

「じゃあママ活か!」

「もっと違う!」

 

牧場長一家も全然反省してない。

「これで馬房掃除も減ったから楽になるな!」

「いや競走馬ビジネス終わってるだろ!?」

「でもポニーくらいなら残せるでしょ?」

「やめろ!縮小経営にも程がある!」

 

俺は天を仰いだ。

「オーナーブリーダー?何それ?ここ、もうただの飼育小屋じゃねーか…」

 

母ちゃんがボソッと呟く。

「まあ、坊やが強くなるしかないのよ」

「プレッシャーかけんな!」

 

俺は決意した。

――絶対にここからのし上がってやる。

ただ、俺の同期たちが二束三文で売られていったことは、一生忘れねえからな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はやる気を完全に失いかけていた。

このままじゃ競走馬登録どころか、そもそもレースに出る未来すらねえ。最悪、このまま牧場が潰れて、俺は肉にされるかもしれない。

「馬刺し!?」って叫んだら、母ちゃんに「黙りなさい!」って一蹴されたけど、現実的に笑えない未来が見えてきてた。

 

母ちゃんはのんきに草食って、

「なんとかなるわよ〜、あなたがいれば大丈夫!」

といつもの楽観。

「どこからその根拠が出てくんだよ!?」

「だって坊やは私の子だもの!」

「親バカ理論やめろ!」

 

そんなある日のことだった。

俺の飼い葉桶に、ドサッと置かれたのは……カレーライス。

 

プツン。

俺の中で何かが切れた音がした。

 

「おいコラ!これはなんだ!」

「え?今日のごはんだよ?」と女子大生オーナー。

「ふざけんな!馬にカレー食わせるやつがあるか!」

「だって私のバイト先で余ったんだもん…」

「そういうリサイクル感覚で馬にカレー突っ込むな!」

 

俺は叫んだ。

「このままじゃレース出る前に、栄養失調か食中毒で死ぬだろうが!」

牧場長一家も悪びれずに言う。

「でもさ、カレーって栄養満点でしょ?」

「それは人間基準だろ!馬に香辛料は毒なんだよ!」

「え、そうなの?」

「そうだよ!」

 

母ちゃんが横でため息をついた。

「だから言ったのに…」

「いや母ちゃんも止めろよ!」

「坊やが怒ったほうが怖いかなって」

「俺は怒らなくても怖いんだよ!」

 

俺は決意した。このままじゃマジで肉になる。

嘆いてる場合じゃねえ。俺が動くしかねえ。

「よし、決めたぞ。俺がこのポンコツチームを率いて、地獄の底から這い上がってやる!」

 

女子大生オーナーが首をかしげる。

「え、馬がチームを率いるの?」

「そうだよ!」

「私、人間なんだけど?」

「人間だからって偉いと思うな!競馬舐めんな!」

 

牧場長の息子(小学生)がニヤニヤしながらノートを広げた。

「じゃあさ、黒鹿毛くん。僕が調教師やるよ!」

「お前まだ九九覚えたてだろ!?」

「でもサラブレッドの基礎知識は僕のほうがあるよ!」

「悔しいけどそれは認める!」

 

牧場長の奥さんが手を挙げた。

「じゃあ私は栄養士担当ね!」

「絶対ダメだ!カレー出した前科あるだろ!」

「え〜だって美味しいのに…」

「黙れ!」

 

牧場長本人も言った。

「じゃあ俺は厩務員だな!」

「それすら信用ならねえ!」

「でも俺しかいないだろ!」

「うわああ、絶望チーム!」

 

母ちゃんが笑ってる。

「なんか面白くなってきたじゃない」

「面白くねえよ!俺の命が懸かってんだよ!」

 

だが心のどこかで決意は固まっていた。

このポンコツ連中を引っ張っていけるのは、俺しかいない。

「いいか、俺がリーダーだ。お前らは俺の言うことを聞け!」

「はーい!」と子供。

「え、馬に従うの?」とオーナー。

「馬に従わなかったら潰れるぞ!」

「うっ…わかった…」

 

俺は叫んだ。

「よし!まずはカレー禁止!人間用と馬用の区別をつけろ!」

「はーい…」

「あと馬房掃除を馬にやらせるな!それは人間の仕事!」

「ええええ!」

「反論するな!」

 

その夜。俺は空を見上げて呟いた。

「俺がやるしかない…!この牧場を、いやこのチームを救うのは俺だ!」

母ちゃんが横でゲップした。

「坊や、かっこいい〜。でも早く寝なさい」

「台無しだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は決意した。

「まずは血統登録だ」

 

このままじゃ、牧場ごと俺の未来が肉屋行き直行便になっちまう。

だから俺は自ら事務所に突入した。もちろん二足歩行でな。

この世界では馬が二足歩行で物を持っても誰も驚かない。牧場長なんか新聞読んで「今日も黒鹿毛くん元気だね〜」とか普通に流してた。

「いやそこは驚けよ!」って思ったけど、いちいちツッコんでたら頭が爆発するからもう慣れた。

 

俺はデスクに座り、蹄でペンを掴んだ。

「……どうやって?」って誰かに聞かれる前に言っとくけど、自分でもわからん。とにかく掴めたんだよ。細けぇことはいいんだ。

 

書類を広げて、まずは血統を確認。

父:リアルジャダイ。

……いやいや、リアルシャダイだろこれ。絶対誤植。スターウォーズ混ざってんじゃねえよ。

母:マストテイク。まあ母ちゃんだな。

母父:トウホウボーイ。

……ちょっと待て。これ、トウショウボーイだろ!なんで“ホウ”なんだよ!惜しいにもほどがある!

 

でも俺は気づいてしまった。

「……おいおい、マジかよ。とんでもない良血じゃねーか!」

 

父はステイヤー血統の雄。

母父は天馬トウショウボーイ、天賦のスピード。

スタミナとスピードの理想的ニックス。

「これならクラシック三冠狙えるポテンシャルあるぞ!」

 

思わず声が出た瞬間、隣で女子大生オーナーが「まあ君って本当に賢いのね!」と俺の首をなでてきた。

「やめろ!今集中してんだよ!」

「え〜かわいいのに」

「かわいさと血統は別問題だ!」

 

俺は真剣に考え込んだ。

「そうか、俺には血があるんだ。肉じゃなくて、血だ!これを武器にすりゃいい!」

……なんか言い方がホラーだけど、要は良血ってことだ。

 

母ちゃんが馬房から顔を出してきた。

「坊や、何やってんの?」

「血統登録だ」

「まあ偉いわね〜」

「褒め方が完全に小学生宿題チェックだな!」

 

牧場長が後ろから顔を覗き込んで言った。

「ねえ黒鹿毛くん。そんなの書いて何になるの?」

「お前、競走馬ってのはまず血統登録から始まんだよ!」

「え、そうなの?」

「そうだよ!」

「へ〜初めて知った」

「知らねえで牧場やってんのかよ!」

 

牧場長の息子(小学生)が割って入ってきた。

「黒鹿毛くん!僕も調べてみたよ!血統登録って、馬名も一緒に申請するんだって!」

「おお、さすが勉強してるな!」

「ねえ、名前どうする?」

「……うっ」

 

そうだ、俺はまだ「マストブラッキー」とかいうダサいパチモンネームのまま。

心底嫌だ。

「オーナー、今ならまだ間に合うだろ!名前変更しようぜ!」

「え〜せっかく考えたのに〜」

「いや絶対センスねえって!せめて海外っぽいカタカナにしろ!」

「じゃあ……マストブラックーン!」

「余計ダサくなった!」

 

母ちゃんが爆笑してる。

「いいじゃない、マストブラックーン。なんか強そう」

「いや“ーン”いらねえだろ!」

「じゃあ“マストブラックン”」

「微妙に弱そうになったわ!」

 

オーナーがスッと書類に「マストブラックーン」と書き込もうとしたから、俺は慌てて蹄でペンを奪った。

「待てぇえええ!俺はこの名前で走らねえからな!」

「じゃあ何がいいの?」

「……俺が考える」

 

数時間悩んで、俺が出した答え。

「マストブリンガー!」

「おお、それっぽい!」と小学生。

「なんか強そう!」と母ちゃん。

「ダサい!」とオーナー。

「お前の感覚信じられねえ!」

 

結局、ギリギリで俺の提案が通った。書類に「マストブリンガー」と記された。

俺はガッツポーズした。

「よし!これで未来への一筋の光明だ!」

 

牧場長一家はポカンとしてる。

「ねえ、そんなことで変わるの?」

「変わるんだよ!名前ひとつで未来が変わるんだよ!」

「へえ〜」

「納得してねえだろ!」

 

それでも俺の中に確かな火が灯った。

血統は間違いなく一流。名前も形になった。

あとは……このポンコツ牧場を潰させないことだ。

 

俺は机の上で立ち上がり、叫んだ。

「俺がデビューするまで、この牧場は絶対潰させねえ!俺が引っ張ってやる!」

「わー、かっこいい!」とオーナー。

「よし、それじゃお祝いに今夜はカレーね!」

「やめろおおお!」

 

俺の戦いは、血統登録申請から始まった。

次は……まともな調教師を見つけることだ。

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